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七話 魔王アグロ

「少しは眠れたかい?」

「ああ、少しはな」

「それじゃ見張りを交代しますんで」

「では私も仮眠を取るよ」

そうルノさんは僕たちが横になっていた小部屋へ入っていった。

すぐに寝息が聞こえてくる。

実は相当疲れていたのかもしれない。


「少し仮眠を取るのを提案する」

この世界にやってくるなり、ルノさんはそう言い出した。

ここが荒れた廃墟のような場所だったが、すぐに危険が及ぶようなところじゃなかったのもあると思う。

ニックさんは少し不満げだったが、「仕方ねぇか」と反対はしなかった。

 ルノさんは多分この勇者探しが長期戦になるのを覚悟している。

しかも補給や休息を取れるかどうか完全に不確定だ。

どこか前のめりになりがちな僕とニックさんを誘導して、リスクを抑えようとしているのもあるだろう。

 だから取れるときに食料と睡眠を無理にでも取る、ということか。

食料についてはこの人の癖が出るけど。

ワサビ入り大福食べて平然としているのは、どうなんだ。

「って、ヒトシ。俺の言葉、わかるよな?」

「ええ。わかりますけど。どうしました?」

「いや、ルノが魔術で通訳してるはずだろ。寝てるんなら、通訳されねぇんじゃと思ってよ」

そういえば、そうだったな。

「一度発動させたらずっと使えるんですかね……。ルノさんは普通に魔術を使ってますけど、そもそも魔術って一体なんなんでしょう?」

「見当もつかねぇな」

「見当もつかないと言えば、勇者見つかるんですかね」

「信じるしかねぇわな。クソ女神ほど信じるに値しない神はいねぇっつのにな。練習に戻りてぇよ」

現役のアスリートは少しでも練習を休むと、取り戻すのに時間がかかるという。

なら焦るだろうな。

 そうだ、ニックさんで気になる事があったんだ。

「ところで衝撃吸収バンドとか、非衝撃ホームランとか言ってましたけど」

「ん、ああ」

「あれ、物理学的に無理ありません?」

あんな硬い木のバットでそういうことをやっている。

よほどあのバットが特殊な素材でもなきゃ、法則を無視してるレベルだぞ。

「ああバンドはな、インパクトの瞬間、音速以上のスピードでバットを引いてんだ」

さらっと無茶苦茶言ったぞ、この人。

飛んできた物以上の速度でバットを同じ方向に移動させて、衝突させれば衝撃はあまりないだろうけど。

その動かすバットを音速でって、人間どころか機械でも無理な動きだぞ。

実際、そのくらいじゃないと音を出さずに攻撃を防ぎきるのはできないよな。

「ホームランは、ギリギリ当てない所で一瞬完全に止めるんだ。あと打つ対象の強度も頭に入れて調整しねぇとな。飛ばした時にそれで壊れかねねぇ。俺は生卵をヒビを入れずにスタンドに放り込めるけどよ」

どの道、物理を無視している気がしてならない。

「この芸当ができるのは俺が最初で最後だと思うぞ。まさか、こういう時に使う事になるとは思わなかったけどよ」

 ルノさんといいニックさんといい、反則じみた人と一緒にいるんだな、僕は。

僕も女神からそれに匹敵する能力を強制的に与えられたけど。


 あともう一つ気になる事。さっき言ってた言葉だ。

「神経ガスをくらった事があるとか言ってませんでした?」

すると小部屋から怒りが混ざった声。

「『崩れ落ちろ』」

ルノさんが魔術を使って、大規模に周囲を破壊する音が僕の質問をかき消した。








 手下どもが慌てふためくのを感じる。

我が座りし玉座は倒壊し見る影もない。

我の体は床や天井の瓦礫に半ば埋もれている。

 何が起こったのだ。

我を討伐するという、英雄どもの仕業か?

いや、このような事をするとも思えん。

天井と床を同時に崩すような事をする者どもではない。

ならばかすかに聞こえた、崩れろ、という声は誰の物か。

視線を感じる。

仰向けに倒れし我は、ひとりの女を見つける。

天井に開きし穴から一人の女が見下すがごとく睨みつけていた。


「君が魔王だというのか」

その通りだ。我が魔王。世界を統べる魔王アグロなり。

「インフラは?」

何?

「法律は? 税制は? 産業は? 各地の文化的特性は?」

何を言って……?

「軍備は? 戦略は? 防衛は? それら用の拠点は? 兵站は? 通貨の質は? 反乱を起こす輩の危険性は? ここが君の居住地かも知らんが、修繕は? 全くやっとらんのではないのか? うちにいる力バカ一人で再生不能にできるぞ! 君はそれで魔王のつもりなのか!」

 力だ。全て力でねじ伏せるのみよ。

「単なる馬鹿か、君は!!! 答えになっとらんぞ!!!!」

かつてないほど、声が轟いた。

「だから! 魔王と自称するのは、ここでも同じか!! 歴史と文化、その他学問教養をなぜ学ばん!!

上手くいくわけがなかろうが!!!

疫病対策は! 街道整備は! 食料自給率は! 輸出入は! 鉱山の安全対策は! 産出物の品質は! 飲み水の質は! 開拓開墾の進捗は!

まだまだ考えるべき事はあるぞ! 何も考えておらんのか!

それで魔王を自称するな!!!」

罵声が続く。ここまで我を侮辱する輩が現れるとはな。

いいだろう、命知ら


「『沈め』」


動けぬ?!

「闇に吸い付けてもらっている。私がこうまで言う理由がわかるかね?

私も魔王なのだよ」

魔王? 我のみぞ!

「別な世界の十大魔王の一角だがね。

長く安定した国の存続のために、善政は必須。なぜそれをやらぬ! 目指しもせんのだ!

滅ぶぞ! 貴様、早急に滅ぶぞ!

その結果、まーた混迷の戦乱が巻き起こる!

だからこそ私は全力をもって善政に努めているのだよ!!

少しは考えろ!!!!」

この怒声に我が手下どもが集まって来ている。

だが、このあまりの迫力に身を縮め、声も出ない。

身動きとれぬ我、怯える手下。

なんだ、これは。

世界を恐怖に陥れた魔王と軍の姿が、これか?


「何だね、君たちは! この馬鹿の子分か?

こやつがやらかしていることに疑問を持たんのか! その頭蓋の中身は単なる重りか!!

君らの戯言を聞いていたら眠気も覚めるぞ!!」

怯える手下にも怒鳴りかかる、青髪の女。

別世界の魔王と名乗った。ならなぜここにいる?

「あのルノさん、抑えて」

黒い服に金色のボタンの少年がその女の元に現れた。

親しげだが。魔王に対する態度か?

「なあ、ルノ。さっきから怒鳴っているやたらでかい角生やした奴。勇者候補みてぇだ」

黒い肌に白い服の男。服には不可思議な文字如き文様が記されている。

魔王に、乱暴なまでの言葉使いの男。なぜにこやつには怒らん。

ん? 勇者候補?

魔王だという女と少年が剣を何度か倒す。毎回我に向かって倒れた。

……何をしているのだろうか?


「全く、こやつがか」

と青髪の女が穴から降りてきた。

風を操っているのか、ゆっくりとだった。

「よっと」

黒い肌の男は階段から飛び降りるように。

並みの人間ならただでは済まない高さだが。

「ちょっと待って下さい――――レッドジャンプ!」

少年は赤黒の男の姿に変わった。

同じく、軽く飛び降りる。

「さて、散々怒鳴ってしまったが、この剣を抜いてほしい」

青い髪の女が言う。

「訳アリでね、この剣を抜ける者を探している。その候補が君の様だ」

勇者候補と言っていなかったか?

「説明するのも嫌になるんだがよ。これ抜ける奴が勇者らしい。実は勇者がどーいう意味なのかわからねぇが、頼む」

黒い肌の男が言った。

この状況では我も手下も何も出来ぬ。こやつらに従うよりない。

全く、青い髪の魔王の言う通り、大切な事を考えも学びもしなかったツケがきたのか。

笑うしかない。

別世界の魔王とやらが術を一部解いたのか、右手が動く。

観念し、剣を取ろうとした時だ。

仰向けの我の目に、天井に何やら見える。

「来たぞ! 奴だ! 邪悪なるダークシャドウが上方より来るぞ!」

赤黒の男が叫んだ。

薄暗い天井にあってはっきりと、渦巻くような闇が見える。

あれは、何だ?


 我が手下どもはその天井に現れし異変に気付くなり、魔法や弓矢で攻撃を試みる。

「おら! そんなハイスクールチーム以下の攻撃が効くかよ! 避難しろ、避難!」

と、黒い肌の男が手に持つ棍棒で次々に手下どもを打ち上げる。

全て的確に天井に開きし穴へ放り込んでいく。

目にもとまらぬ速さで。

「オサガリクダサイマセ、ゴシュジンサマ。イテモジャマデゴザイマス、ゴシュジュンサマ」

どこからか現れた奇妙な声の女が、部屋の出口へと手下どもを押し込んでいく。

「君は大きすぎて避難させられんな。どうやってこの部屋に入ったのだか。君を不用意に傷をつけたくはない。身を縮めたまえ」

うむむ。体は縮むようにしか動かせない。この体勢以外では地面に吸い付いてしまう。

「そのままでいるように。『燃え尽きろ』」

一言呟く、それだけでこの世界で偉大と言われる魔法使いが一昼夜かけて呪詛を唱えてやっとできるだろう業火が天井を覆った。

だが。

「くそう! 効果が薄いか!」

天井の炎が晴れると、見えたそれは。

赤く拍動し、細い血管が張り巡らされ上方の太い血管から何やら液体が出ている。

心臓だった。

巨大極まる、宙に浮く心臓だった。


 ドクドク動く心臓は、未だ残る炎に銀色に輝く液体を振りかけている。

あれは、水銀か?

するとドックンと小さく縮み一気に大きくなった。

部屋全体に大粒の水銀をまき散らす。

……待て、水銀は猛毒だったはずだ!

「『巻き上がれ』」

青い髪の魔王が叫ぶと、心臓の周囲に竜巻の様な風が巻き起こり、水銀を心臓の周囲に押しとどめる。

「おいおい、風が銀色に変わってきたぞ! 水銀がハンパねぇ事になってねぇか?!」

「ぬう! 上方より漏れ出した!―――――オマモリイタシマス。ゴシュジンサマ」

 赤黒の男が妙な声と表情の女に変わり、瓦礫を手に我の元へ来る。

角に上るや、それをもって水銀を防いだ。

「やれるか……? 『飲み込まれろ』」

闇が心臓の下、水銀の竜巻の元に発生した。

すると水銀が下へ下へ、消えていく。

異世界の魔王が膝を折った。

汗がひどく、急激に消耗したようだ。

「やはり、無理があったか……」

「じゃねぇかと思ったから、行くぜ! 非衝撃ホームラーン!!」

黒い肌の男の棍棒が魔王の腰を叩く。

……こやつら本当に仲間か?

「うわああ?! ニック、感謝はする……が、心臓に悪い……!」

その魔王が我の頭の上に飛ばされてきた。

動けぬ者を一か所に集めるのは良い、という判断なのだろう。

しかし、この魔王はよく怒らぬな。


 我が元に来た魔王の心臓はともかく、宙に浮いている心臓の色合いが、さっきより悪く思えた。

水銀は重い。

それが風に巻き上げられあの心臓を容赦なく翻弄したはずだ。

ダメージは大きい。

「オアタマヲモウスコシオサゲクダサマセ、ゴシュジンサマ」

我に言っているのか?

こうでよいのか?

「カンシャイタシマス。ゴシュジンサマ」

小さな足が、我の首元から角にかけ駆けだす。

両手にスカートをつまみ、軽やかに飛び上がった。

「タダイマヨリオウカガイイタシマス。ゴシュジンサマ―――――――……ォォォオオオオォォォ……」

女から巨大な人型の鉄の塊へ変化した。

本当に一体どうなっておるのだ、こやつらは。

我の常識がことごとく通じぬ。

 そのまま、その鉄の塊は心臓へとびかかる。

両手を大きく上げて振り下ろす一撃。

心臓が大きくひしゃげ、毛細血管よりも銀の液体を垂れ流す。

鉄の人形はそのまま心臓を掴み、離さず握り、そして抱き潰す。

「ヒトシ! OKだ! そして止めだ!!」

黒い肌の男は、我の壊れた玉座の尖った破片を手にしていた。

それを棍棒で勢いよく打ち上げた。

心臓に深々と命中した。


 これで終わりか。あの心臓が一体どういった物か見当もつかぬが、終わりだ。

そう思った矢先。

心臓がもう一度ドックンとかなり大きく一拍した。

部屋が赤くなった。

一瞬で部屋全体が、毛細血管で覆われたのだ。

「って、おい! ヤベェじゃねぇかよ!!」

「これでこの毛細血管全てから水銀を出されたら……対処できん!!」

……ならば、青い髪の異世界より来られし魔王よ、我の矜持を見たまえ。

「む? 刮目しよう」

“トルゥー・ダークネス”

 この世界の人間どもを苦しめた呪詛を。

全てに闇がへばりつき、そして死に至る。

ここまでその身を広げたのならば、その効果は増加するだろう。

毛細血管に我の呪詛が広がるのだから。

「OKOKOK!」

黒い肌の男が棍棒を構える。

振るう。

異世界の魔王が起こした風に匹敵する風圧が部屋に発生する。

我の呪詛が、壁にコーティングされるように。

こうなると呪詛はより効果を発揮するだろう。

それも我と青い髪の女、二人の魔王がいる所を綺麗に除いて風を起こして。

「ルノの魔術は強力過ぎてこういったことできねぇんだよな。ちょうどいい塩梅だったぜ」

ふ、言葉にならん。

そうか、我は弱いのか。


 宙にあった心臓が、鉄の人形と共に落ちてきた。

それはもう萎びた黒い肉塊に過ぎなかった。

「さて、終わった事だし、改めて剣を抜いてほしい」

ああ、そうであったな。

我が剣の柄を摘み、引いてみる。

抜けんな。

「やはりか……あぁぁぁぁ!」

「またか……てぇぇぇぇ!」

「……ォォォ……オオオオオ!」

三人はまるで落とし穴に落ちたかの如く消えていった。

我は力が抜け、再び仰向けになる。

我は……、弱いのだ。

それを頭の中で何度も繰り返した。

笑いがこみあげてくる。

身が、肩が、頭が軽くなるのを感じる。

もう、いいのだろう。


 しばらくして、英雄と呼ばれる我の討伐を目的とする人間の若者たちが現れた。

我と軍のあり様を見て意表を突かれ、肩透かしを食らっているようだった。

もう、いいのだ。

降参する、助けてくれ。

我は英雄たちにそういった。

すぐさま命を取られるかとも思ったが、甲斐甲斐しく手当をしてくれた。

降参している者を傷つける事はできないと言って。


 もしこのまま生きながらえるのであれば、勉学とやらをしてみよう。

次に異世界の魔王にまた会えたなら、評価されるような善政をやれる事ができるように。


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