五十二話 サモン紋々モンスターバトル
「さあ、いよいよ決勝戦です!」
「サモン紋々モンスターバトル、略してモンモンバトルの激戦を制してきた二人の戦いを見ようと大観衆が今か今かと固唾を飲んで待ち構えています!」
「それもそのはず、今回決勝戦でぶつかる二人はモンモンバトルを始めた日が全く同じで、その時からバトルを繰り広げてきたと言います!」
「まさに宿命のライバルですね!」
「では赤コーナーより、注目の紅玉選手が入場です!」
「血の様な赤いマントがトレードマークの紅玉選手! どのようなモンモンを捕え、披露してくれるのか!?」
「どこで捕えたモンモンかわからないモンモンを出してくれる事が多いですからね! 期待が高まります!」
「紅玉選手、モンモンを封じた体に刻まれし入れ墨である、紋々を露わにして、いつものキメ台詞だ!」
「モンモン紋々、披露だぜ!」
「紋々より見た事も、聞いた事もないモンモン三体!」
「さあ三体とも人型モンモン! 左よりバットを携えた男性型、中央が全身青い女性型、右側は黒い服の一見少年型だ!」
「おや、男性型モンモンの様子が……」
そんなふざけたアナウンスと解説を割り込む、
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!
いきなり何をしやがんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
ニックさんの絶叫がスタジアムの歓声を遥かに超えて響いた。
「と言うか、アレそのものじゃないですか!」
そんな僕の叫びは、誰にも聞こえそうにない。
「てか、ルノさん……」
カプセルに無理矢理監禁してきたしつこく入れ墨を出している、赤いマントの男に手を伸ばしていた。
すると男が思いっきりぶっ飛んだ。凄い衝撃音と共に。
「寸勁だーーーーーーーーーー!」
「拳一個分の距離で莫大な威力を発揮する、格闘モンモンでも高等技術! まさに隠し玉のモンモンを披露したと言っていいでしょう!」
てか、ルノさんそんな事できたの?!
「『燃え上がれ』」
炎が一面を覆う。
「いきなり炎が立ち昇りました! 結界ステージがなかったのならかなり危険だったのではないでしょうか?」
「紅玉選手、全くモンモンを制御できていませんね。一か八かの賭けに出たのでしょうか? 今の炎で焼け焦げています。寸勁とのコンボで意識も失っていますかね?」
原理がわからないが、透明な何かを観客席との間に張っているようだ。
「くそう、さっきの監獄の仕切りに近い物でもついているのか? 簡単には壊れん。構造的に飲み込むのも難しいか」
「スタジアムならベースボールをさせてほしいけどよ、クソ野郎共にやらされるのは喧嘩みてぇだ」
また面倒くさい事になったのは確かだ。
「紅玉選手のモンモンのステータスが明らかになりました。
女性型モンモン、男性型モンモン、少年型モンモンの順で発表します。
総合“とりあえずヤベェ”“すんげぇ強い”“わけわかんねぇ”で忠誠“地獄より低い”“クソほどもない”“まさに奈落”となっています」
「数値で現すことができないという事は、相当な強さと紅玉選手への不信感を持っているという事です。これは何か作戦があるのでしょうか?」
あと、相当ふざけた世界なのはよくわかった。
「……モンモンバトル、正式名称サモン紋々モンスターバトル。それはモンモンと呼ばれている世界中に生息する様々な形態をとるモンスターを紋々と呼ばれる入れ墨に封じ、お互いの同意のもとに召喚させ戦わせる、栄誉のある戦い。
それに君たちを召喚したのだ」
と、赤マントの男。よくわからない入れ墨をまだ外に出している。
「勝手に決めるな! 馬鹿女神の同類か、君は!!」
「人様を拉致監禁してんじゃねぇ! 何考えてやがんだ!」
「というか、どういう基準で拉致したんです! そういう事してる場合じゃなかったんですけど! てか、人権とかないんですか!」
すると声。
「では、モンモンに選ばれる基準を改めてお願いします」
「はい、まさに体に刻まれし紋々に封じることができる、なんだかよくわからない存在全般をモンモンとして認定されます!
紅玉選手のモンモンはまさにステータスからして意味不明の正体不明!
普通ステータスが数値なのに対し、全て言葉として表現されております!
その上紋々に封じる事ができたので、間違いなくあなた方は誇るべきモンモンです!」
んな誇りいらねぇ、と心の底から思った。
「紅玉、お前は昔からモンモンに無理強いをしている。そんなことではモンモンマスターにはなれっこないぞ!」
スタジアムの反対側にいる青緑の男が赤マントに話しかけてきた。
「朝月、貴様の様にモンモンと馴れ合いし続けて、お母さんに迷惑をかけ続けた奴に言われる筋合いはない!」
「貴様の様な金持ちにわかるか! 貴様と違い最強のモンモンを求めて世界中を旅する金もなく、それでもモンモンマスターになるべく近くの山に池、果ては下水やゴミ捨て場に足しげく通いつめ、それでもモンモンと一緒に強くなっていったのだ!
この積み重ねを思い知るがいい!」
「オレに相談してきた、お前のお母さんが泣いていたぞ! いい年して体に紋々彫りまくってモンモンをかわいがっているだけの穀潰しだって! よく顔を出しているモンモンイベントも金にならないだろ!」
「金持ちのボンボンにはわからないんだよ! おれにはモンモンしかないんだ!
アフリエイトだかカブだかニーサだかイデコだかをうまくやった金持ちのお前には!」
そう言えば、この二人いい年したおっさんだよな。40歳位の。
「君は働け」
「大人だろ。少しはまともに金稼ぎやがれ」
「もう嫌になってきたんですが。いい年した大人が体中に入れ墨彫りまくって、生き物をどっかから攫って勝手に戦わせていい気になっているんですか」
また声が、結界の外から。
「では、昨今のモンモンバトルの状況の解説をお願いします」
「はい。モンモンバトルの普及、競技化に伴い金銭が物を言う状態となっています。
スポンサーを募る事も多いですが、宣伝を伴うスポンサーをつける事は邪道だとするストロングスタイルを自称する選手もかなりいます。
紅玉選手と朝月選手はその最右翼ですね。
となりますと、紅玉選手の様に金持ちになるか、朝月選手の様に親の脛を骨までしゃぶりつくすかになります」
もう嫌。
「それでは朝月選手、その背に刻みし紋々を露わに決めセリフと共にモンモンを召喚だー!」
「見ろよ紋々! 現れろ、モンモン!」
すると、女の人が出てきた。
明らかに普通の、人生の苦労と苦悩が見て取れる人だった。
まさか。多分だけど。
「あ、お母さん!? 間違えた!」
「シゲル! なにしてんの! あんたは!」
お母さんだよ。
もう嫌。この世界。
「まさかの朝月選手のお母さんです! お母さんがモンモンだと言うのでしょうか?!」
「ステータスを確認するに、普通の人間とのことです。断定できませんがおそらく、紋々の扱いに長けた朝月選手によりモンモンではないお母さんを紋々に封じてしまったということでしょう。
違法紋々の可能性もありますが、そこまでのお金はないはずです」
「となりますと、モンモンの定義を変える必要がでてきそうですね。規定により突発的な乱入になるのでトラブル発生として、試合中断になります。……なりますが」
なるだろうけどさ。
「わたしに怒られるのが嫌だからってやっていい事と悪い事ぐらいわかるでしょ! いいかげんなさい!」
「紅玉とのモンモンバトルだけは譲れないんだ! パート代を少し借りるくらいいいだろ! 優勝すればモンモンマスターの称号がついにもらえるんだ!
モンモンジムだって経営できるんだ!」
「社会経験のないあんたがそんなのやれるはずないでしょ!」
親子喧嘩である。
「いくらなんでも紋々に親御さんを封じ込めるのは犯罪だ! 朝月! お前なんかライバルでもない! 人を封じ込めるという行いで紋々の扱いに規制がかかるぞ!
これでモンモンルーキーが減ることは間違いなんだ!
モンモンバトルだって今まで通りにはいかない!
わかっているのか!」
赤マントの男も参入。
正論だけどさ。あんたも僕たちを勝手に拉致して監禁して紋々に封印しただろ。
ルノさんもニックさんもあきれ果てて顔が険しくなった頃だった。
「史上最強のモンモンを見つけたんだ! お母さん! 紅玉! これを見てから言いたいことを言ってくれ!」
空気が一変した。
「やべぇ!!」
「くそう。『吹き飛べ』」
「キャプテン・レッドが確認した! ダーク・シャドウに相違ない!」
ここで異形を出してくるのかよ!
「これは……」
アナウンスが声を詰まらせる。
「……うぷっ」
解説も声を出せない。
あれだけあった歓声は暗闇の様に静まり返った。
ルノさんの魔術で向こう側にいた青緑の男とそのお母さんはこっちに避難させる風音に、ニックさんのバットが地面を抉って土砂の散弾を向けた轟音が聞こえる。
異形が出てくる時に決まって発生する禍々しい渦を見つけた時に、いきなり「モンモンゲットだぜ」とか言うふざけた声が聞こえ、次に気が付いた時にはこのスタジアムにいたのだ。
ってことは、同じタイミングで異形を紋々に封印した事になる。
「どうだ、紅玉……おええええええ」
「朝月! お前は……間違っている……うえええええ」
異形の眼差し……いや目はない。なのに視線を感じる。
その異形は一見普通の人間の5人家族の様に見えた。
だが、その5人の顔はただ真ん中に虚無な大きな穴が穿つように開いているだけだった。
「クソが!」
ニックさんの散弾が続く。
散弾は5人の顔の穴へ吸引されていく。
「『飲み込まれろ』 ……効かんか!」
地面に広がったルノさんの闇魔術は2番目の子供と思しき異形が地面に顔を付け、吸い取っていく。
……異形の能力はルノさんの『飲み込まれろ』に近くて、吸引力は異形の方が上か!
遠距離で吸引できないだけはマシといったところだ。
少し、風を感じた。
父と母と一番上の子と思しき異形が、穴一つだけの顔を向けながら、音もなくまっすぐ飛んできた。
速い!
「『燃え尽きろ』 着火してもすぐに吸い取るか!」
異形三人の体に着火したが、その炎は顔に空いた穴に吸い込まれ、体勢を変えないままなおもこっちに向かってくる!
メキ、という大木が粉砕されるような音と共に、ニックさんのバットが一番上の子らしき異形の顔を打ち取った。
「って、逃げろ!」
赤マントと青緑マントとそのお母さん。
逃げられる状態じゃない!
異形の父と母が、母と子と友に音もなく向かっていく。
三人の空間が歪む。
「オショクジハマダデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
アリムの細腕が父らしき異形の首を嫌な音と共に、後ろから折る。
そのまま異形の胴体に顔を向けさせた。バグでも起こったかのように、その異形の体が異様な速度で振動し続けた。
「うちの子に何をするの!!!!!!!!!!」
異形の母の前に、母親が叫んだ。
「『遥か飛べ』 君らはそのまま一か所に! 私たちが対処する!」
ルノさんの風魔術で異形を吹き飛ばす。
あのお母さんの一喝で異形が一瞬怯んだ。
じゃなかったら危なかったな。
「これは……皆さん早急に非難をして下さい! 結界バリアが……」
「モンモンの攻撃に耐えきる結界バリアが、崩壊寸前です! こんな事……」
すると、一番下と思しき小学生風の異形が、ヤツメウナギみたいにバリアに吸い付いていた。
バリアが歪み、飴細工みたいに変形進んでいる。
今回、異形の頭数が多い!
「行け、オメガガン! さつりくレーザーだ!」
赤マントの男の傍らに、蜘蛛にリボルバー拳銃が生えたみたいな機械が極太レーザーを放っていた。
結界に張り付く異形に直撃。
一瞬で焼け焦げた。
「次は向こうだ! ティラドン! おおつなみ!」
次に出したのは肉食恐竜を思わせる爬虫類だった。
どういう原理なのか、ルノさんが吹き飛ばした異形に、口から莫大な量の水を浴びせた。
異形の外見が変形し、ダメージは大きそうだ。
地面に吸い付いていた異形が、大きな穴が開いた顔をこっちに向けた。
どのような感情があるのか、わかりようがない。
そこに。
ニックさんのバッティングによる岩石の打球が飛ぶ。
吸引しようとした異形。
「『裁かれろ』」
その隙に、ルノさんが雷を落とした。
「朝月選手のモンモンを紅玉選手のモンモンが完封した、と言っていいのでしょうか…………?」
「制御不能で観客にも被害を与えようとしたモンモンは前代未聞です。ともかく、これで紅玉選手の……」
そんな声が聞こえてきて。
また聞こえなくなった。
一人は声にならない叫びを上げ、もう一人は絶句して。
観客はもう、出入り口に殺到している。
構う暇は、もう一切ない。
5人の異形が、音もなく変形を始める。
体がスライム状になってあの穴が開いただけの顔面を運ぶ。
そして家族が集合した。一つの体となって。
頭、に顔。
胴体、に顔。
両手、に顔ふたつ。
両足、に顔ふたつ。
五体にひとつずつの顔が存在する、異常な異形の人間がスタジアムに立った。
「飲み込めん! 炎も雷も……魔術が通じん! 吸い込まれる!」
「闇雲に岩石とかぶつけてもダメじゃねぇか! どうなってやがる!」
異形が集合中、ルノさんとニックさんが散々魔術とバッティングで打った岩石を浴びせても吸引され、効果がなかった。
「さつりくレーザーとおおつなみが?! それに攻撃を吸引するなんてモンモンは聞いたこともない! ……これは本当にモンモンなのか?」
同じく赤マントの男のロボと恐竜による攻撃も吸われている。
断末魔で吸引力があがっている?
「お前に勝てるはずの……モンモンだ」
「結界ステージを破壊しようとしたモンモンなんてモンモンじゃない! 無差別に人を害を与えるモンモンは……モノモンじゃない」
赤マントの男が、マントを脱ぎ明らかに僕たちを封印した紋々と違う紋々を出した。
「……違法紋々……」
司会の男が呟く。
「世界を旅するうちに人の命やモンモンの命を奪う、危険な生物がいる事がわかった。モンモンマスターを目指す者として、モンモンですらない危険生物は、永久に封印する! たとえ、違法紋々を使って……」
その言葉は聞き取れなかった。
スタジアム中の空間が歪んだ。
異形の五つの穴が、全てを吸引し始めた。
「う……。 『遥か飛べ』 ぐむ…………! 『天よ。我ら共を受け入れたまえ』そして『沈め』」
「聞こえるか……? ルノの風でまだマシだけどよ、それでも吸われるぞ! 足を固定されなかったらヤバかった!」
風で吸引しようとしているというより、空間を歪めている?
そういえば、あの結界を歪めて吸引していた。
「セイイッパイオアサエツケマス。ゴシュジンサマ」
あの青緑の男とそのお母さんはアリム状態で壁に押し付けてなんとか異形から守っている。
だが、いつまで持つ?
赤マントの男は地面にうつ伏せになっている。
いきなり吸引され転んだところをルノさんの『沈め』という魔術がかかった。
この状態でもモンモンを紋々の中に封印しているから、対応は見事だな。
「シゲル……大丈夫? 紅玉君は……?」
「まだ大丈夫……でも」
決定打を僕たちも観客席の誰かも、モンモン使いの二人も見いだせない。
異形は五つの顔をこっちに向けて、吸引し続けるだけで動かない。
周囲は変形しつづけ、みんなの足元にも及んでくる。
赤マントの男の場所は多分危うい。
「母さん……俺は、モンモンマスターになるんだ!」
青緑の男が飛び出した!
「オイ!」
「くそう! 風はもう起こせんぞ!」
「ムボウデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
僕は……あの人のお母さんを守るので精一杯だぞ!
異形に吸い込まれる青緑の男。
「朝月! 普通の紋々で……やる気か?!」
「見ろよ紋々! 俺を見ろよ、モンモン!」
服をパンツ一枚を除き、脱ぎ散らかす青緑の男。
服は異形の五つの顔にある穴に吸い込まれていく。
そして、体に刻まれた紋々が触手の様に異形に絡みついた。
異形は絡みつく紋々を吸い付くそうと五つの顔をあちこちに向ける。
だが、異形に抉るように紋々は食い込み、吸引ができない。
「お前は俺のモンモンだ! 俺と一緒にモンモンマスターになるんだ!」
すると異形は五つの顔全てを青緑の男に向けた。
紋々ごと、青緑の男が五つの穴へ吸引される。
「俺は……俺は……モンモン……」
呻くような声がここまで聞こえる……。
「モンモン、ゲットだぜ」
次に聞こえてきたのは赤マントの男の声だった。
「紅玉! 違法紋々を使ったのか!」
「普通の紋々をそこまで使いこなすとは思わなかったぞ、朝月!」
赤マントの男の紋々が異形の下半身に絡みつく。
うつ伏せになっている状態から、紋々を異形まで伸ばせるのか!
長く、太く、蜘蛛の巣みたいな紋々が異形の下半身を完全に拘束している。
異形の顔に空いている穴が大きくなった。吸引力を上げようとしているのか。
それより先に、
「モンモン、紋々にぃぃぃぃぃぃ!」
「ゲットだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
大の男の叫びが聞こえてきた。
「ぶ!!」
ルノさんが物凄い勢いで結界にぶつかった。
……あ、自分で起こした風にぶっ飛ばされたのか。
「自業自得とはいえ、ついとらん!」
これは無理もない。
てか、自分に『沈め』というのはかけてなかったのか。
急に吸引がなくなったからな。
異形はあの二人の紋々に無理矢理封じられた。
「朝月、お前が紋々をそこまで使いこなせているとは思わなかった」
「違法紋々は、非常時には必要なんだな。お前の覚悟と経験を思い知った」
称えあっている、おっさん二人。
さて。
「おう。お前さんが今封印した入れ墨はこれで、そっちはそこかよ。入れ墨に他の奴は入っているとかはねぇな?」
ニックさんが近づいた。
「オレのはここだ。違法紋々は使ったのは初めてだ」
「確かにそこだけど。他はこっちに集まっている」
「ウゴカナイデクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
「え?」
「何?」
二人の肩をしっかり掴む。これで狙いは外さないだろう。
するとバットが高速で二回振るわれた。
「衝撃貫通ホームラーン!」
びた
という音と共に、二人に彫られたはずの紋々が地面に張り付いている。
「も、紋々が!」
「そんな、紋々だけ痛みもなく剥ぎ取るなんてできるのか!」
そしてそこに、闇が広がった。
「『飲み込まれろ』」
そして、異形を封じた紋々は消え去った。
「紋々が……」
「モンモンは? ……いや、出てこない」
「こんな風に消去できるなんて……」
まあ、反則技と言われたら、そう。
「ちょっと、シゲル」
「あ、お母さん」
「まず、やるべきことがあるでしょ! いい加減になさい!」
手を上げようとしたお母さん。
「あー、君」
それを止めるルノさん。
「え、はい」
「脇を閉め、半身になりたまえああ、ヒトシ。そのまま押さえつけていろ」
あ、はい。
「こう、ですか」
「そして掌の下部分をもって顎を狙うのだ。それも地平線の彼方に掌を飛ばすイメージをもって、この者の顎を打ち抜け。」
「えい!」
「おかあさ……ぐあ!!」
って、ルノさん!
「オイオイ! ヤベぇだろ!」
青緑の男の顎から格闘ゲームの様な音が響いた。
いや、押さえつけたままの僕も悪いけど。
「ゴブジデゴザイマスカ。ゴシュジンサマ」
あー、気絶してる。思った以上の威力だな。
「あ……、スッとした……」
とお母さん。
……ご苦労様です。
「な、何が起こったのでしょうか……?」
「あのモンモンとも言えない何かは……いなくなったようです……」
アナウンサーと解説が戻ってきた。
「残っているのは紅玉選手のモンモンと思われる三人です」
「紅玉選手の優勝としてよいのではないでしょうか? ……って何をしているのでしょうか?」
うん、まあ。
剣を地面に立てて、倒しているのは不思議だよな。
「こいつかよ」
剣は倒れ、青緑の男を指した。
昏倒したままの男に剣を握らせる。
「ヌケナイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「こやつの衣服か所持品か?」
「この入れ墨じゃねぇよな?」
すると
「紋々に封じられたモンモンではないでしょうか?」
この人のお母さんが挟んできた。
「何かを探していると思いますが、紋々の中に特に可愛がっているモンモンがいるはずです。そのモンモンを出してみましょう。紅玉君、あなたなら出せるでしょう。恩人を助けてあげてください。お願いします」
「確かに、手持ちのモンモンでは手の打ちようがない危険生物を何とか封じる手助けをしてくれた。せっかく彫った紋々は惜しいが仕方ない。
では思い当たるモンモンを出そう。
出てこい、ドリッピュー!」
するとドリップされたカラーインクを思わせる鮮やかな色合いの犬が、青緑の男の入れ墨から出てきた。
すると。
「オチツイテクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
「おら、落ち着け」
「全くしつけておらんな」
明らかに恨みを込めて頭を噛みつこうとした。
ガリゴリガリゴリガリ。
とっさにアリムの腕を噛ませてみたけど、常人なら一瞬で骨を持っていかれるな。
本当にこのモンモンを可愛がっていたのか。
「ほんっっとうにダメな子で申し訳ありません。でもこのモンモンを可愛がっていたのは確かなんです」
ニックさんが再び剣を倒してみる。
このモンモンを向けて倒れた。
「ではお暇するか」
今回も散々だったな。
「あとこのままじゃしょーがねぇ。このままブッ飛ばしたままじゃよくねぇだろ。今回助かったしよ」
と、バットをゴルフクラブで青緑の男の頭をティーショットするかのように構えるニックさん。
「バターみてぇに、チーズみてぇに溶けるんだ。それは溶けるモンなんだ」
スコーン、とフルスイング。
「は! な、なにが起こった?」
あ、起きた。
「あと頭が! 割れるようにいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「あ、すまねぇ。力を入れすぎた」
もだえる男を尻目に。
今だアリムの腕に噛みつき続ける犬の口に、何とか剣の柄を噛んでもらう。
「しっかし、どんだけ恨みを買ってやがんだ。おら、噛みやがれ」
「いやこういう場合はな。私の手を差し出せば」
あ、ルノさんの手を噛もうとした!
手早くもう一方の手で犬の首を掴むルノさん。それに合わせて、口に剣の柄を入れるニックさん。
武術を嗜む魔術師と現役超人アスリートの即興コンビネーションに惚れ惚れした所で、体は落とし穴に落ちたようないつものように感覚に陥る。
「本部より、違法紋々を使った紅玉選手とモンモンではなくお母さんを封じた朝月選手は規定違反により失格の上、出場停止処分だそうです」
そんなアナウンサーの声と、悲鳴を上げるおっさん二人の声が別な世界へ移動するために落下する間際に聞こえてきた。
まあ、同情の余地はない。




