俺のスキル「適応」が便利すぎた件
休日を充実させる簡単な方法は、何か新しい事に挑戦してみること。
というわけで、短編に挑戦。
半分寝ながら書いてみたので、半分寝ながら読んで下され。
「ぐは!」
刺された。
だが、俺の体は刺された事に適応する。痛みが消えて、出血が止まり、壊された内臓も治る。
「死ねぇ!」
また刺された。
だが、もう刺突には適応しているので、負傷しない。押されて凹むのと同じ感じで、刺されて穴があくだけだ。その変形は、俺にとってもうダメージにならない。そして防御の必要がないので反撃に専念できる。
敵兵は俺の反撃を防ごうとしたが、俺の体はその防御にも適応し、防げない攻撃を繰り出す。
戦場は過酷だった。剣術だの魔術だのという強力なスキルを持っていた戦友が何人も死んで、適応スキルを持っている俺が生き延びた。
兵役を終えた俺は、人間同士の殺し合いに辟易して、しかし戦う以外に生きる方法を知らないので、冒険者になった。殺す相手が人間から魔物に代わっただけだ。それでも、討伐以外の依頼だってある。必ずしも殺し合いに身を置く必要はないのだ。
「――と思っていたのになぁ……。」
冒険者ギルドに登録しに来ただけなのに、先輩冒険者に絡まれてしまった。
ただ、俺の体はもう対人戦には適応し尽くしているので、人間相手なら秒殺できる。ため息をつく俺の足下で、絡んできた先輩冒険者たちがうめき声を上げていた。
「おや、まだ生きていたか。」
鞘に納めかけた剣を再び抜いて、しっかり突き刺し、殺しておく。
周囲がドン引きしているのが分かった。なにも殺さなくても……とか思っているのだろう。そんな甘い考えだと戦場では死んでしまう。ひとたび敵を見つけたら、きっちり殺す。それ以外に自分が生き延びる方法はない。
殺人への罪悪感なんてない。戦場でそんな事を気にしているのは新兵だけだ。適応スキルがなくても、場数をこなせば自然となれていくものだ。それに、平時の街中だって、襲われたら我が身を守るために反撃するものだ。それで相手が死んだとしても、この国では合法である。
「どうしてこうなった……。」
あのあとギルド長に呼ばれて、奨励賞を受賞した。
徹底的な正義を、というのが、この国の国是である。悪人に人権はない。まあ、実際には標榜しているだけで、国民性としてはけっこう甘い。だから「そんな甘い考えが悪人をのさばらせるのだ」という戒めを込めて、俺のように徹底的に懲悪を施した者には、奨励賞が授与される事がある。
見せしめによる抑止効果で防犯を。それが国の方針なのだ。
冒険者ギルドで久しぶりに奨励賞の受賞者が出たというので、俺はギルド長の次に国王に呼ばれて王宮に来ていた。そうして今度は国王からも奨励賞を受賞し、奨励冒険者の称号を与えられた。
そうなると冒険者ギルドも俺を放置できない。国に表彰され、称号まで与えられた冒険者を、最低ランクのままにはしておけないというので、俺の冒険者ランクを上げるためのパワーレベリング的な依頼完了実績作成プログラムが組み立てられた。
要するに普通より短期間でランクが上がるように、受けるべき依頼を指定されてしまったのだ。そして、そんな事ができる依頼というのは、要するに困難で危険な依頼ばかり――討伐依頼が中心ということだ。
まったく、どうしてこうなった? 俺は殺し合いに辟易して冒険者になったのに。
猛毒を撒き散らし、近づくだけで毒に犯される猛毒大蛇ヒドラ。
石化ガスを吐き、石化の視線を撒き散らして、周辺一帯を石化しまくる怪鳥コカトリス。
全身を覆う鱗が金属でできている金属竜ファフニール。
高い魔法抵抗力を有し、ターンアンデッドが効かない亡竜ドラゴンゾンビ。
「こんなのばっかり……。」
危険な魔物ばかりだが、俺の体はすぐにそれらの危険性に適応した。
毒を無効化し、石化を無効化し、金属を切り裂き、魔法抵抗力を破壊する。ドラゴンの怪力や高速にも、俺の体はすぐに適応し、互角以上に戦える状態になってくれる。そのせいで、戦場に比べて過酷になったとか危険になったとかは感じない。
敵が多数から1頭ずつになった事が、唯一の救いか。その分、少しは楽になった……と思いたい。
「おめでとうございます。これでSランクに昇格です。」
最短記録ですよ、と勝手に興奮している受付嬢。
うるさい黙れ。そんな事言われても、少しも嬉しくない。
とは思うが、思うだけにしておく。無駄に波風立てる必要もあるまい。俺はのんびり暮らせればいいのだ。その意味で、Sランクになった事も無駄ではない。1回の依頼で大金を稼げるから、働く時間より休む時間のほうが多くなる。それにSランクの依頼なんて、そう多くない。そう多かったら国が滅んでしまうだろう。
ただ厄介なのは、名前が売れるとその名前に群がる連中が現れることだ。AランクかBランクになるべき依頼を、指名依頼にして俺に振ってくるとか。気に入らないので全部断る。冒険者は便利屋じゃない。自由人なのだ。
ギルドがSランクだと認定した依頼だけを受ける。そしてSランクであっても、受けるかどうかは、その時の気分で決める。俺は戦いから遠ざかって、のんびり暮らしたいのだ。少なくとも、当分の間は。
のんびり暮らしたい。その思いを実現するべく、ほとんど依頼を受けずに、何もしないでぼんやり過ごすことにした。休日の残念な使い方といって思い浮かぶような、昼まで寝て、午後から二度寝して、夕方から起きて、せっかくだから少し散歩して、食事をとり、夜にはまた寝る。
そんな生活をするには、宿屋は金が掛かりすぎる。もっとコスパのいい物件が必要だ。なので、家を買うことにした。地震や津波といった災害の少ないこの国では、家は中古を買うのが普通だ。みんな何百年も前に建てられた家に住んでいる。
買った家にベッド1つだけを買い足して、俺はひたすらダラダラと寝た。
「夜魔もびっくりの眠りっぱなしね。」
不意に声が聞こえて、目を覚ますと裸の美女がいた。
ただし背中にはコウモリのような翼がある。
「……サキュバスか。」
人間の男を襲って昇天させ、同時に魔力を根こそぎ奪って殺してしまう魔物だ。ただしアレは相当に快感らしく、死体はみんな幸せそうな顔をしているという。
だからサキュバスに遭遇したら、とるべき態度は3択だ。戦うか、逃げるか、ヤって死ぬか。
しかし俺の場合は、第4の選択肢がある。無視する。
サキュバスの目的は食糧だ。人間の男を襲うのは、それがサキュバスの食事だからである。サキュバスにとっては、魔力さえ奪えればよく、殺すつもりはない。俺なら死ぬほど魔力を吸い取られても適応するだろう。だから戦う必要も逃げる必要もない。ヤってもいいが、死ぬ心配はない。
「珍しい人間ね。」
反応が薄い俺に、サキュバスは意外そうだ。
ヤってもいいが、今の俺はそんな気分じゃないのだ。
「目が覚めるまで待て。
俺は今、眠いんだ。……ぐう。」
返事もきかずに意識を手放す。
どうせサキュバスにできる事なんて何も無い。
「おはよう。」
「ああ……。」
目を覚ますと、サキュバスが正座で待っていた。裸のまま。
「目が覚めた?」
「ああ。」
「じゃあヤりましょうか。」
「ああ。」
そういえば居たんだった、と記憶を掘り起こす。
そして、今度はちょうど目覚めの元気パワーが満ちている。
目覚めのにゃほにゃほで昇天して、そのまま魂まで引っこ抜かれそうになったが、俺の体は適応した。死ぬほどの魔力ドレインに適応して、ほとんど無尽蔵の魔力がわき出すようになり、死ぬほどのにゃほにゃほに適応して、元気パワーが充ち満ちている。
「すごい! まだ元気なのね!」
サキュバスは大喜びだ。
それからもりもり吸い取られたが、適応した俺はもはや枯れる事はなかった。
というより、満ちあふれすぎて俺のほうが止まらない。
「ちょっ……待って! もう無理! ダメ……ダメぇぇぇ!」
サキュバスが気絶するまで続けた。
さすがは淫魔。素晴らしい体だった。
元気パワーが満ちて、気力が戻ってきたので、俺はぐうたら寝るだけの生活を改めた。
でも積極的に働くつもりはない。のんびり畑でも作ってみよう。
「こうなるのか。」
畑を作っていると、畑を作ることに適応した。
作物が育った。
収穫してみようと思ったら、作物じゃないのが生えていた。
「え……?」
「え?」
「え?」
「は……?」
何が起きたのか分からなかったが、起きた事をそのまま言うぜ。
草だと思って引っこ抜いたら、根っこの部分が少女だった。
引っこ抜いて全身が見えている姿は、頭に草が生えているとしか言い様がない。
「アルラウネじゃん。」
サキュバスがひょっこり顔を出した。
まだ居たのか。別にいいけど。
「はい、そうですぅ。
ここの土は埋まり心地がいいですねぇ。」
埋まり心地って……。
「よかったわね。アルラウネが住み着いた土地は、豊作になるのよ。」
「そうなのか?」
「そうなのですぅ。」
じゃあいいか。好きなだけ埋まってて貰おう。
だが、食い扶持が増えたから、少し稼がないといけないか。
「ヘルハーピーの討伐依頼が出ています。」
胴体と頭部が人間の女性で、手足が鳥になっている魔物ハーピー。その上位種ヘルハーピーは、討伐難易度Sランクだ。飛行移動が速く、知能もあって、魔法も使う。ドラゴンを「空飛ぶ戦車」と例えるなら、ヘルハーピーは戦闘ヘリといったところだ。攻撃力や防御力では劣るが、機動力では上を行く。
「というわけで……。」
ヘルハーピーの生息地にやってきた。
1km以上離れた遠距離から一気に近づいてくる気配。すれ違いざまに、無数の斬撃を受ける。攻撃系の風魔法を帯びたまま突っ込んできたか。だが斬撃はすでに戦場で適応している。そして、その速さにも今ので適応した。
「キエエエ!」
弾丸のような速さで飛んできたヘルハーピーを、躱すと同時に捕まえ、地面に押しつける。
「くそっ! 人間め!」
「ああ、確かに俺は人間だ。
それで、その人間に何の用だ? いきなり攻撃してくるとは。」
「とぼけるな! お前らは魔物とみれば見境なく襲いかかってくる野蛮な種族じゃないか!」
「そうか。じゃあ、期待通りに見境なく襲っておくか。」
ヘルハーピーの肉って、鶏肉として食えるのだろうか? なんて考えながら、俺は剣を抜いた。
どうせ討伐依頼だし、殺すのが本来の方法だ。
「ちょっ! 待って! 待って!」
「どうした? 言い残すことでもあるのか?」
「あんた何なの!? 『じゃあ襲っておくか』ってどういう事!?」
「いやいや、何言ってんだ? 襲ってくる種族だと決めつけて、そのように対処したんだから、そういう関係になるのは当然だろ? 誰がいきなり殴ってくる相手と仲良くなれるんだよ?」
いきなり襲ってきておいて、返り討ちにあったら「理不尽だ」と騒ぐのか。意味不明すぎる。相手をする価値がなさそうだ。
俺は剣を振り上げた。
「ごめんなさい! 私が悪かったから!」
「うん。お前が悪いな。」
ざくっと。
「ぎゃあ!
待って! 殺さないで! 何でもするから!」
「無理。お前の言葉は信用できない。
殺して鶏肉として食うことにしたから。」
「ちょーっ! ほんとに! 奴隷でも従魔でもなるからー!」
「……ふむ。」
契約魔法か。それなら魔法の効果によって、逆らうことができない。
ヘルハーピーの肉は食えるかどうか分からないが、その卵は美味らしい。討伐依頼が出ていなければ、卵の採取依頼が出ていただろう。
一番のネックは、契約魔法の効力だ。相手が服従を誓わなければ、契約魔法は発動しない。力で屈服させても、心が折れていなければ効果がないのだ。その問題を解決できるなら、やってみる価値はある。
「よし。従魔契約を試してやろう。」
「というわけで、従魔にしてきた。」
冒険者ギルドに、討伐依頼の達成報告と、従魔の登録申請をした。
討伐依頼というのは、正確にいうと排除できればいい。殺す以外にも、従魔にして管理下に置くとか、別の場所に住まわせるとか、方法はいくつかあるのだ。
ちなみに、ヘルハーピーを突き刺した傷は、もう回復魔法で治してある。
これからはヘルハーピーの卵を食べ放題だ。
……そういう視点で依頼を選ぶのも面白いな。畑はアルラウネに任せておけばいいし、これで卵が定期的に手に入る。あとは肉系や魚系がほしい。キノコ系なんかもあったらいいな。畑仕事に適応できたのだから、魚の養殖や食肉用家畜の畜産にも適応できるだろう。
スローライフの夢が広がってきた。