表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/62

六話 イーター

「ガァァァァァァァァァァ!!」

大きく開けた口から雄叫びを挙げ、女性の形をした何かが突っ込んでくる。

「大人しく……、ってバットに噛みついて…………離れねぇ!! オラ!!!」

 とんでもない風切り音がする、ニックさんの力づくのスイングでようやくバットから口が離れた。

「『沈め』……ダメか! 速い! 『巻き上がれ』」

「グウゥウ……アアアアアアアアア!!!」

地面の砂ごと風で巻き上げようとするルノさんの魔術。

それを力で脱出する。

「ハシタナイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

そこをアリムの細い腕が捕らえた。

捕らえたけど。

「ンァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!」

 腕さえも使わず、アリムを、僕を明らかに噛みつこうとして僕の方を見ている。

地面が悪く、体勢と体重の差で、押し負け始めた。

「オマチクダサイマセ、ゴシュジンサマ―――――――――……ォォォオオオオォォォ……」

アイアンゴーレムに変える。

ガシガシガシガシ、アイアンゴーレムの手に噛みつき始めた。

野人、野獣、猛獣。

そんな言葉が連想させる人間の形をした何か。

ボロボロで黒い裁判官の法衣のような物を着た、狂気じみた目の、女性の。

金色の髪に金色の目が、僕を眩ませる。

「ちょっと勘弁な!」

それはニックさんの空気を切るバットスイングが、その何かをインパクトする瞬間だった。

樹木が立った。

あの女性の形をした存在が、消えた。

アイアンゴーレムが掴み、ニックさんがバットを当てているはずなのに。

 樹木の幹にバットが当たり、メキッと木が押し切られる音がする。

「どこ行った? うお!」

樹木を割り裂いて女が出てくる。

「ハアアアアアアアァァァァアアアア!!!」

雄叫び。ただその髪は赤く、目の色も赤い。

「アブね!」

ピッ、っとだけ音がした。赤い髪の何かは空を仰ぐ。

ようやく僕はニックさんがアッパースイングで打ち取ったと気づいた。

「『遥か飛べ』

風がピンポイントで吹いた。

そのまま赤い髪は、はるかかなたへ飛んで行った。

「一旦、引こう。埒が明かない」


「今回の勇者候補も癖がつぇえな」

3人で岩陰に腰を下ろし、しばし休憩中。ニックさんがぼやいた。

「剣が倒れた方を歩いていたら襲われるとは思わなかったけどよ。問答無用じゃねぇかよ。それにこの熱気も厄介だ」

「砂漠ですからね……。そういえばこの辺り、所々に木が立ってますけど」

身を護るために、一瞬で樹木をあの女?は生やした。

ニックさんより高い木だから2メートル以上、太さは50センチはあった。

あれらはあの女が生やしたのか。

「私が知る魔術にはそういうのはない。この世界特有かもしれんな」

「なんとか取り押さえるしかねぇんだろうけどよ。あんまり傷つけたくないんだよな。何となく」

「わかります。何となく」

 毎回襲い掛かってくる異形の化け物とは違う気がする。

見た目だけの問題じゃなくて、あれは一種の野生動物のような気がするのだ。

ある意味、正当な行動をとった結果が僕たちを襲う事になったんじゃないだろうか。

「まあ、それは後で考えるとして、まず口を開けて見上げたまえ」

「あ?」

「なんです?」

「『潤せ』」

降ってきたのは雨。むせる、ニックさんと僕。

「って、おい!」

「他に方法ないんですか!」

水分補給は必須ですけど!

「土がないから器を作れん。多めに飲みたまえ。命に関わるからな」

若くして魔王やってるだけあって、この人もこの人で癖あるな……。


 不意に警戒するルノさんとニックさん。

「何か来る」

「モーターの音か?」

するとかすかに機械の作動音がした。

くそ、やっば僕は反応悪いな。

キャプテン・レッドになっているべきだったか。

「よく生き延びましタナ」

そう言いつつ、油圧シリンダーと骨格が露わな、ロボットがやってきた。

「イーターに近づき、生き延びたのはあなた方が初めてデス」

「イーター? 説明をしてくれないか? あと君は何だ?」

「不用意に近づいたのでスカ。ワタシは監視ロボット、W-1。イーターを監視、警戒喚起をしておりマス。あれはイーター、全てを喰らう正体不明の理屈を超えた何かでございマス」

「とりあえず、身に染みて厄介なのはよくわかった。理屈を超えたってのは、木を一瞬で生やす事か?」

「大きな点ではソレ。あとは強すぎる力、樹木から出た時に頭髪と瞳の色が変わる事、全てを噛み砕く事。いつからどこから現れ、何が目的か、わかりまセン」

「人の様で、全然違うと」

完全に正体不明か。

「意思の疎通は絶望的であり、近づくすべてに襲い掛かりマス。軍隊をもって討伐を試みた事は数度。全てを食いつくされ、跡地には樹木が乱立するだけになりまシタ。今では触れる事、近づく事の一切を禁止されておりマス」

強すぎる上に、理屈がことごとく通じない。

なんてモンが勇者候補なんだよ。


「ふむ」

ルノさんが前回の子供がぶちまけたおもちゃで切った頭に巻いた包帯を取った。

僕が人形と一緒に緊急用袋に入れていた包帯が伸縮するのを興味深く見た後、ポケットにしまいつつ、何か考えついたようだ。

「さて、監視者の君、何か食料を持っているようだね。私たちにくれないかな?」

「あなた方も遭難者でしょうカラ。どウゾ」

「真空パックのクラッカーだな。うめえ」

「水もどウゾ」

「助かります」

「食うものは食って、飲むものは飲んだ。行くとしようか」

「そーだな」

「ですね」

立ち上がると、銃を突きつけられていた。

「イーターへの接近は厳に禁止されておりマス。警告デス。警告……」

音速を超えた時に発生する乾いた音がして、バットが監視ロボットの顔、わずか数ミリの所で止まっている。

「すまねぇな。行かなくちゃなんねぇんだ」

「……警告は致しまシタ。ご幸運ヲ」


緑の葉が茂る木々が乱立した地点で。

「ガアアアアアアアアウウウウウゥゥゥ!!!」

怒りの表情を露わにした、何かが突進してきた。

「非衝撃ホームラン! そっち行ったぞ!」

どういう原理なのか、対象物を一切傷つけないというバッティングで、弾き飛ばす。

「確認! キャプテン・レッドが見る限り、ダメージはない! 回り込んで来たぞ! 木々に隠れる程度の事はやっている!」

「了解。『吹き飛べ』」

木の葉と共に赤い髪の何かは空に飛んだ。

だが、木々を忍者の如く飛び回り、攪乱し始めた。

「盗塁王か守備王クラスの運動量だ! 半端ねぇ!」

「単純に力押しだけではないようだな。だが直接噛みつく事だけが攻撃手段だ。円陣を壊すな。3人で全方位を注意し続けるんだ」

「おう! ……って近くに来てんじゃねーか! おらよ!」

「グアアアアアァァァァ!!!」

「すまぬ! 同士ニックよ! 声を挙げずに来るとは思わなかった!」

「獣並みの知能はやはりあるな。……私たちは敵ではない。協力を願う」

「グオオオォォォォォォ…………?」

赤い髪のあれが、止まった。

気づいたか。


 砂漠にも関わらず、この地点は緑豊かだ。

そこに毒々しい紫のキノコが萌出る。

「……ルノ! 風を起こしてくれねぇか! 神経ガスの類だ! 一回ちょっと食らったことがあるから、俺にはわかるんだ!」

「毒か! 『巻き上がれ』」

「同士たちよ! このキャプテン・レッドの目には、延々とキノコからガスが出ていると確認できる! しかもだ! 増殖している!」

 キノコの傘からは胞子のような微粒子が出ていて、それが青紫色のガスのように見える。

そしてそのガスが触れた所にキノコが生え、悪夢のようなスピードで増え続けている。

「このままだとジリ貧じゃねぇか! おい! 根本は何だ? どこだ?」

木々は枯れ続ける。葉は粉々になる。ガスはかなり強い。

「上だ! このキャプテン・レッドには見えたぞ!」

「待て。あいつは……」

赤い髪の何かの表情が、変わっている。

今までのむやみな怒りが消え、何か悲しさを帯びてる。

ガチ

歯を鳴らした。

一帯のキノコに歯型が付いた。

ガチガチガチ

キノコが消え始める。遠隔で食われ、消える。

だがそれでもキノコの増殖は速い。追い付かないか。

 口から唾液が垂れ流し始めている。今までそういう事はなかったのに。

体が急に痙攣し、膝を折った。

ガスの症状か。ルノさんがいなかったら僕たちもやられていた。

でもまずい状況だ。根本を叩く方法が思いつかない。

ルノさんは風を起こすのに手いっぱいだ。

ニックさんはバットで打てる物があまりない。

僕は遠距離攻撃ができない。

すると、樹木が一瞬で立った。

新緑の葉は、無残に散り始める。

幹から、黒に近い群青の髪に新緑の緑の瞳のアレが、飛び出てきた。

こっちに、勢いよく向かってくる。

「……わかった! 任せろ!」

ニックさんが改めてバットを構えた。

バットを振るう。ほぼ垂直の軌道を描いている。

それに飛び乗った。

上空へ、飛び上がった。

女性の形をしたアレは、何かを決意したような表情をしていた。


 葉がなくなった枝の間から、蛾が見える。

キノコの様な毒々しい紫に、原色の黄色と緑がさっき食べたクラッカーを吐き出しそうになる不気味な文様を描いている、巨大な蛾だ。

キャプテン・レッドの目には、蛾の鱗粉がキノコを生やす胞子の役割をしていると確認できた。

 そこに口を大きく開け、突撃していた。

ガチガリガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ

歯を鳴らす音が轟く。

その一噛みごとに蛾は削られている。

「すげえ」

「しかし、毒は大丈夫なのか? あの蛾も毒を出しているだろう」

「……あの人?が何をしようとしているか、わかりました。アイアンゴーレムになります。これなら多分毒に強いですし。――――――……ォォォオオオォォォ……」

 バットから発射された威力はなくなり、落下。

唾液を垂れ流し始めている。毒が効いているんだ。

すると空中で樹木が生えた。

まさか、こんな無理ができるとは。

それをアイアンゴーレムが受け止める。

多少は毒の鱗粉や胞子に抵抗力があるみたいだ。巻き上がる風から少し外れる程度なら大丈夫だ。

受け止めた樹木を、ニックさんに投げ渡す。

「よし、もういっちょ!」

再び垂直のバットスイング。

バットが樹木を打つと同時に、人が出てきた。

輝く銀色の髪に赤銅色の瞳の、女性が。

 勢いよく上空へ。

蛾は彼女を明らかに避けた。

でも、またしても空中で樹木を生やす。

そして、三度樹木から飛び出し、蛾を食べた。

今度は直接食い散らかす。


 地面に蛾の残骸と彼女が落ちてくる。

漆黒の髪に茶色い瞳だった。

今までに見た事のない落ち着いた表情だった。

 しかし、問題はここからだ。

「来るぞ。またロクでもないのが……って、これはないだろう!」

キノコが巨大化している。

寄り集まって、数個の巨大な集合体を作っていた。

ガスの濃度が明らかにさらに強い。

形状も……形容したくない形に近くなっている。

これは、ない。

無駄に精神に来るな、おい。


「ルノ、俺に風を当ててくれ。ガスを飛ばす様に。速攻でぶちのめす」

「何を言っている……待て!」

ルノさんの制止を聞かず、ニックさんは走り出す。

やっぱり早い。息を止めているようだけど、無謀だ。

皮膚からもガスは侵してくる。

アイアンゴーレム状態の今の僕でもないのに、突進は……。

「ああ、くそ! 死ぬなよ! 負傷も許さんぞ!」

ルノさんからの風はガスを飛ばす。

一閃、キノコは爆ぜる。

いや、爆散したキノコの飛沫や破片はルノさんの風と違う威力で、飛ばされた。

また、一閃。

キノコは散る。次の瞬間ニックさんの腕が消えた。いや、バットを振るったんだ。

風が巻き起こり、全てを無くする。

キノコはそこから存在ごと消えた。

 そのまま同じようにバットを何回か振って、数個あった巨大化したキノコはこの世から消えた。


 ニックさんは息を止めたままで、僕たちの方へ戻ってきた。

「ゼーゼー……、さすがにきつかった……」

無呼吸でかなりの運動してたけど、どんな肺活量してんだ、この人は。

「こら」

「いて。棒で殴らなくてもいいだろ」

「君は背が高くて、私では手が届かないのだよ。無謀にもほどがある。次は焼かざるおえんぞ」

「ルノの部下じゃねぇんだから、勘弁してくれよ」

「グウウウウウ」

いつの間にか、今回の功労者が近くに来ていた。

「おっと」

と、振るうバット……、じゃなくて剣の柄の方。

それを彼女は口で加えた。

ニックさんが引っ張る。抜けない。

勇者ではなかったか。

「って、なんで息があったような動きをしているんです?」

リハーサルでもあったかのような動きだ。

「いや、なんかそう言っているような気がしてよ」

「まあ、僕もさっき意図がわかってアイアンゴーレムになった訳ですけど」

しかしだ、とルノさん。

「分解者なのかね。君は。私の勘に過ぎないが、この世界を汚染する物を分解する存在かもしれないな。だから人々を襲い、私たちも襲った。今はその意図はないようだが。

樹木を立てるのは、この世界をまた秩序立てるためなのかな」


 また、落とし穴に落ちるような感覚が来る。

その瞬間だった。

――――――ありがとう。襲い掛かって申し訳ない。

そう、ルノさんの魔術が通訳した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ