第1001話 そしてまた、ふりだしの地へと
本日より第三部のスタートとなります! 導入だけで、今日は短めですがご了承ください。
二部、そして番外編でも解消しきれなかった問題の数々も、ここで解決の予定です。
執筆環境を少々変えたので、その影響で何か変な部分があったら申し訳ありません。
それから数日ほど月日は流れ、日付は十月に。ハルとルナの学園も、新学期を迎えることとなった。
最近まではゲームが忙しくほとんど登校はしていなかった二人だが、この学期からは卒業のため、再び学園へと通うことを決めた。
……なんだか、『ゲームが忙しい』などと言うと遊んでいたようにしか聞こえないが、れっきとした仕事である。いや、遊んでいた部分もあるのも事実だが。
そんなハルたちはこの後半期で学園を卒業し、その後はゲーム会社としての事業に集中することにしたのであった。
それはある意味、鳥籠からの卒業。ハルたちは『学生』という身分で強力に社会から身を守ってくれていた鉄格子を抜けて、猶予期間を卒業しようとしていたのだった。
「……んっ、はぁ。やっぱり、学園の中は息苦しいね。いや、こう言っちゃクラスメイトとぎくしゃくしているみたいでダメか」
「悲しいわね? ハルは、クラスの空気が嫌でここのところ、学園には不登校だったのね?」
「いや、クラスじゃなくて、学園全体の空気かな。ただし校舎内に限るけど」
「『空気、かっこ物理』ね?」
学園全体が嫌だというとまた少々、語弊があるか。これは比喩としての空気感ではなく、まさしく空気そのものがハルには合わなかった。
徹底した空調により、余計な塵ひとつないはずの校内。しかしその空気は、逆にハルにとっては過ごし難い。
空気中に細かな粒子として存在しているナノマシン、エーテル。それすらも除去する学内の清浄性は、エーテルネットの権化たるハルにとっては実に住みにくい環境なのだ。
実際、それこそがこの学園の目的。エーテルネットを排除することこそに、その設立理由が存在した。
「白河の清きに魚も住みかねて、というやつね?」
「僕は『濁り』か……」
実際この学内を、『キレイすぎて過ごし難い』と評する学生はそこそこ多い。
なのでこうして放課後になり学外に出てみると、学園に残る者であっても、すでに校内を離れてこうして屋外へと『退避』している生徒の数は多かった。
「やっぱりみんなも、こっちの方がいいんだって」
「……それはそうよ。今や娯楽は、すべてエーテルネット上に存在するのだもの? 学内では若者向けのコンテンツに、一切アクセスできないわ?」
「まるで自分は若者でないような発言をする」
「知人にも言われてしまったわ? 『美月さんは俗世の流行などにはご興味はなさそうですものね』、とね? おばあさん扱いだわ?」
「いやそこまでは言ってないと思うけど……。まあ、皮肉なのは確かだね」
ルナに対してそこまで言ってのけるとはなかなかの強者である。本人もそれなりの良家の出のご息女であろうか?
そんな会話も、エーテルネットがなくてはハルの耳に届いてくることはない。いや、別に普段からルナが友人とどんな会話をしているか、聞き耳を立てている訳ではないのだが。
「だから私は言ってやったわ? 『確かに、ハルとえっちな事をする以外のことには興味がないわね』と」
「心臓に悪い冗談はやめようか。ルナは心を許してない人には、そういうことは言わないよ」
「あら。分かったようなことを言うのね? 今度本当に言ってやろうかしら?」
「やめよう?」
確かにルナは若年向けのエンタメにはさほど興味があるようには見えない。それこそ、詩集でも読んでいそうなどという偏見を受けそうな、生粋のお嬢様然としている佇まいだ。
とはいえ、ルナだってゲームはやるし音楽も聴く。むしろゲーム会社の社長である。まさかそれを知らない訳でもあるまいに、ただ喧嘩を売りたかったのだろうか?
いやいやむしろ、『貴女は社長なんて言っているけど実際は自社のゲームのことなど何も分かっていないのでしょう?』、という皮肉交じりだったのだろうか?
そんな風に、ぐるぐると様々な妄想が脳内を支配してしまうハルだ。
このように、ハルにとってエーテルネットの無い空間というのは、理屈では大したことがないと分かっていてもそれだけで魔境に感じてしまうのだ。
「ふふっ。無意味に心配しておろおろしちゃって」
「おろおろはしてない」
一方ハルのそうした心境は、精神の繋がりを通してルナに筒抜けになってしまっているようだ。
恥ずかしいやら頼もしいやら。この条件はハルにとっても同じであるはずだが、アイリも含め女性陣のほうがこうした機微には敏感だ。
そうしてルナにからかわれつつも、二人は学園の、学校施設にしては無駄に豪華な敷地を出て、帰宅の途に就いたのだった。
そこには、当然ルナもついてくる。寮生であった彼女だが、今は寮は完全に引き払ってハルと同じ通学組だ。
そんな帰宅の判断が、少し早いのではないかとルナが訝しげにハルに訊ねてきた。
「しかし、どうしたのかしら? まるで逃げるようにして? そんなに久々の学内の空気が居心地が悪かったかしら?」
「いや、別にそうした訳ではないんだけどね……」
「そう? ならば、一刻も早く帰って私とえっちなことがしたいということね?」
「往来で何を言ってんのルナ」
ただ、そんな軽口を叩くルナも、同様に学園に違和感を覚えていたようだ。
登校が久々のため仕方がない部分があるのは当然ともいえるのだが、それでも通いなれた学園で、なじみのあるクラスだ。二人して気持ち悪さを感じるのは、何かあるように思える。
一度、離脱して態勢を整えることは悪い考えではないだろう。
敵地とまではいかないにしても、あの場所はハルのホームグラウンドとは程遠いのだから。
「……あなたは、何を感じたのかしら? 私の方は正直、言葉にはできないのだけれど」
「うん。久々に会ったクラスメイトと話していて、『何か隠し事をしているな』と」
「あなたが言うのですもの、間違いないのでしょうね?」
「とはいえ、人間隠し事をするのなんて当たり前のことだし。気にする程のことでもないとは思う」
「でも何時もなら、『何を隠しているのか』、まで見抜けるのでしょう?」
「まあ、ね。それがまるで見えないのが、不気味といえば不気味」
これも、普通なら見えなくて当然のことだ。相手の隠し事が読めないからと、不気味がっている人が居たらそちらの方が怖い人だろう。
しかしハルにとっては、それも読めて当然のことだった。特に、長い時間を共にした相手であれば、読む気がなくても読み取ってしまう。
ハルの高い洞察力の、弊害といえば弊害だ。そんな相手と友人関係で居たいと思う者は少ないだろう。
なのでこの事は、ハルもわざわざ問いただしたりすることはない。
「しかし、読めないということは、何かデータにない事象が発生している可能性はある」
「まずはその調査というわけね?」
なにか予測不能な事態が起こっているのだとすれば、それは十中八九、神様の仕業である。まずは彼らの事情を洗ってみるのが早い。
どのみち、今から二人でルナの母である月乃の元に足を運ぶ予定であった。
更に予想外の事態を発生させる結果を生みそうで、少々気が重いが、こちらもあまり先延ばしにはできない。
先日決意した、エーテルネットの根底にある制限、あれを解除するための相談を行うことになっている。
まあ、どちらもなるようになるだろう。考えてばかりいても、解決する問題ではない。
ハルはそう無理矢理に楽観して、ようやく暑さも勢いを落として涼しくなったこの街を、ルナとふたり手をつないだりしつつ実家へと戻る。彼女の体温が温かく心地いい。
秋の空気を、そしてその中に含まれるエーテルを胸いっぱいに吸い込んで感じながら、今はのんびりと二人だけの世界を楽しむハルとルナだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




