第1026話 世界を食う世界
元気に暴れまわっているユキだが、今のこの体は魔力で出来たキャラクターとしてのもの。
当然、運動性能は通常の人間を大きく上回るが、残念ながら体力までもが同じとはいかない。
いや、本来は体力も事実上無限なはずなのだが、この世界でだけはその優位が働かなくなっていた。
「ユキ、あまり派手に動かないように! HPがどんどん減ってる!」
「えー! それじゃあつまんないよー! むしろ最後の命の灯火を輝かせて戦う主人公の戦友のように、最後の一滴まで絞り切るのだ!」
「この状況でそれやると僕らまで巻き込まれるんだけど!?」
ユキの体がHP0になり崩壊するとき、周囲には意味を成さなくなった体の構成魔力が拡散することになる。
それはこの世界と反応し、ログアウト処理としてハルたちを学園へ叩き出すことになるだろう。
「ねーカナちゃん。なんとかならーん?」
「厳しいですねー。回復アイテムを使ったとしても、その瞬間の魔力の『漏れ』を完全には抑えられないでしょうしー」
「そもそも自然回復が効いてないのがおかしい!」
このユキの体は、本来カナリーたちのゲームの操作キャラとして作られている存在だ。
いわば、そのまま勝手に別ゲームに乗り込んでいる状態なので、不具合は出て当然なのだろう。
「仕方がない。ここはいっそ、死ぬ前にスキルで周囲一帯……」
「やめんか。スキルなんか使った瞬間に魔力が発生してログアウトだし、効果が発揮されたらされたで僕らにもダメージが出る」
「こちとら生身ですからねー」
「むぅ……! 思いっきり暴れられると思いきや、いまいち不完全燃焼じゃ……」
「今は我慢してユキ。追い追い、そこは対策を考えよう」
「カナちゃん、チートでレベル1億くらいにしてー。そーすりゃHPMPも上がるっしょ」
「ダメーですー」
普通のゲームと違い、この体は繊細な魔法の式の組み合わせで成り立っている。単純に数値を盛ればいいようにはなっていない。
無理に魔力を詰め込めば、細部が耐えきれなくなり崩壊してしまうだろう。
納得はしてくれていないようだが、この場は自分一人で全滅させることは体力的に不可能、ということはゲーマーの本能的に納得してくれたようで、渋々ながらユキは引き下がる。
ただし、ギリギリまでは暴れておきたいようで、ぷーっ、と頬を膨らませながら、敵陣の中でストレスを発散して回っていた。
「とーりゃっ!!」
敵兵の鋼鉄の兜を、その頭ごとハイキックで蹴り飛ばすと、それを器用に奥の相手に命中させる。
更には倒れる敵の体を踏みつけて、そのまま敵の肩を足場にして睥睨する。
首の接続が弱いと知るや、ユキは無造作に機械の兵隊の頭を蹴っ飛ばして回り、まるでサッカーかピンボールのように頭同士を器用に衝突させて遊んでいた。
「ざ、残虐……」
「暴君ユキ陛下、なのです! 『首狩りのユキ』の、異名を持っているのです!」
「失敬な。私はただ、効率を突き詰めているだけだってば」
「それはそれで、なんだかちょっとアレね?」
「人を人とも思わぬ、サイコさんですねー」
「だー! 人じゃないじゃーんっ!」
稼働時間に限界があるならば、一撃で二体以上倒せばいい。その理屈のもと、ユキは様々な手で範囲攻撃を発動する。
勿論、ゲーム的なスキルに頼らず、純粋な体術によってである。
頭ピンボール、頭サッカーの次は、人間ピンボール。整列して襲ってくる軍隊の性質を逆手に取り、タックルにてドミノ倒しに倒壊させる。
機械兵らしく自重がそれなりに重く設定されているようで、当たり所が悪いと一撃で戦闘不能にもっていけるようだ。
更には、先ほどのように敵の肩に飛び乗り、その場でバランスを取って曲芸の如く挑発をしてみせる。
感情がある訳ではないようだが、そのふざけた敵影に対して、機械兵たちは振り落とさんと手に持つ様々な武器をユキへと切り込み殴り放つ。
が、当たりはしない。代わりに、乗っていた敵兵の頭が破損し、その『足場』は哀れにも役目を終えて崩れ落ちた。
「おお。この遊び、楽しいよハル君。おすすめ」
「やらんが……、実際、有効そうなのが複雑だ……」
ユキは自分から攻撃することなく、省エネに敵の数を減らすことが出来る。
これならば、魔力残量をケアしながら敵軍にダメージを与えることが出来るだろう。
しかし、そうしてユキが翻弄できるのは敵軍の中のごく僅かな範囲。
ユキと隣接していない兵隊たちは、気にせずずんずんとハルたちの方へと進軍を続けている。
先ほどのような大規模な隊列崩壊はもう起こせない。立ち直り編隊しなおした彼らは、また再びこちらの領土にて接敵しようとしていた。
「出番だよー! やっちゃえハル君! ここで出し惜しみしててもしゃーないぞ!」
「まあ、そうだね。結局のところ現状、それしか手もないか」
それに、ここは手の内を隠す意味でも体ひとつで戦った方が後々の為を考えると都合がいい。
ハルの異常な身体能力はバレてしまうだろうが、まあ、今更だろう。
そう方針を決めると、ハルはアイリたちを背に庇うように、この一本道の世界をこれ以上通さじと、世界の中心線に立ちはだかるのだった。
*
「アイリ。何か僕に武器を」
「はい! むむむむ……、なにか硬いもの、硬いし扱いやすい物、出ろでろー!」
アイリが世界の創造を念じると、その願いが聞き届けられたのか、ハルの周囲の空間に異変が起こる。
基本の草原だった足元から、何本もの鋭い木々が乱立し出す。
槍のように天に向け突き上げられて行ったその内の一本を、ハルは手に持ち根元を蹴り折る。
「即席の木刀、といったところだね。ナイスだアイリ」
「やりました!」
「凄いですねー? 素敵なコンビネーションですー」
「そうね? 私はてっきり、鉄の武器でも出すのかと思ったわ?」
「どうにも咄嗟には、想像ができなさそうだったので、わたくしには……!」
「鉄では加工できなかっただろうからね。まさにベストチョイスだ」
そこで、ここまでに培ってきた植物の想像力で応用するのは流石である。
しなやかで硬い木の刀は、十分に立派な武器となる。木製と侮るなかれ。武器として思い描かれたその幹は、凶器として申し分なし。
蹴って折り取れたのは、ハルだからに他ならない。常人が真似すれば足を痛めるだろう。
「では、反撃といこう」
「やっちゃえやっちゃえー。殺せ、殺すのだハル君!」
「物騒だなあ。まあ、暴君ユキ様の仰せのままに、っと」
今も敵の肩の上で曲芸を繰り広げるユキに習い、ハルも首に狙いを定めて静かに剣を構える。
行うは専守防衛。一本道の有利を生かし、ハルは動かずじっと敵を待つのみ。
しかし、決してこの先を通しはしない。ハルの剣の射程に入った者から、機械の兵は瞬く間もなしにその首を失うこととなった。
「切り捨ててごめん! なのです!」
「……『切り捨て御免』かしら? アイリちゃん?」
「それなのです!」
「かわいいですねー。ごめんしちゃってますねー」
「ギャラリーがのんきだ……」
だが、戦闘の結末はまさに切り捨て御免。決着は一瞬のもとにつき、ハルが刀をゆっくりと構えなおす頃に、ようやく敵兵の身体は首が無いことに思い至ったかのように、ぐらりと傾く。
その明らかすぎる実力差に何を感じたか、恐れなど知らぬはずの機械の兵隊たちが、一瞬、慄くように進軍の足を止めた気がした。
だが、それも気のせいと断じられるほどの刹那の間。次の瞬間にはまた勇ましく、いや無謀にも、兵は進軍を再開する。
その結末は語るに及ばない。ただハルに首を差し出すために、歩み寄っているに過ぎなかった。
「すごいですー! 次々と敵の体が、山になっていくのです!」
「このままダムみたいに、せき止められてくれいないですかねー?」
「……そうもいかないみたいね? けっきょくこいつらも、『ゲームのモンスター』ということかしらね」
せき止め防止のプログラムでもあるのか、崩れた敵のボディが積み重なって壁になることはない様だった。
ある程度折り重なると、見えないところで地面に吸い込まれるように消えているようだ。
これは良いのか悪いのか。もしカナリーの言うように敵の体でダムが出来れば、労せずして侵攻を抑えることも出来そうだったのだが。
まあしかし、結局はいずれ乗り越えてやって来るのだ。対処を変えることなく、処理出来てラッキーだと思う方が良いだろう。
「雑兵が過ぎる。ただ並んで死にに来るだけか」
このまま単純作業の繰り返しで、死合終了かとの思いが脳裏をよぎるハルだ。
楽でいいが、それも少々つまらない。前回のように視聴者が居れば退屈させてしまいそうだ。
そんなハルの懸念を吹き飛ばすかのように、タイミングよく世界にまた変化が起きた。
ハルの足元に転がる機械の体。それらに見る間に苔が生え、蔦がその身を覆いつくす。
それはまるで、機械兵の墓場。忘れ去られ自然に溶けた古戦場。
それはハルの周囲にとどまらず、まだハルが踏み込んでいないはずの前方にまでずっと続いて行っているようだった。
「へえ。これは……」
「敵の身体を飲み込んで、私たちの世界の一部にしてしまった、ということかしら?」
どうもそうらしい。先ほどの、世界が敵を食っていたという感覚は正しかったということか。
そうして苔むした残骸の道を、ハルは敵の首を刈りつつ一歩一歩踏みしめるように進んでいく。
ここからは、ハルたちの世界が、リコの世界の『体力』を頂いていく番のようである。




