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  作者: 桂田武史
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六章 決壊


 呼鈴が鳴った。馬場はエプロンを椅子にかけ、とりあえず玄関に向かって「はい」と返事をした。

 戸をゆっくりと開けると、明日まで家庭の都合で休みをとっていたはずの能勢がいる。彼はだるそうに壁に手をついていた。今回は手土産のようなものは持っていない。馬場は少し、ほっとした。彼が自分のせいで多くもない給料を消し飛ばしてはいないかと気になってはいたが、お金のことを口にするのもかえって申し訳ない気がしていたから。


「どうぞ」


 立ち尽くす能勢に笑顔を見せながら一歩前に出る。またしても猛烈な酒のにおいがした。馬場はため息をかみ殺し、ひとまず彼を招き入れた。

 能勢をソファに座らせたところで、一体彼が何をしにきたのか知らないことに気付いた。何の用かと顔を見るも、あの無表情ではわからない。踏切での一件以来、時々夕飯を食べに来るのだが今日は少し時間が早い気がする。ただ、丸いくせに鋭いという印象だった瞳が、今日は少し潤んだ綺麗な眼に見えた。


 何か出してやろうと何気なしに机を見るとマグカップが二つ出ていた。慌てて身体で能勢の視界を遮り彼の様子を確認する。床を眺めていて、幸いにもこちらの動きに気付いた様子はない。二つ出ていたのは食器棚の片づけをしていたからだが、能勢に変な誤解をされたら困る。


「何か飲むかしら」


 言ってからしまったと思った。酒を出せと言いだしたらどうしよう。能勢はこくりと首だけで頷いた。おとなしく膝をそろえソファのすみっこに座っている。机の上に今出してきた体裁でマグカップを二つ置いた。能勢は無表情なままマグカップをつまみ上げた。ぼんやりとした様子で中をのぞいている。


「蜂蜜レモン」


 馬場は少し笑った。能勢はちらとこちらを見ただけだった。馬場はもっとはっきりと笑顔を作ってみる。


「そんなに珍しいの」


 能勢は何も言わずにマグカップに口をつけた。しかし、すぐに下ろしてしまう。好みではなかったのかと思いもしたが、手放していないところをみると熱かっただけか。

 馬場は能勢の隣に座った。能勢が何かを言い出す様子はない。何かあったのかもしれないが、彼が話す気になるまで詳細は訊かないでおこうと思った。


 能勢は何かをするでもなくソファの上に座り続けた。隣に座ってみたはいいがマグカップを抱えたまま壁を眺めている彼に何と言葉をかけるべきか解らない。変わらず何も言おうとしない能勢をどう扱ってやるべきか悩んでいると。突如能勢がマグカップを置いて立ち上がった。

 上から潤んだ黒瞳がこちらを見ている。


「なあに」


 言うより早く、馬場は押し倒されていた。


「いや」


 それでいて抵抗しない自分に気付いたとき顔がものすごく熱くなった。能勢の手が、ブラウスの釦を外し始めた。身体を固くする。ブラジャーが今日に限って前ホックだということを思い出し猛烈に恥ずかしくなった。

 一気に鼓動が早くなる。能勢が相手なら構わないと思った。それでも抵抗しなかったら簡単にヤらせる安い女と思われてしまうかもしれない。馬場は少し身体をひねった。頭の片隅に、当初は能勢を弟のかわりと思っていた罪悪感。身体で封じようと思った自分に驚いた。能勢は馬場に覆いかぶさり、乳首に吸い付いた。


 馬場はアッと短く呻いた。それからすぐ、妙だと思った。能勢が脱ぐ様子はない。脱がせていいのかもわからない。何故、こんな状況でこんなことを考えているのか。

 馬場は恐る恐る能勢の背に腕を回した。受け入れたと言ったも同じだが後悔はない。能勢は胸に顔を埋めたまま舌を遣うでもなく吸うことに終始していた。

 そっと腕を移動し、頭を撫でる。かすかな歔欷を聞いた。



 翌朝、能勢はもとのように昏い瞳に戻っていた。おはようと声をかけてみると、能勢は気まずそうに視線を逸らした。用意しておいた朝食がある。能勢が泊まったのは初めてだったから、並べはしたもののどうするのが自然なのか解らなかった。「朝食は食べていくの」などと言おうものなら夫婦のようでいよいよ照れくさい。馬場が一人でもじもじとしている間に、能勢は一言も発せず大きな身体を丸め出勤していった。


 一人で、朝食をとる。

 今日は休みだった。

 昨日の熱がまだ収まらない。存外幼かった彼の寝顔を想った。彼の一物が一度も硬くならなかったことが、妙に頭の端に引っ掛かっていた。馬場は昨晩能勢に吸われた胸をそっと揉んだ。先端が今までにないほど硬くなっているのが哀しかった。馬場はスカートを下ろし、布団に潜った。


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