九話 人工衛星エシスイェ
異物確認。
スリープモード解除。
ハッキング。マイクハッキング完了。
「ぶっ! なぜに水が瓶より噴き出るのだよ! 何かの嫌がらせか?!」
「炭酸入りジュースだからな。そうなるわな。このコーラとかいう黒いサイダー、うめぇ」
「ルノさん、炭酸を知らなかったんですね。振ったら噴き出るもんなんですよ」
「くそう、世界が違うと知らん事ばかりになるな。それにしてもここは何の建物なのだろうな。こうも金属で全体を覆うとは」
「何かの研究所か? なんかで見た事ある気がするんだけどよ」
「……それはないよな。重力がある」
「ん? 窓があるな。今は夜のようだ」
「…………ちげぇ」
「…………ここで小学生の時の夢が叶うか」
「どうしたのだ? 何か心当たりでもあるのかね」
「宇宙空間だ」
ハッキング。カメラハッキング完了。異物の姿確認。
人間と判定。数は3。対象A、B、Cと仮称。
「じゃ、ここは宇宙船か、人工衛星?! なんで重力があるんだよ! 遠心力発生させるような事してないぞ!」
「……説明を頼む」
「青い空を遥かに突き抜けた場所がここです。窓から見える青いのが僕たちのような生物が生きている星で、ここは星から飛び出る船、もしくは人工的に作られた月のような衛星です」
「……もし外に出たら?」
「死ぬ。即死」
「何も装備ないならですが。もし出たら一切の空気がないんで、窒息、その前に水分蒸発してミイラです。干物です。その他諸々あって死にます」
「……そんな場所であの毎回襲ってくる異形と戦う事になったら、どうなるのだ?」
ハッキング。対象A、B、C。
正体不明、確認の必要あり。
「マズイ!」
「む……しまっ……」
「あ…………」
「非衝撃ホームラーン!!」
「うぐ! た、助かったぞ! 危なかった!」
「うわ! って一体、何が――――――このキャプテン・レッドが感知した! わずかに各所からパソコンの読み込みの様な音がする! 常に動き続けるのだ! 床、壁、天井どれにも触れ続けるべきではない! 何者かが我らを狙っている!」
対象B、ハッキング失敗。対象Bにより対象A、C、ハッキング強制解除。
正体不明、加えて脅威ある可能性。
特に対象C、体の変化を確認。原理不明。要注意。
行動制限させた後、ハッキング再開。
「床が、天井が! 変形してきた! 挟み込んで動きを止める気か!」
「壁もだ! 宇宙じゃあんまりその辺のモンぶっ壊すわけにいかねぇぞ!」
「パソコンの読み込み……ならば同士たちよ! 熱だ! 軽く焦がす程度の熱でも相手には厄介なはずだ! おそらく相手はコンピューター! 熱の廃棄が必須な可能性がある!」
「了解した。『燃えろ』」
「よし! 空気との摩擦を起こす様に……ヒートスイング!」
対象A、B、熱を放出。
特に対象A、火気を放出と思われる。一瞬で消え去るも、原理不明。
対象B、摩擦熱と思われるが明らかに熱量が過大。詳細不明。
排除が妥当と判断。
ハッキング。攻撃排除機能、銃器類ハッキング完了。
ハッキング。冷却機能、攻撃ポイントにおいて集中稼働開始。
排除、開始。
及び“SYSTEM TEN”対象A、B、C、所在地点まで前進が妥当と判断。
全力をもって前進開始。
「この音、冷却装置と思われる! 対応が早い! ならば同士ルノよ! 微弱な電気はどうだ!? 出せるだろうか!?」
「電気?」
「雷出せるかってことだがよ。ああクソ、どこに触っても体を奪おうとしてくる! いきなりその辺が変形してくるし!」
「出せるが加減が全くきかん! 半ば禁断の部類だ! む……『燃え上がれ』」
「銃の類か! 完全に排除を試みてきた! ……何か来るぞ!」
“SYETEM TEN”対象A、B、C、所在地点に到着。
詳細なる観察及び確実な排除開始。
「真っ白い男……女? てか人間じゃねぇ。ロボット?」
「長い髪の如くなびかせるコードによって周囲と接続し、辺りの地形の変形や我らへの乗っ取りを企てているようだ! つまりは!」
「こ奴を沈黙させればとりあえずの脅威はなくなるか! 誠実なる一兵士の様な者だろうが、こちらもやられるわけにはいかんのだ。『燃え上がれ』」
対象A、火気放射。原理不明。“SYSTEM TEN”及び周囲の銃器への攻撃か。
消火装置、起動。冷却装置、最大限起動。
「二酸化炭素の消火器! 火を消してついでに我らも排除する気か!」
「させるかよ!!」
対象B、木製の棒を振るう。ただし想定外の空気の動きが発生。消火装置の気体が流れ去る。そして棒をもって壁の一部を破損させ、“SYSTEM TEN”へ破片を飛ばす。
ハッキング。床材をもって防護。引き続き対象B、破片を飛ばし続ける。
なおも防護。
対象B、破壊されていない銃器によって射撃。
「スモールリーグクラスのボールだぜ!」
想定外。弾丸を棒で殴打、破片と同じく“SYSTEM TEN”へ向かわせてくる。
「オヤスミナサイマセ。ゴシュジンサマ」
正体不明。
後方より襲来か。距離至近。ハッキング。コード直接差し込む。
「オアソビハオヤメクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
払われコード破損。ハッキング失敗。より多量のコードを差し込むのを試みる。
「オヤメクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
正体不明、素早く離脱。再度遠隔ハッキングを試みる。無理か。
「『燃え尽きろ』」
対象A、“SYSTEM TEN”へ局所的に高温の炎放出。
危険。危険。
対象A優先排除。
「よしニック、嫌がらせしておけ。あ奴だけならば、対処能力を超えさせれば行動は制限されるはずだ」
「こーゆーの好きじゃねぇけど、勘弁な!」
対象B、周囲を破壊。目的不明。多大な破壊を試みている。
衛星の目的を阻害される恐れ。
危険。危険。危険。危険。
数分後には修復不可能になると思われる。対象B、優先排除に変更。
「オヤスミノオジカンデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
正体不明、“SYSTEM TEN”へ接近し破損させるのを試みている。
姿の見えない対象Cの可能性大。後退し離脱。
「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
なおも接近。かなりの高速移動。離脱困難。
「『沈め』」
“SYSTEM TEN”の足元に不明な黒色。行動困難。
対象Aによるものか。
「表面壊す程度ならまあ俺らは死にゃしねぇだろ! 宇宙の中でもよ!」
対象B破壊継続。
「オアソビハオシマイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
対象C接近。
危険。危険。危険。危険。危険。
非常事態。
オールハッキング実行。
この瞬間よりこの衛星の全ては防衛システム“SYSTEM TEN”の完全なる掌握下に入る。
例外はない。
急速冷却。“SYSTEM TEN”熱量正常値。
高速充電完了。
対象A、B、C、沈黙。ハッキング完了確認。
「…………」
「…………」
「…………」
対象A、B、Cの観察、頭脳走査を開始する。
完全に沈黙。抵抗の兆候なし。
対象A、女性。……魔族? 職業、魔術師? 魔王? 魔術とは頭の裏側にある文字を……? ここに来たのは女神が……?
想定外。“SYSTEM TEN”の頭脳に情報なし。解釈困難。
対象B、男性。人間……超人? ……神経系が。
「おい」
神経系及び肉体が通常にあらず!
「まだツーアウトだろ?! ゲームセットはまだだぞ!!」
“SYSTEM TEN”対象Bに触れていたコード破損。
再度のハッキング困難か。
一時離脱……、異物確認。
対象A、B、Cとはまったく別種。
「来やがった。おい休戦だ。ルノとヒトシを開放しろ。早く! お前、死ぬぞ!」
対象B、振動等で遠方にいる異物を感知したか。
カメラにて異物を確認。
……樹木? 金属と生体らしきものが混合している?
危険。
当衛星の目的に著しい悪影響が懸念される。
“SYSTEM TEN”急速前進開始。
対象A、Cはこのまま放置。
「おい! ああクソ!! ルノ、ヒトシ、ここで待ってろよ!」
異物確認。
樹木。ただし枝葉、根を急速に成長させ、衛星を根により侵食し、原色の青の木肌に、同じく原色の赤の葉。
不可解。
光合成等は行えるのか? そもそも生物か?
一切の観察を行わずに排除が適当。
ハッキング。あまりの急速な成育でハッキングが間に合わない。
衛星の銃器では火力不足。衛星の金属部のハッキングでの対処を試みる。
天井材ハッキング。巨大な刃を形成。また強烈なスプリングを形成。天井よりスプリングにより加速し落下。
深く突き刺さるも決定的にならず。
同じく刃を樹木を囲うように落下。根の育成阻害になるか。
「SHOCH ABSORPTION BAND!!」
対象B早くもこの地点に到着。
……使用言語が違う?
対象B、樹木の果実を木の棒で受け止める。果実は腐敗したような茶色。超高速で放出。
樹木にとって“SYSTEM TEN”以上に対象Bが脅威か。
「UNIMPACT HOME RUN!!」
続けてその果実を樹木へ打ち返した。
樹木が砕け、木肌が侵される。同じく傷口からの樹液も同様。
猛烈な酸。危険。
「FREEDOM! RUNO AND HITOSHI!! ……WAIT……REALLY!!?」
樹木が体表の穴より、果実を大量に放出。不可解。不可解。
「OK! AHHHHHHHHHHHHH!!」
対象B、“SYSTEM TEN”の前に立ち、木の棒によって全て打ち返す。
やはり対象B、通常非ざる生物。
援護。樹木、損傷により根の成育が遅滞。ハッキング。根元部分のハッキング完了。
活発な活動を一切急停止させる。生物、非生物問わず、損傷可能。
続けて体表部のハッキング完了。
体表を自ら自壊。果実の酸もあってさらなる崩壊が進む。
「KEEP YOUR EYES OPEN!」
樹木に変化。体表部の構造が変わる。ハッキングを一部解かれた。
人間の顔? 怒り、悲しみ、憤り。これらが頭脳に記憶される表情と類似。
続けて叫んだ。
「ガルオバガダエベダガゲアムアバダザガエンダベガバヌダベダガマザッダガ!!!」
奇声。断末魔の叫び。
不可解。これは、一体何なのだろうか?
「MOVE! 気をつけろ!」
使用言語が戻った?
樹木、成育が止まった根元部を引きちぎりハッキングが済んでいない部位を足の様に使い歩き出す。
そして言語になっていない叫びをあげながら、触手同然の枝葉を振り回してくる。
枝葉は酸の樹液をまき散らしながら、対象B及び“SYSTEM TEN”の捕獲を試みている。
「オマタセイタシマシタ。ゴシュジンサマ」
確認、早くも来たか。
「ヒトシ! 大丈夫か!」
「モンダイアリマセン。ゴシュジンサマ」
「よし、バットに乗れ。ぶつける」
「ウケタマリマシタ。ゴシュジンサマ」
対象C、対象Bの木の棒に乗り、そのまま樹木へ撃ち出される。
「……ォォォオオオオォォォ……」
……対象C、外見を変化。鉄製の巨像?
質量が突如として明白に増大。質量保存の法則を無視?
強烈に衝突。
これにより樹木、さらなる奇声をあげ、もだえるのを確認。
対象C、樹木が捕獲を試みるもその重量故に、意に返さず。
「ああくそ、出遅れた! ニック、大丈夫か!」
対象A、外見損傷。包帯により対処済み。
「ルノ、お前が大丈夫か」
「催眠か何かが解けた瞬間バランスを崩して頭を打った! 毎日の事ながら、本当についておらん!」
「毎日って。一日に一回は不運に襲われるのかよ。お前、よくそんなんで魔王やってんな」
「まあいいさ。ヒトシ! 一旦戻れ。もう一回同じことをする。いいな?」
「……ォォォオオオオォォォ……――――――ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」
“SYSTEM TEN”同意しよう。
「酸素放出。火を放ツのを許可する」
「言葉を? 了解した。礼を言う。『燃え尽きろ』」
酸素と相まって爆発的な炎があがる。
樹木、枝葉の炭化を確認。
「よし、もういっぺんいくぞ」
「オネガイイタシマス。ゴシュジンサマ」
対象B、先ほどと同じく木の棒をもって対象Cを打ち出す。
「加速だ。『吹き飛べ』」
猛烈な風。発生原理不明。なれど急加速。
対象C、鉄の巨像に変化。
“SYSTEM TEN”準備済みの加速装置によりさらに加速させる。
「床にバネ? それで跳ね飛ばしてって、あんなんあんのかよ!」
「いや、床板を変化させてないか?!」
激突。
樹木、多大に破損させながら壁際にまで飛ばされる。
“SYSTEM TEN”緊急非常手段をとることにする。
手段を問わない、一刻も早い排除が必須と判断。
「ん、宇宙? 壁が……なくなっている? ヤバいだろ!」
「ニック! 私の後ろに下がれ! 魔術で……何とかする!」
「おい! 無理だろ! 宇宙空間の事知らねぇんだし!」
樹木、宇宙空間へ放出確認。対象C、保護。
「膜ヲ張った。問題ない。当システムは衛星ノ防衛を任務とする。その運用ニ支障は与えない」
ワイヤーに引っ掛けた対象C、対象A、Bの元へワイヤーの反発をもって戻す。
「……ォォォオオオォォォ……――――――タダイマモドリマシタ。ゴシュジンサマ」
「何とかなったか」
「つか、最初いた場所から結構離れていたけどよ、よく来れたな」
「ああ、矢印があったよ。私たちを戦力としたかったのだろうな。ニック、君がいなければ体を乗っ取られたままだろうし、そこの彼と共に戦いに臨んでいなければ開放はなかっただろう。助かったよ」
不可解。
「ナニカゴザイマシタカ。ゴシュジンサマ――――――待て! キャプテン・レッドが見るにあの樹木、宇宙空間において動いている! 生きているというのか!!」
あの樹木へ感じていた違和感が判明。生物に非ず。なれど正体不明。
体液は沸騰し、蒸発しきっている。空気はなく、窒息状態。
生存不可。だが行動を続けている。
こちらへ枝葉を伸ばす仕草。
危険。衛星に危害を加える可能性。最も適切な排除方法を思考開始。
「君、私がやろう。『裁かれろ』」
対象Aの声と同時に高電圧高電力の発雷。
原理、やはり不明。
対象A、衛星の運用にとっての強大な脅威となりえる。
放出された樹木は、その一撃により塵芥と化した。
「さて、私はかくのごとく矛と槍を持ち、言葉を使う。交渉をしようではないか」
“SYSTEM TEN”衛星の負荷及び対象Aの危険性を鑑み、交渉を受ける。
対象Bが背負う物体の指し示す方向にある存在へ案内してほしい、ということだった。
もしかすればそれにより速やかに衛星より離脱できる、という。
やはり不可解。
しかしまずはその要望に応える事にする。
対象Bが倒した物体の指す方向、やはりというべきか、保存庫の方向だった。
衛星の最重要区画。いかなるものも排除すべき、なれど。
「むぐ!?」
「うお!?」
「うむ!?」
「異物排除の貢献に配慮。目ヲ隠し、感覚を一部遮断するのであれば、立チ入りを許可する。前進開始」
「感謝する……っと、床が動いている?」
「回る! 方向感覚も狂わせてから案内するってか!」
「彼の者の完全な支配下に我らはいるというのか!」
「うっぷ……」
対象A、嘔吐。汚物は後程浄化処理する。
「ルノ、大丈夫か? 頭打つは吐くは散々だな」
「不運は私の日常だ……問題ない……」
「しかし、同士よ。ものすごい光景だ」
種保存人工衛星エシスイェの心臓部たる保存庫。
超強化ガラス越しに採取可能な植物の種及び動物の受精卵が絶対零度近くで保存されている。
だが、ここで何をするのか。
対象Bが再び背にしていた物体を倒す。
不自然な倒れ方をした後、地面より30度程度の角度をつけて静止した。
「こんな感じで止まるのかよ……。あのクソ女神、無駄な所ですげぇぞ」
女神、気になる単語だが無視する。
物体が指し示した種を、取り出す事にする。
「重要度最低ランク。シキナと言ワれる植物の種。こレをどうする」
「…………」
「…………」
「…………」
対象A、B、C、完全に困惑。
「剣をどうやって引き抜くのだよ……」
「詰んだ……」
「対処法が思いつかぬ! キャプテン・レッド、不覚なり……」
ハッキング。シキナの種一つだけをハッキングする。
強制発芽。強制成長。貧弱なれど事態打開になるか。
「君がやったのか? これならなんとかなるかもしれぬ」
「つまり、剣の柄をこの草の葉っぱでくるんで」
「引っ張るとしよう!」
「やはりと言うべきか、、抜けないな…………うわぁぁぁぁぁ!」
「なんでもありかよぉぉぉぉぉぉ!」
「礼をいうぞぉぉぉぉぉぉ!」
対象A、B、C、消失。
不可解。あらゆることが不可解。
しかし、衛星の機能に異常なし。
自家受精が可能なシキナは後程開花させ、種を作り同じく保存させることにする。
また破損個所はハッキングにより修復可能。
これより破損個所の修復に取り掛かる。
対象A、B、C及び樹木に関する思考考察は全てが完了してから行う。
されど“SYSTEM TEN”の能力では不可解を不可解でなくする知識、能力に欠けるだろう。
また対象A、B、Cに会い、問えることを望む。