第1028話 停戦協定
木の枝の絡みついた動力チューブの鞭を、ハルは器用に振り回し攻撃してみせる。
硬い木の破片が、鞭の先端の遠心力で飛来してくるのは単純に脅威だ。
その攻撃スピードは先ほどのハルの刀による熟練の切っ先すら上回り、もはや常人が軌道を捉えることすら困難な速度となっていた。
「うお、リアル範囲攻撃だ。やっるぅハル君、流石ぁ」
「……面白いように首が飛んでいくわね。そのムチ、オート追尾とか付いてないわよね?」
「ハルさんですからねー。全部手動で、計算して振ってるんでしょうねー」
「カナリーは座り込んでないで、もう少し頑張りなさいな?」
「わたくしたちも、ムチを使うのです!」
「ふふっ。女王様のアイリちゃんね?」
「?? わたくし王女、なのです!」
鞭のしなりと、その射程の長さによる手首の先との速度差はすさまじいものとなる。
それは初心者が振っても簡単に視界から消え、今のアイリたちの筋力ともなればなおさらだ。
その分扱いが難しく、命中精度には難が出るが、それも手数で補うことで簡単に補うことができた。
前方を嵐のように薙ぎ払うアイリの連続ムチ攻撃は、障害物の妨害も合わせて一本道を結界として封じ、敵の接近を許さなかった。
「やるね。じゃあ、今のうちに僕が、後続を処理するとしようか」
わらわらと次から次に湧き出てくる機械の兵隊。しかし、その数は無限ではないだろう。
ゲームバランス的に考えても、何らかの生成リソースは用いると思われるし、もっと根本的に考えても、神力を発生させるリソースには限界があるはずだ。
「それに、もしそれらの制限などなく無限だったとしても、倒し続けていればそのうち彼女の領土は全て消える」
戦闘でハルが兵士を倒すたびに、リコの領土はハルの世界へと併合されていく。
侵攻による国境線の書き換えを表現しているのだと思われるこれが、玉座の間まで到達したらどうなるのか?
それは、完全なる世界の吸収を、すなわち滅亡を意味していると推測出来る。
その危険性をリコが察知すれば、この無造作な兵士の生産は止めて、何らかの次なるアクションが見られるだろう。
「という訳で今は、どんどん前進していくとしようかっ」
ハルは手にした鞭を無造作に、しかし正確無比に振るうと、一度に何体もの機械の頭部が吹き飛ばされる。
そうして次々と敵の破壊、さらには吸収、すなわち世界への一体化を続けて行くと、それに合わせて世界も浸食の速度を上げて行く。
ハルたちの世界は直線の『入場口』から、扇状に広がるように、銀杏の葉を広げる形で範囲を拡大するのであった。
「これで、さらに暴れられる範囲が増えたね。とはいえ、現状ではむしろ、『守るべき範囲が増えた』という側面が強いかも知れないが……」
「それでも、ハルさんなら何とかしてくれるはずです! こう、ばびゅーんと!」
「うーん。『ばびゅーん』か。まあ頑張ってみようか」
手持ちの武器で、『ばびゅーん』とした攻撃法として思いつくのはやはりアレであろう。
ハルはひとまず、その準備をする作業領域確保のため、鞭を振り回し自らの周囲を薙ぎ払った。
そして、草むらに沈みハルたちの世界と一体化した機械兵の残骸から、その錆びついた頭部をサッカーボールの要領で蹴り上げる。
それを、鞭の先端に括り付けると、勢いよく頭上で回転させ始めた。
ご存じ、遠心力による弾体加速だ。
「ばびゅーん」
「おおおおおおぉ! ばびゅーんです! むしろ、ズギューンです!」
「お気に召していただけたかな、女王様?」
「王女なのです! でも、すごく凄いですね!」
「ハル君それ効率いいん?」
「いや、微妙かな。敵が整列してるから今は狙いやすいけど」
「さよか。ロマンかね」
「だね」
「でも見た目が派手で、威圧感が抜群だと思います!」
確かに、まるでゲームのような攻撃が(ゲームだが)、生身であるはずのハルから飛んできた。このことは、敵のリコからすれば脅威だろう。
何処からかこの状況を見ているとすれば、かなりの衝撃を与えられたはずだ。
その予想は正しかったようで、ここまでずっと止めどなく流れるように進軍してきた敵兵の動きがピタリと止まった。
「これは、撤退していくのかしら?」
「そのようだね?」
「逃がすな! 追うぞハル君! 追撃じゃー、皆殺しじゃー」
「物騒だねユキ」
「じゃあしないん?」
「いや、する」
「だよね」
さすがに『最後の一兵まで』とは言わないが、背を向けて撤退する無防備な敵をむざむざ見逃すハルとユキではない。
戦略ゲームでは、ここをいかに効率的に立ち回れるかでスコアが大きく変わってくるのだ。もう追撃することが体に染みついていた。
そんな情け容赦なしの追撃は、敵軍がハルたちの新たな領土から完全に出るまで、しかもその領土を拡大しつつ無慈悲に行われるのであった。
*
「よっし! 参ったか!」
「ユキ、あんまり動かない。今にも参りそうなのは君のHPだよ」
「限界ギリギリまで活動しとくのが、最も効率いいのだ」
「そうだけどね」
敵の活動に終わりが見えた途端、解き放たれた狂犬のように飛び出したユキは追撃へと加わりまたも大暴れしていった。
その結果、もはや体力は風前の灯火。もうこれ以上ほんの少しでも戦闘行動を行えば、即座にエネルギー切れで強制ログアウトしそうだ。
「身体の改良を要求する!」
「まあ、確かにね。これだと満足に動ける状態とは言えないか」
「……肉体のまま来ればいいのではなくって?」
「えー。“あっちの私”じゃ戦闘自体を嫌がっちゃうから……」
「おっとりユキさんなのです!」
「それなのに体力は人一倍あるんですよねーあのユキさんー。不公平ですよねー?」
「んなこと言われても」
へとへとのカナリーが、ふらふらしながら合流してきた。
半円状の広々としたエリアが、リコの世界から切り取られて新たにハルの世界に編入された。
今ハルたちはその中央部に集合して、敵の出方を待っている状態だ。
今は敵軍も完全に撤退し、視界の何処にも見られなくなっている。
しかし、リコ軍との戦争がこれで終わったという保証はない。第一陣は退けたが、こちらの消耗も激しい。
必ずしも、戦況は圧倒的に有利とは言い切れなかった。
「こっからどーなるんだろ? 雑魚を蹴散らしたから、ボス戦? って保証もないか。PvPだしね」
「そうだね。リコさんの判断次第、戦略次第にはなるけど。講和か、徹底抗戦か」
「講和なら無視して徹底抗戦。戦争継続ならさんざん引き延ばして講和だね」
「当然だね」
「性格が悪すぎないかしらあなたたち?」
申し訳ない。徹底して相手の思う通りには進めさせないこと、それが染み付いているハルたちなのだ。
戦略ゲームでは、別にRPGの戦闘のようにどちらかが倒れるまで継続するとは限らない。
互いにとって、そこで戦闘を終わりにすることが最善である可能性も十分に存在するからだ。
もちろん停戦後すぐに手を取り合って仲良しこよし、とはいかないが、例え戦争相手であってもその後も取引は継続する。
このゲームでも、そうなる可能性は十分にあった。
「まあ、あれだけ暴れるところを見せた僕らの前に、すぐに出てくる彼女じゃないとは思うけど」
「ならば籠城かしら? 世界の浸食力のようなものは、あちらの方が上なのだし」
「ですね! あちらの領地に逆に攻め込んだら、また謎の攻撃を仕掛けて来ようとするかも知れません!」
「じゃあしばらくはー、ここで睨み合いでしょうかー?」
そうなるのかも知れない。互いが互いに、攻め手に欠ける。
それとも次は巨大ロボットでも登場するのだろうか? そんな話をハルたちが始めると、その目の前にて変化は思ったより早く表れた。
「むむっ! 国境に、なにやら光の壁が!」
「バリアかしら? これは停戦、ということ?」
「だろーねー。一定時間互いに、行き来できなくする奴と見た」
光の壁はどうやら、境界線として面している部分のみにあらず、リコの世界をすっぽりと全て覆ってしまったようだ。
薄暗い機械の世界が、光に遮られ霞んで見える。
どうやら戦闘行為だけでなく、世界同士の押し合いも完全に停止したようで、ある意味で『国境線の確定』となったようである。
「ふむ? 恐らくは、しばらくはこのままだろう。何らかのペナルティを負って発動したはずだから、突然バリアを解いて攻めてくることはないはずだよ」
「それが出来たら、強すぎますからねー」
なるほどこれなら、授業中も安心ということか。変なところで感心するハルだった。
皆でバリアへと寄って行って、光の壁を叩いたり蹴ったりしてみるが、まるでびくともしない。当然か。
リコは削られた領土を諦める代わりに、これ以上の損失を回避したということだ。
「損切りってやつ?」
「まあ、そうとも言えるかも知れないわね? でもユキ? ここからどうなるの?」
「んー、とりあえずお互い、次の戦争の準備だね」
「あら野蛮。でも当然ね?」
「んっ、とーぜん。でも、やっぱ相手有利だよねー、そうなると。初戦は勝ったとはいえさ」
「わたくしたちは、何を準備すればいいのかすら分かっていないのですものね!」
「そーそ。それに、お相手さんには仲間が居るっぽいし、救援を呼ばれるかも」
「救援、ね? でも彼女の仲間も遠く離れているのでしょう? そういうシステムも、あるのかしら?」
無い、とは言い切れない。そうした情報の不足が、ハルたちの大きな弱点だ。
戦闘能力で勝っているとはいえ、それだけで何でも勝てるとは限らないのだから。
まずは、そうした追加要素のアンロック、それを目指していかなければなるまい。
そのためには、可能な限り広く大きく、この自分たちの世界を開拓していく必要があった。
「それに加えて、僕らも同盟を作ろうか」
「まずは、箱庭作りに夢中になっているシルフィードに連絡を入れましょうか」
「だね。それから、追加の人材も投入しよう」
「ソフィーさんですね!」
「頼りになりそうですねー。あの子も、リアルで運動出来ますからねー」
「あはは。カナちゃんと違ってだねー」
「ですよー?」
「そこであっさり認めないで欲しい……」
とはいえソフィーも、機械の手足を捨てて生身に戻ったばかりだ。才能はあれど、すぐに同じように動けるとは限らない。
まあ、いいリハビリにはなるだろう。いずれは、ハルのエーテル技術の指導を受けて同じように動けるようになりそうである。
その他にも幾人か、ハルには助っ人のあてがあった。中でも、切り札のような存在に心当たりがある。
なんだか、普通にこのゲームの攻略を楽しんできている自分に気づくハルだ。 まあ、それも良いだろう。過程を楽しめる事に、越したことはない。
そうして、一度仕切り直してログアウトすることを決めたハルたち。
次は、本格的な世界の拡大と同盟の締結が目標となるのであった。




