第1話 魔法の世界へ君をいざなう
はじめまして。初めての小説投稿になります。
色々と設定が出てくると思いますが、雰囲気だけで読んでも大丈夫です。気になったら読み込んでもらえると喜びます。
1話は世界観や主人公の紹介が主で、続けて投稿予定の2話でキャラクター設定、3話からゲーム開始になります。そちらもお付き合いくだされば嬉しいです。
では、よろしくお願いします。
「それで、六本腕の退職金の使い道は決まった?」
「賞金って言って?」
連休を控えた放課後。早くも人の居なくなった教室で、クラスメイトの美月と言葉の少なめな雑談を始める。
美月はこの学園では珍しくはない、いわゆる良いとこのお嬢様である。落ち着いた制服と表情に、肩口で切りそろえた髪がよく似合っている。
ゲーム好きであり、“電脳化社会に高適正”として特待生で入学した光輝によく依頼のような形でゲームを紹介してくる。
通称、六本腕もその一つ。最近まで光輝、プレイヤーネーム『ハル』がやっていたものだ。
その名の通り六本の腕を生やす事に始まり、異形のキャラカスタムが話題となった対戦ゲーム。
どんな異形の体であってもすんなり適応する脳の適正によって、場荒らしまがいに優勝したハルだが、そのせいかゲームは長期メンテナンスを挟んだ大幅な改変を宣言する事になった。
一般的には操作しやすく、適正のある者には興ざめに。
そうしてハル達の引退する現状を美月は退職金と例えたようだ。わりかし毒がある。だが長期的に見ればその方が成功するのであろう。こういった事はこれまでも何度かあった。
「……いやあんまり。今は機材にも困ってないし、克己達は連休の予定は決まってるみたいだし」
「女性は誘わないの?」
「美月を誘ったら賞金じゃ足りないでしょ」
「心外」
もちろん冗談だ。無茶な要求をする彼女ではない。デートと呼ぶべきものに誘うには気恥ずかしさが勝るだけだ。不慣れなのだ。
「ならいっそ、パッとゲームに課金してしまうのはどうかしら。あなた好みのお姫様が出るゲームがあるわ。ちょうど明日開始」
「それは、そそられるけど」
やや強引な話題の展開だった。彼女のゲームの誘い方としては珍しい。明日開始ということは切り出すタイミングを待っていたのだろうか。
浮いた資金とはいえ、他人のお金の使い道に干渉するような人でもないのは先述の通りだ。だがそれゆえ逆に興味がわいてくる。彼女がそうまでして勧めたいゲームはどんなものか。
「いや、いいね。面白そう。どんなゲーム?」
「そう、良かった。フルダイブよ。なんでもあり。……RPGかしら」
フルダイブは意識を完全にゲーム内に移す技術。システムの自由度の上昇は、モニター操作と比較して著しい。
ゲームの仕様が多様化した時代のジャンル分けに苦労しているようだ。なんでもありという表現にハルが苦笑する。
「データを渡したほうが早そう。外に来て?」
この電脳化の時代に逆行して、校内はネットワークから完全に隔離されていた。
手早く荷物をまとめ、歩き出す彼女にハルも続く。落ち着いていながら即断即決な彼女だ。こういうのもマイペースというのであろうか。
*
《ネットワーク強度が上昇:クラス3》
エアロックじみた二重の正面玄関を抜け、ハルは空気を大きく吸い、吐き出す。大気中を満たす有機ナノマシン『エーテル』が体内に浸透し、ネットワークと繋がった意識が急速に肥大、また拡散していく。
ナノマシンとは目に見えないほど小さい機械の事だ。そしてこのエーテルと名づけられたナノマシンは、マシンとは言うものの人間に害の無い有機物だった。
体内への機械の埋め込みや、大型の専用機械が必要と目されていた電脳化の時代は、このナノマシン『エーテル』により大きな転換期を迎える事になる。
ノートパソコンに始まり、携帯電話へと続き、アクセサリーやメガネ型、衣服への埋め込みと試行錯誤と小型化が続けられたコンピュータは、ついに“空気中へ散布する”事で個人で持ち歩く必要が無くなった。
人間を一つのコンピュータに見立て、ナノマシンが回線ケーブルとなる。
極論すると空気さえあればネットワークに接続可能になった外界に、ハルは踏み出す。
この学園は外部知識に頼らない知性の確立を標榜し(別の理由としては良家の子女を世俗から隔離するため)、電波を遮断し、また空調を徹底管理しナノマシンの類を排除しており、ハルにとっては窮屈な世界だった。
──この環境は集めた特待生の資質を殺しているよね。
ハルは脳内に響くアナウンスに自分の世界に戻ってきた充足感をかみ締めつつ、顔に出てしまわないように注意を払う。
他人の評価をさほど気にする方ではないハルではあるが、校舎を出るたびに顔をニヤつかせる変人と思われたくはない。それが異性とあればなおのこと。
だが横を歩く異性であるところの美月は、そんなハルの努力を横目に、何でもない事のように言う。
「あなたは外に出るたびに嬉しそうにするわね。そんなに此処は窮屈?」
無駄であった。お見通しであった。
動揺を隠しながら目の端で美月を捉えて見てみれば、口元がほんのわずかに笑みを描いている。これは微笑ましいというやつだ。
あまり表情の動かない彼女であるが、こういった感情表現は素直な方だ。口元だけで控えめに笑い、眉の先だけで控えめに怒り、目をジトっと細めて控えめに不満を表す。……最後のは控えめではないかもしれない。
見透かされた恥ずかしさに顔が赤くなりかけるのを必死で制御しながら、一方で何故それを察知されたか疑問になってくる。
「……そんなに顔に出ているかな。一応気をつけてはいるんだけど」
平行して多くの事を思考する事を得意とするハルの『気をつける』は常人と比べてかなり上の域にある。もはや警戒の範疇と言っていい。
そんな厳戒態勢まっ只中な表情筋の不動っぷりは、クール系美人と評判であるところの美月を余裕で上回るというものだ。であるというのに何の不備があったのか、とハルは高速で頭を巡らせ始める。
視線か、指先か、かすかな身震いでもしていたか。思い返しつつ否定する。対戦ゲームで常勝を誇る身だ。自分と相手のクセの観察には人一倍長けているというのに。
──ポーカー的読み合いで美月に負ける事は無いというのに!
「呼吸が」
……そんな本人にとっては深刻で、はたから見ればどうでもいいであろう事で悩むハルを尻目に、簡単な問題のように美月は言った。
「あー、そっか」
なるほど分かってみれば何ということは無い。気をつけるタイミングが遅かっただけだ。
続く言葉を待つも、それが出てくる事は無く美月は歩き始めてしまった。この話題は終わりのようだ。
会話のテンポが少し独特だ。
口下手という訳ではないが多くを語ることも少ない。お嬢様なのだ。クールで高嶺の花なのだ。多くを語るのは三下の役目なのだ。
……そういった印象を加速させているこの語り口ではあるが、実際の所そう無口な訳でもなかったりする。
かすかでありながら非常に豊かな彼女の表情と同じように、付き合ってみると案外多くの事を語りたがる。
「そんなに深呼吸してるつもりはないんだけどね」
照れ隠しついでに、もう少しこの話を続けてみたくなり会話を振っていく。終わった話題かと思えたが、彼女も間を置かず答えてくれた。
「そうかしら、とっても空気が美味しそうだけれど?」
面白い言い回しだ。ナノマシンを除去する過程で、完璧なまで清浄に保たれた校内の方が一般的に空気が美味しいと言われる世界のはずである。
だがハルはこの言葉に素直に同意する。極端に言ってしまえば“ナノマシンに汚染されている”外の世界の方が、自分にとっては美味しい空気なのは確かだろう。
「あなた中から出たときは必ず深く息をつくから。中ではそんな様子見せないのにね。だから、そんなに息苦しいのかなって。それがちょっと可笑しくって」
そう言いながらほんの少し目を伏せて、今度は分かるくらいに微笑んだ。
「それだけよ」
「なるほど」
なるほどよく見られていると感心する。人の多い所ではそれこそ無駄に一挙手一投足にまで気を使っているハルだ。あくびや溜め息なども見せることは無い。
ただしこれは美月のように礼儀作法の心得を徹底しているといった話では全くない。単に面倒なので特異な脳力(誤字にあらず)を無駄遣いしてほぼオートで制御しているだけだった。
──彼女にとっても、中は窮屈なのかもね。
頭の回転は速いと自負するハルではあれど、それを生かす視点はまだ未熟だった。ゲームで優れた戦術を駆使しつつも、戦略眼を欠いているのは実感する事がある。
普段から美月にはそこを頼る事が多く感謝している。そう思いつつ、今度から呼吸も気にした方がいいのだろうか、などと微妙に気にして二人で帰路を行く。
そう長い距離ではない。少し楽しくなってきた彼女との会話を続けたい気持ちがわくが、本題に入るため、少しの名残惜しさを感じつつハルは話を閉じた。
「それで、これが例のもの」
《プライベート通信を受信:美月(自動受信)》
話題の終わりを察した美月が本題に入る。
彼女からデータが送信され、お互いの前にパネル状のホログラムウィンドウが表示される。このウィンドウは、二人の他にも道行く人が居たならば全員に見えるようになっている。
もちろん技術的にはお互いの脳内で完結するやり取りが可能ではあるが、この可視化はナノマシン『エーテル』を介した現在の通信では基本であり解除不能な仕様になっている。
一つ。文字通り個々の見ている世界が全く異なる社会になってしまう事で、精神性もそれぞれ全く異なってしまう危険性に対しての抑制。
二つ。“他人が隣で今何をしているか分からない”事からくる不安感を与えないためセーフティ。
三つ。そして単純に、移動中に視点が定まらない危険な状態の防止。
……と、いうことのようだ。
ただし今は秘匿通信でやりとりしているため、二人は何かを見ているがその内容は判別できない、というように周りからは見えるだろう。
そうした例外も多く、中途半端だという批判もまた多い。
「ありがとう。強度6以上パーソナル2以内か。結構要求が高いんだね」
公式説明のトップには、まず必要とされる環境が記載されていた。
身体ひとつ有ればあらゆる場所でネットに接続可能な世界であるが、前述の制限と近い理由で、フルダイブ型のゲームを起動するには通信強度と、個人的なエリアであるという判定を必要とする。
人ごみの中で堂々と意識を飛ばされてはたまらない。
高品質なゲームほど要求は高い傾向にあり、自分の経済力でその環境を整えられるか否か、それが現代におけるハードの値段、ということになるのだろう。
「もう登録は開始してるんだ」
「ええ、サービス開始時刻は明日だけど、ログインスペースのような場所でキャラクター設定をしながら待てるの」
そう語る美月は既に設定を終えているような雰囲気だ。意外とやる気のようであることを感じたハルも、少し気分が乗ってくる。同じゲームで遊ぶのは少し久しぶりだ。
「じゃあ、帰ったらすぐ行ってみるよ」
「少し待たせてしまうかも知れないけれど」
「ん。じゃあ設定しながら待っておく」
少し早口に話を詰めながら、さしかかる分かれ道。彼女は寮生。学園の敷地から出ることなく帰宅となる。これでも遠回りしてもらった。
「それじゃ」
「ええ、また」
新しいゲームに対する期待感がわいてくると、自然に足が速まるのを自覚する。そんな様子もまた彼女には筒抜けなのだろうか。そう微妙に気にしつつもハルは軽く手を振って、家路を急ぐ。
振り向き際に盗み見た彼女は微笑んでいるように見えた。
*
《ネットワーク強度が上昇:クラス7》
《パーソナルエリア:カテゴリー2》
部屋に帰ると、この時代には数を半減させた電子機器類がハルを出迎える。
全く無い家庭というのは珍しいが、ここのように機械で溢れる事もまた珍しい。
強力な電磁パルスの影響によるライフライン停止への懸念と、有機ナノマシン『エーテル』の普及により、電子機器は徐々にその数を減らしている。
「さて、とりあえず色々と棚上げしてインしちゃおうか」
夏休みの宿題は最終日に超高速および並列で処理するタイプであった。間に合うのでタチが悪い。
連休の課題や、六本腕で知り合った仲間への連絡や、家事や、その他諸々を投げ出し、新しいゲームの準備に入る。クラスメイトの美少女の誘いに優先されるものではなかった。
整然と並べられながらも規格の不揃いさが乱雑さを演出する機器類をチェックしつつ、帰り道にも流し見たゲームの詳細を確認していく。
「初期費用が必要なタイプは珍しいよね」
回線費という言葉が消えつつある昨今、開発費を購入代金で回収するオンラインゲームは少ない。また、余談になるが『オフライン用』などと冠する事の無いゲームはほぼオンラインだ。
「年齢層高めにしたいのかな」
金銭がからむ性質上、そういった傾向が出る。落ち着いたプレイがしたいなら購入式、などとも言われるが、実情としてはそうなっていなかった。
大人であれ変な人間は居る。リアルから開放される空間では特にだ。逆に無料であっても落ち着いたコミュニティを選んで活動すれば済む話だった。
増えすぎた集団はそれぞれが星であるかのように互いの引力の及ぶ距離を避け、深く干渉し合う事はなくなった。
「でも今回は気になる。宣伝も全くしてないし。世界観的には大規模で作ってあるのに小規模の人数も集まらなさそう。成立しなさそう」
独り言が増えるハル。
明確な戦略があるのか、単に考え無しなのか。ゲーマーとしては気になってくる。アンテナは広く張っているハルだが、今日までにこのゲームに見覚えが無い。
美月が誘ってきたのはこういった特異性からであろうか。彼女の提案するゲームはそのような変り種が多かった。
「まあ、やってから考えよう」
一般にダウンロードするという意識はなくなった。サービス中のゲームならすぐにプレイ出来る。
躊躇なく購入をタッチし、また躊躇なく服を脱ぎ捨てる。そして脱ぎ捨てつつも妙な几帳面さを発揮して一箇所にまとめる。
そのままハルは部屋の中央に鎮座する丸いカプセル型の医療用ポッドに身を沈めた。
《ネットワーク強度が上昇:クラス9》
《パーソナルエリア:カテゴリー1》
この時代においてなお光回線も備える機械式とのハイブリッド。
超高速通信を実現するエーテル通信であるが、実はその原理は完全には解明されていない。不測の事態が起きる可能性はゼロではない。
更に長時間のダイブでも健康管理は万全という優れものだ。……というか、言うまでもなくそれが本来の用途のはずだ。
当然ながらそこまでのスペックが必要なゲームなど存在しない、いや存在してはならない。
多くのフルダイブ型ゲームはパーソナルエリア・カテゴリー3(家の中であれば全域、または外でもカギのかかる個室等)で、安静な体制であれば身体一つでインできる。
そんな本来の用途からはだいぶズレた、ハルの愛用する専用ネットワーク端末がこのポッドである。悲しいことに9割がたゲーム機である。
《プログラム起動:『エーテルの夢』》
青く揺らめく溶液に満たされたナノマシンが身を包み、ハルはネットの世界にダイブしていった。