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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1002話 いとも簡単に歴史の動く日

 ルナの実家、月乃の元にたどり着いたハルたちは、四季折々の花が一年中咲き誇る庭を通り、その豪華な家の中へと入って行く。

 二人はすぐに奥へと通され、最近はずいぶんと対応が変わったことを実感する。

 以前は、ハルはもとより娘のルナでさえ、母の月乃と会うにはそれなりの時間を要したものだ。特に昼間は。


 公私の区別をきっちりつける、ではないが、夜になると比較的、『家族の時間』として使用人も排して母の顔で接してくれた月乃である。

 だが最近は、こうして昼であろうと構うことなく、ハルたちの為に時間を作ってくれる。

 今では対外的に厳しくハルに接していた場面ですら、その対応が軟化しているとはっきり分かるくらいであった。


「奥様の中で、何かフェイズが変わったんだろうね。まあ、僕にとっては良いことなんだと思うけど」

「どうかしらね? そんなに優しい人ではないわよ、あの人は根本的に。いえ、優しかったとしても、その優しさは最優先されることはないというか……」


 母親の事を辛辣しんらつに言いつつも、歯切れの悪いルナだ。彼女にとっても、月乃をどう評価し、どう接すればいいか、判断に迷う部分があるのだろう。

 娘であっても、いや娘だからこそか。特にルナは、その出自が少々特殊だ。


 そんな、月乃のことをいまいち素直に評価しきれないハルたちの元に、ぱたぱた、と足音を響かせつつ、せわしなく彼女が入室してきたのであった。


「おまたせハルくん! 美月ちゃんも! おかえりなさ~い」

「ただいま戻りました、奥様。お邪魔しています」

「……もう、はしたないわよお母さま。何をはしゃいじゃっているのかしら?」

「美月ちゃんこそ、なにをお澄まししちゃってるの? まるで良家のご令嬢れいじょうみたいに」

「一応、良家の令嬢ではあるつもりよ……」


 ここでは、この家の複雑な事情など忘れろと言わんばかりだ。

 こうして親しみやすくしていても、決して油断できないのがこの月乃である。

 ハルも別に彼女のことは嫌いではないし、信頼もしているが、それでも無条件で気を許すと大変なことになりかねない。そんな相手だ。


「そんなことより! 見てたわよハルくん! すごいじゃない、お母さん、感動しちゃった」

「どうも。光栄です。……とはいえ、加減が分からず、お恥ずかしい限りですが」

「大丈夫だいじょうぶ! もっと思い切りやっても大丈夫だから!」

「聞き流しなさいなハル? お母さまの『大丈夫』は世間一般の『やりすぎ』よ? お母さまが『物足りないわねぇ』とかいうくらいが、適正と思ってちょうどいいわ?」

「あら酷い。反抗期ねぇ美月ちゃんは」

「これが反抗期にあたるなら、きっと私は未来永劫みらいえいごう反抗期ね?」


 確かに、月乃が大喜びする成果というのは、通常、生半可なことでは達成できない。

 対外的にハルに厳しく接していた所を除いても、彼女がこう手放しでハルを評価することはまれだった。


 逆を言えば、今回のことはそれだけ世間に、日本に与えた影響が大きかったということだろう。

 まあ、そこに後悔はない。今回はもともと、それを目指して、来るべき卒業後を見据えて動き出した結果なのだから。


「これで、モラトリアムを卒業しても大丈夫そうね」


 どうやら、ちょうど月乃もそのことについて言及してきたようだった。


「ええ、奥様。本日より始まった後期をもって、学園は卒業しようかと。今日は、その報告もかねて来ました」

「うんうん。感心感心。別にもう登校しなくったって大丈夫よ? ぶっちゃけ、去年でも一昨年おととしでも卒業はできたんだから」

「そうね? まあその場合は? お母さまのもとを離れてハルと駆け落ちして、行方をくらませていたでしょうけど」

「なんでそんな悲しいこと言うの美月ちゃん!」


 卒業するということは、月乃の後継者として本格的に世に出ることになるからだ。それを嫌うとなれば、当然そうなる。

 月乃には悪いが、そうした道もありえただろう。情報社会を牛耳ぎゅうじる彼女からすら身を隠すことも、ハルには容易であった。


「でもまあ、今はそんな気はないってことだものね! 安心安心」

「ポジティブだなあ」

「前から思っていたけれど、この人の精神構造、神様寄りよね? ああ、ぶっ飛んでいるって意味よお母さま?」

「まあ確かに。この前向きさはカナリーたちに通じるところがある」


 そんな月乃と、互いに遠慮なしに言葉を交わしつつ今までの事、今後の事を報告しあうハルたちだ。

 前回の事件を経て、少しだけ互いの間の壁が無くなったように感じる。


 さて、とはいえ今日は雑談に来たわけでもない。こう見えて月乃も暇ではないだろう。

 この節目の日に、やっておきたいことがハルにはあった。





「なるほどなるほど。つまりハルくんは、これから卒業までは真面目に学園に通うと」

「ええ。少々気になることもありますし。それに今は、分身も出来ますから元々登校それ自体に問題はありませんでしたから」

「便利よねぇ。それを使って、美月ちゃんたちを同時に愛しているのでしょう? 酒池肉林しゅちにくりんなのでしょう?」

「ええ。もちろんよ?」

「親子そろって平然となに言ってるの君たちは……」


 ……それはともかく、今期は真面目に登校をしようと思っているのはその通りだ。もともと、登校するのに問題はなかった。

 ただ、前回のゲームに、ソフィーのサポートとして四六時中関わっていたことが公になっているハルだ。その状態で学園に顔を出すことは不可能だ。


 いや、技術的には可能なのだが、その『可能だ』という事がバレることに非常に大きな問題がある。

 あちらを立てればこちらが立たず。ままならないものである。


「ところで、気になることってなにかしら?」


 幸いなことに、月乃はえっちな話題を続けることなく、学内の事情について興味を示してくれた。

 ここだけ見れば、子供の学校生活を気に掛けるお母さんである。

 ただもちろん、それだけではないのは間違いない。ハルたちの会話から、敏感に異変を察知したのだろう。


「僕の居ない間、少々変化があったようです。それがイマイチ読み取れません」

「流行に取り残されてしまったのね。クラスののけもののハルくん、かわいそうに。よしよし……」

「さすがにそのくらいの事なら推測つきますって……」

「ハルくんにとっても読み切れない未知なこと、つまり魔法関係ということね?」

「お母さま、切り替えが早いわ? もっとしつこいくらい弄らないと」


 弄らないでいただきたい。話が進まないので。


 そのことについても、超能力事情に詳しい月乃に話を聞いておきたかったハルだが、残念ながらどうやら彼女もまだ情報は掴んでいないようだった。

 先日ぽてとから聞いた、学校に流れているという怪談や都市伝説じみた噂。それについても聞いてはみたが、これに関してはただの『本来の都市伝説』でしかないということだ。


 まあ、それは特におかしなことではない。日本中の都市伝説の全てが神様の介入結果だったとすれば、彼らはどれだけ力を持て余しているのだ、という話だ。

 そんなことで遊んでいる余裕のある彼らではない。ただ、タイミング的に少々引っかかるのは確かであった。


「まあ、そんな感じで気になるところは有りはしますが、今日は予定通り、以前の約束を果たしに来ましたよ」

「決心がついたのね?」

「決心はもともとついてましたよ。ただ、準備と調査が必要だっただけで」


 月乃との約束、彼女の望みに協力してやること。

 それはエーテルネットの基幹プログラムに施された解除不能の『仕様』部分を、ハルの権限にて解除してやることだ。

 それによって今を生きる人々の意思で、時代に即さなくなった古い仕様を改変、廃止することが可能となる。


 正確に言えば月乃の望みは少々違うが、ハルがお互いの妥協点を探り見出した地点がそこになる。


 その仕様変更の実施を、今日この場で行えるよう、ここのところ調整していたハルたちである。


「なんだか、お母さんドキドキしちゃうわね。歴史の変わる瞬間に、立ち会っているんだもの!」

「心にもないことを言うものではないわお母さま? 内心、思い通りの結果にならなくてガッカリしているくせに?」

「もう! 美月ちゃんはいじわるね! そうだとしても、ドキドキしているのは本当なんだから!」

「それは、ハルが隣にいるものね? いやらしいお母さまだこと?」

「君たち親子喧嘩に僕を巻き込むのやめようね?」


 相変わらずの二人である。むしろ、ハルを弄るために二人して共謀してこの流れを作っているのではないか。そうとすら思えてくる息のぴったりさだ。


 そんな美月ルナと月乃を横目に、ハルは必要な設定を進めていった。

 別段、作業自体は難しいことはない。言ってしまえば、『変更してよろしいですか?』の確認に『はい』のチェックを入れるだけのようなものだ。


 そんなハルの様子を、なんだかんだ言いつつも二人とも緊張の眼差しで見つめているのだった。


「……まだかしら、ハルくん? 今どのくらい?」

「お母さま、がっつかないの。そんなに簡単に進まないわよきっと」

「そ、そうよね。世界規模の、一大事業だものね」

「いや、もう終わりましたよ。これで、システムの任意アップデート自体は問題なく可能になっているはずです」

「えっ」「えっ」


 親子そろって、そっくりな顔で驚く二人である。ちょっと楽しい。普段の仕返しが出来た気分のハルだった。


 やっていること自体は、本当にごく単純なことなのだ。管理者権限で、ロックを外す。言ってしまえばそれだけのこと。

 それを仰々しく今まで引っ張ってきたのは、その結果起こる影響がそう簡単には片付かないから。


 その影響が、ぽかん、とあっけにとられる親子のあずかり知らぬ所で、早くも出てきたようだった。


「《釣れたぜお兄ちゃん! 早くも、食いついたさかながいるっぽいんさ! どーする? やっちまう? やっちまおうぜ!》」

「落ち着いてアイリス。まずは、魚の種類を調べないと」


 この件について裏で探らせ待機させていたアイリスから、早くもハルに、異変の報告が入ったのだった。

 どうやらやはり、何も問題なくとはいかないようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 言い方は悪いですが、奥様の行動判断にロボットめいた優先順位があって、抵触しなければ普段見えている通りに行動するところ、抵触した途端に表情を変えて機械的に対処し始めるような印象を抱いているの…
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