五十一話 スウィート・ファンタジー
その日は何てことのない日、そうなるはずだった。
ドッグフードを皿に開ける。嬉しそうに愛犬が駆け寄って来る。
すぐにあげたいけれど、まずはお手。お回り。待て。
よし、いいよ。
モフモフとした感触と、嬉しそうに餌をかき込む姿は何度見てもうれしいものだ。
普段デジタルに振り回されているだけに、リアルな生き物に触れるのは癒しになる。
今日は散歩でどこに行こうか、そんなことを考えていた時だった。
警報が突如として鳴り響き、愛犬はハッと表情を固めた。
ああ、ごめんな。驚かせた。
散歩は少し待ってくれ。
突如としてクレームとSOSが交錯する。
一気に様々な文章が画面上に映し出され、それらを斜めに目を通して状況を把握。
ヘルメットとグローブからなるVRシステム装着し、緊急メンテの準備に入る。
ぼくはVRゲームのスウィート・ファンタジーのゲームマスター。
ゆるふわな世界の守り神。
甘い穏やかな世界の裏で、トラブルを解決する。
バグにチーター、ハッカーやウイルス。それらを見つけ、手早く対処する。
今回はユーザーから信じられないほど多くのクレームとSOSが来てしまった。
ここまで急にそういった報告が来たことは今までにない。
送られてきたゲームの映像で、プログラム上壊れるはずのない物が壊れ、変わらないはずの色が不気味に変化し、いつもの愛すべき世界は信じられない変貌を遂げている。
見慣れた景色がグロテスクに歪み、思わず悲鳴が口から洩れた。
何が起きた。
破壊願望のハッカーか、チートシステムが異常なバグを起こしたか。
思わず奥歯を軋ませ、アバターを纏い、ゲームの中へ。
色。
見た事のない七色が蠢いている。
音。
大きな打撃音や業火が燃え盛る音が轟く。プレイヤーの悲鳴が響く。
人。
ゆるふわがモットーな世界観に合わない、青ドレスと野球服と赤タイツの誰かが暴れている。
多くのプレイヤーは阿鼻叫喚の騒ぎだ。
BAN「BAN」
皆さま、今は一時お眠りください。
「なんだ?」
黒い肌の野球服の男が振り向いた。
「キャプテン・レッドが確認した! 一瞬で人々が消えた! それはこの者の出現と同時だ!」
赤い全身タイツの何者かが続く。
「被害を受けた者たちがいたが、彼らはどうなった?」
青いドレスに青い髪の女が言う。
貴方たちに警告する。「貴方たちに警告する」
当サービスにそぐわない行為を成したと判断します。「当サービスにそぐわない行為を成したと判断します」
BAN「BAN」
「ぐむ! 何の魔術だ?」
「何だ? 動きにくいな」
「BAN? まさかここは!」
強制退場ができない?
先程の多くのプレイヤーと同じBANによる強制退場。
それらが効いていない?
「くそう。動きにくい!」
回線速度を遅くすることには成功しているか。
「な……に…が、起き……て、やが……る!」
野球服の男は動く速度そのままに、いや相当な速度でこっちにくる。
酷くカクカクした動きで、ラグを無視して無理矢理動いてきているか。
どんなチートプログラムを使っているのか。
ゲームマスターの権限を使わせてもらう。
「宙に浮きましたわ! ルノさんの風による浮上とも違いますわね!」
空中歩行をON。
本来デバック用のゲームマスター専用プログラムだが、想定外のチーター対応にも使える。
……って、待てよ。
「それはそうと、わたくしたちのお話を聞いてくれません事?!」
壁に女の子の絵が映し出されていた。・
それは滑らかなアニメーションで、生きているかのようでだった。
「BANとあなたは言いましたけれど、ここはネットゲームの世界であなたが管理者という事かしら? お話をしたいのですわ」
ぼくのいる高さの壁に映っている女の子。
お嬢様風といったところだが、明らかにゲームと画風が違う。
さっきいた女と男二人はかなりリアルな姿だったが、チーターが二組で来たか?
BAN「BAN」
チーター(卑怯者)め。言葉を交わす意味はない。
「マヒル状…態なら……情報が少なくて……移動も楽でしたけれど……暇がございませんわ―――――――――――――――――――カ……………クゴクダサイ……マセ。ゴシュジンサマ」
壁からメイドが飛び掛かってきた。壁に映っていた女の子と入れ違いに。
しまった、不意を突かれた。
犬の歯の様に、ぼくの体にメイドの指が食い込む。
痛覚のないこのゲームなら平気だけど、生身なら喚きたてるだろう。
とは言え、この程度ならなんてことはない。キャラクター干渉しない様にすれば。
「オカ…クゴハ……オスミデゴザイマスカ? ゴシュジンサマ――――――――――――――………ォォォオオオォォォ………」
メイドがゴーレムになった?!
急激に質量が上がりすぎて、対応が……!
質量無視のプログラムを使う必要があるなんて!
地面に落下する。
くそ、痛みはないが衝撃はかなり来るな。
「『沈み込め』」
そんな一言と共に体は、地面に沈んでいく。
「話をしたいのだよ」
青いドレスの女が言う。
動きはこれ以上ない位緩慢だが、しゃべりは普通だ。
見下すな「見下すな」
体が地面にめり込み、首から上だけが出ている状態だ。文字通り見下されている。
「こうでもしないと話を聞かんだろう。君は」
チーターが何を言っている「チーターが何を言っている」
「む? チーター?」
「それ…足速ぇ……でけぇ猫じゃねぇかよ…」
「同士よ……意味が……違う! 卑怯者…と! 言いたい……ようだ!」
野球服と赤タイツが来た。
BANの効果が薄い。少しずつ早く動けるようになっている?
動作不良を起こしているようだが、強制退場に至らない。
別な手段を使う必要があるか。
「む? しまった!」
「逃げ…やがった!」
「確認した……! 地面の…更に下へ潜った!」
まず、ゲームマスター権限の壁抜けON。
地下深くへ逃げる
遠隔カメラシステムをON。
三人の行動を監視する。
「『吹き飛べ』」
素早く今の場所を離れているか。
手足を動かさずに移動しているから、なんらかのチートかバグを使っているのか?
「『崩れ落ちろ』」
すると、身の回りの地面が一気に崩壊した。
空中に僕の姿が露わになる。
……プログラムが何も作動していない?
ここまで大規模な事をしてプログラムの作動を確認できない何て事は、ありえない。
いいだろう。相手してやる。「相手してやる」
「キャプテン・レッドが…確認した! 敵…対姿勢は、変わらない!」
「それどころじゃねぇんだよ! 話聞け!」
野球服の男の声がとんでもない大きさだ。
「くそう。これは通じるか?」
“君! 私たちは争うつもりはない! それどころではないのだよ!”
頭に不思議な声が飛び込んでくる。どんなチーターのプログラムだ?
聞く耳はない。
三人の周囲に炎を設置する。
一撃で致死ダメージを与える設定だ。
「『巻き上がれ』」
竜巻を発生させて瞬時にかき消した?
次は岩石を背後から襲わせる。
「ヤベェ!」
野球服の男がバットを振るって弾く。
さらに刃物を頭上に降らせる。
「…………ォォォオオオォォォ…………」
突如としてゴーレムとしか言えない存在が盾になって刃物を防ぐ。
どうなっている?
「ちょっとぶつかったじゃねぇかよ」
野球服の男が片方の鼻の穴を塞いで、フンッ、と鼻血を空中に放出した。
カメラはその鼻血をバットが打ち取っているのを映す
……それがぼくの方に飛んできて……視界が!?
痛覚はダメージ無効の設定にしているから……痛みやダメージも問題ない……。
問題は、第三者視点のカメラでも血飛沫でよく見えなくなってしまったことだ。
どれだけ広範囲に、薄くなりすぎずにまき散らしたというんだ。
「『吹き飛べ』」
突風がぼくの体を強制的に運ぶ……。しまった!
あの三人の方に無理やり運ばれている! 権限プログラム……間に合わない!
バットがぼくの腹を抉る。
さっき待ち構えていた男が思いっきり振りかぶったか!
痛みはない。ただ衝撃が体を貫く。
動けない。
なんだ、動けなくなった?
プログラムの起動は一切確認できない。
落ち着け。動かなくなったのは体だけ。
何をした「何をした」
言葉も発せられる。頭も問題ない。
「何をしても痛がってなさそうだからよ。それでも体にバットは当たる。だから緊張をバットから伝えた。並みの奴なら体がガチガチに強張って痛くて悲鳴を上げるレベルだ。
ビッグ・リーグにはこういう技術もありやがるんだ」
ビッグ・リーグ? どこのハッカー集団だ?
「こういう拷問じみた事は好きじゃねぇんだけどよ、お前さんと争いたくねぇ。何度も言うけどよ。まず話を聞いてくれ」
「この……キャプテン・レッドも…また……同じことを言いたい! 事態…は切迫しつ……つある!」
赤いスーツの男も来た。
「まったく。何故に意固地なのだね。君は」
うっすらと晴れた視界で確認するに、なにやら顔を拭い続ける青い服の女も。
「顔にニックの鼻血がかかって取れん。君の血液は粘度も自在なのかね」
「いや、思いっきり視界を塞ぎやがれ、とは思ったけどよ。流石に知らねぇよ」
「まあいい。今の状況なのだが……! ついとらん!」
「来やがった!」
「キャプテン・レッドが確認した! ダークシャドウだ! 先に一度撃退したのと! あの様子から断末魔を上げている!」
第三者視点のカメラは血飛沫がようやく薄まっている。
それが決して存在してはならない物体が映し出してくる。
渦を巻くように回転しながら無数の注射器が七色に不気味に点滅しながら、穏やかな青空に浮かんでいた。
「速えぇ!」
不意に、目にもとまらぬ速さで小さい注射器が天から降り注いでくる。
注射器からは内部の奇怪な薬剤が、針から地面に突き刺さり注入され、愛しい世界が気色悪い変異を遂げていく。
刺さったその部位から吐き気を催す文様が無数に浮かび、それが不気味な色を携え世界を侵食していく。
高速に渦巻く注射器をそれ以上の速度でバットで、危険を顧みず打ち取っていく。
「オヤ…メクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
近くにある家の屋根を引っぺがし、メイドの女の子が盾として注射器を防いだ。
「『遥か飛べ』」
その一言と共に盾なった屋根は、空に浮かぶ注射器の塊へ射出されたかのように飛んで行った。
……一体何が起きている?
ドス
ぼくのアバターに一本の小さい注射器が刺さった。
「ヤベェ!!」
「ヒトシ! 抜けるか?」
「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
そんな言葉よりも早く、アバターが……。
落ち着け「あうああうああうあうあううあうああ」
言葉が「溶け溶けとけとけとけとけとけtけtけお」
体があの変異を遂げた「もうあめあああああああああああ」
プレイヤーのように「うれひいいいいいいいいいいいいいいい」
アバターが変異していく。薬剤が体に入る速度と同じく
形容しようもない、不気味な色彩が蠢き出し、動物の舌の様な触手が体中から湧き出し、体のそのほかの部位からは、気泡が、水泡が覆い尽くす…………。
あのさっきBANした数多くのプレイヤーと同じじゃないか!
言葉にし難く、見るに堪えないあの悍ましい姿と!
一体、何がどうなっているんだ?
アバターの挙動が制御できない。奇声が無限に発生し続ける。
注射器が、次々に針をぼくに向けていた。
そして、そのすべてが突き刺さった。
逃げ「うきりききしsふぃいふぃ」
ぷうううりりくうううう「にげ」
むううあぎゅううおいこくううう「にげ」
あめくかうあうはあああ「にげえええええ」
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
がぶ
と、そんな擬音がヘッドフォンの外から聞こえてきた。
堪らず、ログアウト。
うー、とうなりながら愛犬がかみついている。
上目使いで不安げな表情で。それでいて怒っていて。初めてみた表情だった。
ありがとう。
今の僕は変だったんだね。
お陰で助かった。
心配そうな愛犬の頭を両手で撫でまわし、思考を巡らす。
もう一度だ。
大丈夫だ。
でも愛犬よ、見守っていてくれ。
ログイン。
不安気で、それでいて信頼してくれる眼差しを背に。
「ルノ! ヒトシ! 刺さるんじゃねぇぞ! 運が悪くてもかすりもするんじゃねぇ!」
「君もな! 全てを燃やし尽くしてせる! 『燃え尽きろ』そして『巻き上がれ』」
リアルな戦争でもヴァーチャルなゲームでも今までに映像で撮られていないだろう業火が、
愛すべきファンタジー世界で繰り広げられていた
その炎の向こうから人影が歩いてくる
水泡と気泡に触手が体中を覆う、無惨で哀れで面影のない人の形をした、何かが。
あれが、さっきまでぼくが使っていたアバターの末路だ。
巨大な人の背丈ほどある注射器が、最後の薬剤を注入し終わった頃だった。
「オウケトメクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
メイドが岩石を遠心力を使って投げつける。
ぐしゃ、という擬音。
それと共に
投げつけた岩石が奇怪で奇妙な色彩と形状へと変貌する。
「近づけねぇぞ! ダメージはあるみてぇだけどよ、被害が広がりやがる!」
「しかも、足元が少し浮いている! 飲み込めん!」
一度試そう。「 一度試そう」
普段プレイ用アバターに色々詰め込んでいるから、言葉が遅れるな。
BAN「 BAN」
無惨な何かへ、BANをする。
本来は権限でもってBANするだけでこのゲームから強制的に排除可能になる。
あのバグが盛大に発生したアバターもやはりというか排除されない。
この三人も動きやしゃべりが緩慢になるだけで排除されなかった。
それどころか、もはや動きが回復している。
「言っておくけどよ。動きにくいなら動きにくいでどうにかできるのがビッグリーガーなんだよ。こんなのは経験積みだ」
「ストゥという武術をやっているのでね。極めれば肉で動くのではなく骨で動くというのがあるのだよ。それで対応可能だっただけだ。しゃべりは知らん。ただの気合いだ」
「ナゼウゴケルヨウニナッタノカ、ナンダカヨクワカリマセン。ゴシュジンサマ」
……それはそうと。
やはり不気味な何かは排除されない。
ゲームマスターとして君たち三人に要望する。「 ゲームマスターとして君たち三人に要望する」
「む?」
「なんだ?」
「ナニカゴザイマシタカ。ゴシュジンサマ」
まずはこれを。君たちは少しそのままで。「 君たちは少しそのままで」
データスキャン。「 データスキャン」
思った通りだ。
「で、あいつはなんだって? このまま攻撃し続けろって?」
「そのようだが! 『裁かれろ』」
「ゴシュジンサマノウゴキハナカナカトマリマセン。ゴシュジンサマ」
あの三人は滅多なことはないはずだ。
運営へ緊急チャットに各所にメール。もちろんあの異形と三人が称する何かへの警戒も同時進行でやっていけ。
「君! 君はもっと離れろ!」
地面にあの奇妙で奇怪な色彩が迫っていた。
危ない。
そして、あれはやはり危険だ。
異様なあの人影で動いているデータやプログラムを確認する。
今、バットから打ち出された時速1200キロ越えの小石が命中した。
ダメージは確実に通っている。
だが、ヒットポイントが意味不明な文字化けのままでバグを起こしている。動きを一時止める程度しか効果がない。
マジックポイントは乱高下。何をやっている? いや、これからやろうとしている?
プログラムが謎のコマンドを高速で起動し続ける。
こちらからは介入がどうしてもできない。
衝撃を与えることで、一定の妨害にはなるのがまだ幸いか。
そしてあの三人からはプログラムが一切作動しないで雷や炎が降りしきる。
今度はバットから砂を全体を削るように発射される。
動かないはずの岩石が、女の子の細腕で投げつけ、圧し潰す
「コレデゴシュジンサマヲ、ノミコメナイデショウカ。ゴシュジンサマ」
「やってみよう。『飲み込まれろ』」
地面と圧し潰している岩に、不意に黒い何かが広がる。
「くそう。体の一部を飲み込んでも、効果が薄いか」
異形の人影は、胴体の大半を失っても歩いてくる。
愛しい大地を汚しながら。
異形の人影のプログラムが。
止まった。おそらく実行を意味する単語を最後に。
世界が、歪んでいく。
七色に蠢く、不気味な色に汚された全てのものが、集まりだす。
一か所に、急激に、収縮しながら。
この世界の異常を凝縮し始める。
それは歪で、あってはならない。
「 腫瘍だ」
考えるより早く、口から言葉が漏れた。
「オイ! あれはこのままブッ叩いていいのかよ!」
「例によって宙に浮いているか! 飲み込めん!」
「ゲームマスターの同士よ! 今回のダーク・シャドウは! 我々としても読めん! 何か情報はないだろうか!」
何かのプログラムを実行したようだ。「 何かのプログラムを実行したようだ」
手元のチャットが目にも止まらぬ速さで、スクロールされる。
運営が尽力を尽くした。
プレイヤーの皆様も、動いた。
目の前の腫瘍に、亀裂が入る。
ぼくはENTERを押した。
さて、状況を確実に把握するために各種画面を空中に設置しようか。
説明のためにあの三人にも見えやすい位置に。
「文字列? それが止まることなく次々に現れて消えていく? これの意味は何かな?」
「パソコンのプログラムかよ? これが何の関係がありやがる?」
「やはり! ネットゲームの世界だったか! 同士よ! 見るのだ! 手を差し伸べているのだ! 数多くの人々が、我らの同士として!」
気づいたか。
こちらから手を出せないプログラムなら、突破すればいい。
あの異常な色彩や異形の人影には意外なほどデータ容量を必要としていなかった。
なら、ドリルで無理矢理穴を開けるようにゴリ押しで突破してしまえばいい。
「同士よ! つまりだ! この世界はゲームであり、全てはプログラムで人により作られた存在! そして、ゲームの運営が本来ならいかなる対処も可能! 仮に対処不能であっても、数多くの人々が関わるならば、皆が持つパソコンを繋げデータを無理矢理にでも書き換えることができるのだ!」
「あ? ここもゲームだってのか! こないだの世界と同じで! で、書き換えれるってのか!」
「そう! それが異形であってもだ!」
目の前の腫瘍。それは亀裂が大きくなっていく。
何か
噴き出してきた。
「……だと思ったよ! 『吹き飛べ』」
風がそれを的確に押さえる。
……どうやってそんなピンポイントで風を使えるんだ。
プログラムを組んでも難しいのに。
「破裂しようとしてねぇか? 避難した方がいい」
「ここでは一瞬で対処とはいかないようだ! 観察を続けるが……! キャプテン・レッドが今、確認した! 色彩が変わってきた!」
色彩が変わっていく。
あの吐き気を催す七色から、ゆったりとやさしい色合に。
ピンクや白の、アイスクリームみたいな世界へ。
元に戻る。
甘い世界へ。
癒しの空間へ。
荒々しい悪神が、平和な守護神へ変貌を遂げていく。
異形のプログラムは影もなく、ただの地形としてのプログラムへ変貌した。
空間に浮かんでいる画面を改めて見る。
運営や協力してくれたプレイヤーも異常がないか手分けして確認している。
今のところ異常は見えない。
あそこまでに事件を起こしたウイルスか何かにしては情報が少なかった。
ただ、侵入するのに手間取っただけだ。
「終わったと考えてよいかね?」
青いドレスの女性が話しかけてきた。
そうだ。終わったと言っていい「 終わったといっていい」
「実は様々な世界を移動する羽目になってしまってね。以前も何度かその世界にいる何らかの存在が、あの異様な色彩の異形を跡形もなく消し去っている事がある。
君は、というか君たちはある程度解析してから消したようだ。
あの異形は一体何だった?
私たちにはわからんのだ」
そういえば、この人たちには悪い事をしてしまったな。
この人たちは巻き込まれていただけか。
あれは周囲に悪影響を与えるプログラム。コンピューターウイルスの類だ。
「 あれは周囲に悪影響を与えるプログラム。コンピューターウイルスの類だ」
「む?」
あれ? 三人のリーダー格のこの人はわからない?
ウイルスは知ってるか?
「 ウイルスは知ってるか?」
「何かね? それは」
今時ウイルスを知らない?
「えーとですね。まず、簡単に言うとウイルスは生き物に入り込んで悪さする目には見えない存在だと考えればいいです」
「ヒトシ、そんなものを確認できるのかね? 私の知らん技術があるのか」
「まあ、いくつかの方法で確認できてます。それでコンピューターウイルスは、ほら何度かゲームとか変な誰かが作った世界とか行ったじゃないですか。
そういう世界に入って悪さするものと考えればいいかと……、って本当ですか!?」
いつの間にか初めて見る学生服姿の少年がいた。
そう言えば姿を変える人物をヒトシって呼んでいたな……、これが姿のひとつ、若しくは変身していない姿か。
「異形がコンピューターウイルス? って事は誰かが作って送り込んでいる?」
「オイ! マジか!」
野球服姿の男も入ってきた。
「じゃあよ、その作っては律義に毎回送り込んでくるクソ野郎をどうにかしねぇとダメじゃねぇか!」
「待て。私の世界やニックの世界にも送り込まれてきたぞ! 自らが誰かが作り上げたゲームのような何かだと確認できる術はないかもしれないが……現実の世界にもそんなものを送り込めるのか?」
「送り込めるような誰かがそういう事をやっていて、ダメ女神はそいつに何とか抵抗している? 厄介すぎてダメ女神しかどうこうできない?」
「毎回そんなん送ってくるとしたらよ、俺たちがそいつにとって厄介過ぎんのか?」
「若しくは、その剣を持っていて、その存在に対抗できる勇者とやらを探しているからか?」
かなり不思議な事になっているようだ。
そもそもだ。
あなたたち、ゲームのプログラムとかアバターとかじゃなくて現実の人間ですよね。
「 あなたたち、ゲームのプログラムとかアバターとかじゃなくて現実の人間ですよね」
「そうだが」
「なんだけどよ」
「なんで、ゲームの世界にいるんですかね……?」
スキャンして憶測した通りだ。
全くわからない。
でも、ウイルスを送る技術と同じ技術であなたたちも送り込まれているんじゃないのか?
「 でも、ウイルスを送る技術と同じ技術であなたたちも送り込まれているんじゃないのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
果たしてどうなのか、わからないようだった。
「まあ、君たちがわかったのは以上かな?」
細かく言うと色々あるけれど、現時点で解析した結果は以上になる。
「 細かく言うと色々あるけれど、現時点で解析した結果は以上になる」
そして、悪いことをしました。謝罪します。
「 そして、悪いことをしました。謝罪します」
「まあ、仕方ない事だよ。そして、お暇しよう」
「僕たちがいて余計なデータを食っているとかありそうですし」
「下手に長時間いるとよ、また異形が送りこまれてきやがるだろうしな」
迷惑すぎる。この人たちに言うことではないけれど。
野球服姿の男が背負っている派手な剣を地面に立てて、倒した。
それはかつてぼくがアバターとして使っていた存在の成れの果て、異形と三人が呼んでいるコンピューターウイルスに侵された存在がプログラムを書き換えられて、平和な色彩のただの地形になったものへ、倒れた。
「もう、ただの地形になったのかよ」
「そういうこともあるのだな」
「では移動しましょう」
と、剣の柄をそこに突き刺し、引き抜こうとした。
「それではなぁぁぁぁ!」
「邪魔したなぁぁぁぁ!」
「さよならぁぁぁぁぁ!」
と三人は落とし穴に落ちるかのようにいなくなった。
プログラムを確認しても、あらゆる場所にあの三人はいない。
完全にログアウト、いやデータを消されBANとも言える状態になった。
運営はしばらく緊急メンテに入ると通達を出したようだ。
プレイヤー間にも議論が続いている。
ぼくは、少し休憩を取ると運営にメールを出した。
大変だった。
ログアウトすると足元に気配。
見ると愛犬がお座りして、じっと見ている。
色々やる事がある。様々な考える事がある。
でも今は。
「散歩しようか」
リードを手にする。
扉を開けると爽やかな風が吹く。
愛犬がリードを咥えて、引っ張って来る。
愛犬と平和な時を甘受しよう。
全部、それからだ。




