第1013話 校内秘密訓練施設
あまりにも唐突に、姿を一変させたこの世界。ゲームなのだから当然、と言いたいところだが、そうもいかないのが神様の作るゲームの場合。
現実を舞台としているカナリーたちは当然として、アイリスたちであっても、六人の間で交わした協定により好き勝手には出来なかった。
それが、マップ全てをこうも一瞬で作り変えることそれ自体が、アメジストの特殊性をよく表現しているようだった。
「しかも今、アイリの言葉に反応したね。音声認識、いや、思念反応か?」
「わたくしのイメージが、伝わったのでしょうか!?」
「その可能性は高いと思う」
思い描くだけで、世界が自由にできたなら。誰もが一度は夢見る、魔法のような空想の世界。
それがまさに、ハルたちの目の前に広がっていた。
この光景を見れば、アメジストがいかにこれまでの神様たちの事情とはかけ離れているか分かろうというもの。
「……とはいえ、ネタが割れている以上そう驚くことはない。これは実際に世界を作っている訳ではなくて、単なる蜃気楼のようなものに過ぎないんだから」
見かけ上は遥か先まで広大なフィールドが生成されたように見えるが、この空間は相変わらずハルたちの周囲ギリギリにしか物理的には存在しない。
それでも、視覚として存在するだけでこうも簡単に騙されるとは、人間の感覚というものは実にいい加減なものだ。
これは、夢と現の区別がつかぬ者が時おり現れるのも、無理からぬ話である。
「この草、触れるわね? ただの幻影という訳でもなさそうね?」
「《それはですねルナ様。重力操作によって触覚の方には作用してるらしいっすね、アイリスからの情報によれば。お気をつけください。その草程度でどうこうなる事はありませんが、規模がデカくなればダメージも発生するっす》」
「そうね? 私たちは今は普通の肉体なのだもの。十分に気を付けていかないとね」
「ふええ。どーしよ。今の私なんか、なんの役にもたたなさそ……」
「大丈夫ですユキさん! わたくしたちの、最終決戦を思い出すのです!」
「《わたしをぶっ殺した時の話っすから、あんま思い出して欲しくはないっすけど》」
「死んでないだろお前」
宇宙にまで逃げるエメを、ハルたち五人で追い詰めた時の話だ。
あの時は、今以上に完全に精神をリンクさせて、『全員がハルと同じ力を扱える』状態となり総攻撃を仕掛けたのだ。
さすがに、意識拡張の無い今ではあの時ほどの力は出せないが、それでもハルのサポートにより一般的な人間を軽く上回る身体能力は十分に発揮できる。
「まあ、とはいえ恐らく、そんな危険のあるゲームじゃないとは思うけどね」
「そうですねー。好き放題やってるアメジストですが、私たちに共通の『縛り』は健在のはずですー」
「うちらに、危害は加えられないってことなん?」
「ですよー? 色々抜け道使ってるみたいですがー、いえ抜け道使ってるからこそ、そこの保証はされてるはずですー」
ここまで強引に日本人を巻き込むことの正当性を、『安全に十分に気を遣っているから』という条件にて強引にクリアしているということだ。
神様たちにとって、根底にあるその縛りは、『嘘がつけない』ことと同レベルに強いものとなっている。
もちろん例外に対する警戒は常に行うべきだが、基本的には信頼して良いことだった。
「よかた。よかた。でも、それだと、なんにも派手なアクションのない退屈なゲームってことにならない?」
「アクションだけがゲームではないわよユキ? でもそうね? 比較的、平和なゲームになる可能性は高そうね?」
ルナの言う通り、アクション要素だけがゲームの面白さではない。ルナ自身は、アイテム生産系の平和なゲームが好きなのも発言の一因であるのだろう。
しかし、一方でルナが社長を務める会社では積極的にアクション要素を入れている。
やはり、売れるゲームには必要だということが、世の通説ではあるようだ。
とはいえこのゲームは売るための物ではない。流行らせるための物でもない。
その部分は捨てても、この独自路線で興味を引けば十分なのかも知れなかった。
「しかし、そしたら結局なにするゲームなんだろ?」
「世界を、好きに作り上げるゲームなのです! きっと!」
「それもアリではあるけれど、それにしてもルールがなくてはね?」
「いけませんか?」
「ええ。実際に好きに作れたとしても、大抵の人は飽きるわ?」
「身も蓋もないねルナちゃ。まあ、その通りなんだろけど」
ゲームは、ルールがあるから面白い。制限されているからこそ、その先が見たくなるのだ。
最初から何でも自由に出来たとしても、そこで狂喜して自由に世界づくりを謳歌する者は稀だ。
大抵の者は、高すぎる自由度の前に結局何をしていいか分からず回れ右するのだろう。
「んー。そうですねー。強いて言うなら、世界を自由にするその条件が分からないことこそが、ルールでありその『制限』なんでしょーかー」
「《どゆことすかカナリー?》」
「動かないんですよー。私がなにやってもー。さっきから、『えいえい』って必死に念じているというのにー」
「カナリー様、かわいいです! えい、えいっ!」
アイリも真似してえいえいするが、こちらも今度は変化が見られない。
先ほどは何の力みも必要とせずに書き換わった世界だが、その草原から世界は一切の変化を見せなかった。
あれは、偶然だったのだろうか? 単にアイリの言葉と、初期設定の内容が一致しただけの偶然。
「……それか、わたくしが意図せず初期ポイントのような物を消費してしまったとか!」
「それはそれで、別に気にすることじゃないさアイリ」
「そだよアイリちゃん。どうせ進んでいくうちに、最初のポイントなんか誤差になるんだからね」
「ああ。そういうところで完璧な効率を求める人は、それゆえダラダラと非効率な鈍足プレイに陥るものさ」
「ですが最高スコアを求めるには、最初が肝心! です!」
「アイリちゃんも成長したねー」
「あまりゲームばかりしていてはダメよ?」
「お母さんか、ルナちゃん」
すっかりゲームの定石までもを理解するに至ったアイリだ。秀才である。実によく勉強している。
しかし、ポイント制の初期ボーナスだったとしたら厄介だ。無駄遣いによる非効率さが、ではない。ポイントの入手条件が分からないことがだ。
既にゲームに文字通りのめり込んでいる学生たちは、この辺のルールはもう解き明かしたのであろうか?
ハルたちは今のところ、えいえいしているだけで進展はなさそうだ。
「……んー。久々にアレやろうにも、調べるべき壁がないんだよね」
「体当たりかい?」
「そうそれ。壁に向かって、かたっぱしから」
「謎解きならば、怪しげな室内から始まるもんだが、ここは草原……」
「本質的には、ここも密室のようなものなのにね?」
ルナが、そんなことをふと口走ったその瞬間、また何の前触れもなく、今度は周囲を覆う壁が出現したのであった。
*
「……あら?」
「またなんか出ましたねー」
「ごめんなさいね? 私が、適当なことを言ったばかりに」
「いやルナちゃん。私かもしれないよ。体当たりする壁が、欲しいと思っちゃったから」
「それはなさそうに思うけど……」
どちらにせよ、これではっきりした事がある。この周囲の環境変化は、ハルたちの思考、あるいは言葉によって多種多様に変化する、魔法のような作りになっているようだ。
「なるほど? これはなかなか、楽しいかも知れないわね?」
「ひっ! 密室に入って、ルナちゃんが生き生きしちゃった!」
「……そういう意味じゃないわよユキ。怯えないでちょうだいな?」
密室にて本領を発揮するルナである。まあ、さすがに今はそういった方向のおふざけはするつもりがないようだ。
「しかし、困りました。わたくしたちの意思とは無関係に世界が書き換わってしまっては、自由な創造とはいきません!」
「そこが、ゲーム性なのかしら?」
「あるいは、『訓練』、でしょうかー? この融通の利かない環境下で、何らかの能力、まあ超能力でしょうがー、それを制御する為の訓練プログラムでしょうかー?」
「可能性は高そうだねカナリー」
アメジストの目的を思い出せば、その線が妥当であるように感じられてくる。
目的は日本人の操る超能力の研究と、その覚醒の後押し。ならばこの空間は、それを自在に操れるようにさせる為に調整された場所であるのか。
ここで、望んだ世界を自由に形作る遊びを通じて、ある一定の感覚を体に叩き込む。
そうして鍛えられたプレイヤーが外に出たとき、いつのまにかそちらでも超能力を使えるように進化している。という寸法だ。
「ん? 確か超能力って、スキルというか、魔法の一種なんだよね? ならさ、これは魔法の訓練と同じってこと?」
「はて? わたくしは、こうしたことは初めての試みなのです!」
「実際のとこは、アメジストにしか分かってませんけどねー。でも本質的には、別種の技術が求められているはずですよー?」
「《もし魔法の訓練ならば、アイリちゃんはとっくに卒業してるはずですからねー》」
「たしかに!」
であれば何が求められているのだろうか? それこそ、どんなパズルよりも難解な謎だろう。
それよりも今ハルたちに求められているのは、この四方を覆う壁を、早急になんとかしなければならないことだった。
「……実質的な広さは同じであるとはいえ、このままだと圧迫感が酷いね。可能なら、取っ払いたいところだ」
「えい! えいえい! 消えろ~、壁きえろ~」
「消えませんねー、アイリちゃんー」
「はいー。手ごわいですー」
アイリたちがいくら気合を入れようとも、生まれた壁が再び無に還ることはない。
これでもし、この世界がひたすらに加算を繰り返すだけだったら、ハルたちは早くも詰みにはまってしまった事になる。
「んー。まあ再起動すりゃ、直るっしょ」
「再起動は、最強ですからね!」
「……何を言っているか分からないけれど、つまりログアウトするってことよね? できるのかしら、そもそもログアウトは?」
「そこは問題ないはずですよー義務中の、義務ですからー」
どんな没入感重視のゲームであれ、ログアウトコマンドの設置は決して外せぬ運営の義務。
それに、よしんば本当に幽閉されていたとして、その時は<転移>で逃げればいいだけだ。
そのことに安心したハルたちは、開き直ってもうこの環境を楽しむことにしたのだった。
「よし、壁に体当たりしよ。……って、痛ったぁ」
「生身だものね? 思い切りいったわねユキ?」
「うぅ、ルナちゃん、痛いよ~」
「はいはい、よしよし」
普段と違い、活発さのステータスを一気に落としたユキは、早々に体当たりをギブアップする。
それと入れ替わりになって彼女の代わりを務めるのは、ハルとアイリだ。
持ち前の元気さで、アイリも肩から硬い壁に向かって体当たりを繰り返す。ハルは自分とアイリの周囲にシールドを張り、衝突ダメージをなるべく抑えていった。
「ダメです! 崩れません!」
「ただの石やら何かじゃないね。普通なら、さっきのアイリのタックルは城壁だって粉砕している」
「なんと! わたくし、いつのまにかそんなパワーが!」
「これも重力制御で作った壁、要するに『神力』ですねー。そこそこ強力ですよー?」
カナリーたちのゲームにおいても使われる、主に赤く輝くエネルギーだ。マゼンタがその制御を得意としている。
どうやらこの世に生み出される空想の産物はその神力で構成され生れ出るようで、おぼろげながらルールの一旦が垣間見えてきた。
「まあ、そうと分かれば強度も読みやすい。どれ。アイリ、少し下がってて」
「はい!」
ハルはそう言って自分は逆に一歩踏みでると、今もまだ体内に残るエーテルをフル稼働させて、己の筋力を人外レベルにまで高めての蹴りを、周囲をふさぐ壁に向かって放つのだった。




