第1009話 世界の盲点となる地
日本に戻ったハルたちは、今度はこちらからアメジストを追う。
結局、アメジストとの接触には至らなかったが、収穫はあった。どのようにして行動を起こしているかが、協力者のガザニアにより明らかになったのだ。
「どうやらプレイヤー自身の力を使って空間に穴をあけて『ログイン』し、こちらの目の届かない所でゲームをしているらしい。またずいぶんと、手の込んだやり方だ」
「それって、ゲームは自分の体を使ってやることになるん?」
「そういうことなんだろう。ログイン先で、更に電脳世界にログインする、なんてのもマヌケな話だし」
「ほえー。ずいぶんと、無価値なゲームだね」
帰宅した家の主、ユキが『心底信じられない』といったように語る。
ユキは電脳世界でゲームをする事こそを重視しており、現実をクソゲーと断ずる生粋のゲーマーだ。
というのも、彼女はこの電脳の世代に適応しすぎたその精神構造ゆえに、ヴァーチャル空間にダイブしていない間は、視界に霞がかかったかのように逆に現実味の薄い生活を余儀なくされているのだ。
そんなユキにとって、『肉体のままゲームが出来る』なんてキャッチコピーはなんのメリットにも感じはしない。
しかし、それはユキが特別であり、世の人々の多くにとっては魅力的に感じる響きであろうことは間違いなかった。
どうしても、ヴァーチャルは非現実。だが現実のままファンタジー世界が実現するなら、それはまさに夢の世界だ。
「あら? 最近はユキも、肉の悦びを知ってきたって話していたじゃない?」
「ルナちゃんなにいってるの! そ、そゆのじゃなくて、最近はみんなの感覚を借りて、こっちの世界も悪くないかな、て……」
「私たちの快感を共有して?」
「ル~ナ~ちゃ~~」
……まあ、ルナの言い方はともかく、最近はそんなユキもハルたちと精神を融合させたことで、そうしたフィルターを通さない世界に徐々になじんで来ている。
とはいえまだまだキャラクターの体の方が思い切り動けて楽しいことには変わりないようで、基本的にはゲームのユキでいる時間の方が長かった。
「ところで、そのゲームというのは、いったいどんな物なのでしょう? いまいち、実感がわきません……!」
「そんな難しい話じゃないよアイリちゃん。要は『強制スクロール』みたいなモン」
「地面がどんどん流れてくる、あの!」
「そうそ」
ほんの狭い個室程度の空間で、どうしてゲームが成立するのかがアイリにはイメージが出来ないようだ。
これは仕方ない。ゲームを普段からやっている者でも、この辺の感覚は分からない者も居るだろう。
ましてや異世界出身のアイリでは、それも無理なかろうというもの。
「自分は動かなくても、強制スクロールで地面が流れてくれば移動してるのと同じになるっしょ? じゃあゲーム全体をそうしちゃえば、極論、手足を振り回せる程度の空間さえあればどんな広い世界だって再現できるのだ」
「まぁ……、すごいですー……」
「とはいえ今のゲームで、そんな構造のものなんてほぼないけれどね? ユキはよくそんな事を常識のように語れるわね?」
「私はレトロゲーだって得意なのだ」
それこそ二十四時間休まずログインし続けられるユキだ。ハルと二人で、有り余る時間をさまざまなゲームをプレイして過ごしたもの。
そんな二人で遊んだゲームの中には、プログラム上そうした構造になっているゲームも存在した。
プレイヤーは足踏みしているだけだが、世界の方がスクロールすることで移動を演出する。
もっと簡単に言ってしまえば、トレーニング用の『ランニングマシーン』のようなものだ。
さすがに今はルナの言ったように、そうしたシステムを成立させるには無駄が多すぎてほぼありえないが、そんなに画期的な発想ではないということだ。
ガザニアの小さな空間でゲームを成立させる発想も、なにもそう新しいものではない。
「……しかし、困ったわね? そんなゲーム」
「そう? ゲーセンの体験型ゲームが流行ってるようなもんじゃん?」
「ゲー、セン? ああ、アミューズメント施設のAR設備ね? 確かにそれとも近いけれど、それはこの地上から肉体が消えたりしないでしょうに」
「まさに神隠し、なのです!」
「そうだねアイリ。実際、大変だ」
まだ何処でも問題は起こっていないようだが、前触れもなく人間がまるごと消えてしまうなど、都市伝説の中でしかありえない。
この現代でも、いやこんな時代だからこそ、そんなことは不可能と誰もが常識で理解していた。
ちなみに、ユキの例に出したのは大型店舗にある設置型の巨大設備を使ったAR、拡張現実ゲームのことだ。
これもまた仕組み上は今回のアメジストのゲームに近い。
設備の中に入ったプレイヤーの周囲に、立体映像を投影して現実に居ながらゲーム気分を味わえる。
他、更に仕様上近いシステムとしては、四方を重力制御装置で囲まれた室内の、四方にAR映像を映し出した体感型シミュレーターもあるが、これはまだまだ研究段階であり、余談だろう。
「ともかく、今はそんな『ゲーセン』がこの日本の何処で、実際に営業されているのか僕らは知らないといけない」
「そうね? 今はまだ何の被害も出ていないようだけれど、噂が出回り始めたら事だわ?」
「物理的に異常なことだってバレちゃうもんね? 今までのゲームなら、『画期的なプログラムなんだろう』で済むけどさ」
「大変、なのです!」
そう、どう考えてもあり得ないこの技術。ここから、異世界と神様の存在が芋づる式に発覚しないとも限らない。
今のところネットの噂にはなっていないようなのが救いだが、そこが逆に不気味。
どんなに閉じたコミュニティであれ、現代でハルに隠し通すなど不可能なのだから。
「ぽてとちゃんに聞いた、学校で流行っている妙な噂についても一応調べてみたけど、ハズレだった」
「そうなのね?」
「うん。あれは本当にただの噂、ただの都市伝説。出所は追えなかったけど、ぽてとちゃんの学校以外でも似たパターンの噂が流行っているみたいだよ」
「謎の『ぎしき』をして、謎のゲームに参加するのでしたね! 確かに、関連性がありそうでした」
しかし、実際はただの子供の遊びでしかない。いつの時代も変わらない、学校の怪談。
偶然か、それともアメジストの目くらましなのか。その類似性を感じた噂は、今のところ一切の無関係であるようだった。
それを含め、現状どこからも情報は入って来ていない。
他の神様たちにも調査を手伝ってもらっているというのに、大した隠蔽力だ。
「……まあ、だからこそ逆に、怪しい場所は絞られるってものだけど」
「なんと! ハルさんにはもう、全て分かっているのですね!」
「まあ、そうね? ここまで情報が無いと、候補は絞られてしまうものよね?」
「あっ、わかた。ハル君とルナちゃんの、学校だ」
「その通り」
ユキの気づいた通り、エーテルネットをくまなく調べても決して情報が出てこないエリアが一つだけある。
ハルとルナの通う学園。カナリー曰く、『ネットの通じない邪悪な空間』。仮にそこで事を起こされた場合、例え管理者のハルであれ情報を追うことは出来ない。
物理的にエーテルが存在しないのだ。通じていないネットを、探ることは不可能。
前時代で言うところの、『スタンドアロン』で存在するコンピュータのようなものである。
「……お母さまといい、陰謀家は考えることが同じなのだから」
「確かに、いかにエーテルネットの通じないエリアを作り出すかに熱心だね」
「空白地帯、という奴ですね!」
なんだかまた月乃に飛び火しているが、実際に女の子たちの言う通り、発想は同じ。
人が居ないと成立しない内容なので、月乃の時よりも分かりやすいと言えよう。
登校時にハルの感じた、『クラスメイトが何かを隠している』感覚の説明もこれでつけることが可能だ。
「そうと分かれば、また学園に行くとしようか。下校したばかりだけど」
「そうね? 幸い、私たちは生徒ですから、潜入に苦労はしないものね?」
「私とアイリちゃんは無理だー」
「わたくしたちは、部外者なのです!」
「いや、今回はみんなで行こう。僕とルナも、姿を隠してこっそり入る」
「なんと! お二人の学校、わたくしもついに見学の時が!」
今回、ハルにとって見知った場所とはいえ何が起きるか分からない。万全を期して、しかも秘密裏に向かおうと思う。
アメジストの方も、学園内に(どのようにしてかは不明だが)警戒網を敷いていると考えるのが自然。そこに、無防備に真正面から乗り込むのは避けたい。
ハルたちはそうと決まれば、入念に戦闘準備を整え、『敵地』へと向かう準備に入る。
かつてのエーテル、あのエメの宇宙規模の攻撃すら退けたメンバーだ。向かうところに敵はない。
そんなやりすぎの準備を整え、カナリーも交えて、当のエメをナビゲーターに据え、ハルは魔境と化した慣れ親しんだ学び舎へと乗り込んでいくのであった。




