第1018話 大自然の大いなる恵み
「《あのー。ハルさん、聞こえてますか? これで、いいんでしょうかー? あのー》」
「ああ、聞こえてるよシルフィード。早いね、行動が」
「《そりゃまあ。いきなりこんな所に投げ出されて、不安で不安で仕方ないですし……》」
「すまない。変なことに巻き込んじゃって。だけどおかげで、同時に二つのことが証明できた」
「《は、はあ……》」
一つは、同じ場所で同じ時間に、一緒にログインしたとしても、内部では別の空間に送られるということ。
やはり、ハルたちだけが例外だったのだろう。精神が融合したハルたちは、『全員で一人』という扱いのようだ。
そして、空間が違うとは言えど、シルフィードもまた同じ世界に存在しているということが明らかとなった。
同時に、全てのプレイヤーがこの謎の空間でゲームをプレイしているようだ。これが二つ目の証明。
「シルフィーに持ってもらった装置からは、古臭い単純な方式で通信を飛ばしてるんだ。今はほぼ使われなくなったけど、これならエーテルネットの無い世界でも連絡が取れる」
「《あ、それなら分かります。電波ですね? たしか、学園の壁は電波も遮断する構造になっているとかなんとか》」
「そうだよ。よほど病的にスタンドアロンを実現したかったらしいね。現代では、使われることがなくなったってのに。よく知ってたねシルフィー」
「《授業で習いましたので》」
優等生である。シルフィードらしいことだ。
まさにその通りで、ハルたちの学園はエーテルネットの他に、電波通信や光通信に至るまで全ての方式の通信を封鎖している。
まあ、使われなくなったとはいえ、技術としては健在だ。学内の秘密を探る悪人が居れば、そうした手法を取ることも考えられる。
「という訳で、シルフィーにはこのゲームをそちら側から調べていってほしい」
「《それはいいのですけど、何をするんです? このゲーム? マップに何も存在しないように見えるんですけど……》」
「分からない。僕らもとりあえず、手探りでそれを探っている最中だ」
「《は、はあ……》」
まあ、何か言いたくなる気持ちも分かる。だが、分からないものは仕方ない。分からないのだから、アドバイスのしようもない。
そして分からないことは、多方面から情報収集するのが一番だ。
「じゃあ、何かあったらまた連絡して。それまでは、装置のスイッチは切っておくように」
「《え、えぇ……、不安なんですけどぉ……》」
「悪い。その装置、『MP切れ』が存在するんだ」
「《な、なるほど。なら仕方ないですね。それでは、何か進展がありましたら連絡します》」
「頼んだよ」
有事の際に連絡がつかないことこそを恐れたのか、シルフィードは即座に通信をオフにした。
実に判断の早い、優秀なプレイヤーである。大規模ギルドを纏めるリーダーを、普段からこなしているのは伊達ではない。
「素直でいい子ね? しかしハル? 装置のエネルギーというのは、どの程度持つものなの?」
「まあ、実はそこまでカツカツではないんだ。でも、出来れば彼女には、僕らの意思が混じらない独自の目線で進めて欲しいと思ってね」
「悪い人ね?」
「まあ、後で埋め合わせはするさ。とりあえず、これで仮説は立証された。次はソフィーちゃんも呼んで来よう」
「反省する気がないのである、この悪い男。でもま、ソフィーちゃんなら問題なく楽しめそうだねー」
「ユキも、問題なくこっちに来れたみたいだね」
ハルたちの方も、また一つの実験が成功したようだ。魔力体であるユキのキャラクターも、体外に魔力を出さなければこの空間に来ることは可能であるようだった。
ユキはこの状態でなければ性格的に引っ込み思案になってしまいがちなので、これは非常に朗報と言えよう。
「とはいえハル君。私もここじゃ全力は出せないぜ? それこそ、その装置と同じで、エネルギー切れになっちゃう」
「そうだね。活動には、内部の魔力を食うことになるから」
「まっ、それでも意識がハッキリしてる分なんぼかマシじゃ。おなかも減らないし!」
「そ、そうです! わたくしたちはおなかが減ったら、こちらでは補給ができません!」
「ゆゆしき事態ですねー。致命傷ですねー。死活問題ですねー?」
「なはは。うらやましいかぁー」
「《これを機会に、カナリーはちょっとダイエットした方がいいんじゃないっすか?》」
この世界は広大なフィールドが広がっているように見えても、それらは実際の物質ではない。
食料採取は出来ないし、ハルが機械技術に長けていようと材料にすることも敵わない。
「とはいえ、全ての生産活動が出来ない訳じゃない。なので可能であれば、僕らのこの強みを生かした世界にしていければ良いと思う」
「『僕ら』ってか、主にハル君だけだけどねー」
「またなにか、悪いことをする気なのです! 楽しみです!」
「具体的には、どうする気なのハル?」
「物質はないとは言え、エネルギーが無い訳じゃない。ならばそのエネルギーを、使いやすいように変換すればいいだけのこと」
ハルは眼前に広がるシンプルな草原の、草が風にそよいでいる様に目を向ける。
そう、わずかではあるが、このエリアには風がある。これは、ゲームでよくあるように草が勝手に動いている訳ではない。
物理法則をしっかりと再現したガザニアの『新世界』には、前回は無かった空気や風が存在した。
「単純な話、ここに風車でも建てれば、それだけで回転エネルギーとして取り出すことが出来る」
「《わたしとしては筒状がおススメっすよ。風車じゃメンテナンス性が悪いですし、何より取り出せるエネルギーが少なくて効率悪いっす。よし、ここはわたしにお任せっすよ! 最適効率の設計に、仕上げてみせます!》」
「落ち着けエメ。風車は例えだ」
「そうですねー。そもそも、現状のそよ風じゃロクなエネルギーにならなそうですしー」
「では、わたくしたちの世界は、ばりばりとエネルギー溢れる驚異の大自然を作り出すのです!」
そんな感じで、妙な流れで世界構築の方針が決まっていった。
さて、ハルたちの世界は、ここからいったいどのように発展を遂げていくのだろうか。
*
「ここはやはり、お水を流すといいと思うのです! 水の力は、すごいのです。わたくしのお屋敷の近くの川も、氾濫した時はたいへんでした……!」
「確かに、侮れないわね? しかし私は、やはりマグマがいいと思うの。熱が使い放題なマップを作れば、色々と便利そうではなくて?」
「常識的な地形に囚われなくてもいいんちゃう? 常に竜巻に囲まれた山とかにすれば、攻守ともに完璧だ」
「雷の降り続ける大地にすれば手っ取り早いのではー?」
「……なんだか、どうあがいても魔境にしかならなそうだね」
それでいいのだろうか? せっかくの皆で作り上げる世界が。
もっとこう、女の子らしい平和でファンタジックな幻想的世界などを目指さなくていいのだろうか?
「そういうのは、シルフィードに任せておけばいいのよハル? あの子なら、放っておいてもメルヘンチックな空間に仕上げてくれるわ?」
「また心を読まれた……」
とはいえ、ハルもそう思う。妖精ルックに身を包み、可愛いもの大好きなシルフィードだ。
彼女がその心のままに作った世界となれば、ルナの言ったようになる可能性は極めて大。
ハルたちとしても、見た目よりも効率を追及した世界になることなどは、なんともハルたちらしいと言えなくもない。
荒れ狂う大自然のエネルギーを取り出す装置を敷き詰めて、一大工場群を建設するのだ。
「つまり纏めると、地殻変動を起こす大地からマグマが湧き出し、そこに濁流が流れこんでいて、周囲は竜巻の壁に覆われていて、空からは雷が絶え間なく降り注ぐ土地なのです!」
「地獄かな?」
「《た、たしかにエネルギーたっぷりっすけどねアイリちゃん? 施設の方が耐えきれないんじゃないっすかね……? さっきも言いましたが、破損した機械のメンテには材料が必要っす。それが大量になっては、本末転倒っす!》」
「むむむ! 難しい問題なのですね……!」
そう、結局はそこが問題だ。最高効率でエネルギーを生み出しても、それを使う為の物質が足りない。
それでは、なんの為にエネルギーを取り出しているのか分からない。
攻撃の為だとしても、その降り注ぐ雷でもそのまま敵に飛ばした方が手っ取り早いし世話もないというものだ。
「んー。ダメかー。良いコンボだと思ったのだが」
「成立してたまるかそんなコンボ」
「でも、楽しいのです! みんなでこうして計画するのは!」
「そうね? アイリちゃんの言うとおりね。楽しいわ?」
一応、アメジストの計画阻止という目的はあるが、このゲームのコンセプトそのものは何だか楽しそうで興味深い。
どんな世界にしようか、どんな世界になるのか、好き勝手に計画するのは実に愉快で会話が弾む。
「あっ、そうだ。それこそアレじゃない? セレちんが海に沈めた、海水を材料にした自動工場!」
「確かに! あれならお水を材料に、ナノさんのごはんを生み出せるのでしたね! 空気を材料でも、いけるのでは!?」
「まあ、理屈の上では。ただ、どうしても大きさがね……」
ハルたちがそんな話を広げていっている矢先、ついに世界に変化が巻き起こる。
ただ単調に広がるだけだった草原に、一筋の小川が筆をひかれるように世界に描き出されていった。
川はどこから来ているのか、澄んだ流れの水がまたどこかへと運ばれて行っている。
変化はそれだけではなく、土地には起伏が大きく現れ凹凸を作り、その小高くなった小山の上部には風が少々勢いを増しているようだった。
「おお。規模は小さいけど、私たちの言ってた方向性にマップを操れるみたいだね!」
「そうかしら? マグマが足りないわ?」
「雷も落ちる気配がないですー」
「そりゃまた今度だね。きっと相性が、悪かったのだ」
爽やかな草原のイメージと相反していたからか、会話に出た全てのイメージが実装される訳ではなかった。
まあ、全てが実現してもそれはそれで困るのだが、もし現状のイメージとかけ離れたものはNGだとすれば、なかなか連想力の試されるゲームである。
「よーし、でもとりあえず、当座の動力は確保したじゃんハル君。どーする? 川にする? 丘にする?」
「まあ、そうだね。これだけの勢いがあれば、どっちにせよ小型の装置の充電くらいはできそうかな」
大したエネルギー量にはならないが、それでも記念すべき自給自足の第一歩。なんとなく、明るい未来への展望が見える気のしたハルたちだった。
この空間にせっせと機械を運び込み、自然エネルギーで動力をチャージし、それを使って攻略を進める。
そんな、明らかに想定外だろう攻略を進めることの目途が立ってきた。そこに喜びを感じるのは、本末転倒であろうか?
とはいえ、せっかくの『新作ゲーム』であることも確かなのだ。どうせなら可能な限り楽しみたい。
ハルたちはそんな運営に喧嘩を売りまくったこのスタイルにて、この世界への挑戦状を叩きつけて行くことを決めたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




