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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

霧中の獲物

 お隣、いいですか?

 すみません、向こうにも席はあるのに。でもちょっとあそこは夕日が眩しくて。

 ああ、吃驚しますよね。こんなところに私みたいなのがいるなんて。

 あはは、幽霊なんかじゃないですよ。

 私は見ての通りK高生ですし、いつもはここでバイトしてるんですよ。

 え?覚えててくださったんですか?えへへ、ありがとうございます。

 そうなんですよ、最初はソフトクリームもきれいに作れなくて。あはは、そんなことまで覚えられてるなんてちょっと恥ずかしいですね。

 なんでこんな峠の途中でって?街の方にもコンビニやファミレスなんかいくらでもあるのに?……あはは、普通そうですよね。でもバスで来れますし、叔父の職場がこの辺りなので帰りは迎えに来てもらえるんです。ついでにお菓子を買ってもらったり?まさか、そんなの悪くて頼めませんよ。

 ……あー、親はですね、いなくて。母子家庭だったんですけど、母が事故で。あっすみません変な空気にしちゃって、謝らないでください、本当に良いんです!

 

 お姉さんはいつも車ですよね。あの車いいですよね、可愛くて。私もCMで見る度、大人になったらあんな車買いたいなって思ったりして。お姉さんの黄色かわいいですよね。就職の時に買ったんですか。いいなあ。

 私は、うーん。教習所ってやっぱり厳しいですか?私みたいに鈍臭くても免許取れるか、ちょっと不安ですね、えへへ。

 あれ?前のライトのところ。以前からあんな風にへこんでましたっけ?よく見たらナンバープレートのところもちょっと……。

 どうしたんですか?そんな顔して。

 ああ、霧。

 確かにこの辺りは、まだ夜や朝方は冷え込んで霧が濃くなりますもんね。JRもしょっちゅうそのせいで遅れますし。テスト期間だと、やめて!って思っちゃいます。

 特に先週はひどかったですよね。峠全体が霧に包まれたみたいになって、叔父もかなりスピードを落としてましたもん。

 それがどうかしたんですか?


 ああ。鹿。

 ……そう、ですか。

 いつもよりお仕事が長引いて、お疲れの中で、暗くもなっていて。

 霧が、とても濃くて。

 気付くのが遅れて。

 そうだったんですね。子連れ、だったんですね。一頭。

 ……大丈夫ですか?顔色が少し……。もしかして、眠れてないんですか?

 夢を、見てしまうんですね。

 最初は霧の中を、何も思わずに。ううん、これから観るドラマのこととか、明日のお仕事のこととか考えて運転しているんですか。

 でも急に目が合って、嫌な音と、タイヤが何かに乗り上げた感触がして、その瞬間急に霧が晴れて、そこで。

 ゆるさないって。

 子供の声で、そう言われて、目が覚めるんですね。


 ……まさか。確かにこの峠は色んな怪談がありますけど、きっと迷信ですよ。下の方の昔のトンネルはちょっと不気味ですけどね。

 でも、同じ夢ばかり見て眠れないのはあまり良くないですね。お疲れも出ちゃうでしょうし、そのせいでまた事故に繋がったら……いえ、すみません。

 お姉さん。夢っていうのは、呪いとか祟りとかじゃなくて、潜在意識からのメッセージって言われているんです。知ってますか?

 なんとかの法則っていうのも流行ってたじゃないですか。あれと同じです。

 欲しいもののことを考えていると、それが夢の中に出てきたり。

 良いことや幸せなことを考えていると、自然と良いことを引き付けられるように振る舞いも変わってきて、実際の生活でも幸せなことがたくさん起こるようになったり。

 それは悪いことにも言えるんです。

 自分は悪い、罪深い、恨まれている。そんな風に考えながら生活してると、悪夢ばっかりで身も心も休まらなくてっていうのは今のお姉さんの状態ですよね。

 お姉さんがそうだって言いたいわけじゃないですけど、アメリカの方では、銃を誤射してペットを死なせてしまった、何の罪もない少年がそのトラウマを抱えたまま成長して大人になって、どういう経緯かは知りませんけど、ショッピングモールで銃を乱射してたくさんの人を殺してしまったって。


 ……ごめんなさい、余計に怖がらせたみたいで。

 でも大丈夫ですよ、こうやってお姉さんは私に話してくれたじゃないですか。自分の辛い経験を人に話すのって、簡単なことじゃないですよ。お姉さんはすごいですよ。

 それに、話せば話すほど楽になるって言うじゃないですか。あれも科学的な根拠があるらしいですよ。

 こんな風に、辛いことも怖いことも吐き出してしまって、楽しいことを考えられるように。幸せになれるように。ゆっくり時間をかけて良いと思うんです。してしまったことはなかったことにはなりませんし、思い込んでしまったことはなかなか取り消せませんけど、それでもお姉さんはこんなに優しくて一生懸命で素敵な人なんです。

 幸せになるべき人だと、思います。

 そうだ。お姉さんさえ良ければ、ですけど。また、会っていただけませんか?

 こんな風に、お仕事帰りにお時間があったらでいいんです。私とお話してもらえませんか?

 少しの時間で良いんです。今みたいに何か飲みながら、お勧めのドラマとか本とかの話とかできればなって。あと、お姉さん映画とか好きですか?この前見た映画がとっても良くて、私感動して泣いちゃって。

 ……実を言うと、子供の頃に父に引き取られた姉もお姉さんくらいの歳で。勝手に親近感なんか覚えちゃったりして。……なんて、ご迷惑ですか、ね?

 

 本当ですか?じゃあ、その……連絡先、とか……。良いんですか?ありがとうございます!

 ちなみに、明日とかもお仕事だったりします?

 そうなんですね!じゃあ、その。

 ……待っててもいいですか?今日と同じ時間に。



 えへへ。嬉しいです。

 明日も、お待ちしてますね!

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