第1006話 彼女らの道の続き
アメジストの元に案内させるべく、ハルたちは再び異星の空へと躍り出る。
こんな時ではあるが、こうして生身で<飛行>し色々な場所に行くというのもなかなか楽しい。
地球では見られない景色を、地球では決してできない方法で見て回る。それは、なんとも楽しいものだった。
「興味深いかい、ハル様?」
「すーぐ見飽きるじぇお兄ちゃん? 行っても行っても、なんにもねー星なんよ」
「まあ、そうなのかもね。それに遊んでいる場合でもない」
ともにゆく彼女らにとっては見慣れた、いや見飽きた大地。そこに、さほどの感慨は抱いていないようだ。
実際、今はそんなことをしている状況でもない。この件を片づけて、全ての仕事が終わったらのんびりと旅行すればいいのだろう。
「おっ、いいじゃあないかハル様っ! ここはいっそ、異世界観光と洒落込もうじゃあないかっ! オレが、案内しよう……」
「くだらねーことで時間使わせようとしないでさっさと歩けおらっ! この犯人っ! おめーに提案権はねーのよ!? おらっ!」
「いたい! 痛い痛い! 捕虜虐待! ハル様ぁ~、アイリスが虐めてくるよぉ~」
「いや、神様同士の問題は、君たちで解決してもらって……」
神事不介入というやつだ。知らないが。
それに、これ以上リコリスの思うとおりに話をそらさせる訳にはいかない。適当に、流す程度で丁度いいだろう。
「まあ、見て回りはしないが、この星の地表で君たちが何をしていたのかは、興味があるかな」
「んー。まあ聞いて楽しい話でもねーけど。道中退屈だしなー。雑談くらいなら許してやっか」
「そういえば、ルシファーとやらに乗って進めばすぐなのではないかなハル様?」
「おめーなー! あたしの厚意をなー!」
アイリスの態度が多少軟化したかと思えば、今度は雑談など不要と先を急ぐ提案をしてみせる。
これではトリックスターというよりも天邪鬼だ。しかも言葉に一定の説得力があるのが質が悪い。
「まあ、ルシファーで飛んでもいいけどね。その場合、君ら二人を手で握ってかっ飛ぶことになるよ。両手に花ってやつだ」
「よし止めよう! すぐ止めようっ!」
「私まで巻き込むんじゃねーのよ! 刑罰はこいつ一人にしてほしーのよ!?」
「安心してほしい。景色が見えるように、顔は出すから」
「余計悪いんさ!」
「風圧でオレの美しい顔が、哀れに歪んでしまうっ!」
「ちょっと見てみたいけどね、それ」
「見ようとしないでっ!」
確かに、ルシファーで飛べば一瞬ではあるが、やらない理由は二つほどある。
一つは、無意味に相手に警戒心を持たせないこと。ルシファーで訪問すれば、それはすなわち宣戦布告となりかねない。
推定アメジストの行動を止めたいハルではあるが、別に問答無用で倒したい訳ではない。
二つ目が、まだ味方とは言い切れないリコリスにルシファーを間近で見せたくないことである。
まあ、これは気にしても仕方ないのかも知れない。既に彼女らのゲーム内で、一度データとして見せていることもある。
ただ、用心に越したことはないだろう。
「じゃあアレは? お兄ちゃんさ? お兄ちゃんの宇宙船で、びゅーっ、て行くの」
「ああ、そんなのもあったね。オレ達を宙から監視していた。なんと言ったかな?」
「『天之星』だね」
「良い名だねっ! 天津甕星、明けの明星、すなわちルシファー、ということかっ!」
「いや違うが」
「え~~? カッコイイと思ったのになぁ~~」
「リコリスおめー普段はそーゆーネーミングしてんの?」
なかなかいい趣味である。不覚にもハルもカッコイイと思ってしまった。
「満天に輝く星々、つまり君たちを乗せて星の海を往く船、って願いを込めて付けた名だよ。安直なもので、それ以外の意味は特にない」
「なんと素晴らしいっ! ますます、オレ達を乗せて行くべきではっ!」
「そのお兄ちゃんの願いを汚した奴が何言ってんのよさ。この汚れた星がっ! おらっ! 大気圏外から紐なしバンジーしたいかっ! おらっ!」
「やめてっ! ぶたないでっ! ってか紐があってもヤバくないかなそれっ! ハル様ぁ~~」
神事不介入である。関わらぬが吉なのである。
そんな風に三人でふざけているうちに、目的の場所が見えてきた。今度はリコリスの住居とは違い、しっかりと地上に建造物があるようだ
その、なんだか今も建築途中の塔のような施設に、ハルたちはリコリスの案内で入って行くのであった。
*
「地上階が、居住区と交流エリアになっている。ここから入ろうじゃないか」
「勝手に入っていいの?」
「公共施設のようなものさっ。アメジストの領域は、広く全員に開かれているからね」
「ふーん」
「結構珍しいぜ? 私ら、基本的に自分の領土に他の神を近寄らせねーかんな。基本的に入ったら戦争よ? ドンパチよ?」
「血の気の多い神が多いからねぇ……」
「脳筋がなに言ってんさ」
見た目は古いレンガ造りの塔の下部、神殿のように広く作られた家にハルたちは入って行く。
空から見たこの塔は建築途中であり、しかし実際はその状態で完成のようだ。造りかけの塔の上部に、建材や建築機材がずっとそのままの形で放置されている。
永遠の未完成。それが、なにかアメジストの抱く内面の感情を表したものなのだろうか?
本来、神様の作る建造物に人間的な建築過程は存在しない。材料も機材も、本来必要ないものだった。
「ある意味オレたちより、カナリーたちに近い立場と言えるだろうね、アメジストは」
「仲間を集めているってこと?」
「『派閥を作っている』、が正しいのではないかな。仲間というには、結びつきが薄いさ」
「こいつ見りゃ分かるっしょお兄ちゃん?」
「なんて酷いことをっ! オレ達こそ、仲間じゃあないかっ!」
「あぁん? ゲームクリアされた途端にすぐトンズラこいた奴がなにを仲間語るって?」
「す、すいませんでしたっ!」
「契約外だからって一切なんもしねー奴は信用されねーぞ?」
「でも神様ってそんなものだろう?」
プログラムにない行動は何もしない。出自を考えれば、意外と情に厚いアイリスの方が確かに特殊なのかも知れなかった。
「まあ、それは今はいいとしよう。それよりも、肝心のアメジストは?」
入り口をくぐった先の広々とした共用ホールは、人の気配が誰も存在しないことでその広さを一層強く主張していた。
ハルたちの話し声だけが騒々しく高い天井まで響き、まるで忘れ去られた廃墟にでも探検しに来たよう。
アメジストは既に、ハルたちの接近を察知して逃げ出してしまったのだろうか?
「おっかしいなぁ? 此処に居ると思ったんだけどなぁ?」
「お? また騙したかリコリス? 宇宙船からバンジー、いっとくか?」
「拷問の判断が早いっ! まってアイリス! 落ち着こうじゃないかっ!」
「この塔に何処か隠れ場所は?」
「んーっ。そんな特殊な機能のある場所じゃなかった気がする。単にここはハリボテというか。ハル様調べてみなよ、オレにやったようにさ?」
「共犯者を売るのに躊躇がないね君……」
つまりは、この地の魔力も浸食して我が物にしてしまえと言っているのだ、リコリスは。
ハルとしては少々迷う。確かに既に、そうすることが相応しい状況だ。アメジストは強制介入を受けるに相応しい事態を引き起こした。
しかし、まだ初対面の顔合わせも済ませぬままに、明確な宣戦布告をしてもいいものか? それが気になってしまうハルなのだった。
一応、まだ冤罪の可能性はあるにはある。アメジストすら実行犯ではなく、誰か更に真犯人が居る可能性だって否定できないのだ。
「やっちゃおうぜぇー、ハル様ー。だいじょぶ大丈夫っ、もし違ったら、戻せばいいんだしっ!」
「そだぜーお兄ちゃん。ついでに本体もうっかり浸食して、支配しちまえばいーんさ」
「急に協調するね君ら……」
神様の民度が出ている。実に、同僚に対しての容赦がない。急に息ぴったりに合わせてハルを煽り立ててくる二人であった。
しかし、確かに他にいい手があるわけでもない。時間にさほど余裕がある訳でもない。
今は日本への干渉を抑え込めてはいるが、その干渉そのものが今もまだ続いていることに違いはないのだ。
さっさと、止めてしまえるならばそれに越したことはない。
「んー、そうだね。じゃあ、仕方ないから、」
「ハル様っ! 後ろ、何か来るぞ!」
「下がってなお兄ちゃん! 私らが、やっつけてやっかんな!」
ハルがそんな決定を下そうとした瞬間、急に背後に新たな気配が出現した。
そこには、いやこの建物内にはそもそも、それまで一切の気配が存在しなかったにも関わらず。
当然、ハルも警戒はしていた。ここは敵地、のんびりとした雰囲気を出しつつも当たり前のことである。
他の二人だって同じ。彼女らだって神様だ。その知覚のレベルは、基本的に人間のはるか上をゆく。
そんな三人が、接近に気づかず不意を突かれた。この時点で、既に緊急事態と言っても過言ではない。
「……転移か? いや、違うな」
「そだなー。予兆がねーもん。転移系の魔法なら私らもお兄ちゃんも見逃すはずねーのよ?」
「それに、気配はあるがなんの姿もない。これは、透明化とかそんな単純な話ではっ、ないっ!」
リコリスが、現在己の機能をロックしているハルに対し、武器の取り出し許可を求めてくる。
ハルはそれを許可すると、彼女は以前に戦った時のように多数の刃物をその身の周囲に展開する。
アイリスも、相変わらず重火器を何処からか取り出すと、その気配の方向へと油断なく銃口を向けた。
ハルも、ことここに至っては緊急時だ、迅速に、周囲の魔力を浸食して『色』を書き換えていく。
そして、その魔力が謎の気配を発する地点を覆った瞬間。その正体をハルは察知したどり着いた。
「……待って二人とも。これ、ガザニアの作った魔力空間の、その入り口みたいだ」




