第102話 世界の外
遺産、長ったらしく言うと高度先史文明遺産、らしい。神がこの地に文明、文化をもたらす前に栄え、一時代を築いていた、らしい。
らしいらしいと曖昧だが、正確な事は、このヴァーミリオンの国でも分かっていないようだ。
だが、この国の周辺ではそれが産出される。それを利用し、産業を発展させてきたようだ。
「産業って?」
「主に狩猟の効率化、そして一部輸送の強化であるな」
「意外と地味だった」
「だが重要な事だ。皆の腹を満たすあの巨大獣の狩りには危険が伴い、熟練を要する。それを新兵でもたやすく達成させるのが、遺産だ」
毛皮を指してクライス皇帝が語る。ハルの世界で言えば、銃器の発展と普及が近いだろう。
銃さえ持てば、一端の兵力。当然、銃器に対する習熟度合いによる力量差は出るが、それ以前の武器は、習熟を重ねなければ兵力にすら成れなかった。その差は歴然となる。
その技術革新を担うのが、この世界では遺産なのだろう。
「遺産持ちの王子とは一度戦った事があるけど、苦労したね。あれが大量にあるって思うとゾッとしない」
「ほう、貴公、その者に勝利したのか?」
「当然だよ。負けてたらこんな風に話さないだろうね」
「ははは! 負けず嫌いなのだな貴公は。しかし、各王家に伝わる遺産と、我が国で発掘されるそれでは格が違う。当然、我らが下である」
「僕の懸念のようにはならないと」
「その通りだ。精々が、素人を戦えるようにする程度。熟練の魔法使いと比較すれば後者に及ばない」
それなら、危惧するほどのバランス崩壊にはならないか。いや、ここに来るまでに見た兵士で、遺産を身に付けた物はそれなりの数が居た。
見た限り、最初に会った隊長を含め、階級の高そうな者が装備していた率が高い。
素人を一端の兵士にするだけでなく、熟練の兵士を更なる高みへ引き上げる事も可能とするだろう。
今のところ、他国と争うような話の流れは見えて来ないが、もし他国の同程度の軍と争ったとして、その結果は火を見るより明らかだ。
「それで、その遺産ってのは何処で取れるんだい? まさか種を蒔くと生えてくる訳じゃあるまいし」
「なかなか面白い事を言うな、貴公。そうであったならどんなに良いか」
「いや、良くないと思うよ? 手に余る武器の氾濫なんて」
「確かに。……して、遺産の発掘場所であったな」
驚いたことに、遺産こと古代兵器はこの国の外で発掘されるようだ。
国の外と言っても、隣接した橙色の国の国土ではない。その逆側、七色の国が終わり、何色にも繋がっていない場所。地図にも記載されないそこに、遺産は眠っているようだった。
ハルはあまり意識して来なかったが、当然と言えば当然だ。
この二ヶ月近くの観察で、この世界が地球と同じような球体の星だとは分かっている。ハルの目を通して集められた空の情報を、黒曜が趣味であるかのように精査し、報告してくれる。
神の守護する七色の国の面積は、その星の中の大陸ひとつにも及ばない。国境の先にも、土地が広がっている事が容易に理解できよう。
だが、ゲームとしてここに来たハルには“その先”が存在するという意識が薄くなっていた。
「変な話だけど、国境の先は壁になってるイメージが強くてね」
「ははは! 貴公の発想は本当に面白い。それとも、貴公の治める使徒の世界という物はそうなのか?」
「治めてないけど。……いや、違うよ。ここと同じさ。なんと言うのだろうね、まあ、そういった世界に多く馴染みがあってさ」
「ふむ、自由に世界を渡り歩けるのは羨ましい限りだ」
そういえば、神界は国土の外が壁になっている世界だった。そういう意味では、クライスの言う通り、使徒の世界はそういう物だ。
しかし、ハルが王だと、この男、クライス皇帝はどの程度本気で言っているのだろうか?
未だに、彼の真意が掴めない。よく笑い、案外よく喋る人だったが、その笑いもパターン化された物だ、とハルには分かる。愛想笑いの究極系だ。もしやAIなのではなかろうか、と思うくらいである。
都合よくこちらに情報をぺらぺらと渡してくれるが、それもどこまでが本当なのだろう。後で、反応が分かりやすい赤の信徒カナンに、情報のすり合わせをさせてみるべきだろう。
ただ、クライスがこちらを騙そうとしている様にはあまり思えない。案外、協力を求めて全て素直に話してくれているのかも知れない。
──なら王であるという誤解も解いた方が良いかな? いや、この称号を付けられるきっかけになった対抗戦。あそこで支配者として、全土に君臨した事は間違い無いんだけど。
しかし、ゲームの事をどのように説明したものか。思考は交錯するがその糸口が見えず、結局なあなあで話は進んで行ってしまうのだった。
◇
「国土の外、とは言えど、定義としては国の定める国境を基準としたものではない。この地に満ちる魔力、その範囲の外だ」
「……なんだって?」
──外って、ゲーム外じゃないか! いきなり仕様外システム、いや未実装エリアか? そんな物を出して来られても困るんだが。……ああ、いや、現行の最前線エリアに無理やり来ちゃった僕が悪いのかも知れないけど。
「国境を壁と言うくらいだ。貴公らには想像がし難いか?」
「想像は、出来るよ。でも僕ら使徒にとっては、そこは事実上、壁と同じだ。魔力で出来た僕らの体は、エーテルの中から出られない」
「なんと」
「あ、僕だけは出られるかもね。今アイリ王女と居るあの体なら。でも、使徒としての力は十全には発揮できないだろうね」
「ほう」
何せ日本でも活動できる例外個体だ。魔力の範囲外でも肉体的活動それ自体は可能だろう。魔力もナノマシンも無い世界は経験が無いので、どうなるかは不明だが。
しかし、一般的な使徒はほぼ確実に出られない。これはハルが一度試している。
仕様の穴を突いて、まるでポリゴン時代のゲームで壁の剛体の隙間を抜けるように、強引に外に出たとしても、エラーとしてあの白い部屋に送り込まれる。
そういえば、最近は彼に会っていない。
また何かシステム外操作をして乗り込んでみようか、とハルは物騒な事を考える。
この世界がどんな存在であるか、アイリと結婚した今、さして重要ではなくなったが、彼の口から聞き出してみたい。
「……そんな事情だから、発掘に使徒の力を当てにしてたなら、残念ながら役には立てないだろうね」
「いや、これは単に話の前提だ。……可能であったとしても、機密に関わること、有象無象を同行はさせぬ」
「そりゃそうか」
「貴公が興味があると言うなら、その時は声を掛けるが良い。“世界の外”が見られるぞ、ははは!」
「機密はどうしたんだよ……」
こちらを信用して全て本当の事を話しているのか、虚実交えて煙に巻いているのか。どうもまだ見えてこない。
──機密と言われてしまえば裏の取りようも……、無くはないか。スパイ行為は得意技だ。場所がエーテル外なのが面倒だけど。
「……さて、問題はその遺産だが。何故国土の範囲内には綺麗に存在しないと思う?」
「そりゃ、神が掃除したんでしょ? 危険物として。……ああ、それで」
「その通り、やはり察しが良いな。我らが神と袂を分かつ切っ掛けとなったのが、その遺産にあるのだ」
「人類のルーツを消し去って、都合よく君らを支配していると」
「左様。して、そればかりではない。我らの祖先にあたるその文明を消し去ったのが神々であり、我らはそれを忘れ去り、その虐殺者に飼われている。と、声高に主張する者が居た」
「話の流れからして、君じゃないんだね。……でも相当な権力者だ。誰なんだろう」
「…………我の祖父、二代前の皇帝だ。当時は王であった」
「君も王だよ。まだ、<王>だ」
「……らしいな」
初めて、彼の生の感情が見えた気がする。
自身が皇帝ではなく、<王>であることに安堵していた。神との繋がり、それが切れていないこと、それを噛み締めているようだった。
◇
さて、クライスの心情はともかく、この情報をどう受け取るべきだろう。
神が旧世界を滅ぼして、自分達に都合の良い箱庭を作り上げた。まあ、良くある話だ。あの、ぽやぽやとしたカナリーも、アイリとメイドさん以外の人間には興味が無いようだし、冷酷な面があってもハルは驚かない。
しかし驚かないからといって、受け入れるかといえば話は別だ。
大仰に語られ、もっともらしい話に聞こえるが、言ってしまえばただの妄想である。日本では聞き飽きた陰謀論だ。
「それって、証拠はあるの?」
「いや、初代皇帝の言に寄る所が大きい。その言は絶対とされているが、今も信じる信じないで割れている」
「お話にならないね。王政の悪いところだ。……クライスが、同じように強引に変えちゃえばいいのに」
「はは! 簡単に言ってくれるな」
「そうだね。悪い」
時流というものがある。当時は一枚岩であり、強引な舵取りでも何とかなったのかも知れないが、今は確実に派閥が割れている。
どちらに舵を切ろうと、反発は必至。民の事を思えば、混乱を招く手は打てない。袋小路だ。良き為政者である証、と言えるのだろうが。
しかし、外見のイメージには合わない所がある。ハルの抱いたクライス皇帝のイメージとしては、彼の祖父、初代皇帝の強引に我が道を突き進むような印象と同じ物を感じた。しかし実際は、どうやら慎重派であるようだ。
彼は、必死にそれと同じ物を演じているのだろうか。それこそ、自分の真意がハルにも見えなくなる程に必死に。
“演じるもの”がハルは好きだ。人は好む好まざるに関わらず、無意識に何かを演じて生きている。
その中にあって、自ら意思を持ち、演じきっている者に賞賛を覚える。
彼、クライスはそれなのだろう。ハルの中で、パズルのピースが嵌って行くのを感じた。
「……とりあえず、証拠が無しでは使徒は信じないだろうね。一部、信じる者は出てくるだろうけど、扇動するには僕らは神に近すぎる」
「元より使徒に説く気など無いだろう。その者達にとっては貴公らは、神と同じく敵である」
「クライスは僕らを敵として見てないって言ってるようなモンだよそれ」
「無論だ。敵と思う相手と、こうして言葉を交わしたりはせぬだろう?」
「気持ちは分かるけど、場合によるかな。敵であればこそ、騙すために言葉を重ねる事もある」
とはいえゲームの話だ。同じゲームをしている以上、同好の士であるという前提がある。嗜好そのものが違う相手にそれをやるのはあまり考えたくない。
「……怖いな、貴公は。表情から考えが見えてこぬ」
「クライスがそれ言う? お互い様なんだけど!」
「ははは! 違いない。我も伊達に皇帝などやっておらぬからな」
「僕も訓練してるからね」
この世界にも伊達さんは居るのだろうか。そんな雑念を振り払いハルは考える。
ようやく見えてきたクライスの性質。そこから考えれば、今回ハル達に接触してきたのは、この余裕の態度に反して藁をも掴むような心地だったのかも知れない。
であるならば、ハルはその期待に応えたいと思う。
正直なところ、神への反抗それ自体に興味は無い。プレイヤーによる民の混乱は別として。
結局、なるようにしかならないのだ。事実はどうあれ、この世界は神無しには回らない。
飼われているようだ、というのも一部事実だが、食事が無ければ人は生きて行けない。施しと取るか飼育と取るか、その意識の違いだけだ。
抗った所で、神を排除する事は不可能なのだ。絶対であるからこそ、神である。内情がAIだとしても、それは変わらない。
干渉が一方的で不可侵であること。これを完全に満たしていれば、中身が何だろうと関係ない。
だがクライスの手助けはしてやりたい。彼の素顔が見えてくるにつれ、彼のことを気に入っていくハルだった。
*
「……ハルさん、わたくし、随分とこちらでくつろいで居るのですが。ヴァーミリオンの国に戻らなくてもよろしいのでしょうか」
「……うん、その、ごめんね? 皇帝と雑談程度にと話し始めたら、なんか長引いちゃって」
「まあ。やはり殿方の会議というのは、長くなる物なのですね?」
一方で、屋敷の方の体はアイリと共に、戻るタイミングを見失っていた。
「待たされる間も、こうしてハルさんと一緒に居られるわたくしは幸せ者です」
「僕もそれは素敵な事だと思うけど、出来れば退屈な会議なんてしたくないね?」
「はい! まったくです」
己の、国の一大事をかけた分水嶺に望む気概であろうクライスには申し訳ないのだが、ハルの本体は、嫁を膝の上に乗せてのんびりとしているのだった。
彼には決してお見せ出来ないだろう。




