第1027話 戦う彼と戦う彼女
迫りくる機械の兵隊たちを次々と斬り、いや正確には木刀で殴り飛ばし、その首を宙に舞い飛ばしてゆく。
ハルがその刀を振るたびに、歯車と動力パイプの切れ端を飛び散らせながら、ばたりばたりと機械兵は機能を停止していった。
「すごいです! 流石ハルさんの剣捌きなのです! はい、これ、予備の剣になります!」
「おっと」
見れば、そこそこ効率的に振るっていた木刀だが、さすがに衝撃でヒビが入って来てしまっていた。
ハルはそのくたびれた木刀を思い切り敵兵に向けて投げつけると、その隙に替えの木刀を調達する。
再びアイリが足元から生やしてくれた植物を、適度な長さで器用に折り取る。
この地はまさに剣の林。いくらでも、新品の『剣』を抜き取ることができた。
「よし、収穫完了」
「かんぺきです! それで、やっつけちゃってください!」
「……剣は畑から収穫するものだったのね?」
「木になるものだよルナちー。知らない? 剣栽培で稼ぐゲーム」
「知らないわよ……」
「おお! わたくしも、それやってみたいのです! それまで、ハルさんは生える刀で頑張ってください!」
「ああ、十分だよアイリ」
アイリの無邪気な声援に応えるように、ハルはいっそう張り切って敵の首の収穫にも精を出す。
ちなみにユキの言っているのは、例によって以前にハルとプレイしてきたゲームの話だ。
拠点に畑があって、色々な種を植えて栽培が出来るゲームなのだが、そこで育てられるアイテムは植物のみとは限らない。
いや、見た目はどれも一応植物なのだが、そこから堂々と無機物が収穫できるのだ。『武器の種』、『防具の種』などを植えると生えてくる。隠す努力をする気がない。
金策をするのに、その畑で武器を上手く交配させて質の高い品種を生み出すことが、高効率なのであった。
余談である。このゲームに落とし込めるかは、まだ未知数だ。
「押し返してきましたよー。そのままごーごー、ですよー」
カナリーの言う通り、物言わぬ錆びついた機械兵の骸が横たわる草に覆われた戦場跡、それが徐々に奪われた世界を取り戻していった。
一本道のハルたちの世界は、体力ゲージを緑に回復していくように、そのエリアを再びリコの世界の接続部へと押し返す。
巨大な円形をしていると思われるリコの世界。その接続部は、まるでテーマパークへと続く入場口。
その先ではハルたちを歓迎する愉快な演者が、隊列を組んで大歓迎してくれているのであった。
「さて。再入場となるけど、ここからどうしようか」
「もちろん、ハル君は前進! 侵略してこいつらを全員ぶっ殺すのだ!」
「ユキ、物騒」
「むー。でも、そーしないと終わらないよ? 一本道は防御力が高いけど、処理速度は見たまんまのボトルネックだ」
「そうなんだよね」
ビンの注ぎ口を示す『ボトルネック』。それがあることで、中の水は一気に零れ出ることはない。
逆に言えば、注ぐ速度を上げたいのに、それのせいで上げられないとも言える。
ある一か所の構造が原因で、作業スピードが上げられないことを指して使ったりする言葉だが、今はまさに物理的にボトルネックの構造を二つの世界が形作っていた。
「ハルがボトルの入り口に陣取っていれば無敵だけれど、それでは何時まで経っても大群が捌ききれないのね?」
「そだよー。だから行け、行くのだハル君! ここは、私たちが食い止める」
「とはいってもね……」
合理的に考えれば、問題はないはずだ。ここではハルたちはいくら攻撃を受けても、その身が傷付くことはない。
その分世界は削られていくが、それを上回る速度でハルが敵兵を倒せばいいだけである。
しかし、それを頭では分かっていてなお、彼女らがこの無粋な機械どもに殴られる様など見たくはない。そう思ってしまうハルだった。
「過保護よ? 行き過ぎれば失礼になるわハル? もっと私たちを信頼しなさい」
「ですよー? 私たちだって、ただやられている訳ではないんですからねー。しゅっ、しゅっー」
「……いやカナリーちゃんはどう見ても運動不足の運動音痴だけどね?」
「なにおぅー?」
ただ、実際にその通りではある。ハルたちはもう一心同体の運命共同体。
ハルが一方的に、女の子たちを守るだけの関係ではないのである。
「……分かった。それじゃ、『入り口』の防御は任せたよ」
「はい! わたくしたちに、お任せなのです!」
「任せろハル君。私がむしろ、全員ボコしちゃる」
「ユキはHPを温存しておくように……」
「ぶーぶー!」
そんな頼もしい彼女らに後押しされて、ハルは急激に広がった世界に向けてその一歩を踏み出して行くのであった。
*
さて、守りを任せたとはいえ、投げっぱなしにするハルでもない。戦闘の手助けをするくらいは、許してくれてもいいだろう。
ハルは自身の肉体に行っているような身体強化を、守りを固める彼女らの身にもほどこしていくのだった。
「おお! 強化魔法が、発動したのです! 体が軽いです!」
「魔力は使ってないですよー。ナノマシン技術ですよー」
「あくまで物理現象ということね? でも、確かにこれはもはや魔法に等しいわよね?」
「わたし分かんない! おのれハル君! ここでも仲間外れかー!」
……いや、ユキの体は今、魔力の方のエーテルで出来ているので仕方ないのだが。
ハルはアイリたちの体内のナノマシンを、自分の身と同様に活性化させて身体能力の底上げをしている。
それにより筋力、瞬発力、各種反応速度は目に見えて向上し、小柄なアイリも、運動不足でぷにぷにのカナリーも、屈強な大男のようなパワーを発揮することが可能となっていた。
「これは、すごいのです! この硬い木が、マッチのようにへし折れるのです!」
「マッチってどんなだっけアイリちゃん?」
「知らないのですか、ユキさん!?」
「いや知ってはいるんだけどねぇ……」
まあ、この時代、火をつけるのに日本でマッチなど使うことはない。
とはいえ異世界でも、アイリたちが使っている様子はまるでなかったので、アイリこそ良く知っていたと思うハルだが。
着火の火種程度は、魔法で済ませてしまうのがアイリたちだ。
まあ、今は気にしていても仕方ない。ハルはハルで前進しつつ、そんな彼女らの戦闘を見守る。
「ったあ! むむむっ、ハルさんのように、上手くいきません!」
「それは仕方ないというものですよーアイリちゃんー」
「そうね? それこそ、同じように出来るのなんてユキくらい……」
「でもないんですけどねー?」
「…………何でカナリーがそんなにあっさりと?」
思わずルナもあんぐりと開口する鮮やかさ。
まるで、先ほどのハルの動きを再現でもしているかのように、実に手際よく迫りくる鋼鉄の軍隊を処理していっている。
「カナちゃんズルしてるっしょ! あの運動嫌いのカナちゃんが!」
「ハル、エミュレーターですよー」
「《ハル様の身体制御に使われているエーテルプログラムを勝手に共有したんすね。カナリーは今、ハル様と同等の管理者としてのボディになってるっす。そのまま流用が可能なのも、なんら不思議はないんすね》」
「知っているのかエメっちょ!?」
「《つまりオートで動いてんすよこの人》」
「やはりズルだった!」
情報戦にはめっぽう強いカナリーだが、運動はてんでダメなのは神様時代から変わっていない。
しかし、その身はエメのいう通りハルと同じ身体構造。ハルの動きを再現することも、出来て当然ということだ。だが。
「……でも平気なのカナリー? あなた、ハルと違って筋肉がついていないでしょう? あの人、ああ見えてけっこう身体はがっちりよ?」
そう、本当の意味でハルと同じ動きをするには、ハルと同じ筋力が必要だ。
体内のエーテルがある程度底上げしてくれるとはいえ、それにも限度があるというもの。無限に倍率をかける訳でも、無い物を生み出す訳でもない。
「うおおお~~、なんだか、腕が痛くなってきましたよー?」
「ほら、ごらんなさいな」
「明日はきっと筋肉痛だねカナりん」
「これを機に、カナリー様も運動するのです! わたくしも、お手伝いします!」
日頃の運動不足が祟り、早くも撃沈寸前なカナリーだった。
とはいえ、そんな彼女らだが四人で協力しなんとか敵軍を押しとどめられている。
冷静に一対一で対処できる細道であることが、かっちりと嵌り上手く機能しているようだ。
「ここは障害物も、出しちゃいます! たあ!」
更に、想像によって世界を改変させることにもいち早く順応してきたアイリが、地形を更に自陣有利に描き換える。
元々硬い木の林だった道を、巨石ひしめく足場の悪い地面へと変換した。
機械兵の巨躯と、重々しいその行軍は、面白いようにそれらに阻まれ進軍速度を鈍化させる。
一方、小柄なアイリは実に器用にその間を駆け回り、跳ね上がった身体能力で次々と敵を撃破していった。
「元気ですねー。流石はアイリちゃんですねー。普段から、お外で遊んでいるだけはありますー」
「さっきの勢いはどうしたのよカナリー……」
「エネルギー切れですー。おやつを補給しないと動けませんー」
「……どこまで本当なのかしら」
「《まあ、栄養補給が有効なのは一部否定できないっすけどね。でもカナリーには必要ないんじゃないっすか? ほら、いいダイエットの機会じゃないっすか。その無駄な脂肪を燃焼させてエネルギー補給すればいいんじゃないすか? にししししし》」
「太ってませんー! ちょっと抱き心地が良いだけなんですよー」
……さて、ハルの方もいつまでも女の子たちのコントを眺めてばかりも居られないだろう。気合を入れて、敵軍の殲滅に乗り出していく。
また先ほどと同様にこの剣一振りで無双しても構わないが、ここはせっかくなので少々、趣向を変えるとしよう。
ハルたちの世界に塗り替えられた周囲のマップ。そこに生まれたのは機械を取り込んだ奇妙な木々。
先ほどの、『武器の生る木』ではないが、敵国の街灯を軸にして絡みついた木の枝から、その残骸が垂れ下がっていた。
「自動で生まれた融合処理の産物なんだろうけど、これはなかなか使えそうだ」
まるで鞭のようにしなる動力ラインのロープに、硬質な木の枝がトッピングされている。
そんな凶悪な得物を手に入れたハルは、それを勢いよく振るい、範囲攻撃に乗り出すのだった。




