第1021話 律動の生ける機械城
ついに接触した初めての他者の世界。
そこは、不思議なことにハルたちの世界と境界線越しにくっきりと隔たれて存在しており、地面が途中から切り替わるようにして接続されていた。
ハルたちの世界から流れる川も、相手の世界を水浸しにすることなく、ぱっつりと境界線にて流れが断ち切られている。
水はいったい何処へ消えたのだろうか? などと本来なら考えるところだ。
しかし最初から水など存在しない。ここは、普通のゲームと特に変わらぬ部分と言えよう。
「おお! マップの範囲が、急に広がったのです! あちらの世界の視界も、頂いた形になるのでしょうか?」
「だろうねアイリちゃん。だが気を付けないと。逆にこっちの視界も、敵にモロバレってる事になるんだからさ」
「たしかに……!」
そう、そこが問題だ。特に今のハルたちは、世界の発展を無視して、ひたすら一方向に無理矢理に領土拡張してきたのが丸わかりだ。
この歪な侵攻と、全体で見れば小さな面積。見ようによっては、飛んで火に入る夏の虫。
相手のプレイヤーが熟練者なら、むしろチャンスとばかりに逆侵攻をかけてきてもおかしくなかった。
「幸い、今のところこの地の主は不在のようだけど、それも時間の問題かな」
「なぜそう思うのかしら? なにか兆候があって?」
「このメニューに、『未知の領土と接触した』、ということが通知されている。これは当然、向こうも同じ条件だと思って構わないだろう」
「なるほど。今頃、慌ててこっちに向かって来ているのね?」
「それは、この人の事情次第だろうけど」
誰もが無条件に、寮を抜け出し学内に入り、この地にログインしてこれるとは限らない。
ただ、現在このゲームを熱心にやっているプレイヤーなら、かなりの確率でその行動を取るとハルたちには思われた。
「どーしますー? 入りますー?」
「とーぜん! ここまで来たらね!」
「だね。乗り込もうか。恐らくそれも、侵入警報みたいに通知が行くはずだけど。ここまで来たら大差ない」
領土が接触した時点で、アクティブなプレイヤーが相手の領土には存在することが分かり切っている。
ならば今さら侵入警報が追加されたところで、大勢にさほどの影響はあるまい。
「よーし、乗り込みますよー。すすめー」
「はい! 行きましょうカナリー様!」
怖いもの知らずの元気娘たちが、境界線を乗り越えて他人の領土に侵入する。
慎重派のルナと、意外と冷静だったユキもそれに続き、ハルたちは揃って相手の世界へと踏み込んだ。
「……だいじょぶそハル君? 接触と領土侵犯では、さすがに違いが出ると思うけど。相互通商条約とか、結んでからがよくない?」
「平気よユキ? 『入ってはいけない』、という表示は出ていないのだから」
「そうだね。それに、いざとなったら『初心者なので知りませんでした』、で通せばいい」
「ぬしも悪よのーハル君」
そもそも入ったところで、何が出来るかハッキリしないのだ。正直どうすれば害を及ぼせるか、ハルたちにも分かっていない。
それに、ハルたちには先手を打たねばならない理由があった。
探検気分で地図を持って、ずんずんとゆくアイリたちの後ろで、ハルはユキと二人で二つの世界の大きさを確認していく。
「流石におっきいね。うちの国とは、面積の時点で大違いだ」
「だね。おそらく、サービス開始初期からのプレイヤーなんだろう。先輩って訳だ」
「……細長いだけのうちに対して、こちらは綺麗な円形に拡張しているのね?」
「それがセオリー通りなんだろうさ」
というよりも、ハルたちの領地が異常だ。スタート地点からここまで、ほとんど一直線に駆け抜けてきた。
普通は、周囲の相手の土地の方角など分からないので、こんな不自然な進み方などすることはない。
ハルは探査装置によって最速での接触を果たしたが、それはつまり、準備期間を一切持たずに到達したことを意味する。
一人用のゲームで言えば、レベル上げを一切せずにボス戦まで突っ走ったようなものである。
「事実、勢力値は比べ物にならない。僕らの方も22まで育っては来たが、相手はもう348。力押しなら勝ち目はない」
「見た目で言っても、押しつぶされて負けそうね?」
「うちらひょろ長いだけで貧弱で細いもんねー」
大きさだけでなく、内容の面でも貧弱であると言わざるを得ない。
ハルたちの世界は、草原から始まり徐々に地形に起伏やメリハリがついてはきたが、未だシンプルな風景画といった印象を脱しない。
一方のこちらの土地は、見るからに情報量が多く、先を進むアイリたちの目もきらきらと楽しそうだ。
「見てください、ハルさん! 素敵なお城が見えてきました! 変な形ですが、立派なお城です!」
「よかったですねー、アイリちゃんー。アイリちゃんお城、好きですもんねー?」
「むむむ……、しかし、ハルさんのお城ではありませんから……」
「じゃあ乗っ取っちゃいましょー」
「いや、別にあのお城は欲しくないかな……」
急に夜になったかのように薄暗い世界を、奇妙な街灯の数々が照らし出し旅人たるハルたちを導いている。
そう、街灯だ。人工物だ。ほぼ自然の風景のままのハルたちの世界と、この時点で既に差がある。
街灯のデザインはどれも奇妙なもので、みな老木のようにねじ曲がった背筋に、これまた奇妙な光源をぶら下げている。
それはなんだか様々なデザインの提灯にロウソクでも封じたようで、お祭りでも始まりそうな愉快な雰囲気だ。
時期的に近い、ハロウィンでもイメージしたのだろうか?
「なんだか、懐かしいです。わたくしたちも、色々なランプを作って楽しみました!」
「……ああ、確かに懐かしいね。これなんか、それっぽいかな?」
「ですね! リンゴの形のランタンなのです!」
かつてハルたちが設計した『魔道具』。その練習として、プレイヤー皆で作った様々な単純なランプの道具。
物質化した魔法の式を組み込んだ、ある種機械にも似た装置であった。
それらを集めて並べたような、多種多様なライトがお出迎えしてくれる。
照らされた道に沿って進む先は、奇妙なお城。
お世辞にも洗練されたデザインとは言い難く、遠目から見るシルエットで既に、普通の城ではないことが見て取れる。
壁からは何だか各種突起物が突き出していて、建築基準法を大いに無視していることをアピールしていた。
道と同じく様々な色に照らされた壁面は、ぐらぐらと絶え間なく律動しており不安を煽る。
「生きて、いるのでしょうか! あのお城は!」
「なんだろうね? 生物的というよりは、機械的といった振動パターンを感じる」
「ですねー? なんでしょうかー、類似性のあるのは、壊れかけのエンジンを搭載した大型機械でしょうかねー?」
「えらく具体的ね……」
「相変わらずハル君たちの解析能力には脱帽だねー」
とはいえ、巨大な城全体を揺り動かす程のエンジンなど一体どんな出力なのだろう。
その脅威に一抹の不安を抱きつつも、ハルたちは飲み込まれるように、その場内へと入って行った。
*
内部に入ると、外観の暴れ方からは予想外に、城の振動は落ち着いていた。
とはいえ足場は少しグラつくが、立っていられない程ではない。小刻みな揺れが、かたかた、とつま先を震わす程度である。
そんな振動が揺らすランプの光に照らされながら、なおも薄暗い城内をハルたちは進む。
内部にはまた、そこかしこに何に使うか分からない装置が転がったり、また壁や床から唐突に飛び出したりしているのであった。
「……このお城は、いったい何を目的に建てられたものなのでしょうか!」
「おっと。こういう箱庭世界のお城に意味を求めない方がいいかも知んないよアイリちゃん」
「むむむっ!?」
「あると『世界が引き締まる』ってだけの理由で、とりあえずお城ってケースも多いからね」
「確かに! わたくしたちも、街を作るゲームで無理矢理お城をねじ込みました!」
まあ、あれはアイリの趣味が大きいのでまた別の話なのだが。とはいえ、ユキの言ったことはあながち間違っていない。
何かを作りたいが、作る物に迷う。そんな時に安牌となるのが、城であったりするものだ。
城を作っておけば、とりあえず外すことはない。とりあえず映える。
「しかしそんな城の中身は、しっかりと城主の趣味が反映されたってところか」
「でしょうねー。恐らくはー、これが、このプレイヤーの『ユニークスキル』に相当するものだろうと思いますー」
「なるほどねぇ」
「こうして個性が出てくるのね? しかし、おかしくないかしら?」
「ルナさん、何か気になるところがあったのですか?」
「ええ、それは、まあ」
そのルナの感じる違和感は、何であるかハルも予想のつくところだ。
いやハルだけではない。ユキも、そしてカナリーも。日本の事情を知るものであれば、誰であれ肌で感じるところであろう。
「機械というのは、おかしくなくって? この時代に、ハルではあるまいし。そんな知識を持った人が、居たのかしら?」
「まあー、そうおかしな事ではありませんよールナさんー。別に、詳細な機械知識がなければ想像すら出来ない訳ではないですしー」
「そうだね。それに、この学園の学生の中には、そうした専攻の人だって居るだろう」
「それは、確かにそうね? 特待生クラスなら、そういう変人だって多いでしょうし」
「変人と言ってやるな……」
エーテルネット、エーテル技術全盛の今、既に廃れたと言っても過言ではない機械技術。
しかし、この学園はそうした前時代の知識技術を、今に伝えるという側面も持っている。
もし、突然エーテル技術が使えなくなったとしても、対処可能な人材を育成するという建前で動いているのがこの学園だ。
それはほぼ形骸化した理念だと言っても、実際にそうした授業や研究が行われているのも確かであった。
「なるほどー。どうやら本人を見る前に、ずいぶんと主人が絞れてしまったようですねー」
「まあ別に、プレイヤーを当てるゲームじゃないから特に意味はないけどね?」
だがハルにも、何となくこの世界の主に見当がついたような気もしてきた。
そんな主なき間も休まずに、ごうんごうん、と動き続けるこの城に、果たしてその者は戻ってくるのであろうか?




