第1029話 第三の力にて突破せよ
「《あのぅ、それでログアウトですが、どうすればいいんでしたっけ?》」
「ああ、大丈夫だよシルフィー。それはこっちでやっておくから」
「《は、はぁ……?》」
特定の『ぎしき』を行わないとログイン、ログアウト処理が出来ない仕様のこのゲーム。
突然巻き込むように参加させたシルフィードは、下手をすればこの世界に取り残されてしまう危険があった。
その為にハルが用意しておいた『対策』を、自分たちのログアウトと同時に発動する。
シルフィードに持たせた通信機から魔力を発生させると、彼女を強制的に元の音楽室へと帰還させたのだった。
「わっぷ! お、おぉ……」
「お帰りシルフィー。あっちは楽しめた?」
「え、ええ。なかなかどうして、面白いゲームですね! 一部、思い通りにいかない部分もありましたが、それもまたゲーム性、といった感じで」
「それはよかったよ」
「はい。普段は皆の意見を総合することでしか動けていませんから、ここでは私の好きにしてみようかと! ……あっ、すみません。つい」
「構わないさ」
「思った以上に嵌ったようね?」
「お、お恥ずかしながら……。ルナさんの方は、いかがですか?」
「私は、ちょっと相性が悪そうな感じかしら」
最初の通信以降、まったく連絡がないほどシルフィードは自分の世界創造に夢中であったようだ。
しっかりしているようで、まだまだ少女らしい所もある。
そんなシルフィードが、ふと気づいたように首をかしげて、先ほどのログアウト処理についてハルに訊ねてきた。
「その、ところで先ほどはどうやって私の方のログアウトを? 確か、長距離で分断されてしまってこの装置でしか通信は出来ないのでしたよね?」
「ああ、うん。だからその装置で、干渉した」
「でも機械、なんですよね、これは」
「そうだね。でも機能の割には大きいと思わない? この機械」
「……いえ、正直、専攻ではないのでそこまでは」
困らせてしまった。少し、いたずら心が出すぎてしまったハルだ。
根っからの現代人、今どきの普通の女の子であるシルフィードには、単純な通信機の機能を収める適正サイズなど知識にない。
そんな彼女らは知らぬことだが、このスイッチの付いた単純な丸い装置は、その機能の割には少々大きめだ。
勿論、人間の使いやすさを考慮すれば、小さければいいという物でもないが、それにしてもこの丸い装置は最適化されているとは言い難い。
その形の理由をネタばらしするように、ハルは装置を分解し、その封を開けていくのだった。
「ふぎゃっ!? あ、あぅ、失礼しましたぁ……」
「いや、こちらこそ申し訳ない」
「……半笑いで言わないのハル。悪趣味よ?」
「久々の、フローティングアイなのです!」
その装置の中から出てきたのは、人の目玉を模したような不気味なオブジェ。
いや、事実上ほぼ、人の目玉である。
「おー、久々に見たね、ハル君の監視衛星」
「初期はよく使ってましたねー。<神眼>を使えるようになってからは、出番が減りましたがー」
「そ、そういえば“あちら”でも、対抗戦で使っていたというお話でしたね……」
懐かしい話である。この目玉をアクセサリーに詰めてソフィーに持たせ、魔力浸食の中継点にしたり。ゾッくんに詰めて監視カメラの代わりにしたり。
眼球だけをコピーし<飛行>させるという、少々見た目の不気味な分身技を、以前はずいぶんと使ったものだ。
「はっ!? つまり、私が遊んでいる様子もこれで覗かれて!?」
「いや、それはしてないよ。装置は完全に密閉されてたからね。独立して存在させる最小単位として、コレが都合がいいだけさ」
「ほっ……」
「あらあら? シルフィードは、随分とはしゃいでいたりしたのかしら?」
「そ、それは! 秘密、です!」
単に、ログアウト用の魔力を放出するのに都合がよかっただけだ。断じて覗き見の為ではない。断じて。
それに加え、もしシルフィードの方で何か問題が生じれば、これを取り出させて状況を共有しようという狙いもあった。
そんなシルフィードの世界だが、別段問題はなく楽しく遊べたようだ。しばらくは、彼女にはそのまま普通にプレイしてもらえばいいだろう。
ただ今日はこのまま寮に戻るとのことで、それを見送りがてらハルたちも一度帰宅することにした。
今は互いに準備期間。リコがまたすぐに攻め込んでくることもあるまい。
ハルたちは次なる戦いに向け、作戦を練り準備を重ねることとしたのだった。
*
「……さて、僕らの世界の開拓に向けて、作戦会議をする訳だが」
「問題は山積みなのです! どこから、手を付けるべきでしょうか!」
「はいはーい。私の体の稼働時間ー」
「……ユキはまずその体からもログアウトしなさいな」
「えー。あっちの体起こすの、めんどいし」
「ここは私もユキさんに同感ですねー。前の体、取っておけばよかったと今ほど思うときはありませんー」
「カナリー様が、だめになっているのです!」
帰ってくるなり、ソファーを占領して、ぐでーっ、として動かなくなってしまったカナリーだ。
先ほどの戦闘がよほど堪えたらしい。運動不足の体に、エーテルブーストをかけた超人稼働は実に効いてしまったようだった。
「しかしまあ、ユキの意見はもっともだ。君は僕らの突撃隊長、そのスペックは勝敗に直結する」
「ふふん!」
「たしかに! ユキさんの戦闘時間が短いと、わたくしたちの何時もの必勝パターンが出せないのです!」
「……でも、自分で言っといてなんだけど、どうにもならないんじゃ? あっちの私じゃ、今度は闘争心が足りないし」
「難儀なものね? 体力的には、私よりもずっと元気なのに」
「ですよね! いつも、ユキさんは最後までお元気なのです!」
「いやその……、ほぼポッドで寝てるだけの体のはずなんだけどね……」
「ずーるいーですー」
人間として、女性として、実に恵まれた肉体を持つユキなのである。完璧に調整された新人類だと言われても納得するくらいだ。
そんなユキが、この世界の誰よりも現実の自分の肉体に興味がないというのも、皮肉なものだ。
「そんな両極端なユキの体を、どうにかする秘策があって?」
「うん。考えはあるよ。両極端だというならば、中間をとってやればいい」
「つまり半分起きた、ユキさんですね!」
「私にどうしろと……」
「まあ要するに、電脳世界にログインしつつ、物理的な体で動ければいいのさ」
「ユキさんが寝ながら、徘徊するんですねー」
「しないて! 私に、どーしろと!」
残念ながら違う、面白い発想ではあるが。
とはいえ、発想は近いのかもしれない。もしユキが幽体離脱のように意識だけを切り離し、自分の体を遠隔操作出来れば問題は解決だ。
しかし、そんなことは今のところ出来ないし、ハルとしてはあまりさせたくない。
なので、それと似た状況を、物理的に作り上げてしまえば良いのであった。その技術を、ハルたちは持っている。
「じゃあ答え合わせだ。アルベルト!」
「はっ!」
「おわ! びっくした! ベルベル、てより『小林さん』? いつから居たん?」
「実は最初から。お呼びが掛かるまで、スリープモードで待機しておりました」
「いやー出てきてなさいってー。趣味悪いですよー?」
「こんばんは! お仕事お疲れ様なのです!」
「恐れ入ります、アイリお嬢様」
神でありつつ、ハルたちの為にこの地球にて活動可能な希少な存在。それがアルベルトである。
完全ロボットボディの『小林』として、普段はルナの母月乃の家にて使用人として活動しており、かつては自分たちのゲームの日本窓口としての役を務めていた。
その彼、であり彼女、の強みは、魔力を一切使わずに継続活動出来ること。
この点こそ、今回のゲームにて活躍が期待されるポイントだ。
「つまりだ、ユキの体も、機械式のやつを用意してやればいい」
「おお!」
「はい。ユキ様の意識のログイン先をロボットボディに指定してしまえば、攻撃的な意識を保ったまま、稼働時間を伸ばすことが可能となります」
「攻撃的な、いしき……」
間違ってはいないが、いざそう断言されると複雑な気分になってしまうようである。ユキの複雑な、乙女心。
「……まあいいか! でもさ? その体も別に、エネルギー無限じゃないっしょ? 確か電気で動いてるんだよね?」
「はい」
「にゃん!」
「おお、メタ助。お前も居たかー。よーし、よしよし。うりうりー」
「みゃうみゃう♪」
同じく機械の体をもって日本の街に溶け込む猫のメタも、さりげなくこの場に混じってきた。
ユキに撫でられてご満悦。そんなメタもまた、肉体の機構を電気による動作に頼っているところが大きかった。
「ねこさんは、どのように電気を補給しているのですか?」
「ふみゃ~~っ」
「それはお昼寝、ですか?」
「にゃうにゃう」
「正確には日向ぼっこだね」
「とはいえ、それだけで全ての活動量を担保することは出来ません。基本的には、エーテルエネルギーを電気へ変換することで、不足分を補っているとお考えください」
「なーう……」
それに加え、アルベルトが購入した事務所や、隠れ家的な倉庫。そこに設置された充電器から補給を得ている。
それらの存在しないゲーム世界では、やはりユキの活動時間の問題は解決しないのではないか。そんな空気が皆の間に漂ってきた。
「そこで、当初の計画だよみんな。僕らの世界の自然エネルギーを利用して、発電機を作り出そう」
「おお! 溶岩と竜巻と、雷の世界を作り上げるのですね!」
「……せめて、どれか一つにしないかしら?」
「それよりもっと単純に、充電装置みたいの出せないの? リコっちの世界には、機械あったっしょ」
「あれは、残念ながら見た目だけだね。ハリボテのゲームキャラそのものだ」
「ですねー。チューブやら歯車やらついてましたが、どれも全て飾りですー」
だが、世界に存在する運動エネルギーだけは本物だ。ならばそれを利用して、電気に変換できる装置を設置すればいい。
その設備の運営が軌道に乗れば、ユキの『体力』が回復可能となる。
「いいね! なかなか、面白くなってきた感じ!」
「そうね? それに、ユキだけではなく、私たちの強化にも役に立ちそうじゃない?」
「ですねー。私はー、自分で一切動かずに全自動で敵と戦ってくれる装置がいいですー」
「うん。カナリーちゃんはもっと運動しようか。運動せざるを得ない装置を作るから、期待してて?」
「うおー、ハルさんが珍しく、私に厳しいですー……」
「わたくしと一緒に頑張りましょう、カナリー様!」
「元気さがまぶしいですー」
とにもかくにも、ハルたちの次なる方針が決定した。魔法もエーテル技術も使えない世界ならば、古い技術で対抗すればいい。
どれだけ穴を塞ごうとも防ぎきれぬこの技術力にて、アメジストの挑戦を突破せんと目論むハルたちだった。




