D.E.M
意図的に世界観、単語の説明は省いております。
極地融解による海面上昇により陸地の半分が喪われた未来。
そこには徹底した管理と規制が『横行』していた。
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機動部隊に追われていた少女は、薄汚い袋小路にへと入り込んだ。
四方は無機質なコンクリートの壁に覆われ、唯一の退路も機動部隊に塞がれてしまっている。
『市民管理登録No.119ー238ー33ー1ー2546。君は『食糧規定45項』、『栄養管理規定566項』、『風紀規定8566692項』及び『治安維持活動規定54項』』に違反している。これより『罰則対応規定5542558745624項』に基づき、君を処刑する』
「…っ」
機動部隊がライフルを構え、ダットサイトを少女の腹部へと構える。
引き金を引く刹那、機動部隊の両手が爆ぜる。
続けて頭、右胸、左脇腹とショックウェーブを叩き込まれ、爆散した。
少女が呆然としていると、上から外套が降ってくる。
その外套を纏う青年は事もなく着地すれば、右手に持つ拳銃型の攻撃用インターフェースを、機動部隊へ向ける。
『貴様!『危険物所持規定8845項』『治安維持活動規定56項』『物理的暴力における規定6641項』に違反しているぞ!』
そう喚く機動部隊の頭へショックウェーブを放つ青年。
トマトのように赤黒い飛沫を撒き散らす機動部隊。
その奥からライフルを構える機動部隊最後の独りは、そのまま弾丸を掃射する。
インターフェースに電力が走り、段々とプラズマが収束してゆく。
やがてインターフェースの先端に浮かんだ青白い球体は、高速に先端を形成し、直線状に延びて行く。
プラズマに巻き込まれた弾丸は瞬く間に蒸発し、機動部隊の胸を貫通する。
その熱により機動部隊の鎧骨格はスライム状に融解を始め、でろりとした物体と化しその場に沈殿した。
「大丈夫か」
瞬く間に機動部隊を全滅させた青年に一抹の恐ろしさを感じながら、少女はその場にへたり込む。
「ありがとう、…ええと」
「幾再。俺の名だ」
「イクサね。私はカノ」
握手を求めて差し出したカノの右手をイクサは左手で遮り、不満げに頬を膨らますカノに視線を落とした。
「何をした?」
「チョコレートを食べた」
「成る程、『規定された栄養素』と『規定された食糧』以上の摂取をしたわけか」
カノは頷く。
イクサはインターフェースを外套内にしまい、辺りを警戒する。
「ここは危険だ。家まで送る」
「ありがとう…」
「まったく、お菓子を食べるだけで殺されかけるなんてついてないよ」
「そんな世の中だ。仕方有るまい」
「それは解っているんだけど…」
「恨むなら古代人を恨め」
「学校でも言われた。【過去の環境破壊のツケで世界が荒廃したから、その原因を突き詰めていったところ、『人間の欲深さがこの事態を引き起こした』って結論になったから、以後様々な管理がなされるようになった】…ってやつでしょ?」
「過剰な都市開発に伴う環境破壊。過剰な資源使用に伴う環境破壊。他にも挙げれば切りがない。大量消費社会による人間の欲深さが、結果人間を苦しめていると当時の執政機関は判断したんだろう」
「それで管理・統制?」
「ああ、少なくとも規定された資源を規定された分量だけ使用すれば過度の環境破壊は起きない」
「そしてその規定は日常にまで及んだ」
「そうだ。食糧や消耗品だけではなく、生活のリズム、仕事量、排泄等の生活リズム、娯楽…。ありとあらゆる因子は規制・統制され、制御される」
「なんか…機械みたい」
「それが合理的なんだ。事実テロ行為や戦争行為もこのシステムにより規制され、毎日決められた時間に決められた武器を使い、決められた人数だけ死んでゆく。テロを容認しながら、テロを規制している。戦争を律しながら戦争を誘発している」
「人間を縛り付けながら、縛ってもいない規律…ってやつ?」
「賢いな。……確かに窮屈だが間違いは起こっていない。なにしろ大災害が起こった後だ。それ以前の世代ならいざ知らず、今の世代ならば『間違いが起こらない』ともあれば、どんなに無茶苦茶であろうと両手を挙げて歓迎するだろう」
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カノの自宅。
そこには機動部隊により包囲されていた。
離れた物陰から様子を伺うイクサとカノ。
玄関ではカノの両親らしき二名が機動部隊に何かを聞かれている。
様子を見た限りでは特に危険とは思えないが、自身の迂闊な行動により両親に迷惑を掛けているカノは、固唾を飲みその状況を見ている。
イクサはカノを手で制しながら、そのまま機動部隊の前へ歩を進める。
そして両親と機動部隊の間に入ると、有無を言わさず尋問をしていた鎧骨格の頭をインターフェースで撃ち抜いた。
『貴様ぁ!『治安維持規t
「黙っていろ」
治安維持規定を言いかけた鎧骨格と、その残りの鎧骨格をインターフェースで撃ち抜いてゆくイクサ。
マシンガンの如く弾幕を撒き散らすインターフェースの餌食になり、大した抵抗も出来ず機動部隊は全滅した。
突然の殺人劇に呆然とする両親へ駆け寄るカノ。
その後両親により、何故機動部隊に追われていたかを半ば咎められるように追求されて困惑するカノを尻目に、イクサはその場を後にする。
数日を経て、
イクサは或る場所に辿り着く。
【監理局】である。
今や世界中に点在するそこは、機動部隊に指令を下す場所であり、古代のテクノロジーで建造された第S級規定区画である。
機動部隊の上層部はもちろん、身分も定かではないイクサの立ち入りが許可される場所ではない。
イクサは身の丈の十倍は有ろうかと云う鉄扉の前に立ち、左手を伸ばす。
左手の袖からはケーブルが伸び、意思を持つかのように鉄扉を這う。
やがて土埃と錆びに被われて、目立たなくなっていたソケットを発見し、そこにケーブルを接続する。
イクサの脳裏にはDOSが表示され、僅かな演算式の後に認証画面が表示される。
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Now Reading....._
対象を『幾再』と認識。
ACCESS権限の所持を確認。
確認完了。
アカウントを発行。
セキュリティーを解除します。▽
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その表示と共に鉄扉は呆気なく開く。
そしてイクサは迷うことなく一歩を踏み出し、闇の中へ消える。
イクサが闇の中へ飲み込まれたのを確認したかのように、鉄扉は閉じ、辺りには変わらぬ静寂があった。
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監理局内部は、相変わらず鬱積とした空間だ。
そうイクサは思う。
見渡す限り、夕暮れの光に染まった黄昏の海原。
そしてその地平線に到るまで整然として並ぶ、市民監理Noを刻まれた、マネキンの様な義体。
音は無い。
さざ波の音や、飛んでいる海猫の鳴き声。
風の音も、何もない。
まるで森羅万象、有りとあらゆる概念から途絶された孤独。
イクサは海へ入り、マネキンの一つ一つを念入りに調べている。
額に刻まれた監理Noを見、溜め息を吐き出す。
事務的にそれを続けて、遂に最後の一体に差し掛かったときも、その行動に些かの変わりは無かった。
「ここにも、俺は居ないのか」
響くこともなく、虚空に吸収された一言。
その言葉を応答するものは、無い。
さざ波に揺らされることなく、ただ有り続けるマネキンを羨望の眼差しで見つめ、イクサは再び現世へと舞い戻る。
そしてまた、次の街へと行くのだ。
自らを見つけるために。
システムの基盤。
それは人間の意思だった。
それは大災害に因るモノではなく、人間が自らの社会を確立したときに完成した。
無意識に、集団の下した決断に従う。
【大衆心理】と呼ばれるそれはさらに進化し、システムによる【海】へのログインから義体、義体から対応する監理Noの無意識下へ伝達され、【規制】と云う形を成す。
海はこう呼ばれる。
【D.E.M】
―云わんや、機械仕掛けの神と。
人々の無意識は神へと変貌し、今の世界を形成する。
それに従い得ぬ存在は、規格外(EXA)だけのみだと云うこと―。
―了―