第1011話 学校であった、ある意味で怖い話
さて、静まり返った学園内において、ハルたちはこれから調査を行っていく訳だが、ナノマシンも魔力も使えないとなると厳しいものがある。
いつもの、ハルの万能性が振るえない。やりたい放題やってきたハルにとって、これは手足を封じられたに等しい。
「いや、まいったねどうも。勢い勇んで入って来たはいいけど、ここからどうしたものやら」
「しっかりなさいなハル。あなたらしくもないわ?」
「ナノさんも魔法も封じられて、ハルさんがピンチなのです!」
「なんか、『なぜかレベル1で始まる前作の主人公』みたいだね」
「たしかにですねー。最強装備と、ぶんまわしてた奥義はどうしたー、って話ですねー」
「ゲーム的な都合! ですね!」
「そうだね。アイリの大好きなそれだ」
続き物の続編で、しかも世界観も時系列も継続する場合。前作で無双していた主人公がなんの説明もなく最低レベルからスタートすることがある。
それはそうだ。レベルを継承していては不都合が多い。
ゲームバランスは取りづらくなるし、ラスボス以上の力を持つ雑魚モンスターが闊歩していても、それもまた世界観を崩すだろう。
今のハルはそんな『前作』の力を取り上げられた状態で、この学園の中はそんな新たな冒険のステージだ。
そう考えると、なんだかやる気が湧いてくる気がするので面白い。
「さて、そんな前作主人公の僕だけど、レベルは失っても前作で培った経験がある」
「おお! しかし、スキルも失ってしまっているのですよね?」
「分かった。人脈が残ってるってことだ。イベント進行だけはスムーズだもんね。エメっちょに任せるんだ」
「《任せられても困りますってー! わたしも、ハル様と条件は変わりませんよお。エーテルネットも神界ネットも通じてないんじゃ、わたしに出来ることなんて存在しませんってばー。だからこき使うのは止めるっす!》」
「使えないエメですねー」
「《なにおう。カナリーだってそこでは運動不足のぷくぷく少女じゃないっすかー》」
「むー。太ってないですー。食べ過ぎなだけですー。私は消化がいいんですからー」
食べ過ぎな自覚はあるようだ。まあ、今はそんなことは特に関係なかった。
「それで、いったいハルさんは何をするのでしょうか?」
「ハッキングをする」
「まぁ?」
よく呑み込めていないアイリと、他の女の子たち。その前でおもむろに、ハルは小型の機械を取り出していく。
この魔法もエーテル技術も使えないという状況は、侵入前から織り込み済み、分かり切っていたことだ。
当然そのための対策も万全。そのような状況下でも問題ないような装備を、既に生成しておいたハルであった。
「これは、“ぱそこん”なのです!」
「正解だよアイリ。この学園はエーテル技術が使えない。つまりは便利なセキュリティも一切使えない訳だ」
そんな、現代においては不便すぎる状況で防犯を何によって行うか。それは機械だ。
「……確か、以前に私とハルでここに侵入した時も、ハルが防犯装置を無効化していたわね?」
「《あー、わたしの作戦がバレた最初のきっかけっすねえ。『フツー気づくか!?』って思いましたよ。ゲームで言えば確率0.01%の隕石イベントに当たるようなもんっすよ? 常識的な感覚なら、リスクから除外するってもんです》」
「お前が常識を語るな、と言いたいが、確かにあれは反則的だった」
「《今回もルナ様の第六感で探知できないっすかねえ》」
「そんなに毎回都合よくいかないわよ……」
前回のことは、早いものでもう半年前。エメが全ての神の目を欺いて行っていた転移計画。
それにより異世界より迷い込んだ『黒い石』の魔力を察知したルナのお手柄の話だ。
その現場もこの学園の内部であり、当時は謎だったルナの超能力である魔力感知によって、エメの計画が瓦解する重要な切っ掛けとなったのだった。
思えばそのルナの力も、巡り巡って様々な物に繋がったものである。月乃しかり、今回のアメジストしかり。
その時にも行った学内セキュリティシステムの無効化。
当時は魔法を絡めてお手軽に行ったそれを、今回は正攻法で機械の力を使って行っていく。
「あの時も言ったけど、この学園のセキュリティは慢心しきってる。『自分たち以外にこの技術を使う者など居ない』と」
実際、ほぼ居ないのだが、ここに一人その技術にも精通した者が居た。
ハルにとっては、こんな安心しきったセキュリティなど児戯に等しい。
……まあ、機械文明の全盛期を知るハルが相手では、例え万全の備えをしていても結果は変わらないので、言ってやるのは可哀そうというもの、かも知れないのだが。
「はい。校内ネットワークに侵入完了。ちなみに、ここでいうネットはエーテルネットじゃないよ」
「おお! ゲームで、見た通りなのです!」
「そりゃアイリちゃん。ゲームも当時のリアルが元だからね。てか私も、初めて見た」
「そりゃ、ユキだって現代人だから」
ハルは手近にあったメンテナンス用のハッチを適当にこじ開けて、前時代でいうノートパソコン風の装置から配線を繋いだ。
そこからローカルなネットワークに接続し、それを伝って管理システムを手中に収める。ハルがその作業を終えるまで、さほどの時間は掛からなかった。
「……よし、カメラ映像まで到達。はいはいアドミンアドミン。設定もザルすぎる」
「良く分からないけど、楽しそうね?」
「普段は見ないハル君だ」
「これは昔を思い出しちゃってますねー」
「かわいいのです!」
「いや、かわいくはない……」
確かに、少し気分が乗りすぎた気もする。久しく触ることのなかった機械式のタッチパネルに、つい指が踊ってしまうハルだった。
そんな作業の甲斐あって、ハルは学園内の防犯記録を自由に閲覧できる権限を得た。
さて、その中には、目的の情報は記されているのだろうか?
◇
夜の学園にて、廊下の一角に身を潜めるようにうずくまる怪しい集団。
ハルと女の子たちは、巨大なお饅頭のように寄り集まって、モニターの光を漏らさぬように皆でのぞき込む。
「おー、映ってるねハル君。ばっちり、ばっちり」
「犯行現場を、とらえたのです……!」
「……しかし、多すぎないかしら?」
「みなさん遊びたい盛りですねー。侵入し放題ですねー」
「《基本的に、監視カメラなんて当時から常時張り付いてチェックしている方が珍しいっすからね。しかもこの学園、バレない限り極力見逃す方針なんでしょう? そりゃ、こうもなるってもんっすよ。いやー、何か大きな問題が明るみに出た時が見ものっすねえ》」
「確かに、連鎖的に全ての映像が洗われることになるのかもね」
正直今の状況では、笑い事ではないハルだ。何かとんでもない問題児がくだらない事件を起こしたとすると、そこから社会を揺るがす異世界の秘密が暴かれかねない。
なので今のハルは、不本意ながら学生たちの火遊びのフォローをすることも視野に入れねばならない立場なのだった。
「……一応消しておくか、こいつらの映ってる部分は片っ端から。やれやれだね」
「警戒心ないですねー。カメラの存在、知らないんでしょうかー?」
「そこまでバカじゃないはずだよ。むしろ、チェックなんかされないってことを知っているからじゃないの?」
「まあ、私たちにとっては好都合よね?」
「ハル君なにか分かったー?」
「ちょっと待ってね。エメ!」
「《はいっす! やってるっす! 問題児の方々の移動経路、活動範囲、活動時間、もろもろをデータベース化。完了しました。んー、まあー、この大半はただ普通に遊んでるだけって感じっすね。今回の事件とは関わりないと見て良さそうっすよ》」
「それはそれで、なんだか、って感じね……?」
なんだかんだ言って優等生であるルナが、この上流階級の多いはずの学園の真実を知って額に手を当てる。
まあ、そんなものだろう。むしろ、こんな学園に押し込められているから溜まるストレスだって多かろう。
彼らの名誉の為に補足しておくが、大半の学生は、期待通りに真面目に日々を過ごしている。
そんな監視映像の中には、特に人が突然空中に消えるように消失するようなシーンは記録されてはいなかった。
「流石にそんな一発アウトな驚愕シーンは残さないか。共学シーンは多いけど」
「ダジャレ言ってる場合ですかー」
「共学シーンでは手がかりにはならないわね? これは、単に隠れていちゃついてるだけね?」
「ただの正当な不当利用だねー」
「ユキさん、それは最初から、正当性がないのです!」
立場上学外で逢瀬を重ねられないカップルがこっそり、などというシーンを見ても仕方ない。
せめてもの情けとして削除してやり、ハルはそこで次の視点からの調査に移る。
「エメ。それなら、『最初から削除されていたシーン』に絞って記録を探れ」
「《了解っ! っす!》」
監視映像には、無防備に映りっぱなしの物以外にも、きちんと丁寧に消された物も存在した。
アメジストの『ゲーム』に関わる場面が全て消えているなら、その削除データにこそ手がかりがあるのかも知れない。
「《んー、これはきっとやり手の共学エンジョイ勢が消したデータでー、となるとこっちもその関連っぽいっすね。驚愕データは恐らく別で、問題の瞬間だけを削除していると見ました。ならば途中までの移動経路が記録されてるデータも組み合わせれば、と。……おや?》」
「どーしたんですかー、エメー?」
「《いや、それがっすね。『全消し』の中にも共学っぽくないデータがありましてね? こっちもワンチャン、驚愕っぽいっすかね?》」
「むつかしいです!」
「ハル君が変なダジャレ言うからー」
「失敬」
エメにどのデータが気になるのかを訊ねると、それは全て『学内からスタートして、学内で終わる』空白データ。
つまりは容疑者が、そもそも内部の者であるということだ。
「ふむ? つまりこれは、生徒ではなく、『エーテル過敏症』の人たちか」
「確か、ハルの推理では彼らも、ゲーム参加者と見ているのだったわね?」
「うん。それなりの確率で」
その事実も合わせると、次々とパズルが解けてくる。
怪しいデータの中でも、内部で完結するそれと合致する物のみを抽出。すると、いくつかの教室が候補地に絞り込めた。
その中の一つへと、ハルたちは向かう。
そこは、夜の学校の怪談スポットの定番。様々な楽器を収めた、『音楽室』であるのであった。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、怪異が出るか。奇しくも以前ぽてとが語ったような、『放課後のぎしき』と一致するのは偶然ではなかろう。
ハルたちは意を決して、音楽室の扉を開け放つ。その扉の先に待つものは。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




