第1015話 遅れてやってきた説明書
世界からはじき出されるように元の音楽室に戻ってきてしまったハルたち。
ログアウトの手段がきちんと存在したのは朗報だが、目論んでいたチート攻略は不発に終わった。
恐らくは、魔力を感知すると即座にそれを消費して扉を開く。そういった機構になっていると推測される。
「……ならば、物凄い勢いで魔力を放射しつづければ?」
「そうですねー。入場と退場を無限に繰り返して、転移で消費できなかった分が徐々にその場に溜まっていく。という感じでチートが可能かも知れませんー」
「しれっと対抗策を見つけて実行しようとするのはおやめなさいな……」
まあ、これは冗談だ。ハルも無理に実行しようとは思っていない。
相手のチート対策であった場合、正面から喧嘩を売る行為となってしまう。結果、出入り禁止になってしまいかねない。
「じゃーどーするん? 完全に、生身で攻略せんきゃいけないのかな?」
「たまには、それも良いかも知れないけれど、ユキは大変よね?」
「うんにゃ。がんばってみる。ハル君のおかげで、今は“こっち”でもまあまあ楽しめてるし」
電脳世界でないと、本領の発揮できないユキだ。彼女にとっては、肉体を用いて遊ぶゲームはつまらなかろう。
ただ最近は、精神が融合したことで、『ハルたちを通して世界を感じる』ことにより現実の肉体においても徐々に世界を鮮明に感じられるようにはなってきているらしい。
「まあ、ユキは徐々に慣らしていくとして」
「調教する、ってこと!?」
「ルナみたいなことを言うんじゃあない……」
「めんご」
「そこで謝らないでもらえるかしら……」
「まあ、それは今はいいとして、問題はこのゲームのことだね」
ハルは空中を指でなぞるように、つい、と撫でていく。その手の動きを、目を真ん丸にして首ごと追いかけるアイリがかわいらしい。
しかし、その先には何も見えず、指先にも何も感じず。今は『入り口』は完全に閉じてしまっていた。
「肉体で攻略しなければいけないのは、今は、まあいい。それよりも気になるのは、事実上、魔力が出せないってことだ」
「《そっすねハル様。魔力を出すことがログアウトサインだとするならば、あれらのオブジェクトの出現はいったいどうやって制御してるのかって話です。あれは確実に、魔力を用いた奇跡っすよ。電脳世界じゃないんす》」
「だね。エメの言う通りだ」
これが前回であれば、コマンド一つでどんなクリエイトでも実現して不思議はない。
全ては電脳世界の内部での出来事。奇跡も魔法も世界創造も、ボタン一つだ。しかし。
「今回のこれは現実空間だ。多少毛色が違うとはいえ」
「ですねー。結果には、必ず原因が必要です。あの魔力、どっから用意してんでしょー?」
「みなさまの活動により生まれる魔力、だと推測していたのですよね?」
「そうね? でもそれだと、何か魔力が発生した瞬間にいちいちログアウトさせられることになってしまうわアイリちゃん」
「ですよね。むむむ……」
そう、そこが問題だ。ゲームの運営には魔力が居る。しかし魔力が発生したらその瞬間にログアウトする。
これでは八方ふさがりだ。進むに進めない。せっかくのカモ、もとい大切なエネルギー源、もといお客様を、みすみす逃がしてしまうことにもなりかねない。
「ハル君は敵の本拠地に乗り込んだんだよね? そこに魔力がいっぱいあったとか?」
「まあ、アメジストの保有魔力量は普通かな。カナリーたち並み以下、アイリスたち並み以上」
「《はぁー!? 今は私の方が上なんですけどぉ!? あくまで、前回のゲーム開始前の水準なんですけどぉ!?》」
「ああ、ごめんねアイリス」
「《まーいいさね。確かに、あたしらよか元々の所有量は多かった。けど、それもまた過去の話だろお兄ちゃん?》」
「ああ。念のため、アメジストの魔力は既に拘束させてもらっている」
「《おーおっかね。口座凍結だ》」
ハッキングの実行犯がほぼ確定している状態で、泳がせておくほどハルもお人よしではない。
アメジストの居住地にて、その場の魔力はリコリスガザニアと共にロックしているハルである。
なので今は、自前の資産を取り崩してこのゲームを運営しているということもなく、アメジストは何らかの手法で魔力収支を黒字にしているとしか考えられなかった。
「……アイリス、そういえば。カナリーも」
「《あいよー》」
「どうしましたー?」
「アメジストの提供している『スキルシステム』。あれは、使用料が有料なんだよね?」
「《そだなー。バカ高いから、私らは使わんかったけど。あ、有料なのは超能力系スキルのみな》」
「私たちはその回収もあって、スキルコンテンツを一部有料にせざるを得ませんでしたー」
「……結構、ふざけた料金設定だったわね?」
「悪いのはアメジストですー」
カナリーのゲームで、スキルは課金によりランダムに手に入るようになっている。
その中でも超能力系スキルは異常に低確率で、全て課金により揃えようとすると莫大な資金が必要とされた。
ゲーム開始直後に、そのスキルをコンプリートしたために、ハルが『火星人』だの『ブラックカード』だの呼ばれることになったのも懐かしい話だ。
……まあ、実際にスキルを引き切ったのはルナであるのだが。今はそれはいいとしよう。
「つまりアイリス。アメジストはそれなりの日本円を所持している訳だ」
「《許せんよな?》」
「許せよ……」
「《まあ、お兄ちゃんの言いたいことは分かった。あいつが魔力を、お金から生み出してるかも知らねーってこったな?》」
「話が早くて助かる」
アイリスの特殊能力、それはお金の流れから魔力を取り出すという神様の中でも特異なものだ。
それと同じことがもしアメジストも出来るのならば、今回のこの謎は一応解明できたと言っていいだろう。
「《それは、なさそうねー? 私は、自分と同じ能力持った奴が市場で活動してれば見逃すことはねーのよ?》」
「なるほど。流石は守銭奴」
「《守銭奴じゃねーのさ! がめついだけさ!》」
「それでいいのか……」
まあ、アイリスの性質についても今はいいだろう。深堀りはしないでおく。
ただ、これも違うとなると、いよいよ分からない。アメジストの能力は、いよいよもってハルたちにとって未知の物であるようだ。
「どーするハル君? また中に、入ってみる?」
「……そうだな。どうしようか。なんとなくだけど、今また入っても、新しい発見は得られないような気もするが」
「そかもね。でも、現場百回とも言うし。検証は根気だよ」
「確かに」
ユキの言うことも一理ある。考えることも大事だが、結局のところとにかく行動しなければ何も進まないのだから。
しかし一方で、闇雲に動き回っていても進展はしない。
やはりここは、一度情報を整理する必要があるとハルは判断した。
「よし、一度家に帰ろうか」
「あいさー」
「ただその前に、学園中に隠しカメラを仕込んでからにしようか。自前の情報網の、構築だ」
「うわ。ハル君が覗き魔だ」
「えっちね、ハル? いやらしいわ?」
「わたくしのお着替えやお風呂も、きっと覗かれてしまうのです!」
「覗かないって……」
……なんとなく、言われることを予感していたハルなのだった。
*
「おや? 何か出ています」
ユキの家まで<転移>で帰宅したその直後、アイリが早速何かに気づいたようだ。
もともと世間から完全に隠れて移動していたため、帰りはさっさと<転移>で済ましたハルたち。
一仕事終えた空気に、アイリがエーテルネットのメニューを開いてお気に入りのゲームをチェックしようとしたところ、そのメニュー内の異変にいち早く気が付いた。
「……これは、先ほどのゲームなのです!」
「へえ。そうきたか……」
完全にオフラインの空間で開催されているゲームでありながら、いざオンラインになればその情報が浮かび上がってくる。
なかなか洒落た作りだ。これにより、学園内での体験が夢でもなんでもなかったとユーザーは実感する。
「なんか知らん間に、ゲームに登録したことになってる。ここで、改めて操作説明になるんだねー」
「……ねえハル? もしかして、このことを隠したいからアメジストはエーテルネットにハッキングをかけたのかしら? 世間にゲームが漏れないように、メニューを非表示にと」
「どうかな? もっともらしいが、それでもどうにも動機が薄い気もする。なんだか、言い訳じみているっていうか」
確かに理屈は通るが、だが言ってしまえばそれだけだ。何となく、『そういう理由なんですよー。納得しましたかー?』、とでも言われているようだ。
被害妄想だろうか? 少々、ひねくれ者の神様を相手にしすぎたのかも知れない。
「どうにもアメジストが、本気でこのゲームを隠そうとしているようには思えなくてね。まあ、とりあえずこの件は保留だ」
「理由が何であろうと、ハッキングは断固阻止なのは変わりませんしねー」
「わかったわ?」
ハルも気にはなるのだが、今は考えるべき事が他にも多い。それについては後回しにする他ない。
それより今は、アイリの見つけたゲームメニューについてが先だ。ハルも、小さな頭越しにアイリのメニューを覗き込む。
「どれどれ? さっそく、中を見てみるのです!」
「気を付けてねアイリ」
「はい! うしろからぎゅっと! 見守っていてください!」
言われるままハルは、頭に顎を乗せるようにして彼女を抱きすくめる。
それに気をよくしたアイリは、気合を入れてメニューへと向かい合っていくのだった。
「なになに? ふむふむ! どうやら、このゲームは自分の心を映し出した世界を作って、他の人に自慢するゲームみたいですね!」
「自慢……?」
「そう書いてあります! 訪問者に、自慢の世界を見せつけようと!」
「なるほど? よくあるアオリ文句のようね? 気をつけなさいアイリちゃん。あくまでカジュアルを装ったゲームの、内情は修羅の世界よ?」
「なんと!」
「おどかさないのルナ」
「ごめんなさいね?」
とはいえまあ、このゲームのアオリ文も信用できないのは確かだ。神様の作るゲームが、気楽で平和な訳がない。
「ここで重要なのは、訪問者が居ること。よーするにマルチプレイ確定ってことだね」
「ユキ、“着替えて”きたんだ」
「んっ! こうなると、気合入れんとね!」
あえてゲームキャラにログインしたユキが、魔力のボディで登場する。物理的にスイッチを切り替えた彼女はなんとも頼もしい。
そんな面々にて、ハルたちはじっくりとアメジストの作った『説明書』に目を通していく。
そこには、どうやら予想よりも厄介な『仕様』が記されているようだった。




