第1008話 箱庭に満たぬ新世界
ガザニアの能力がアメジストのゲームに必要。これは、急にそのゲームとやらが危険性を増したことを示している。
何故ならば、ガザニアの『新世界』は電脳空間ではなく、実在する空間そのものを作り上げる力だからだ。
その効力は実用性皆無でほぼ無害といえど、この事実は見過ごせない。
電脳世界でゲームプレイが行われるならまだいい。そこはハルの領分であるし、なにより防ぎやすい。
しかし実際に別空間が作られ、利用されているとなれば話は別だ。そこはハルの手の届かぬ、完全な隔離領域だ。
「考えたね、アメジスト。これじゃ文字通り異世界でゲームされるようなものだ。始まったら、追いかけようがない」
「でもよぅ、お兄ちゃん? そんなゲーム、どやって始めんだ?」
「そうだよハル様っ! 心配は無用さっ! ガザニアは魔力空間だからこそ容易に入り口を開けた訳で、現実にこれをやるのは、ほぼ不可能……っ!」
確かに、リコリスの言う通りではある。まず前提として何かしらのヴァーチャル空間へのログインが必須であるならば、そこの反応を捉えてしまえばいい。
日本で直接異空間への扉を開くなど、例え神様であっても不可能だ。
そんなことが出来るのであれば、もう既に多数の神様が日本進出しているのだろうから。
「いえ、既にもう、ゲームは始まっておりますよ」
「なにぃっっっ!!」
「おめーが驚くなリコリス! いや、驚く話だが!」
「……どういうこと、ガザニア?」
しかし、ガザニアの口から飛び出た言葉は、ハルたちにとって完全に予想外の驚くべきものだった。
「日本におけるサービス開始、と言うと変ですね。『実験開始』はもう、既に行われております。少々前からのこととなっています」
「『なっています』、しゃなりしゃなり。じゃ、ねーのよガザニア! そんなことやってたんか!」
「そうだぞぅガザニア! 大人しい顔して、そんなぶっ飛んだスキル持ってたんか!」
「いえ、いかに空間使いとて、私に次元の壁を越える力はありません。これはあくまで、アメジストの力によるもの」
「それでも、解せないね」
次元の狭間に隔てられた二つの世界の壁は思った以上に強固なものだ。神様がそれを乗り越えるには、異世界の国一つ分の魔力が居るほど。
それをガザニアは、いやアメジストは、難なく突破して既に謎のゲームを開始しているという。誰にも察知をされることなく。
これは、脅威であるという以前に謎が勝る。一体、どうやって?
「……ノーリスクでそんなことが出来るなら、今頃ゲームなんて言っている必要はないだろう」
「ハル様を警戒したのではないかな? 謎空間に隠れて、こっそり進めることでその調査力から逃れようとっ! 実際逃れていたしね」
「それを言われると痛い」
「お兄ちゃんのせいじゃねーのよ。こんなん気づかねーのよ」
「いや、そういう訳でもなさそうだ。隠れることが目的ならば、エーテルネットにハッキングをかけたりしないからね」
ハルはそこでガザニアにじっと視線を送ってみるが、彼女は静かに目を瞑って、ふるふる、と首を振るのみだ。自分は知らない、ということだろう。
ガザニアもただ能力を提供しただけなのかも知れないが、その力の及ぼす影響にはもっと気を遣って欲しいものである。リコリスもしかり。
「それもそだなー。正面からお兄ちゃんを敵に回して大立ち回りするんなら、隠れている意味はない」
「つまりはだっ! まだ奴の目的は、完全には成就していないぃ、とっ、いうこと……」
「いちいち噛みしめて言わねーでも、んなこと分かってんのよ!」
「この事から分かるのは、そのゲームとやらはまだまだ不完全だということ。そして、アメジストの力もそこまで万能ではないということだ」
狙いが、メニューウィンドウの不可視化禁止の設定解除というのが何とも奇妙だが、今はそれは置いておこう。
良く分からないが何かしらに必要で、達成すれば何らかの利点があるのだろう。
重要なのはその不完全なゲームを、アメジストは必死に成功させようとしているという部分だ。
これは、日本において万能に力を行使可能な者のすることとしては少々不自然である。
「となるとだっ! アメジストがこの妙ちくりんな空間を生み出している背景には、何らかのトリックが存在する。そういうことだねぇ、ハル様っ!」
「ああ。そしてそのトリックの正体は……。ということだね」
「ご明察! オレの調査していた、超能力に関する実験に関わることに間違いない……っ」
「みょうちくりんではありませんが……」
どういうことかといえば、超能力と魔法、それはどちらも本質的には同一の物なのではないか、というのが前回のゲームを通じてハルたちが得た結論だ。
本来、日本人も異世界人と同様に魔法を使う力を持っているのだが、地球には魔力が無いのでその行使が全て不発に終わっていた。
逆に言えば、魔力さえあれば魔法は使えるということになる。それを何とかする術を、前回のリコリスへの依頼でアメジストは見つけたのかも知れなかった。
「ここでは、日本でも魔力を使う方法が見つかったと仮定しよう。ガザニア。その場合は?」
「はい。ご推測の通り、日本の方々が代理となって、空間の入り口を開くことが出来るでしょう。そもそもが私の能力は、一人につきほんの少し、狭い狭い小部屋程度の空間を作り上げることを可能にする力」
「しかし、その空間の広さはそこが限界で、君はそれでは無意味と研究を打ち切った」
「ええ。そこは今も変わっておりませんよ」
しかし、それでもアメジストには好都合だったのだろう。ガザニアにとっても、彼女の研究がこれにより何らかの進展を見せるかもしれないという期待がある。
それに、前回に引き続きこのゲームに協力することで報酬も得られることだろう。
「迷惑だなぁガザニア。勝手なことしてくれちゃってさぁ」
「オメーが言うなっ!!」
「あいたぁ!」
「まあ。綺麗な流れで、突っ込みが決まりましたね?」
「……本当だよ。練習してたの?」
ガザニアにも言いたいことはあるハルだが、今はそれよりもアメジストのことだ。
まずはアメジストに追いつかねば、後手に回ったまま。この状況はなんとか打破したい。
ハルたちはそのゲームの内容を聞き出すべく、ガザニアに問いを重ねていくことにするのであった。
◇
「さて。ガザニア」
「はい」
「オレの代わりに反省室行きだっ!」
「黙ってろぁ! そんでおめーも行くんだよ!」
「この子たちは無視して、いくつか聞きたいことがある」
「はい。お答えできることでしたら」
すぐにでも追いかけたいところだが、まずは敵を知らねばならぬ。いや、まだ敵と決まった訳でもないが。
ハルはガザニアに、知っている限りの情報を話させることにした。
「まず率直な疑問なんだけど。成立するの? そのゲーム?」
「だよなぁ? マップ狭すぎるんじゃあないかい? 『さいしょのまち』から出られないどころか、最初の一歩すら踏み出せない」
「そだなー。まあ、凝ったゲーム性なら、そういうのもアリっちゃアリだがよー。いまどき流行んなくね?」
「そこに関しては、問題ないようです。残念ながら」
「残念なんだ」
「はい。思いもよらぬ方法で、広げてくれれば有難かったのですが」
しかしアメジスト曰く『無理なものは無理』とのこと。どれだけ画期的な発想の転換があれど、光速を超えられないのと同じ。
しかし、技術の発展は叶わなくとも、その能力を応用する術はある。そしてそれは、既に実用化を見ている技術の流用でもあった。
「私たちの使っていた。外部からの侵入者に対するトラップ。アレを応用するそうです」
「なるほど! 行っても行っても終わらない、無限の牢獄を演出するトラップ。あれを使えば、限られたマップの中で広大な空間を演出できるっ!」
「重力制御で、歩いてるように感じるけど一歩も進んでないやつなー」
何を隠そう、ハルとセレステが掛かったトラップである。
どれだけ必死に飛ぼうとも、決して到達できない無限回廊。ハルの、使っている、『環境固定装置』の力場を逆方向に向けた能力だ。
それを使えば、ほんの小さな小部屋でも、無限に広がる世界を『錯覚』させられる。
プレイヤーは実は一歩も移動していないのだが、『背景』の方が合わせて移動してくれることで、問題なく移動の感覚を味わえるのだ。
「め、めんどくせー……」
「だよねぇ。確かにさぁ、そうすればガザニアの『個室』でも広いマップを演出できるけどさぁ」
「私にも、アメジストの目的は分かりません。しかし、何らかの化学反応が起こる可能性に私は賭けました」
「……なんとなく仕様は分かってきた」
しかし、いまいち分からない部分がまだまだある。最も大きな疑問は、なぜわざわざ手間とリスクを背負ってガザニアの能力を使いたがるのか。
アイリスたちがやったように、普通にエーテルネットを通じたネットゲームの方が楽だろう。
考えられる理由は大きく二つ。
一つが、機密性を重視すること。機密は気密も兼ね、エーテルネットを遮断する。空気の流れが空間ごと異なる新世界は、ナノマシンのエーテルの侵入を遮断するのだ。
ハルの反則的な調査の手も、これでは及ばない。
二つ目は、人間の体をまるごと新世界に取り込むことにより、その体を使った超能力の研究が存分にできる事だ。
アメジストの研究は遺伝子に、すなわち実体を持った人体に直接作用することで効果を生み出す能力だと分かっている。
その調整はきっと精密さが要求され、対象の肉体が全て手中に置かれていた方が都合がいいはずだ。
そうした理由から、例え小部屋であっても、いや小部屋ほどの狭い世界であるからこそ、ガザニアの隔離空間を使うメリットはしっかりあるように推測できた。
「……正直、危険にしか思えない」
これは、またハルの介入が必要だろう。しかも早急に。
ハルは日本へと戻り、そのアメジストの秘密計画をすぐに追うことに決めたのだった。




