第1005話 犯人と共犯者
複雑に入り組んだ岩の地形の、死角になった穴の中からリコリスが這い出て来る。
どうやら本当にこの地形の中に住んでいたようで、随分と酔狂な趣味をしているようだった。
「やあ、リコリス。お邪魔するよ」
「やあっ、ハル様っ! オレの家にようこそ……っ! 歓迎、しようじゃあないか……っ」
「なーにが家だこの原始人めがー。今日からオメーを鉄格子の文明的な家にご案内してやっから、ありがたく思えな?」
「牢獄じゃないかっ! またふん縛られるのは嫌だーっ! オレは無実! 無実ー!」
「やかましーぞリコリスっ! 観念してお縄につけ! 言い訳は署で聞くんさ!」
皆ずいぶんと縄が好きである。視覚的に、『拘束している』という実感があるからだろうか?
ハルとしては、体外の対処は特にさほど重要視しないので、正直どちらでもいいのだが。重要なのは体内。
まあ、そんなことはどうでもいい。アイリスが宣言した通り、『既にネタは上がっている』。
リコリスが口で何を語ろうと、ここで見過ごすハルたちではなかった。
「よし、とりあえずそこを動くなリコリス。移動、および転移を禁止する。違反した場合は、即座に敵対行動とみなすので覚悟しておくように」
「ハル様までっ! ……その前にっ、オレの話を聞いてくれないかっ?」
なんだか格好つけて、彼女はその赤い髪を大げさにかき上げて主張してくるので、ハルもアイリスへと目線で指示を送る。
無言で了解を示したアイリスは、更に無言で手にしたロケットランチャーのような兵器のトリガーを引いた。
「ぬおおおぉわあああああぁっ!?」
弾頭は即座に射出され、まっすぐにリコリスへと向かう。彼女の元へと着弾したミサイルのような弾は、大爆発にて小岩を勢い良く吹っ飛ばしながら、リコリスを爆炎で完全に包み込んでしまった。
「殺ったか……、任務完了だじぇ……」
「こらこら。殺しちゃいかん。生かして捕らえるんだ」
「いきなりなにすんだよーっ! ってかハル様も! 止めてよーその凶暴なちびっ子をさーっ!」
「いや、『動くな』って警告したでしょ僕?」
「そだぞー。指一本、ミリ単位でも動かしたら、その時点で敵対の意志は明白よ」
「んな殺生なっ!」
「おーよ。ぶっ殺しぞ?」
確かに理不尽でしかない扱いだが、かといってやりすぎとも思わないハルだ。
ここで隙を見せれば、またのらりくらりと逃げてしまいそうな強かさがあるのがリコリスである。
そうでなくとも神を真正面から相手取っているのだ、どれだけ警戒しても、しすぎということはないだろう。
「今さら言い逃れできっと思うなー? しらを切り続けんならなー? ルナお姉ちゃん送りにすっぞ? おっかねーぞ?」
「なん……、だと……?」
「……君らの中でルナの評価どうなってるの?」
「そら、あれよ? この男勝りのリコリスも、出所の際には内股でフリフリのかわいらしー服着て、乙女みたいな言葉遣いになってんぞ?」
「許してくれハル様! オレが、お嫁に行けなくなってしまう!!」
「結婚願望あったの? ……というか、やっぱ君ら二人で僕をからかってるでしょ」
「えー、んなことないってぇハル様ぁ。そこのちびっ子が一方的に難癖つけてきてるだけだってばぁ」
まあ、神様が喋りだすとどこでもこんなものか、と半ば失礼な認識でこの場は流すハルだった。
それこそ、このノリに付き合っていたら無意味に時間がただ過ぎるだけだ。
「ともかく、話を聞かせるんだリコリス。このままだと本当に、実力行使だよ」
「分かったよぅ、もぅ。仕方ないなぁ。んじゃ、どぞどぞ入って。話するなら、中で話すとしようっ!」
「そうは行くかってんだ、その手には乗らねーのよ? どこに、敵のアジトでお話する奴が居るのよさ!」
「……いいからもう入るよアイリス。コントを続けていたら、キリがない」
「コントじゃねーのよ!?」
未だに魔力圏の外で警戒するアイリスの首根っこを引っ掴んで、ハルはリコリスの領域へと足を踏み入れて行く。
確かに敵のホームグラウンドに乗り込む形になるが、だからといってここで踏み込まねば話が進まない。
膠着状態をキープ出来ていると思われては、会話の主導権は握れないのだ。
まあ、本来はアイリスの方が定石通りの判断なのだろう。ハルは、対神戦に少々慣れすぎた。
きょろきょろとせわしなく周囲を警戒し続ける幼女の頭を抑えて落ち着かせつつ、ハルたちは岩陰の洞穴の中へと入って行くのであった。
*
その洞窟の奥は、予想外に快適な造りとなっていた。
壁は岩肌がむき出しではあるものの、綺麗にカットされて直線に整えられている。
家具もきちんと備え付けられ、意外にも(失礼)女の子らしい部屋になっていた。
「ささ、どーぞどーぞ。自分の家と思って、くつろいでくれハル様っ!」
「ゆゆゆ油断すんなお兄ちゃん! どこから、隠し罠が飛び出してくっか分かんねーかんな!」
「飛び出さないよぉ、アイリスじゃあるまいしぃ」
「わかんねーぞ!? ほら、そこんトコの小棚! あれは隠しスイッチ押すとひっくり返ってマシンガンが飛び出すのよきっと!」
「アイリスの家ってそんなになってるんだ……」
「手元に直接武器呼び出せばよくないかなぁそれ」
「うるせー! 拠点の隠しギミックはロマンなんよ!?」
分からないでもない。秘密基地を作るのは楽しいものだ。
ハルのお屋敷は、ハルの秘密基地ではなくアイリの持ち家なので、そうした仕掛けは無いのだが。
日本の家もそうだ。ユキの買った家に、ルナの、正確にはルナの母の家。どちらもハルが自由に改造可能な秘密基地という訳にはいかない。
ヒモであった。相変わらず。持ち家の無いハルなのである。
そのうち、個人的な隠れ家でも作ってもいいのかもしれない。ヒモ脱却のためにも。
「うちの子たちの中では、マリンブルーがそういうの好きだね。マリンちゃんと、あとモノの家も、そういうギミックがあった気がする」
「おっ、話が分かんな! 後で遊びに行ってみっか!」
「あのぅ、それはいいけどハル様? なにを、やっておいでで?」
「うん? ああ、『自分の家と思ってくつろいでいる』だけだ。気にしないで?」
「容赦ねーなお兄ちゃん」
リコリスが指摘したのは、ハルが早くも彼女の家の椅子に我が物顔で座っている、ことではない。
そうではなくハルが、この家の内部に満ちる周囲の魔力を、『自分の色』に浸食して行っていることだった。
ありがたいことにリコリスは、『自分の家だと思って』と言ってくれた。なのでお言葉に甘えて、自身の領域として魔力を定義しなおさせて貰っているだけである。
「流石はお兄ちゃんなんよ。確かにこれなら、単身本拠地に乗り込んでも問題ねーわな」
「浸食を押し返したら敵対行為とみなす。大人しく受け入れろリコリス」
「受け入れろなー?」
「詰みだよねこれっ!? くっそぅ、アイリスもハル様と一緒だからと、これ見よがしにごろごろしたりしてっ!」
「長いものには、巻かれるのよ?」
ハルの威を借るアイリスであった。まあ、そこはいい。ハルとしても二対一の構図を作れるのはありがたい。
なので、さっきまでオドオドしていた、などと言い出すのは止してやるとしよう。
「まあ、少々強引が過ぎるのは認める。しかしリコリス、今回の件は、言い逃れができない状況証拠が揃っている」
「そ、そう言われましても、オレにはなにがなんのことや、らぁあ!?」
「無駄な言い逃れしようとすんなー? みぐるしーぞー?」
「ハル様! その物騒な幼女止めてっ!」
見ればアイリスは、また何処からかビームガンのような小銃を取り出してリコリスへと威嚇射撃を敢行していた。
威嚇、などとは言うがそれは人間の基準ではなく、神様特有の精密動作にて、リコリスの頬のすぐそば、それこそ一ミリ以下の精度でかすめて、彼女の肌を焦がしている。
「……っとにもぅ。すーぐ乙女の玉の肌に焦げ跡つけるんだからぁ」
「がさつにしてっけどその辺、乙女な?」
「アイリスにがさつって言われたくないと思うよ」
「なにおぅ! お兄ちゃんこの女の味方かー!」
そんなやり取りをしている間に、一瞬で魔力の浸食は完了した。これは、例えリコリスが抵抗したところで大した変わりはなかったことだろう。
ハルがこうして物理的に訪れた以上、基本的に神は成す術はない。対神特攻とでも言うべきハルのスキルによって、掌握は反則じみて一方的だ。
「さてリコリス。そろそろ本当に、聞かせてもらいたいね。君が、真面目に犯人じゃないというなら尚更ね」
「そだぞー。観念してゲロっちまいなー」
「こら、アイリス。女の子がそんな言葉使わないの」
「えー? いーじゃんかよぅ。細けーと嫁に嫌われっぞー」
指で頬をなぞって、ダメージ痕を消去しているリコリスに、ハルは真面目な声音で語りかける。
これ以上、彼女のペースで逃げ回られる訳にはいかない。ゲーム内ならいざしらず、ここでハルから逃げ切ることは不可能だ。
「ん~~、しっかたないなぁ。でも実際、オレじゃないんだけどなぁ」
「それなら、尚のことだね。現状、君としか思えない。スキルシステムを統括制御していたのは君だ。それを使って、プレイヤーの肉体に干渉を繰り返していたのも」
「その『実験体』と、今回の『踏み台』の対象が、完全に一致してんのよ? もー言い逃れ不可能なんよ」
「それは確かにっ! その研究をしてたのも、リストを作ったのも、間違いなくオレっ!」
「でも、今回のハッキングの犯人ではないと?」
「そうっ! まさしくっ……!」
「じゃあ誰が犯人? まさか、君も被害者とか言い出さないよね?」
「出来れば言いたいとこだが、違うね。良くて共犯だ、いや悪くてかっ!」
「リスト売りやがったなーコイツ……」
「もともとそういう契約だしねっ」
彼女の契約、その事については以前も聞いた。リコリスがゲーム内で行っていたスキルの実験、それはとある別の神から委託された依頼であるようだった。
その神の名が、ハルもたまに耳にする『アメジスト』。名前だけは度々会話に乗る、かなり有名な神様である。
リコリスの、いやそれ以前にカナリーたちも自身のゲームで使用していたスキルシステム。その雛形となるシステムを作成したのがそのアメジストだ。
かなり画期的な仕事ではあるのだが、アメジストはその内容にまだまだ満足しておらず、発想の元となった人間の超能力について今も調査を続けている。
そこで、依頼を受けて働いていたのがリコリスだ。そういう、話になっている。
「なのできっと奴なのだろうさっ! オレは、無罪……っ!」
「んなわけねーだろ何顧客のデータうっぱらってんだオメー。機密情報りゅーしゅつ。懲役千五十年。はい逮捕」
「神とはいえ長すぎない!? というか神なので、人の法には縛られないのだっ! アイリスってなーんかそゆとこ真面目だよなぁ」
「いやそこはライン越えだぞーオメー。『日本の法を犯さない』が、私ら共通のルールよ?」
「だからさぁ、それは日本の企業の情報を流出させた時だろぉ? 私たちが、私たちの情報を横流ししたとて、それはまだギリギリ、セーフっ!」
「むぅ……」
このリコリスの理屈にはアイリスも納得せざるを得ないところがあるようで、ここで言葉に詰まってしまった。
とはいえ、ハルもそこで納得する訳にはいかない。今回の件は、アイリスの言うようにある一定のラインを越えたように思う。
日本の法を犯す、ひいては日本人に危害が及べば、巡り巡って神様に追及がおよび、その存在が明らかとなる危険性を秘めている。
それを避けるためにも、リコリスと、そして彼女の協力者の好きにさせておく訳にはいかない。
「……そうだね。現時刻をもって、君を本格的に拘束する。身柄の取り扱いは、そのアメジストに話を聞いてから決めるとしよう」
支配まではしないが、リコリス本人もハルは浸食し能力にロックをかけると、その彼女に、アメジストの居場所までの案内を要求していくのであった。




