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五十三話 六条のお方の館での異変

「まずは、状況をまとめるでおじゃる」

「奇々怪々な出来事でおじゃる。それがよかろうぞ」

「それは麻呂がつまらぬ連歌会に出ていた時でおじゃった」

「そうそうその時はわれが、ひと仕事を終え、帰宅しようとした時分であられた」

「この季節、もう暗がりになっておじゃる。会では火が灯され、下男が麻呂たちに温めた石の懐炉を配っておった」

「その日は冷えておじゃった。そしてかの出来事は逢魔が時であられたの。魑魅が徘徊する頃合いでおじゃるな」

「かつての六条のお方の館での異変はその時に起きたのではと、報告があるでおじゃる」



「……ついとらん」

またルノさんのうめき声が聞こえてくる。

ガシャガシャ聞こえてくるので、またいつもの不運を発揮してろくでもない事態に陥っているのだと思う。

「真っ暗じゃねぇか。空気も悪ぃ。地下室か洞窟かよ? ルノ、無事なら光を灯してくれねぇか?」

「キャップテン・レッドが確認しよう! ……一体これは! なんだ!」

「……『灯れ』」

ルノさんが蜘蛛の巣にかかった蝿より酷い事になっていた。

なんかもう、ミイラ状態だった。



「かの館は借金のかたに取られておったそうでおじゃった」

「それで六条のお方はもうあの館には近寄っておらぬはずでおじゃる。となると、まず間違いなく金貸しがどこぞの輩に貸し付けていたとなられまするな」

「そうそう。それは先ほど調べが付きそうろう。武力を統括する兵部省になにやら売るこまんとしていた武具商いの者と判明しておじゃる。館に何やら怪しげなるものを詰め込んでいたとか」

「残骸から見て、自動からくり防人の一種と思われておじゃりまする」

「全く、まろたちのように雅というのがわからぬえびすの考える事。寒気がするでおじゃる」

「われも同意でおじゃる。われらのごとく陰陽を司れば、簡単であるのに。

まあ、それは置いておいて整理を続けまする」



「……ついと…らん」

一体どうしたのか、梱包されたのかというほど、糸でグルグル巻きだった。

その中から、何とか手を差し出し、灯りを魔術で作り出している。

「空気が悪ぃし、下手に火を出すわけにはいかねぇ。周りのモンも何かわからねぇしよ。

バッティングでどうにかするぞ。いいな?」

非衝撃ホームランかその辺りで何とかする気なのだろう。

振りかぶった時だった。

糸が、ニックさんにも引っ掛かる。

 蜘蛛の糸の様な細い物が、次々と襲ってきた!



「かのからくりはまた下衆な名前を付けられているとの。蜘蛛からくり防人さきもりとか」

「なんと悍ましい。えびすに雅がわからぬか。まあ、さておき。その下衆が動いたと」

「符を張っておじゃったな。われもそちも見た通りじゃ。ただ不可解がいくつもあらせる」

「まこって」

「まず、何者が入ったかでおじゃる。まあ、盗人としても、何故止めなかったか不可思議なことでおじゃる」

「あの符ならば六つの幼子でも止められる平易な物であらせる。よほどの馬鹿者か慌て者でなければ容易じゃ。筆の術で指先より墨を出し手のひらか、なんだったらその辺にちょいとした不動の符を描けばよいものを」

「まろならば三つの時でも止められそうろう。あれだけの事を起こすとは、いやはやなんと馬鹿者か」



「ルノ! 体を借りるぞ!」

「む?」

「……同士よ! 無理がある!」

するとニックさん、ミイラ状態のルノさんにバットを添えて体が曲がらないようにして、丸太の如く振り回す!

「ニィィィィィク! どういう扱いだ!」

「こんな暗くてせめぇ所じゃ、お前さんを守りながらは戦えねぇ! なら武器になってもらうのが一番だ! おら! 人間バットホームラーン!」

どういう理屈!?

「種族は魔族で魔王だが!」

「同士よ! 突っ込むところが違う!」

 ルノさんをバットにしながら、細く粘着する糸を風圧とガラクタ飛ばしで吹き飛ばしていく。

よく見るとルノさんの頑丈そうなブーツの所で的確にガラクタを打っている。

ルノさんにダメージはなさそうだから、ブーツは鉄板入りの安全靴仕様か。

「むぐ……! ヒトシ! 状況は? 君ならば見えるだろう!」

「少々待て! ……キャプテン・レッドが確認した! この糸は、これから発生している!」



「その馬鹿者がいかに何をしたという事でごじゃる」

「なんと破壊したと」

「停止させるは容易。なれど破壊とは破壊とは」

「一体全体、どんな暴れ方をしたのか。なんでももののふが集団でかかってもそうそう壊れぬという話がごじゃる。術を毛ほども使えぬ東戎あずまえびすを数十どころか数百捕えたともいうではあらせる。されど陰陽の術を使えば容易も容易。まろたちの敵ではないでおじゃる」

「しかし、陰陽の術も使えぬ馬鹿者がいかにしたのおじゃろうか?」



それは六本の足で地面に立ち、銃口のような顔をしており、ハンドボール位の毛玉が腹の所にいくつもうず高く積まれストックされていた。

鉄筋製か。頑丈そうだ。

「魔術は使っても大丈夫そうかな?」

モゴモゴとルノさん。さっきよりは話しやすそうだ。

顔の糸は少し解け、目の前なら見えている。

「天井は低く! 換気はされていない! 少なくとも! 火を扱うのは……」

「ホームラーン!」

またルノさんをバット代わりにしたよ! この人!

「ニィィィク! ウチのバカとやっていることが変わらんぞ!」

てかここ暗くて狭くて、攻撃はニックさんに任せた方がいいかも。

僕は状況確認に徹しよう。

てか、今何を打った?

 方向的にも、あの目の前の機械からじゃない……。



「なれぞ壊れ方も特異も特異でおじゃる」

「そこはまろも不思議でおじゃる。陰陽の術では無理ぞ。ならばその馬鹿者がやったとしか思えぬでおじゃる。しかしの、何をやらかしたのか想像もつかぬでおじゃる」

「かの馬鹿者はもしや、鬼か」



キャプテン・レッドの目が、捕えた。

ニックさんは反射でバッティングしたか。

「ヒトシ! よく見えねぇ! 確認してくれ!」

「同士たちよ! ダーク・シャドウだ!」

来やがった。

「む……よく見えん。車輪?」

「漂っている糸を巻き取ってやがる?」

目前の六本脚の機械が糸を出している。

それを巻き取っている。

この機械と異形は関係があるのか? ないのか?

機械が不意に背に搭載している毛玉をガコンと落として、口から細い毛を放出してきた…………けれど。

「『燃えろ』 糸に触るな!」

いや、グルグル巻きのルノさんが言っても説得力がまるでないけれど。

ただ炎で焼いたから、糸は僕たちの近くにはない。

「見えるか? もうスクラップだ」



「力自慢の野蛮なもののふでもかのようにぺっしゃんこにするとは、ありえぬことでおじゃる。ならばならば、考えるのは一つになるでおじゃる」

「鬼がこの都にやって来たと申すか。されどならばいかに? またいかなる目的で?」



機械が放出した糸。

それを車輪が糸を機械ごと一気に引き込んで、悲鳴のようなひどい音と共に車輪の内側に巻き込んで押しつぶされた。

悲鳴はしつこく続く。

車輪は無感情に回り続けている。

「それで、こやつはどう私たちに攻撃をするつもりだ?」



「いかに、はわからねど。目的は大層凄まじき悍ましき理由が推察できるでおじゃる」

「あまり口にはしたくないでおじゃる」

「されど、口にせねば。あの臓物を」

「左様でおじゃる。臓物をあちこちに振りまき、呪いをこの都に仕掛けるつもりでだったでおじゃろうぞ」



 ぐちゃり。

地面が不意に生ぬるく気味悪い感触になり、悪寒が足から走って来る。

「何だこりゃ? 生きモンの内臓?」

「キャプテン・レッドが確認した! 動物の各種内臓に相違ない! されど! 教科書や本に載っていたのとは! 色彩や構造が違う!!」

「待て! この状態になったならば……」

車輪が回転を加速した。

 地面が、内臓が一気に引き込まれていく!



「まさかの。鬼とはいえど、かのような行いをするとは。いやはや。くわばらくわばら」

「臓物の糸車とは。くわばらくわばら」



「まさか糸車か!」

「なんだそりゃ! んな事言ってる場合じゃねぇぞ!」

糸車ってあれだ。

羊の毛とか蚕の糸を依って織物に使えるようにする装置だ。

糸を小さな紡績と呼ばれる部分に繊維をねじり依って糸にする。

その為に紡績とベルトで力が伝わるよう連結した大きなはずみ車と呼ばれる車輪を回して、

効率的に糸を作れるようにしたものだ。

なんだけど。

「ならば! あの大きなはずみ車に糸やその他を巻き込んでいるのは! 構造がおかしい!」

そんな事を言った時だった。

地面の内臓が引き込まれていく!



「されどその鬼は姿が見えぬでおじゃる。下男たちが方々を聞きこんでも、それでも誰も鬼なんぞ見ておらぬと」

「臓物も焼け焦げていたのも不可解でおじゃる。陰陽の術を使えぬ馬鹿者が、いかにかのような火を起こしたのか?」



「…………ォォォオオオオォォォ…………!」

アイアンゴーレムに変化。

これでも危うい! 足がとられかねない!

手を伸ばす……、ああ! アイアンゴーレムじゃ手が遅い! 引きずり込まれるニックさんとグルグル巻きでバット状態のルノさんに届かない!

「速ええ! 引き込まれやがる!」

「ニック! 私を振るえ!」

「おう! おら、人間ホームラーン!!」

音速を超えたような衝撃音が聞こえた。

「『燃え尽……』 殺す気か!」

そんなスイングと共に放たれた、炎は物凄い勢いで糸車へ向かった。

今度はルノさんの頭の方を振るっている。

内臓が焼け焦げる悪臭がむわっと漂う。

「続けるぞ! タイミングを合わせろ!」

「もう少し加減しろ! 『燃え上れ』」

「俺に向けている暇はねぇだろ!」

「殺す気かと言いたいのだよ!」

そうこう言いつつ、ニックさんがルノさんをバットとして振るって、加速した広範囲の高温の火炎をぶちまけていく。

 ぶち。

引き込んでいた内臓が焼き切れた。

はずみ車は空転を始める。

「よし」

ニックさんはルノさんを傍らに置く。

「ヒトシ、そこによさそうな柱があるじゃねぇか。トスバッティングだ」

さっき内臓を引き込んだ時に折れかけた柱がある。

「…………ォォォオオオオォォォ…………」

折って、ニックさんに軽く投げた。

「OK!」

ドゴンと太い柱を打ち込んだ。

「ふむ。『遥か飛べ』」

柱は風によって加速され空転するはずみ車に突き刺さり、糸を依るのをやめた。

はずみ車は壁にもたれかかり、壁と天井まで破壊し、暗くなりつつある星空が見えた。



「さらにの。臓物の糸を紡ぎ依って、何やら作り上げていたでおじゃる」

「一体何をしたかったのか、わからぬでおじゃる。思うに、鬼同士の諍いかもしれぬでおじゃる」

「ならばならば、余計にわからぬ。鬼なぞ人間に害をなせるならば何でもよかろうぞ。何を争うぞ? それもここは都ぞ?」



「でだ。『燃え上れ』」

「いちいち燃やさなくてもいいじゃねぇかよ!」

ルノさんの上半身の糸はスイングの威力で解けている。

……なんだけど、やっぱりダメージあるな。

結構ボロボロだぞ。

「まあいい。下半身の糸がまだ解けん。手伝いたまえ」

「了解し……」

返事する前に、状況が一変した。

断末魔だ。

糸車なら、そりゃ紡績の部分があるよな……。



「それはそうと、われとそちが急ぎ駆け付けた頃でおじゃる」

「そうそう、逢魔が時の中でも最も嫌な頃合いでおじゃる」

「下男たちに松明を掲げさせていたものの、目を疑おうたわ」

「鬼が不気味なる、見聞きしたことのなき呪いをやってのけたのであろうの」

「いやはや」

「ほんにのう」



 虚空に垂直に立ち、回転し続ける棒。

それには無数の、膨大な生物の内臓が絡まっている。それは突如高速回転を始め、大量の内臓を一本の糸に変化させてしまう。

 内臓でできた糸が、超高速で編みこまれていく。

内臓で紡いだ糸でできた人形を形成する。

そしてその中に様々で七色の原色な煌めく異常な内臓を突如出現させて、詰め込んだ。

夜空に異形が起立した。



「ふうう。思い出すだけで寒気がするでおじゃる」

「白湯を! 白湯を! 熱い白湯を!」

「あんなのは見聞きしたことがないでおじゃる」

「下男の幾人かは、暇を申し出たでおじゃる。まあ、無理もなし」

「ほんに。急ぎ陰陽の面々で結界を張ったの」

「面子がそろっておったのだけが幸いでおじゃった」



「くそったれが」

「同士よ! 周囲も見るのだ! 何やら紙が宙に浮いている!」

「……異形とは関係あるのか? まあいい。様子を見る『燃え尽きろ』」



「すると炎が立ち上がったの」

「あれも何なのかわからぬでおじゃる。されどそれも幸いであった」

「あの異なるものは面食らっておった様子。炎は通じるならば手はあるでおじゃる」

「炎ならば朱雀の法。総動員で手はずを整える暇もあらせた」



「む? 声がする? キャプテン・レッドが確認した! この建物周囲に人が展開している! 何やら手段を講じている!」

「どうする! 連絡できるか……って、やる暇がねぇ!」

「くそう!」

地面から不気味な内臓が湧き上がってきた!

どんな原理だ!

「『巻き上がれ』」

内臓は周囲に起こったルノさんによる竜巻に巻き込まれる。続いてもう一つ魔術。

「魔術で通信できるか?!」



「荒々しい声も何やら聞こえてきたの。もののふがおったか、雄叫びがあったでおじゃる」

「重き岩石やら柱やら。砦攻め用の投石器があの館にあったかの?」

「かのようなのはないとの話であられる。それは陰陽の術でも難しいでおじゃる」

「ならば、かの馬鹿者が? 人間の力で? はたまた鬼の力で?」

「それもまるでわからぬ話。それに続いてわからぬ話があるでおじゃる」

「何やら声が頭の中で聞こえたでおじゃった。まろもそちも。陰陽の面々どころか、下男たちまで」



“大規模な攻撃を計画しているようだが、時間ならば稼ぐ! 展開する直前に合図をくれたまえ!”

ルノさんの魔術による通信が頭に直接届く。

キャプテン・レッドの耳に、炎による大規模攻撃を試みているのが聞こえた。

すると声が聞こえた。上品な多くの声が、一斉に合唱して。

「「「「「「「ちはやふる神代も聞かず 竜田川唐紅に水くくるとは」」」」」」」

和歌?

 すると。

炎が立ち昇った。

それは、真っ赤な鳥の姿をしていた。



「とっさに和歌の名句をもって警告するとは、雅であられる」

「いやいや、雅を知る者としては当然当然でおじゃる」

「して、あの異なるものは陰陽の面々によりて葬られたわけでおじゃる」

「六条のお方の館は灰塵となった。跡形もなしでおじゃる」

「されど、何者かがわれらを助けたのも確かでおじゃる」

「それがわからぬでおじゃる。まとめるでおじゃる。まず陰陽の術をまるで使えぬ馬鹿者が館に入った」

「それでからくり防人さきもりが動いた。それをどうにかして壊した」

「それもぺしゃんこにして」

「続いて臓物を振りまき悪き呪いをしでかそうとした」

「臓物を詰め込んだ大きな大きな人形が立ち上がった」

「その人形に岩や柱を投げつけた者がおって、呪いの邪魔をする者がおった」

「邪魔する何者かが陰陽の面々へ頭に直接言葉を語りかけた」

「そして朱雀の法にて異なる者を処した」

「陰陽の術にて焼けるだけ焼いた後、しばらく様子を見てから、六条の館のあった地へ入ったでおじゃる」

「焼け焦げたからくり防人さきもりがあったの。じゃが、あの異なる者の残骸と思しき物が地面に潜っていったと陰陽の面々の一人が証言しておじゃる。嘘をつくとも思えぬ」

「信じがたき事。いや、どれもこれも信じがたき事よ」

「ふむう……、うむ? なんでおじゃる? なんと」

「何があられた? 下男が来られたが」

「六条の館近くの平民の家に、訳のわからぬ者が来られたそうでおじゃる。何分暗かったがためよくは見えなかったそうではあるが、女が一人と大柄な男と中肉中背の男が一人参ったと。その家の者に何やら剣を渡し、引き抜くよう言ったと」

「むむ? それでそれで、いかに?」

「なんでも、剣は引き抜けず、その三人は地面に声を上げつつ消えていったと。剣も気が付けば消えていたといったそうでおじゃる」

「それで? それで終わりで?」

「それきり、何もないとの事でおじゃる」


古今和歌集より

ちはやふる神代も聞かず 竜田川唐紅に水くくるとは 在原業平


意味

さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない。龍田川が(一面に紅葉が浮いて)真っ赤な紅色に、水をしぼり染めにしているとは。


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