第1004話 自然の中の不自然な
異世界の地に<転移>したハルは、ひとまずアイリスたちが管理する『魔力サーバー』へと向かった。
前回のゲーム運営を通じてリコリスが何かを仕掛けて来ているのなら、この合法的に地球のネットワークと繋がっているシステムを利用するのが最も簡単だからだ。
しかし、大方の予想の通り、この周囲にはリコリスはおろか、他のどの神の姿も確認できないのだった。
「まあ、そうだよね。発信源がここなら、逆に僕らが察知できないはずもない。アイリスもね」
「そうなー。私はずっと『この中』の調整やってっけど、平和なもんよ? リコリスがシステムを動かした気配は一切ねーのよ。……むしろ入ってこいってんだ! まだサ終してねーんだぞ!」
「お疲れ様アイリス」
アイリスたちが運営していたゲームは、カナリーたちの物と違って実体がない。物質的な形を持っていない。
魔力を使っているという明らかな違いはあるものの、形式としては地球のヴァーチャルゲームに酷似した形式と言えよう。
違いがあるとすれば、こうして物理的な『サーバー』を必要とすること。
日本の全人口を普遍的に接続する形でデータリソースを形成するエーテルネットとは違い、このゲームを動かすにはこの異世界の地表に鎮座する巨大な魔力の塊に接続しなければならない。
「ゲームクリア以降、あいつはここから離れてそれっきりよ? 繋いでんのはお兄ちゃん陣営の私らだけ。ああ、一回ミントが覗きには来たっけか」
アイリスの言う『私ら』、というのは、彼女自身の他にコスモスとカゲツだ。
この三人が便宜上、『ハル陣営』ということになっている。明確な味方という訳だ。
料理ゲームの最初の『リアルコラボ』の際に、お菓子のモチーフとさせてもらった三人である。
それ以外の三人、ミント、ガザニア、リコリスは、ゲームのイベント全行程終了後、報酬、つまり山分けされた自分の取り分の魔力を持って、この地から去り自分の領域へ帰ったという。
「そういえば、アイリスは分け前を使って何かしないの?」
「んー? 私のことも警戒してんのかお兄ちゃん」
「そういうことじゃないけど。アイリスにしてはずいぶんと大人しいじゃないか」
「お兄ちゃんが残業頼むからだろー! 運営の事後処理も残ってっしさー!」
「意外と真面目だよね、アイリスは」
「……ったく、貧乏くじなんよ。ただまあ、そんなお兄ちゃんと一緒に仕事すんのが、私の躍進への近道なのよさ!」
アイリスの目的、そして得意とする能力は、お金の流れから魔力を生み出すという変わった力だ。
まさに言葉の通りの『金の魔力』。それはその性質上、日本と密接に関わっていく必要があり、その為にはハルと協力するのが一番いい。
ハルもまた、アイリスのそうした力を使って今回エーテルネットに干渉しようとする神様に網を張っていた。
今後も、彼女とはそうして互いに利益を生む関係を構築していこうということになっている。
「しかし、魔力的にはジェードのやろーの一人勝ちだよなー。まあ私も? そこそこの額はいただきましたが」
「額とか言うな。まあ、それこそ出資者の特権だよね。実働部隊の君たちよりも、最終的な報酬が多くなる。経済の神の面目躍如と言ったところか」
「この金の亡者めー!」
「どの口が言うのかアイリス」
「お兄ちゃんこそ、そのジェードの上に居る支配者として更に何もせず総取りしてるくせにー!」
「僕は現場で働いたから」
「女装もしてなー」
女装はしていない。あれは単に女性キャラを操作していただけだ。断じて女装ではないのだ。
そんな風に、アイリスと二人でふざけているが、そうしていても仕方ない。リコリスは此処には居ないのだ。
そして、ここで待ち構えていてもこの場に来ることは決してないだろう。
「……連絡先知ってる? アイリスは」
「知ってっけどよー。それはお兄ちゃんも一緒っしょ」
「まあね。神界ネットには、今もオンラインだ」
基本的にどの神様も、エメの作り出した神界ネットにほぼ常時接続している。
当のリコリスも、今この時も接続していることを示す表示が見えた。
ただそうだとしても、本人に会えるかといえば、それはまた話が違う。これは、地球のネットと同じ。特に説明は必要ないだろう。
「ハッキングする? 神界ネット越しに、強引に拘束すっか!」
「それは最終手段だね。他の無関係な神様に、要らぬ警戒を与えたくないし」
「って出来るんかーいっ。ホントおっかねーやっちゃ!」
いわゆる外の世界の『邪神』さまたちも、ハルたちの行動は常に注視している。
彼らに、自分もそうしてネット越しに拘束されるのではないかという不安を与えたりはしない方がいいだろう。
なにより非効率だ。可能であるなら、物理的に接触した方が手っ取り早い。
「まあ、ここに居ないなら、いつまでもアイリスと遊んでいても仕方ない」
「そだなー。会社に居ねーなら、自宅に突撃なんよ。査察だ査察。強制執行に差し押さえなんよ! 税務調査に重加算税!」
「差し押さえしてるのに税務調査も何もないと思うけど……」
「分かってねーなーお兄ちゃん。財産を根こそぎむしり取った後に、借金まで背負わせんのよ。いくぜいくぜー? 楽しみなんさ」
極悪である。本当に元仲間なのだろうか? いや、きっと仲間だったからこその冗談だろう。そう信じたいハルだ。
そんなアイリスの案内にて、ハルはこの地を離れ異星の空を舞う。
目指すは、リコリスがゲームに携わる前に拠点としていた地点とのことだった。
*
ハルとアイリスは、それぞれ身一つで高速に<飛行>しこの異世界の星の空を進んでいく。
高空で風を切り、猛スピードで流れていく眼下の大地を見送る。
そこには既に文明の痕跡はほぼ確認できず、見渡す限りの自然がただただ広がっているのみだった。
その自然も少し地域を変えれば、すぐに多様に顔色を変化させる。
狂った地軸の生んだ、通常ありえない奇跡の環境分布と言えるだろう。
「珍しいかー? じっくり見たって、おもんねーぞー?」
「そうだね。どうしても地球の常識とは異なる環境だし、多少は。こうして近くで見下ろすのはあまり無かった場所だしね」
「慣れれば荒れてて不便なだけなんよ。おもしれーのは、最初だけ」
そうかもしれない。ただ、それでもハルにとって興味深いのは確かだ。目を引かれてしまうのは、避けられない。
以前もルシファーで、この星の空を駆け巡ったこと自体はあれど、その際は更に高空で、そして更に高スピードだった。
じっくりとはいかないが、地球とはまるで違う地形と生態系に目を向けるハル。
この、『自然』というには不自然すぎる地形の数々も、いずれは是正すべきなのだろうか?
いや、今は目の前のことに集中すべきだろう、そんな未来の話よりも。
ハルは急停止したアイリスに合わせ、無秩序に柱のような岩石が飛び出した地形の上空で停止する。
「着いたぜお兄ちゃんー。ここが、リコリスの巣」
「『巣』って……」
「だって文明的な家ねーんだもんあいつ! 見ろよここ。自然のままじゃね?」
「まあ、ぶっちゃけ神様に家要らないからなあ」
メタのように、施設を作ることこそが目的の一部でもないかぎり、人工的な居住区が必要な存在ではない。
とはいえ、人の身を持ち人と似た感性で生きる彼女らだ。多くの者は支配地域に居住区を建てている。
中にはメタのように巨大な、遠方からも確認可能な構造物を建築している神様も居た。
「まあ確かに、ここで間違いない割には人工物が見当たらないね」
「だろだろー?」
岩塊の森には更に本物の草木が生い茂り、荒れた大地を美しくデコレーションしている。
さらに地表には水が川として複雑に入り組んだその岩の間に流れ込んでおり、見ていて飽きない絶景を演出していた。
リコリスが居住地に選んだのも頷けるというものだ。これもまた、大自然の神秘と言って過言ではない。
しかし、そんなこの地に何故リコリスが居ると断言できるのか。それは、自然を語るには不自然すぎる点がここにはもう一つ存在するからだ。
魔力である。リコリスが以前から溜め込み、そしてこの度その貯蔵量を大きく増した魔力の集まりが、周囲を覆いつくし彼女の領土を視覚的にも主張していた。
「おらっ! 出てこいリコリス! お前たちは完全に包囲されているっ! 観念するのよっ!」
「お前『たち』なの?」
「どーせ共犯者居るっしょ」
「というか、包囲出来てないけど」
「いいんだよお兄ちゃん細けーことは! おらっ! 私が包囲したと言ったら包囲したんだ! 総勢二名、推参! ネタは上がってんだネタは! 諦めるんさっ!」
魔力圏の一歩外から、何処からか取り出した拡声器にて大声で声を響かせるアイリス。
ふざけてはいつつも、敵陣に決して踏み込まないあたり慎重だ。ただのふざけた幼女ではない。
そんなアイリスの呼びかけに、応える声はない。大自然の雄大な景色は、自然のままに人の気配を一切感じさせなかった。
「……しかたねーのよ。犯人が出てこねーんだもん。建物にミサイルぶち込んで生き埋めにするっきゃねーわな?」
「どう考えてもそれ事件解決後に叩かれまくってチーム解散させられるよ?」
「覚悟のうえなんよ! わが身可愛さよりも、今は事件解決が最優先なのよさ!」
「随分と鬱憤が溜まってそうだねえ……」
日頃のストレス発散とばかりに、破壊活動で憂さ晴らししようとする気満々のアイリスだ。
実際にロケットランチャーのような兵器を取り出すと、大げさに肩に担ぐ。
「私だって報酬が入ったばっかだかんな、兵器だって、買い放題よ?」
「無駄遣いしちゃっていいの?」
「いいのよ! 散財せずして、何のための金儲けか!」
「気前がいいねえ」
てっきり延々と貯金するタイプかと思っていた。いや、今はそんなことを言っている場合ではない。
これは、止めた方がいいのだろうか? 少々悩むハルだ。
確かに、武力行使も辞さない構えでリコリスとの対峙は決めた。しかし、先制攻撃でこの自然の景色を破壊して回るのもいかがなものか。
それとも、この実際の『自然』とはかけ離れた狂った地形を地ならしするのは正しい行いなのだろうか?
「おらっ! ホントに撃つぞ! うつからなー! さん、にー、いち!」
ハルがそんなことを考えている間にも、せっかちなアイリスがカウントダウンを始めてしまった。
これは、もう熟考する間もなく結論を出さねばならないのだろう。ハルがそう決意した瞬間、その決心をあざ笑うかのようにタイミングよく、リコリスの声が響いてくるのであった。
「まっ! てっ! 投降する! 投降するから、撃たないでくれぇー! プリーズ!」
……これは、もしや二人の仕込みだろうか? ハルは遊ばれているのだろうか?
そんな疑念を抱かせるには十分な、ふざけた二人の神様のやり取りなのだった。
※表現の修正を行いました。「実体が、」→「実体がない。」修正前はあるのかないのか分かりにくかったですね。お話の内容に変更はありません。




