第1022話 研究開発者の世界
不気味な装置の数々が、怪しく蠢く城内を、ハルたちは探検気分で練り歩く。
どこに行っても薄暗い城内は、やはりというべきか無人であり、城主たるプレイヤーはもとより誰の姿も確認できなかった。
「誰もおりゃん。このゲームって、NPCは想像不可能なんかな?」
「それはまだなんとも言えないけど。でも、原理原則から言えば難しいと思うよ。出来たとしても、もっと発展した後なんだろうさ」
「ほーん」
「高度な計算が必要になりますからー。そのためのリソースが担保できないこのゲームでは、厳しいんだと思いますよー」
「確かに。このゲーム、プレイヤーが少なそうだもんね」
自律行動するキャラクターの配置というものは、実に面倒なことが多い。
カナリーたちのゲームは、それゆえNPCを異世界に実際に存在する人々に任せ、アイリスたちのゲームは大量接続によるエーテルネットの膨大な演算力を利用した。
一方このゲームはというと、参加者の少ないほとんど閉じた世界。
もし世界の維持リソースをその参加者から徴収する従来のシステムであれば、なるべく複雑な処理は無い方が良い。
その原則から考えるに、この世界でNPCの想像は難しいとの予測が立つのであった。
「では、望む世界を作っても、そこにはプレイヤーである主人が一人きりなのでしょうか? それはなんだか、寂しいですー……」
「そかもねー。でも、それもそれで楽しいものなんだぜアイリちゃん。むしろ慣れてくると、邪魔ですらある」
「そ、そうなのですか!?」
「人によると思うけどねー」
「以前、みなさまとやった街を作るゲームでは住人がおりましたから、あれが普通なのかと思っていました」
まあ、NPCが居るものの方が多いとは思う。物によりけりだ。
とはいえ傾向としては、こうした環境ソフトに近いゲームだと、全てがプレイヤーの自由になるように極力そうした住人は少なくする傾向があるかも知れない。
「しかし、住人はいなくとも、このお城はどこも賑やかね?」
「そだねールナちー。ゴトゴトと、何処に行っても騒がしいね」
城全体が生きているかのように、何処もかしこも騒がしい。それが、このエリアの特徴だった。
それはつまり、ここのプレイヤーの想像力の特徴。ひいてはユニークスキルの方向性ということになるのかも知れない。
見れば壁や床からは時たま機械の一部が飛び出して、忙しく駆動を繰り返している。
ケーブルやパイプやチューブがそこかしこに延びて、なんらかのエネルギーをその先へと輸送しているかのようだ。
回転し、ピストン運動を繰り返す様は、ちょうどハルが行おうとしていた世界からのエネルギー抽出を実現しているようだった。
「ねえハル? この機械たちは、いったいなにをしているのかしら? あなたは分かる?」
「いいや? 分からないよルナ。というよりも、『恐らく何もしていない』のが分かる、といったところかな」
「そうなのね……」
「僕らだって、たまにやるだろう。背景に、とりあえずそれらしいオブジェを配置することは。これらは、それと同じさ」
「つまり、見掛け倒しというやつでしょうか!」
「そうだねアイリ」
「あはは。アイリちゃん辛辣」
雰囲気づくりの飾りということだ。常に何か稼働して、忙しそうな雰囲気。
だがその中身は、実際に何かを行っている訳ではない。まず機械の形それ自体が、現実的な運用を無視した見かけだけの作りなのだ。
「メタちゃんの工場と比べてみれば、よく分かると思うよ」
「いや分からん」
「そうね? わからないわ?」
「どっちも、なんとなくすごいです!」
「分かるのはハルさんのようなマニアの人だけですねー」
「……まいったね、どうも」
……まあ、要するに、メタの工場のようにきっちりと目的を持って運用されている機械の場合、必ず一定の法則のようなものが表れるということだ。
ここの機械群はそこがバラバラで、現実味が欠如していると言える。
ゆえに恐らくこれらは飾りであり、それが何かを成すことは無いと判断できた。
しかし、だからと言ってそれが悪いなどということは一切ない。
これらはロマンの具現化であり、想像の中の理想の機械だ。見ているだけでわくわくするこれらは、物質的な成果以外の何かを、ハルの心の中に生み出してくれているようだった。
さて、そんな素敵な世界の探検もついに終着点のようだ。奇妙に曲がりくねった廊下を抜けて、ハルたちは天井の開けた大広間へとたどり着く。
その空っぽの玉座に座するべきこの城の主は、いったいどのような者なのだろうか?
*
空っぽの玉座から距離を取って、ハルたちは油断なく周囲を見渡す。
相変わらず城全体が胎動するような機械音を低く響かせる中、この玉座の間は比較的静寂を保っていた。
そんな中において、ハルは唐突に皆に警戒を促す言葉を飛ばす。
「……そろそろ来そうだよ。みんな、注意してね」
「おわっ。何で分かるんハル君? あっ、そかそか。ハル君、学園中にのぞき見用のカメラ仕掛けてたもんね」
「のぞき見ではない。……いや、実情は変わらないんだけどさ。一応ね? 動機は不純ではないからね?」
「えっちね、ハルは? きっと私たちに内緒で、女子更衣室やシャワー室にカメラを仕掛けているに違いないわ?」
「困りましたねー。どうしますー、アイリちゃんー?」
「ここは、学生のみなさまをお守りするために、うちのお風呂場にカメラを仕掛けてもらうしかないのです!」
「……君たち。そろそろ部外者が来るから、そういう発言は慎むように」
ハルが弄られるだけなら問題ないが、外部の人間に聞かれるのはいただけない。
幸い、その者がこの世界にログインしてくる時には、皆空気を読んで大人しくしていてくれた。実に大した変わり身である。
「おわっ! もう居るし! う、うえーいっ。王様のお帰りだぞぉ侵略者どもー。ウチが帰ったからには、この世界で好き放題は、って、多くなーい?」
「どうも。お邪魔してるよ」
白衣を着た、お化粧の濃い目の少女、いやもう大人の女性か。彼女が、この城の主であるようだ。
玉座の手前に転移してきたその人は、闖入者であるハルたちが、個人ではなく複数であることに驚いているようだった。
「……って、ハルさんかぁ。んじゃ、細かいこと気にしても無駄かぁ」
「僕を知っているんだね。確か貴女とは、初対面のはずだけど」
「あー、その? 有名人だし、キミ……」
「ゲーマー以外に知名度は無いと認識しているんだけどね」
現れたその女性は、一目でハルがハルであると察したようだ。そして反応から、ハルの性質についてもよく知っていると見える。
これは、ずいぶんと正体の候補が絞られるというものだ。恐らく最近行動を共にしていたに違いない。
ローズは、正体を知る者は少ないから除外するとして、となれば候補は更に絞られる。
ここ一年、ハルがプレイしていたゲームといえば一つしかないのだ。
「『エーテルの夢』のプレイヤーだね?」
「なーんのことかなぁ? エー夢なんてマイナーゲーム、プレイしとらんしー……」
「いや無理があるでしょ……、プレイしてなきゃそもそも知らん……」
「不本意ですがー、それが現実ですねー」
「なんだよぉ。証拠だせー、証拠ー」
図分と肝が据わっているというか、この状況においても動じない人物のようだ。
いわゆる『ギャル』っぽい見た目と話し方のとおり唯我独尊であるのか、それとも単純に場慣れしているのか。
「だって君、カナリーとアイリを知ってるでしょ? さっきから、視線が二人によく飛んでる」
「ぎっくぅ! ななな何のことかな? ただ、可愛い子だなーってウチは思っただけで」
「いやみんな可愛いでしょ」
「そーゆーこと堂々と言えるの流石ハルさんだよねぇ……」
「しかし、それにしては動揺が少ないね? まあ、“こんなゲーム”をやるくらいだ。現状の異常性を、正しく認識して受け入れているってことか」
「いやぁ~、ウチみたいな小市民は混乱しっぱなしというか、現状に流されっぱなしで余裕なしってゆうか~」
「……誤魔化したね? なるほど。どうやらそこそこ詳細な情報は持っているようだ。誰からそれを? ふむ? それを君に知らせたのは、このゲームの事を教えた人かな?」
「ホント何とかしてこの人! 心とか読んでるの!?」
「ご迷惑おかけしますー。ハルさんですのでー」
「ですので!」
少しいじめすぎたか。久々に、表情を読んでの追い込みを行ってしまったハルだった。
しかし、それによる収穫はあったといえる。彼女はどうやら、既にどこからかこのゲームの異常性を聞きつけていたか、自力で推測を済ませていたようだ。
それはアイリとカナリー、つまりNPCのはずの異世界の住人が、こうして肉体を持って行動していることにそこまでの驚きを見せないことから察せられることだった。
「その、今さらですが。わたくしたちは隠れていなくて良かったのでしょうか?」
「ああ、大丈夫だよアイリ。このゲームの存在が既に、地球にとって異常なことだから」
「そう考えると、この学園で開催されているのは不幸中の幸いかもですねー。閉鎖空間であるからしてー、外にはなかなか漏れませんー」
まあ、発見が遅れたことをマイナスと見るか、異世界や神様のことが広がらなくてプラスと見るか、微妙なところではある。
「ところでハル君。この人はだーれ?」
「そうね? あちらは、私たちのことを知っているようだけれど、正直心当たりがないわ?」
「おっとぉ。まあ、しょーがないか。ウチなんて、その他大勢の一人だもんね」
「まあ、何となく予想はつくよ。この世界の、この機械を見れば当たりはつけられる。こんな知識を持ってる人なんてのは、思ったよりも少ないものだからね」
加えて、ハルたちと面識がある。特にカナリーのゲームで接触しているとなれば余計にだ。
あちらでの機械知識の発揮される部分、それを考えればおのずと答えは見えてくる。
「あっ! 分かりました! 魔道具が得意な、お姉さんなのです!」
「ぴんぽんぴんぽーん。どもー、その通り、魔道具弄りが好きなモブでーっす。こっちでは理子って名乗ってまーす」
「……いや名乗ってるって本名だろうに。まあ、よろしく理子さん。いや、先輩かな」
「がっはっは。そうそ、研究生は敬うように。……あっ、イヤやっぱいいや。トシを自覚したくなーいしっ」
外の色とりどりのランプを見た時から予感はあった。彼女はあのランプを初めとした魔道具開発の際、特に才能を発揮した人物の一人。
基本的には顔を合わせず、掲示板でしかやり取りのなかったプレイヤーとの、予想外の邂逅であるのだった。




