第1016話 楽しい妄想攻略会議
公開された説明書によって明らかになった事実はいくつかある。
そのうち一つは、ソロゲームのように見えたあの世界は実はマルチプレイゲームだったこと。
そして、そのゲームの目的はどうやら競争要素の強いらしいことだった。
「ここに、『勢力値』というものがあります。わたくしたちの世界は、現在、勢力値『2』です! 弱いです!」
「他の世界の、勢力値は分かるのアイリちゃん?」
「いえ。それはまだ分からないようです。しかしいずれ、見えてくるに違いありません。この、地図で接触したならば!」
「地図、ねえ……」
アイリが興奮気味に、がばり、と指し示すモニターには、ハルたちの世界の『座標』を示すマップが表示されていた。
マップ上にはまだハルたちの世界しか表示されておらず、その周囲がうっすらと明るくなっているだけだ。
これは、よくある『探索範囲』だろう。歩いた場所とその周囲だけが、公開されていく地図埋め方式。
「これ、アレに似ていないかしら? ハルが好んでやっている、戦略ゲームに」
「ん? まあ確かに。ここが僕らの『勢力』の『初期拠点』という訳だね」
「ここを足がかりに、世界征服を目指すんだね!」
「まだそう結論づけるのは早いよユキ。ただ、そうしたゲームである可能性は考慮しておかないとならないかもね」
「斥候を出して、周囲を探索するのです!」
「そういったシステムも、あるのかしらね?」
今のところは、世界の『外』へと向かうシステムについての説明はない。
しかし、他のプレイヤーの支配する世界の存在が示唆され、その世界を『勢力』としてポイント付けている以上、警戒は必要だ。
それこそハルの好きな戦略ゲームのように、接触した他勢力との戦争が起こる可能性だって十分にあり得るのだから。
「むむむ! とはいえあまり、ゲーム的に考えすぎても良くないでしょうか! 相手は、みなさん日本人の方々なんですもの」
「いいや、それで構わないよアイリ。戦闘を想定していなければ、もしそうだった場合そちら側がただ無抵抗にやられるだけだ」
「……そうね。それに、日本人だってアイリちゃんの世界の人と変わらないわ?」
「そそ、戦闘民族、戦闘民族」
「いやユキほどではないけど……」
「なにおう!」
ゲームボディにログインしたユキは一気に好戦的。大人しかった先ほどまでとはえらい違いだ。
だが、なにも好戦的なのはユキだけとは限らない。日本では確かにアイリの世界のように戦争の危険もなければ、緊張状態ともほど遠い。
しかし、歴史的に見ても日本人は好戦的な血を引いている。戦国時代などいい例だ。
それを『資質』とするならば、リアル戦略ゲームを楽しむための資質は十分にあった。
「しかし、この説明書には『戦争をしろ』とも書いていないわ?」
「そかなー? 勢力の強さをポイントで表してる時点で、『争え争え』って言われてるようなモンだと思うけど」
「だからそれはユキだけ……、では、ないのかしら……?」
「まあ、ないとは言い切れないね。無意識に誘導しているとも言えなくない」
「そんで、問題が起きたら『ユーザーが勝手にやったこと、こうなるとは予想してなかった』って言える予防線だ」
「それは穿ちすぎの気もするけどね」
「いいえー。アメジストだって神です。そのくらいー、理解してデザインしているはずですがねー」
数々の運営と、数々のゲームを見てきたユキはそう断言する。なんだか妙な説得力を持つ、力強い発言だった。
そして確かに、カナリーの言うように神様ならば、当然そのような計算をしていると思ってしかるべきかも知れない。
このゲーム、警戒度を上げて探っていかねばならないのかも知れなかった。
「……しかし、『戦いましょう』とも書いていません。いったいわたくしたちは、何を目的として他文明と接触すればいいのでしょうか?」
「アイリちゃん、文明言ってる。文明って」
「そうね? ハル? あなたの好きなゲームの場合、この場合どうするのかしら?」
「まあ、それはプレイヤー次第だね。戦ってもいいし、仲良くしてもいい。全て自由だ」
「おお、また『ロールプレイング』、ですね!」
「そうだねアイリ。ただ今回は個人じゃなくて、勢力の、世界の在り方を決めていくことになるけれど」
好戦的な世界なのか、友好的な世界なのか。そこまで含めて、ゲームマスターは関与しないというのが、この説明不足な説明書の放つメッセージなのか。
好意的に見れば、この無意識に争いを予感させる作りも、『争え』と煽っているのではなく、『平和なだけではありませんよ?』、と警告してくれているとも取れる。
「面白くなってきた! 箱庭作りの環境ソフトなだけじゃなかったんだね。よし、早速軍備を増強しよう! アイリちゃん、どうやるん?」
「お待ちください! ええと、『世界は貴方の創造を願う力によって広がります。強く、理想の世界を思い描きましょう』、です!」
「わからん」
「ふわっとしてるね。説明が」
「役に立たない説明書ねぇ。マップだけかしら? 有用なのは?」
「確かに。あちらに居ないときは、マップを眺めて戦略を練ったり、想像力を膨らませたりする用かな?」
なんとなく、それだけでも楽しめてしまうのだから面白いものだ。ハルも経験がある。
むしろ実際に攻略している時より、攻略計画を練っている時の方が楽しいことだってあるくらいだった。
実際、まだ見ぬ他勢力に思いを馳せ、女の子たちもああでもないこうでもないと議論を重ねている。
さて、そんなハルたちの勢力が他者と接触するのは、何時の話になるのだろうか?
◇
「やはり、来るべき戦いに備えが必要です! 強くてカッコいい、防衛設備を用意するのです!」
「ちょいまちアイリちゃん。それも大事だけど、まずは国家基盤を整えないと。生産力が貧弱なままでは、貧弱な軍隊しか作れないぞ?」
「むむ! バランスが難しいですね! では他の世界との接触までは、地盤固めが良いのでしょうか……」
「……そもそも、『生産力』や『軍事力』なんてパラメータが存在するとは限らないわよ?」
「えへへへへ……。つい、想像が楽しくて」
「じゃあ、どうやって戦うん?」
「そう言われてもね……」
「わたくし、分かりました! 想像力の強い世界が、弱い世界を飲み込んでしまうのです!」
「ハル君のよくやる浸食だね。もう勝ちじゃん」
「勝ちですねー?」
「始まる前から妄想で浸食勝利しないで?」
まさかこのように、敵対の仕方すら自分で決めろと言うのだろうか? それはもう自由度が高いを通り越して、やりたい放題だ。言ったもの勝ちである。
しかし、戦い方すら押し付けられるとしたら、それもなかなか面白い。
ルールの中で最も有利な戦法を模索するのではなく、自分の戦法が有利となるルールを模索するのだ。
……なんだか、だんだんハルもこのゲームに楽しみを見出してきてしまっている。これでは、アメジストの思う壺だろうか?
まあ、楽しいと言えるのは良いことだ。ハルはしばらく、女の子たちの好きに話を進行させておくことにした。
「うん。やっぱまずは内政強化じゃ。それがいい。それがいい」
「ですね! なにしろ、わたくしたちにはハルさんが居ます!」
「そうね? ハルのナチュラルに人間離れした力があれば、当面の防衛戦力には不安はないでしょう」
「あんまり期待されすぎても困るかなあ。僕だって、二種のエーテルから遮断された環境では、大した力は発揮できないし」
「でも強かったじゃん。さっきは」
「まあ、あれくらいはね。ただ、シールドのエネルギーが補給できないのはどうしても不安だ。特に君たちの安全を考えると」
「かほごー」
ハルたちの身にまとうシールド、『環境固定装置』。これは、意味不明な消費エネルギー量を魔法によって補うことで実現している両世界の技術の合同作品。
魔法禁止のあのゲームでは、このシールドのエネルギーも即座に底をついてしまう。そこに、不安要素が大きいハルだ。
「んじゃさ、外から兵器を持ち込むってのは? ここで製造してってさ」
「ユキが自分の家を兵器密造現場にしようとしてる……」
「しかし確かに、良い考えかも知れないわね? 魔法はNGでも、物質なら持ち込み自由そうじゃない?」
「確かに! そうでなくては、わたくしたち、はだかでログインになってしまいます……!」
「まさに世界創生ですねー。神話を紡ぐんですねー」
一糸まとわぬ姿で、草原に放り出される女の子たちの姿を思い浮かべそうになって、慌ててそれを振り払うハルだ。
確かに、あの時は身に着けていた装備も全て持ち込みが許されていた。
恐らくはそれが兵器であっても問題ないだろう。そもそも、環境固定装置だって兵器レベルだ。禁止事項などなさそうなことは証明されている。
「となると、かつてのソフィーちゃんみたいなサイボーグさんも?」
「まあ、ログイン可能だろうね。まさか手足だけこっちに切り離して置いてきぼりなんて、酷いことはすまい」
「無敵じゃん」
「まあ、そのソフィーさんも今は完全に生身に再生が終わったし、わが校にサイボーグは居ないから考えても仕方ないが」
「はっ! そうです! 今こそパワードスーツを、使うのです!」
「おお、いいねいいね。最近出番なかったし。魔力が完全に不要なように、調整してさ。ついでにソフィーちゃんも呼ばない?」
「それは素敵です! 仲間をたくさん、集めましょう!」
「きちんと相手の意向も尊重しないとダメよ? しかしそうね? 同盟勢力は、多い方が有利なのよねハル?」
「まあ、セオリーとしてはね」
ハルとしても状況によっては、同じ学園に通うシルフィードに協力を仰ぐことも考えていた。
ソフィーは学外の人間だが、ハルたちの事情に深入りしている一人だ。同じように、協力を頼んでもいいかも知れない。
本人も、『次のゲームがやりたい!』と元気いっぱいにねだってきている。リハビリにもなるだろう。
「あとはソロもんとかミナみんか。月乃ママも?」
「いや誰彼構わず巻き込めばいいって訳じゃないよユキ……」
「お母さまを呼ぶの嫌よ? 私? まあ、あの人は忙しくて来れないでしょうけど……」
そんな風にしてハルたちは、まだ見ぬゲームの展望を妄想しつつ、その攻略の為の準備を進める。
どのような仕様かは分からぬが、確実に言えるのは後発組であることだ。先行者有利の溝を埋めるためにも、やれることはやるべきだろう。
そうしてわいわいと騒がしく作戦会議を進めつつ、本格的な攻略へと乗り出して行くのであった。




