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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
新章 カゲツ編2

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第1000話 彼と彼女の千夜と一夜

 なんと1000話です! こんなところまで応援、ありがとうございます!

 千夜を毎日更新し続けられたなら、どこぞの王様の寝物語の語り部に抜擢されても殺されずに済みますね。……いや、確か何日か休んだので、ダメそうですね。

 お話はまだここで終わらず、千一夜目に突入します。今後もまた、お付き合い下されば幸いです。

 そうやってその日は店の動向を見守りつつ、裏では皆でのんびりと過ごしたハルたちだ。

 夕食はうってかわって、全員でいつだったかのように、思い思いにサンドイッチを作って食べる。カゲツには悪いが、ハルたちにとってこれがどんな高級料理よりも美味しく感じた。


 人間は周囲の環境も込みで、まるで幸福感を味わうかのように味わいを得ているのだと良く分かる。

 これが、ハルたちの天然の『ブース』。この場で一緒に食べることこそが、最大限の増幅効果を生み出しているのであった。


「ハルさんは、やっぱりサンドイッチがとっても大好きなのですね! 最初に会った時から、すっごく美味しそうでした!」

「まあね。僕にとってあれは、相当に特別な体験だったから。あの時まで、食事にはさほど気を遣ってこなかった」

「まぁ。嬉しいですー」


 食事も終わり夜も更けて、ベッドの上でアイリとふたり、のんびりと語らう。


 ルナの家に拾われて以降、もちろん食事はきちんと用意してもらっていた。しかも最高級の物を。

 きっとカゲツが口にすれば、大喜びで早口に評価を下す一品だろう。


 しかし当時のハルには、さほど響いていなかった。思えばルナも、月乃でさえも、大して美味しそうにはしていなかったように思う。

 それを思えば、ハルにとって重要なのはやはり味の絶対値を追及することよりも、こうしてアイリたちとの環境ブース効果を充実させることが必要なのだろう。


「わたくし、ハルさんの昔のお話を、もっと聞きたく思います!」

「……聞いたって面白くないと思うけどね。僕の当時の話は」

「そんなことありません! わたくし、ハルさんのお話ならなんでも面白いのです!」

「そうかい?」

「そうなのです、妻として! えへへへへ……」


 はにかみながら、アイリがぴったりと寄り添ってくる。ハルは体が熱くなるのを抑えつつ彼女を引き寄せると、その髪をやさしく撫でる。

 するとアイリは子猫が甘えて喉を鳴らすように、幸せそうにその身を更にこすりつけてきた。


「寝物語を、要求しちゃいます! それがないと、寝付けません!」

「おやおや。困った王女様だ」


 寝付けないのであれば仕方ない。ハルはそんなまだまだ暴れたいざかりの子猫をあやすかのように、ぽんぽん、と撫でつけながら、昔語りを開始するのであった。


「昔々あるところに」

「おじいさんが、いたのですか?」

「……まあ、僕は実年齢で見ればお爺さんと言えなくもない」

「年齢の話は、やめにしましょう!」

「そうだね。あまり良いことはない」


 アイリもこう見えて、実際は良い感じの年齢である。お互いに良いことはなさそうだ。


「お爺さんかはともかく、寡黙かもくな少年が居たんだ」

「見たいですー……」

「それは、少し恥ずかしいな……」


 そうしてハルは、ベッドの中で寝付けぬ彼女に、寝物語代わりにまた昔の自分について語っていくのであった。





 ハルは当時のことを思い返しつつ、アイリに自分のことを色々と語っていく。

 特に今日の話題は、ここのところの流れを反映して食事の事情が多めになった。


 最初は、まるで食べなくとも生きていけたこと。それこそかすみんで生きる仙人のように、空中から直接エネルギーを補充して生きられたハルだ。

 エーテルネットに接続していさえすれば、それこそ自分自身が生成機の役割を果たすハルだ。待機状態の栄養を維持する程度、訳はない。


「それで、研究所の解体が終わってあそこが病院になってからかな。僕も患者に紛れ込んだことで、食事が提供されるようになった」

「そこで、初めてハルさんは食べ物の味を体験することになるのですね!」

「そうもいかない」

「あらら?」

「なにせ、入院患者の身分はフリだけだ。食べるのも同様に、食べているフリだけしていた」

「それはなんというか、律儀です、ね?」


 本当にだ。別に、食べるだけなら普通に食べても良かっただろうに。

 ただ当時のハルには、残念ながらそうした意識は存在しなかったようだ。いやもしかしたら、『自分には食事をする権利はない』と無意識に思い込んでいたのかも知れない。


「しかし、食べるふりとは? それはいったい、どうしていたのでしょう?」

「ああ、口に入った瞬間に、舌の上で食品を分解していた。味を感じる間もなくね」

「あはは。それは、逆に大変そうなのです」

「本当にね」


 ただ当時のハルにとって、それが自然なことであり、そうしないと自身に提供された物体を処理することが出来なかった、いや出来ないと思い込んでいたのだ。

 なにせ、生まれてこのかた、いや稼働を始めてこのかた、胃腸を使った消化活動など行ったことがなかったのだから。

 新たな機能を自身の身に搭載するよりも、慣れ親しんだ手法の方が楽だと考えていたようである。


「まるでハルさんが、“まてりあらいざ”そのものみたいですね!」

「そうだよアイリ。事実、あれらは僕らの機能を元に作られたようなものだ。いわば僕らの兄弟だ」

「まぁ? それは、ずいぶんと変わった形の、ご兄弟ですね?」

「本当にね……」


 ハルが変なことを言ったせいで、アイリはどうやらマテリアライザの筐体きょうたいに手足が生えて、箱の前面に目があるかわいらしいキャラクターを想像してしまったようだ。

 新型のイメージキャラクターとして売り出してもいいかも知れない。いや、少々子供向けのデザインすぎるか。


 そんな新型をハルが今回設計してみせる事が出来たのもある意味当然のこと。自分の機能を、少しばかり落とし込んでやっただけである。

 その気になれば、更に高性能な物も設計できるが、あまり過剰すぎる干渉は良い結果をもたらさないだろう。ほどほどで留めておいた。


 そんな範囲であっても、ルナの母である月乃には大喜びされる、大幅な進歩となってしまったようだが。


「……うん、兄弟、兄弟か。もしかしたら、真に兄弟と言える僕の同僚たちの手前、僕だけが美味しい物を食べることが許されない、なんて思ってたのかもね? 今となっては、僕にも分からないことだけど」

「他の、管理者のみなさまですね」

「うん。今はセフィを除いて、みんな先にってしまったよ。……こういうとセフィは、『僕も肉体的には死んでるよ!』、とか言い出すんだけど」

「じ、自虐じぎゃくネタ、なのです!」


 まあ今は、湿っぽい話がしたい訳ではない。そのことはいいだろう。


 そして時代はまた進み、ついにルナが病院にやってくる。ハルはそこで初めて自分の存在を認識する他人と出会い、彼女の家に連れ帰られるのだった。


「ハルさん、ゲットなのです!」

「ゲットされちゃったね」

「お食事は、どうなさっていたのですか? やはり居候いそうろうは、貧相で質素なお食事が!」

「何のネタなんだ……」

「ありがちな話なのです。あっ! ルナさんや月乃お母さまを、非難する意図はまったくないのです!」

「……まあ、彼女らならふざけてそういう遊びをしそうではある。ただ実際は、家族の一員として自分たちと同じ物、つまりかなり高級な食事を頂いたね」

「一気にグルメなのです」

「正直、ほぼ味は分からなかった……」

「……わたくしも、城の料理が美味しいと思ったことはなかったように思います」


 互いに、最高級品を食しながら、そこに大した感慨をもっていなかった二人であった。悲しい共通点もあったものである。


 とはいえそれはルナや月乃も同じのようで、舌は肥えておれども食事を楽しむ気持ちは薄かったようで、その点でハルに影響を与えることはさほど無かった。

 ルナなどはその事をずいぶんと後悔しているようで、未だにハルに詫びてくることもあった。何を詫びることがあろう。ハルとしては、感謝しかしていない。


「まあ、その後は徐々に味覚を育てつつ日々を過ごして、転機はアイリと出会ってからになるかな」

「わたくし、大活躍なのです!」

「……あっ、いやユキとゲームをやるようになって、『ゲーム食』はやたらと口にする機会は増えたかな」

「ジャンク! なのです!」


 当然、それがハルの味覚に良い影響を与えることは一切なかった。

 むしろそれが原因で、栄養スティックで食事を済ます悪習が身についてしまったまである。今だから思うが、あれは良くないことであった。


「わたくしも、このお屋敷に移って、メイドたちと楽しく食事をするようになり、初めて食べることの楽しみを見出したかも知れません」

「そうなんだ。なんだか似ているね、僕らは」

「はい! お揃いです! 自虐ネタの、お揃いですが!」


 そんな話をしていたら、不意にアイリのお腹から、くう、とかわいらしい空腹のサインが音を鳴らした。

 どうやら、寝かしつけるどころか、食事の話でおなかを空かせてしまったようだ。


「えへへへへ……、くいしんぼうで、はしたないですね……」

「構わないさ。せっかくお互い食べることを楽しめるようになったんだ。ここはひとつ、深夜の間食と洒落しゃれ込もうか」

「禁断の、お夜食なのです!」

「そうだねアイリ。こっそり行こうか」

「……はい!」


 無駄に声を潜めて、ふたりはそろりそろりとベッドを抜け出す。

 これから誰も居なくなった真っ暗な食堂に忍び込んで、無断でつまみ食いを敢行するのだ。


 眠りにつこうとしていた気配はどこへやら、遊び盛りの子猫は今はぱっちりと目を見開いてしまったようだ。

 まあ、これもまた良いだろう。良い夢を、と思っていたハルだが、眠れぬ自分に夜通し付き合ってくれる者が居るというのも悪くない。


 そんな、大きな子供二人は、皆にないしょで夜のお屋敷に、こっそりとくり出してゆくのであった。

 明日からはキリよく、番外編を閉じて「第三部」がスタートする予定です。

 では、今日は、ここまで。続きはまた、明日。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もはや食べるフリというより、食べるまでもなく分解した方が早いまでありそうですなぁ。エーテル分解が慣れ親しんだ方法とは、自衛手段に随分と恐ろしい方法まで組み込んでいたようで……。いやまあエー…
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