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04 『真似事』

 整理券をとって、探偵は最後部の席に着く。私も探偵に倣って、後ろに行く。田舎だしバスはおんぼろだろうと思っていたが、実際はそうでもなかった。多少、錆があるものの普通のバスだった。


 五分くらい座っていただろうか?


 何を思ったか探偵は立ち直して前方の席の方に行った。そして、そこに座っていた少し瘦せた五、六〇代ほどと思われるライトグリーンのポロシャツを着たおじいさんに話しかけた。

 幸いなことに、そのおじいさん以外に誰もバスにはいない状況なので、私の方にも一言一句、話が聞こえてくるし表情も見えた。探偵がこっそりおじさんと推理に使えそうな話をしていないか、注意深く見ていく。


「こんにちは。」


 私への態度とは違った天使のような無邪気な笑顔で、探偵はおじさんに話しかけた。

「ああ、こんにちは。えっと。」

 おじさんは見ず知らずの可愛い子に喋りかけられたことに戸惑いながら話す。


「すみません、突然話しかけてしまって。ただ、明日、学校でマジックの発表会があってどうしても知らない人に見て欲しかったんです。」

 息をするように探偵の口から噓が紡がれる。


「友達ではだめなのかね?」

 おじさんのもっともな問いかけに、やはり噓が、つらつらと探偵の唇から飛び出してくる。

「はい。皆、私のことを甘やかすんです。だから、厳しく見てもらえる人がいないんです。だから、お願いできませんか?」

 そう言って小首をかしげておじさんのごつごつした手を握り、探偵はお願いした。


 正直、凄く可愛かった。


 目元の隈は隠し切れないものの、明るくて可愛い女の子そのものであった。これは断れないと思った。同時にこの探偵は実は女だったと自分の中で結論付ける。まさか、男の娘ではあるまい。


 ちなみにおじさんは少し汗ばんでいるようで髪から何から少し湿っていたので、少し潔癖症気味の私にはおじさんの手を握ることはできないなと思い、本題とは違うところで探偵を尊敬した。

「ええ、そういうことなら、大丈夫ですよ。どんなマジックですか?」


 男性はかなり紳士的な丁寧な言葉で応じた。

 その言葉に

「種はもう仕掛け終わりました。早速始めます。」

 探偵はそうサラッと述べる。そう述べたのは、バスがトンネルに入るところだった。


 そして、その時、探偵の空気が一変する。その空気に合わせるように辺りが暗くなり、空気がきしんで耳鳴りが聞こえた。切り裂くような理性が物理的な圧迫感すら生み出した。私にはそう感じられた。


 実際にはバスがトンネルに入ったせいかもしれない。だが、私には探偵が原因に見えた。


 声音が低くなり、


「あなた、弓道をやっていましたね。それに、ここら辺に住む前はもう少し都会に住んでいたのではないですか?」

 おじいさんに向かって唐突にそう切り出していた。まさか、本当にホームズの真似事ができるのだろうか?そして、手を握ったのはこのためだったのか。そう思った。


「へ?」


 しかし、おじいさんは、きょとんとした顔をしている。

 外したのだろうか?ホントに?あの、圧迫感は私の幻想だった?さっき、私の個人情報を言い当てられたから無意識のうちに探偵を過大評価してしまっただけ?ま、まあ、そうだよね。

 適当にやってあたるほど、ホームズ先生の真似事が簡単なわけない。私は内心でそう願った。


 だが、

「あ、あたりだ。どうやったのかね?」

 私の願いとは逆で、ただ単に、ほとんど会話もしていない少女から発せられた真実から成る言葉。それに、おじさんは、驚いて呆けていただけだったらしかった。


「マジックは種を明かしたらおかしくないでしょう?その代わりもう一つだけやりましょう。いいですか?」

 おじさんは神妙に頷く。


「あなたは、湯が山で温泉に入ってきた帰りですね?それにA型です。」

「はー。」

 おじいさんは感嘆の息をついていた。


「ありがとうございました。以上です。楽しんでもらえましたか?」


 そのおじさんのため息をみて探偵のオーラが消えた。私には見せない無邪気な笑顔に戻る。

「いやー、いいものを見せてもらったよ。ありがとう。」

 そう言ってもう一度握手をしてこちらに探偵は帰ってきた。表情を見ると元の退屈そうな陰鬱とした表情に戻っていた。


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