第1019話 別世界を探せ!
見た目だけは広々と広がるこの世界を、ハルたちはしばらくのんびりと散策していた。
こうして見ると、ここが周囲ほんの少ししか空間が存在しない、小部屋程度の広さだとは思えない。
丘の生成により起伏ができて、見渡しにくくなったとはいえ、草原はどこまでもどこまでも続いているとしか思えなかった。
「……単純なマップとはいえ、これだけの演算力をどうやって確保しているのかしら? エーテルネットには、オフラインなのでしょう?」
「そういうことにはなってるね。まあそこは、人の想像力はなかなか凄かったってことで納得できなくもないけど。問題なのはエネルギーの方だね」
「ですねー。これは明らかに、個人の生み出せる魔力の範囲を越えてますー」
自らも魔力を使ったゲーム運営として、世界の構築を行ってきたカナリーもハルの意見に同意する。
この見えている範囲が全て神力、つまりは魔力を使った重力制御にて行われているのだとすれば、そのエネルギーは到底個人では賄えない。
果たして、アメジストはその魔力をどのように確保しているのだろうか?
そして、気になる部分はそこだけではない。
このゲームを、いったいどうやって学園内に設置したのか。その謎もまた、非常に不気味なものだった。
「まあさ、今はそんなこと気にしててもしゃーないよ。分かるとこから、進めていこっ!」
「ユキさんの言う通りなのです! この世界をどんどん、発展させていくのです!」
「お二人ともー。これは敵のゲームだってことをお忘れないようにー」
とはいえ、楽しめるならその方がいいに越したことはない。せっかくなのだ。
ユキの言うように、考えていても仕方ない部分はあるのも確かである。
「ひとまず、埋められるピースから埋めていこうか。エメ」
「《はいっす!》」
「さっきのシルフィードとの通信だけど。『距離』の方はどうなってた?」
「《はいっす。データ出てます。概算で500キロ以上、1000キロ未満といったとこでしょうか? 信頼度は中程度とご判断ください。今後もシルフィード様と通信することがあれば、その都度、精度は上げていきます》」
「ふむ? 遠いな、けっこう」
「《そっすね。しかし、そもそも正確な距離は測れませんよハル様。その内部は、環境固定装置のように空間を拡張し、距離も極限まで稼いでいると思われます。もしシルフィード様がすぐ隣に居ても、見かけの距離が何百キロと離れている事もありますので》」
そこがややこしいところだ。実はハルたちは、音楽室に居た時と変わらない位置関係のまま遊んでいるのかも知れないが、現在は互いの姿などまるで確認できないほど遠くに居る。
それは電波の進行においても同じことで、互いの装置に到達するまで、そこそこのタイムラグが発生していたようだった。
「しかし、距離が知れたのは収穫か。つまりは、多くともここから1000キロ進めば、シルフィーと合流できるってことだ」
「前向きねぇ、あなた」
「それはものすごく、疲れそうなのです!」
「だいじょぶアイリちゃん。慣れれば移動なんて、なーんも感じなくなる」
「それはユキさんだけですよー。今の私たちは、生身なんですよー?」
「あっ、そかそか」
……ハルも同じ感覚で喋っていた。反省しなければならないだろう。
体内に残ったエーテルを操作することにより、ハルも生身のまま疲れ知らずの行軍が可能だ。それこそ、ゲームキャラが走り回るかのように。
しかし、それは置いておくとしても相対的な位置が知れたのは朗報だ。
要は、その距離まで世界を広げていけば、シルフィードの世界と合流できるということだ。
そしてそれは、シルフィードの世界だけに限らないだろう。
例の、唐突にメニューに現れたマップ表示。あのエリアの描写範囲を広げていくと、いずれ他のプレイヤーの世界とぶつかる。
それが今、明らかとなった彼我の距離と恐らくは一致することだろう。
「……恐らく、僕らがそうやって世界を広げて行って、最初に接触するのはシルフィーじゃない」
「そうね? 他にもプレイヤーは居るもの。そうそう都合よくはいかないでしょうね?」
「楽しみだねー。何が起こるんだろ!」
「きっと、世界同士の食らい合いなのです……! 育てた世界で、バトルです!」
「まあー、そのあたりがありがちなシステムではありますよねー」
せっかく、プレイヤーごとに特色ある世界になっているのだ。バトルになるかはともかく、接触したら何らかの干渉があるに違いないとハルも思う。
特に、虚空に向け無限に自分の世界を伸ばして行ける訳ではないことが確定した。
これはいずれ、『領土問題』に発展することだろう。
「しかし、だとするとマズいんちゃう? うちら、後発組じゃん? 先行して発展した国家に見つかったら、ラッシュの餌食じゃ」
「大丈夫です! 一定のレベルを超えるまで、初心者シールドが張られているはずです!」
「いやー、アメジストの奴がそんな優しい設定してくれますかねー?」
「良いねアイリちゃん。ついでに『何時間無敵』のシールドも取り入れようぜー」
「ですね! それなら、授業中に攻め込まれても安心なのです!」
「……なんだか、そう聞くとずいぶん俗っぽい世界になっていくように感じるわねぇ」
まあ、そうしたシステムかはともかく、ワンサイドゲームにならないように何らかの調整は成されているはずだ。
忘れそうになるが、アメジストの目的はあくまで超能力。その開花を促すために、プレイヤー同士で争わせて刺激を与えることは当然考えるだろうとハルは予測する。
そんな、他の世界との接触を目指すため、ハルたちもこの自分達の世界を広く広く広げていくことを、目指すのであった。
*
「あっ! マップのマス目が、いっこ広がったのです!」
「おお、ほんとうだ。やったねアイリちゃん」
「はい!」
「……自然にメニューを見ているけれど、この時点でチートなのよねこれ?」
「まあ、そうだね。本来ここでは、エーテルネットに接続は出来ないから」
現在、ハルは体内に埋め込んでいるコアを通じて、ひいては神界ネットを通じて、例え何処に居ようともエーテルネットに接続できる体になっている。
なので学園内に居ても、そしてこの謎のゲーム空間に居ようとも、問題なくこのメニューを参照可能だ。
なのでこの部分においては、他のプレイヤーと比較し一歩優位に立てていると言えた。
もし互いの世界が接触する事になっても、一方的にそれを察知することが可能だからだ。
「むーん。しかし、マップには他の世界さんは見えんね」
「だね。そうそうすぐには接触しないように、距離は取ってるんだろう」
「慣れないうちからPVPになったら、大変だもんね」
全然大変そうではない顔でユキが言う。
ただ、どのゲームでも基本的に初心者のうちはゆっくり自分だけで遊べるように設定していることが多いのは事実だ。
さきほどアイリの言った、バリアうんぬんもその事である。
「ハル君ハル君」
「なにかなユキ」
「ハル君の妙な技術で、ロボット的な何かを飛ばして斥候を出そう」
「おお! いいですね! 久しぶりに、『ゾッくん』の出番なのです!」
「可愛いわよね? ゾッくん。私も良いと思うわ?」
「ゾッくんぬいぐるみ、好評発売中ですよー」
「……ぬいぐるみの中に装置を詰めて、浮遊機械を作れと?」
不可能ではないが、少々大変そうだ。元々のゾッくんは魔法で飛行していたので、それをそのまま物理挙動での装置に置き換えるとなると、エーテル技術を使いたいところ。
自然現象を利用した発電が可能になったので、エネルギーはなんとかなりそうだが、見た目に気を配る余裕は出せなさそうだ。
「難しそっか。残念。そんじゃ、原点に立ち返って、目玉にプロペラでも付けて飛ばそうハル君」
「いやわざわざ今回は目玉を使う必要ないから!」
実に懐かしい話である。ハルは最初、自身の眼球だけをコピーし独立させて<飛行>し、スパイ衛星として各地に放っていた。
ゾッくんは、その発展形だ。さすがに浮遊する目玉はもう、ただのモンスターであるので、ファンシーな可愛い生物に偽装したのである。
「困りました。ゾッくんの羽では、空は飛べないのですよね?」
「あれは飾りだからね。それこそ、ゾッくんを飛ばせたいならユキの言うようにプロペラでも付けないと。あるいはジェット」
「だめよ。可愛くないわ? ……いえ、案外ありなのかしら? 頭にプロペラをつけた、ゾッくん」
ルナたちが集まって、なにやら地面に絵を描き始めている。
どうやら、ゾッくんにプロペラやらジェットやらを付けて、可愛く仕上げられるかのデザインコンペを行っているようだ。
……ハルはその会議が終わらぬうちに、迅速に手元の通信機の改造に移る。ゾッくんが嫌な訳ではないが、さすがにどうあがいても効率が悪い。
「……エメ。データ処理はお前に任せる。反響音を計算して、距離を算出しろ」
「《了解っす。いやー、大変っすねーハル様。モテる男はつらいっすねー》」
「この状況、モテ要素なにか関係があるのか……?」
ともかく、迅速に手持ちの材料を駆使してハルは音波探査機を完成させた。
通信機から全方位に、高出力で超音波を発振し、その反響をまた通信機にて捉える。
それによって得られたデータをエメが解析し、ハルたちはこの世界の傍に、ついに別プレイヤーの物と思われる世界を発見したのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




