第1020話 相変わらずの相性の悪い
「さて、僕ら以外の勢力の位置がはっきりとした訳ではあるが」
「攻め滅ぼそう!」
「落ち着けユキ」
実に、血の気の多い提案である。大人しい肉体の方のユキで連れて来た方がよかっただろうか?
別に、構わないと言えば実は構わないのだが、今回はやはり慎重になる。
なにせ、相手も生身の人間で、しかも同じ学園に通う生徒だ。状況は見極めてから行動したい。
「私は詳しくないのだけれど、こういうゲームは。ねえハル? こういう場合って、攻めるのがベストなのかしら?」
「わたくしも、わかりません! こうしたゲームは、むつかしいです!」
「ベストだよ。だから攻め滅ぼそう! ……と言いたいけど、一概にそうとも言えない!」
「そうなんだよね。戦略と、その時の状況による」
しかも、それにより対処はかなり両極端に分かれると言っていい。
ユキの言うように一気に攻め滅ぼすか、それとも逆に決して戦わないかだ。
「戦う場合、勝てば相手の戦力などのリソースを吸収し、自陣を更に強化出来るってメリットがある」
「でも、その為にこっちも消耗してたら意味ないからね。絶対戦わない、ってのもありっちゃアリだねー」
「漁夫の利を狙った第三者も、怖いですしね!」
「そうなんだよねぇ」
「アイリちゃんの、梔子の国が攻められてない理由の一つがこれですよねー」
「アイリの、というより君の国だろカナリー……」
流石に、リアル国取りゲームの渦中に居たアイリだ。誰よりも理解度が高いとも言える。
システムにより強制的に休戦協定が結ばれていたような所もあるが、アイリの国は戦わないで済ますことを選んでいるタイプである。
三つの国と隣接している梔子を攻めようとすれば、必ず他の二国に対して隙を見せることになる。
その地理的要因もあって、現在も国は平和なままで居るのだ。
……まあ、実際はハルの存在が大きいので、今回は例として正しいのか微妙だが。
「それで、セオリーとしてはどう行動するといいのかしら?」
「んー。攻めるなら、敵国方面に領土拡張。攻めないなら、むしろ逆方向に領土拡張かな。攻めないなら自前で、リソース確保せな」
「なるほどね?」
「とはいえ結局は、敵国側にもある程度広げた方が良いんだけどね? 相手の国境線を、やりたい放題に広げさせてやるのも癪だ」
「それもなるほどです!」
「まあ癪というより、それで不利になるのは自分だからね」
挑発しすぎない程度に、領土の境界線は出来るだけ有利に確定させておきたい。
なので可能な限り前進するのが良いとは思うが、欲をかいて進みすぎても、結局守るに困る土地になる。
こういった所の判断は戦略ゲームの呼び名の通り、戦略を立てるセンスが問われる部分なのだった。
「だけどまあ、今回は前進しようか。攻める攻めないに関わらず」
「情報が、欲しいのですね!」
「そうだねアイリ。このゲーム、不親切だから。特に、僕らは出遅れ組だし」
「大丈夫ですかー? 先輩プレイヤーに、いい感じのカモとして吸収されちゃうかもですよー?」
「まあ、大丈夫でしょう。相手は生身だし」
「いざとなったらリアルで拘束して、監禁でもしてしまえばいいと思っているのね? いけない人」
「思ってないって……」
「リアルにゲーム内の事情を持ち込んでは、いけないのです……!」
しかし、どう考えてもこのゲームはそうした番外戦術を推奨している。
ハルとしては、自身の攻略の他にもそうした事件に発展しないかも鋭く監視していかねばならない。
とはいえ、今のハルの自信の源は別に番外戦術という訳ではない。
この手のゲームを多く遊んできた歴戦のプレイヤーとしての、勘による部分が大きかった。
「戦争の為の軍備が初期状態では見えてきていないこと。これが大きいかな。たぶん、会敵、即戦闘にはなるまいさ」
「そだねー。だったら積極的に、『国境線』を確定させておきたい」
「拡張していった領土がぶつかったラインが、国境線になるのですね!」
その通りだ。かつてカナリーの使徒として挑んだ、対抗戦が最も近いイメージだろう。
あのイベントでは、自陣の色のついた魔力を領土に見立てて広げ、異なる色の魔力同士がぶつかった部分を境界線として領土を確定していた。
そこで『浸食力』によるせめぎ合いが発生していたが、基本的には広げ得だ。
「特に、今回の相手は一人だと思われる。ならば他に勢力が増えてきて状況が混乱する前に、接触して情報を集めておきたい」
「モルモットにするのね?」
「ルナはまいど人聞きが悪い……」
音響探査の索敵範囲には、今のところ一つの塊しか反応していない。
これは、ハルたちの近くには一人のプレイヤーしか配置されていないということを示していた。
ならば、対人経験がないのは相手も同じ。リスクは低いと判断できる。
しかもこちらから相手と隣接してしまうことで、相手の拡張範囲を一方向潰せるというのも大きい。
「うっし。そんじゃ、攻め込むとしますかー」
「ごーごー、ですよー。敵が既に他のプレイヤーを一人滅ぼして吸収した、連合国じゃないといいですねー」
「不吉なこと言うのやめてカナリーちゃん」
そのようなことは、ないと思いたい。そこはアメジストを信頼するしかない。神様はそんなクソゲーバランスに設定しないはずだ。
そんな多少の不安を抱きつつも、ハルたちは明らかとなった他人の存在に向けて、自分たちの世界を押し広げて行くのであった。
*
「ゆけゆけー。進めすすめー。わたくしたちの、世界ー」
「……ところでどうやって進むのかしら? 望みの方向に?」
「おっと気づいちゃったかルナちー。この作戦最大の欠陥に。それは私にも、分からん」
「まあー。とりあえず行けるとこまで歩いてみましょーかー」
ハルたちは初期地点である石の密室が崩れた残骸を目印に、発見された『他国』へと歩みを進める。
しかし、ここで少し困った事が発生した。思うように、目的地に歩が進まないのだ。
「わたくし、これ知ってます……! これは、迷いの森なのです!」
「草原ですけどねー。開けた土地で迷わせるとは、やりますねー」
ある程度進んだところで振り返ってみても、崩れた石の目印は対して離れていないのだ。なんとも奇妙なことである。
「まあ、元々がそういう世界だもんね。僕らは結局、ごく狭い個室の中で足踏みしているに過ぎない。背景が広大だから、勘違いしそうになるけど」
進んだようで一歩も進んでいない、なんて状況を作り出すのは大得意、という訳だ。
あくまで世界を広げるのは想像力。体力に任せて強引に突き進むのは、ルールが許さないという訳だ。
「ならこんな広そうな背景を用意するなと……」
「あはは。まあまあ、ぼやくなハル君。やり方が分かったんだから、そっちで進めていこうー」
「とは言ってもねえ。なんだか僕の想像が、この世界に反映された気配もないしさあ……」
「なはは。さよか。またなんだねぇハル君。腐るな腐るな」
なんだか、これもお約束だ。どうにもハルはアメジストの作るシステムと相性が悪いらしい。
以前にお世話になっていた『スキルシステム』においても、ハルだけは何故かスキルの習得が上手くいかない事が多かった。
特に、ユニークスキルと呼ばれる個人に固有の能力とはことさら縁が無い。
持ち前のバカげた性能の高さにより強引に解決してきたが、基本の扱いとしてはハルはこうなる事は避けられないようだ。
「人類用のお砂場ってことですねー。人外はお断りってことですねー」
「カナリーちゃんはどうなの? 扱いとしては、僕と同じ人外に当たるだろうけど」
「さてー? 今のところ、この世界に反映された想像が誰の物なのか、明確になってはいませんからねー」
「少なくともハルではない実感があるのね?」
「だね。まあ、僕の妄想が都合が良すぎるものばかりだから、その部分で却下されている可能性もなくはないけど」
願った通りの世界になるとなれば、どうしても具体的に効率を突き詰めた想定をしてしまうのがハルだった。
ここではもっと夢のある、ユニークでファンタジックな想像でもしないといけないのかも知れない。
「それこそシルフィーなんかは、そういうの得意そうだね」
「連絡がないけれど、平気かしら?」
「通信機の反応は問題ない。無事ではあるはずさ」
「夢中になってるんじゃない? 自分だけの夢の国作れるとか、あの子好きそーだし」
「ですね! きっと妖精さんのいっぱい居る、素敵な世界なのです!」
クールな雰囲気と高いリーダーシップを持つ彼女だが、メルヘンチックで可愛らしい物が好きという一面もある。
よく、大きな蝶の羽のような妖精ルックで着飾っているのを目にするハルたちだ。
そんなシルフィードのことを考えていたら、世界にまた変化が起こった。
草原の先に木々がにょきにょきと生えてきて、こんもりと森が作られる。
その森は中心からぱっくりと割れて、その隙間に向かって既にあった川が流れこんでいった。
川は森の中でせき止められて、なみなみと水を蓄えていく。
すぐに、美しい湖が森に形成されて、役割を果たした川はまた反対側から森の先へと抜けていくのだった。
「ふむ? これはいったい、誰の想像なんだろう?」
「うちら全員じゃないん? ほら、私らってその、繋がってるし?」
「つまりはハルさんも、参加しているのです! 仲間外れでは、ないのです!」
「そうあることを祈るよ」
そんな森にむけて、ハルたちは踏み込んでいく。今度はしっかりと、初期地点から離れることが出来たようだ。
まだまだシンプルな世界ではあるが、順調に育っていっている実感はある。
進行方向も、都合よくかその意思が反映されたのか、目的のプレイヤーの方向と一致する。
そしてついに、メニューのマップ上にもはっきりと、隣接する他者の世界が表示されたのだった。




