第1007話 個室の世界を求める理由
また少々短めになっています。すみません。
リアル事情以外にも、三部をこれからどう展開していくかにだいぶ悩んでおります。頑張って練っていきます!
突如としてハルたちの前に現れたガザニア。長い茶色の髪をしたこの和服美女とは、ハルはそこまで深くは関わっていない。
彼女は他の神様と違って、ハルが何かをいう前に自分からその目的を凍結し、早々に姿を消してしまったからだ。
彼女の目的は、『新世界の創造』。こう聞くと非常に大それたことに聞こえるが、要は地球でも異世界でもない、第三の物質的空間を作り上げることにある。
物理法則までも正確に再現した模倣空間。凄いことには違いないが、今のところ、電脳空間に対して明確な優位性を打ち出せずにいた。
人一人の持つ計算力で生み出せる空間の広さは自分の周囲で精一杯。
それではどれだけ人数を、計算力を増やしたとしても、すし詰めの個室を無限に連ねていくことしか出来ない。そう判断しガザニアは、ゲームも半ばで自らその計画を閉じたのだった。
「ご無沙汰しております。ハル様。ご挨拶もなくお傍を離れたこと、お許しくださいね?」
「そだぞぅガザニアおめー。まだ運営業務は終わってねーってのに。トンズラしやがってー」
「そーだそーだ! おかげで大変だったんだぞぉ!」
「おめーもだよリコリス! 何が大変だ、言ってみろ!」
「えっ……、セレステから命からがら逃げ出すのが、大変でした……」
「……そりゃ、大変かもな?」
三人寄らなくても姦しい彼女らが、六人中三人集まった。今日は同窓会だろうか?
いや、よく考えれば同窓会以前に、まだゲームは正式には終わっていない。アイリスではないが、残っていて欲しかったところだ。
「こんにちはガザニア。久しぶり、というほどではないか。でも君とは後半は、顔を合わせなかったからね」
「はい」
この姦しくない方の神様は、計画を諦めることをハルに告げた後は、表面上はほとんど関わって来なかった。
ハルとしては、もしかしたらガザニア関連でもう一波乱あるのではないかと思っていたが、とうとうゲーム中は事を起こすことは終ぞなかった。
だが、契約外においてまでその行動は縛れない、といったところか。
律儀で誠実、と取るべきか。それともゲーム中から既にこの状況を着々と狙っていた、と取るべきか。悩ましいところである。
「聞くまでもないことかも知れないが、ガザニアはどうしてここに?」
「はい。お察しの通り、今はアメジストと協力し、新たな可能性を模索しているところです」
「それは誰でも分かるというものだよっ、ガザニア。だがそうじゃあないっ! ハル様が聞いているのは、『どうしてこのタイミングでわざわざ出てきたのか』、ということさっ!」
「勝手に代弁するなリコリス」
だが、聞きたいことはさほどズレてはいない。まさにハルが、いやこの三人が揃って気になっているのがそこなのだ。
隠れていれば、見つからなかったかも知れない。そこをあえて出てきたのは、誠意の表れか、それとも自信の表れなのか。
「それはもちろん、皆様がお探しのアメジストに代わって、説明をさしあげる為ですわ」
「代わって? ということは」
「はい。アメジストは今、この場にはおりませんから」
「リコリス。有罪!」
「まっ! て! 待って! オレも知らなかったんだよぉ~。そもそも連絡取り合ってた訳じゃないし、今は協力してるわけじゃない! あ、そうだ! これでオレの疑い、晴れたんじゃない?」
「まあその件にかかわらず、君は元々有罪だからね」
「ギルティ! ぐっ!」
アイリスが指で、有罪のジェスチャーを形作る。アメジストが有罪だとしても、リコリスの行いが許されることはなかった。
「とととともかく、オレは騙して君らをここに連れて来たわけじゃない! それは信じてほしいっ!」
「……まあ、もともと他に手がかりがあった訳でなし。ガザニアと接触できただけで良かったとするか」
「ほっ……」
しかし、なんだかたらい回しにされている感じがするのは否めない。
アイリスの次はリコリス。リコリスの次がガザニア。お次はミントあたりだろうか?
協力者の洗い出しも重要ではあるが、今は日本に向けてハッキングを続けている相手にたどり着くことが何より重要だ。
「してハル様がたは、アメジストに何用で?」
「神界ネット見れー。もー全体に情報共有すっぞ。指名手配じゃ」
「まあ……」
アイリスが『口で説明するより早い』と、神界ネットに現状を公開する。
そうするまでもなく、情報感度の高い神は既に現状を把握して状況を注視しているだろうが、ガザニアのように何か己の目的の為に集中していた者は、状況が呑み込めていない場合もあるだろう。
そんな、知っていた者知らなかった者、それら多くがアイリスの上げたデータに食いつくようにすぐに反応を返してきた。
「なんとっ。みんな暇……、もとい! 熱心だねぇ……」
「他人事みてーに言ってっけどな? おめーも責められてっぞリコリス、な?」
「まあ正直、こうなることは予想はついていたっ!」
「悪びれもしねぇコイツ……」
基本的に神様たちは、日本人の味方である。元がエーテルネット制御用に作られたAIであり、その業務は日本人の安全を守ることに他ならない。
そんな彼らの中から、日本に対し害を成す者が出たということは由々しき事態である、と憤るのは自然なことだった。
「おっと。僕にも抗議が来ているね。この事態は、僕がエーテルネットの制限を解除したことに原因があるのではないかと」
「あぁん? ナマイキな奴めっ! ハル様に逆らうとどうなるか、教えてやってくださいよぉ!」
「オメーのよーになるんだよ! しばくぞっ! 大人しくしてろおらっ!」
「あいたぁ!」
……コントを繰り広げる二人は置いておいて、確かに抗議は尤もだ。
ハルがセキュリティを解除したからこそ、この事態が発生したのはもちろん、そもそもセキュリティを解除などすべきではなかったと思うのも自然だろう。
あれは発展を妨げる邪魔な制限である反面、エーテルネットの危険な使い方から人々を守るための安全弁でもあるのだから。
「しかし、確かに何故? 私から見ても、ここの所のハル様の行動には隙が多いように見受けられるのですが」
「ああ、それはね」
「そもそもこーゆー事態を誘ってたかんな。ガザニア達は、釣り出されたってー訳よ!」
「あら?」
「神界ネットでハル様に文句言ってるコイツも、怪しんじゃないのかいハル様! よし! 次はこいつのトコ行って捕まえようぜぇ!」
「そうやって自分の身から目を逸らさせようとする癖は、いかがなものかと」
「ガザニアまでっ!」
まあ、リコリスの言うことも一理ある。元々が危険な目的を持つ神様を炙り出すのが目的だ。
しかし今は、まずきっちりとこの現状を終息させよう。
「……とりあえず、ガザニア。君のことを聞かせて欲しい。君はどんな経緯で、アメジストと協力を?」
「そうですね。お話ししましょう」
その言葉に後ろで騒いでいた二人も、ぴたり、とその手を止めてガザニアに向き直る。
三人にとって意外であったガザニアの登場。彼女は特に不意打ちを行うでもなく、淡々とハルたちに現状説明をしているだけだ。
その口から何が語られるか、アイリスたちにとっても、興味深いことのようであった。
「まず私の目的は、以前にもお話しましたね? ハル様との契約が終わり、私は目的の為に次の手だてを模索していました」
「そこにアメジストが声かけたってー訳な?」
「ええ。この力を使って、成したいことがあると。どうやらまたゲームのお仕事のようなので、お受けした次第にございます」
「ゲームぅ? アメジストがぁ?」
「カナリーたちの成功以降、神界の一大流行なんね。この流れは、きっとしばらく続くんさ」
成功例を模倣することは、神様でなくともよくあることだ。そこはいい。
しかし、気になることがある。そこで何故、あえてガザニアを選んだのか、という点だ。
「……しかし、なぜ君を? 言っては悪いが、君の力はゲーム向きとは言えない気がするんだけど」
「ええ。私もそう思っていました。前回はこちらから志願しましたが、まさか逆に誘われることがあるなどと」
「確かに、ガザニアの空間生成は、範囲がひどく限定されるからなっ!」
「その通りです。言ってしまえば、マップを作るのにもタイル一つ張るのが精いっぱい」
広大な世界が求められる昨今のゲームには、絶望的に不向きな能力である。
しかしそんなガザニアこそを、アメジストは必要な人材としてスカウトしたらしかった。
「なんでも、コンセプトとなるのは『自分の世界』。プレイヤーそれぞれが自分の空間を持ち、それを拡張していくことこそが、何よりも重要なことなのだとか」
また少々、不穏なことだ。その世界を広げた先に、アメジストは何を見ているのか。
ユニークスキル同様に、その世界とやらも、またユニークなものになりそうだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




