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五十話 ダイヤモンド

わたしは、朽ちていく

かつて人通りの絶えなかった目前の道はすっかり人が絶え、周囲の街も廃墟となってしまった。

多くの人々と神官がわたしを敬い、儀礼を執り行っていた。

わたしには常に花が飾られ、金と銀が煌びやかに輝き、水と香が捧げられていた。

そして、宝石を。数々の宝石を。

 あれは夢だったのか。

わたしにはもう草木が遠慮なく蔓延る堂の中で、風となる寸前の体に苛まれている。

宝石を。

最後に、わたしに。

宝石を。

美しく輝く宝石を。

わた……し…………に………………………





「おう、これでいいかよ。一応ダイヤモンドになるけどよ」

パラパラと細かい粉状のダイヤモンドが、目の前にうっすらと積もる。

ダ、ダイヤモンド?

見ると黒く厚い両手の掌をこすり合わせ、その間から生成されている?

ダイヤモンド、ダイヤモンドだ。

瞬時に体が瑞々しくなり、薄れていた頭も明瞭になっていく。

「えーと、いくつか突っ込みたいんですけど」

黒い服の少年が後ろから口を挟む

「まず、ニックさん。なんで手をこすり合わせたらダイヤモンドが生成されるんです?」

「まずよ、手の皮には炭素が含まれているよな」

「ですね」

「それと詳しくは知らねぇんだけどよ、その辺の炭素の塊を押しつぶしたりどうにかしたら、ダイヤモンドになるって話だ」

「そーですけど」

「俺らの握力が強すぎて、全力でバットを振るい続けるとよ、手の皮が少しダイヤモンドに代わりやがるんだ」

「ダイヤモンドを手汗みたいに言わないでほしいんですけど!」

そんな人間見たことも聞いた事もない!


「えーと、記憶が確かなら、5万2千気圧以上の圧力、1,200度C以上の温度を出してるんですか!

それが本物のダイヤモンドの粉なら!

いや、それって多分純粋な炭素の塊の話のはず。って事はそれ以上のエネルギーをバッティングで出しているんですか?!」

「よくは知らねぇ。ビッグリーグの強打者なら大体そうなるけどよ。

少しなら滑り止めにいいんだけどよ。あんまり多いと邪魔になりやがる。たまに手を擦って出さねぇとバッティングが上手くいかねぇ」

ああ、ああ。ダイヤモンドだ。粉とはいえ、あの美しいダイヤモンド。

ありがたや、ありがたや。

「なんかありがたがってますけど。この人何でしょうか? 枯れ木みたいな姿から、一気に若々しくなってます」

「そんなもんで感謝されてもすげぇ微妙なんだけどよ」

「炭素? つまり私の世界では珍重されている金剛石は炭の塊しかないということか?」

青い服の女性が二人に話かける。

「炭と言えば炭ですけど、特殊な構造の炭素の塊です。だから天然だと発掘できる場所が限られて貴重です。ニックさんが手汗みたいなノリで生成しているのがおかしいだけです。

あと、僕の世界でも高価です」

「しかし、私も魔術もだがニックの力の源は一体なんなのだろうな。

考えても仕方ないが。

で、君だ」

わたしに彼女は目を向けた


「この世界では君のような存在が普通なのかね?

粉状のダイヤモンドで生き返ったようだ」

はい、私は神ですので。

「……神か」

「神かよ」

「うわぁ、神ですか」

なんですか、その反応?


「神であるのに朽ち果てようといている存在が神であってどうする」


……え?

「この壊れかけた小屋はかつては立派だったようだが。ならそれなりに尊重されていたとして、この世界でも神は崇拝され、君もそうなのだろう。

だが、儚く滅びようとしている時に、誰とも知れん人に頼ってどうずるのだ?

私たちが訪れなくば、ニックの様な例外がいなくば、どうなっていた?

ディアスならば知恵をもって苦難と苦痛から脱するのを説くが、それが最も確実な救済なのだよ!

遠く、手に入り難い困難なものであっても。今この時、死せるものには効果が及ばなくとも」

……。

「ディアスが説いた如く苦痛を知り、苦痛の源を知り、苦痛の対処を求め、苦痛を滅する行いに努めたか?

排泄物と言われても仕方のない、ダイヤモンドをありがたがる君はなんなのだ?」

…………。

「おい、ルノ。言いすぎじゃねぇか? それだけ切羽詰まってたって事だろ。

死にかけてたんじゃねぇのか? それならプライドも何もかもを捨てて生き延びようとするのは当然ちゃ当然だ。

あと、俺としてはクソを与えたつもりはなかった。でも、そう言われても仕方ねぇよな。

アンタ、すまんかったな。考えが足りなかったみてぇだ」

………………。


わたしは神、だった。

「ん、何か嫌な空気がしやがんな」

「キャプテン・レッドが確認した! ダーク・シャドウに違いない!」

宝石を捧げられ、それで生きながらえてきた。

「異形か! この者から離れるぞ! おそらくだが……こやつ、動けん!」

そう、わたしはこの土地に縛られ動けない。

宝石から力を得、人々の願いを叶えてきた。

「まじぃ、クソ野郎の攻撃範囲が広れぇ!」

雨を降らせ、盗賊から街を守っていた。

「オマモリイタシマス。ゴシュジンサマ―――――――――――――――――――…………ォォォオオオオォォォ…………」

作物を育て、実らせてきた。

「…………ォォォオオオオォォォ…………?!!」

って、わたしの前に巨大な動く重そうな像が現れて、それが謎の植物が持ち上げている!

その植物から刃同然の葉がいくつも生えてきて、像を滅多切りにしている!

色は毒物みたいな黒と黄色がまだら模様に散りばめられ、恐怖で神であったわたしにさえ全身が強張る。

かつてこの街にいた人々は間違いなく、逃げまどい、泣き出しただろう。

祀られているお堂の中もそれが生えてきた……。

「逃げろぉ!」

先ほど、手からダイヤモンドをもたらしてくれた方が、手にしている太い棒でお堂の土台を殴りつけた。

そして。

わたしは、久しぶりに真っ青な空を仰ぎ見た。


 晴れた空が、青い。

こんなに青かったんだ。

宝石や花を捧げられ祀られた時には見ることができなかった。

 わたしの遠い記憶、祀られ始めたばかりの時。

その時以来。

あれはもう、いつの事だろうか?

土台を殴り飛ばされ、地面に仰向けに倒された。

彼らの状況が見えない

音がまだ聞こえる。

あの植物と三人がまだ戦っているようだ。

それが、近づいている

わたしの体がまた、宙へ浮く。

体があの不気味な植物に引っ掛かり、空へ投げ出されていた。

「やべぇ! ルノ……!」

「タスケルトマガゴザイマセン。ゴシュジンサマ」

宙に舞う中、さっきの黒い肌の人と謎の少女が見え、不気味な植物の幹から青い服の女性の腕が伸びていた。

「んががあああああああああああ!」

植物から女性が力ずくで出てきたのを見えたところで、わたしは今度は地面にうつ伏せに打ち付けられた。


 目の前は暗い。

さっきまであと少しで意識を紡ぐのさえできなくなっていた。

ダイヤモンドの粉末は、とうに吹き飛ばされ、じきにまた意識が薄れていくだろう。

なんの力もなくして、この無様な姿で、朽ちていくのだ。

顔を泥に埋めて、忘れ去られていくのだろう。

 音はまだ聞こえる。

戦い音が。三人の声が。

「宝石……石英はどうだろう!」

いや、三人の中の一人は、声がその時々で全然違う。

「キャプテン・レッドが考察する! あれほど微細なダイヤでよいのならば! 砂の中の石英でもよいのではなかろうか! あれは、微細なる水晶だ!」

目の前に、泥。

それと、砂。

 貪ろう。

すぐそこにいる人間が、危機に陥っている。

 貪ろう。

気が付かなかった、愚かにも知らなかったのなら、今から苦痛をなくせばいい。

 貪ろう。

人間を助けずに、何が神だ。

 貪ろう。

目の前に無数に存在する水晶の力を貪り、害悪を絶て。

「ゴシュジンサマミワザデゴザイマスカ。ゴシュジンサマ」

少女がわたしを起こし、戦場へ顔を向けてくれた。

「『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』」

植物から炎が上がる

不意に植物の中から、空のように青い女性がまた出てきた。

さっきも出てきて気がする。

「なぜに何度も何度も私ばかり取り込むのだ! この異形は!」

そんな事あるの?

「オイオイ、大丈夫かよ! って、何がありやがった?」

「む?」

「ミザワナラバ、オドロキデアリマス。ゴシュジンサマ」

わたしがしたよ。

異形と三人が呼んでいる不気味な植物。

その動きをわたしが止めた。


「……ともかく一旦距離を取るとしよう」

「おう、ヒトシとアイツの所に行くか」

二人が物凄い速度でこっちに来た。

「で、君があの異形を止めたのかな?」

「さっき死にかけていた奴がどうこうできるモンじゃねぇぞ」

砂粒に水晶が入っているって知ったから、止めれたよ。

「スイショウデゴザイマスカ。ゴシュジンサマ――――――――――――――――――――――――――キャプテン・レッドの顕微鏡並みの眼でもって確認しよう! ……石英……いや水晶が?! 馬鹿な! 馬鹿な!」

「どうしたってんだ?」

音が鳴る。

爆ぜる音が。


ゴン!

それと、痛そうな音が聞こえた。

「ぐむ!! こんなもん、予想できてたまるか! そしてだからなんで私にばかり命中するのだ!」

うわあ、大丈夫?

青い女性の手には両手え抱えるほどの水晶がある。

こんなものが飛んできて頭に当たった。

「……って、お前さん、一体何をやりやがった?」

あの不気味な植物がこの世から消えていく。

水晶の塊をまき散らして、爆ぜていく。

「同士よ! その水晶をよく見るのだ!」

「む? 水?」

「おい、これ氷じゃねぇだろ。なんで溶けているんだ? 水が水晶から出てきてやがる!」

そして、水晶が水となっていく

四大元素に還っていく。

 あの植物が土に戻っていく。


「ヒトシ、俺はそこそこ真面目に学校で勉強してたんだけどよ。水晶って、水になるとかって話あったか? 俺の世界と色々違げぇかもしれねぇけどよ」

「キャプテン・レッドの記憶が正しければ! 水晶は極めて安定した物質! そう易々と変異はしない! ましてや水に変化するということは、決してありえない! 構成原子が根本から違うはずだ!」

「目で見えないほどの微小な存在がこの世を作り上げているという、原子説が君たちの世界では採用されているのか? 火、風、水、土の四大元素がこの世を構成していると思っていたが」

四大元素がそれぞれ様々な割合で凝縮したのが、宝石……なんだけど。

水晶はわかりやすく水が集まっている。

だからわたしは砂粒の中の水晶を分解して力を得た。

「分解するのにもエネルギーが必要というわけじゃねぇのか」

その上であの植物の中の水を水晶に変化させた。

砂や泥、石の中の小さい宝石から力を得続けて。

「そうして異形の中にある水を水晶に変化させて、仕留めたということか」

あの植物もまた、四大元素によって作られ、また四大元素へ戻っていく。

わたしは、いつしかわたし自身四大元素の塊でしかないことを忘れていました。

見苦しい醜態を謝罪します。

そして、微細な宝石がこの世には散りばめられていることを、知りも気づきもしませんでした。

感謝いたします。

「やはり! このキャプテン・レッドの観測は正しいか! 周囲の微細な石英が水になろうとしているのも! この巨大なる水晶が、水へ変異しているのも!」

あなたがおっしゃってくださった事がよいきっかけなりました。

「言いましたっけ?」

赤い人が瞬時に黒い服の少年に戻って、呆けた事を言った。

え?

「言ったぞ、オイ」

「頭に浮かんだ事を口に出す癖がしばしば出ておるぞ」

「うわあ。何とかしないとな。この癖」

「つかよ」

黒い肌の方が言う。

「四大元素とかから宝石を作るんならよ、手からダイヤモンドを作っちまった俺は何なんだ?」

さあ……?

「ダイヤモンドは四大元素の諸々が凝縮されているから、ニックさんのありえない握力でその諸々が圧縮された、とか?」

えーと。

……………………………………何で?


「…………まあ、考えても仕方ない。

それぞれの産まれた世界が違うのだ。法則が全く違う。

異形は仕留めたと考えてよさそうだ。あまり長時間居座るわけにはいかんのでね。これでお暇するよ」

青い女性が抱えていた水晶を地面に置き、言う。

あの植物はこのまま四大元素へ戻るでしょう。

流動する四大元素の変遷は誰にも止めることはできません。

そしてわたしが万が一のためにここに残り、鎮めていきます。

これがわたしの新な使命なのでしょう。

感謝してもしきれません。

「で、剣はどこ行った?」

「あれ? そういえば」

「……君、剣を見なかったか? 無駄に派手な剣なのだが」

剣?

ねえ、あの植物ってあなたを取り込んでたよね

もしかして。

猛ダッシュであの植物が消えようとしている場所へ三人は戻ってく。

「どこだぁ!」

「ニック! 無暗にバットを振り回しても見つからん! 下がれ! 『燃え尽きろ』そして『巻き上がれ』」

炎が竜巻で巻き上げられる? ええ?!

「無暗に燃やしまくっても見つかんねぇ気がするんだけどよ!」

「キャプテン・レッドが確認した! ……が、厄介な事になっている!」

「どこだ? ……これかよ!」

「くそう! どれだけ巨大な水晶……じゃない!」

え、信じられない。

気づいてたけどありえな過ぎて、気のせいだと思ってた。

 綺麗にカッティングされた人の背丈以上のダイヤモンド。

それが植物の中から出てきて。

そのダイヤモンドの中に派手な剣が封じ込められていた。


「あの異形が私を取り込んだのは、これを私でやろうとしたということか!」

これ、生物がやられてたら確実に死んでる。

神であるわたしでさえ、これは流石に危ない。

「キャプテン・レッドが提案する! 神あるという君! これを変異させることは可能ろうか!?」

ごめん。大きすぎる。かなり時間がかかっちゃうよ。

ダイヤモンドはそれだけ四大元素が詰まっているから。

「金剛石は、炭の集まりであったな」

まさか……。

「燃やす! 『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』」

ええ! ダイヤモンドは燃える。燃えるけど!

「ダイヤモンドがクソ硬くても、一点の衝撃には弱ぇって聞いたことがある! ビッグ・リーガーのフルスイングを食らいやがれ!」

とんでもない衝撃音が響く!

「このキャプテン・レッドも続こう! レッド・ジャンプ!―――――――――――――――――――――――――…………ォォォオオオォォォ…………!」

続いてハイジャンプから、石の巨人に変化して思いっきり踏みつける!

「ええい! まだか!」

「さっきのガラスよりかは手応えがあるじゃねぇか! 舐めんな!」

「オクタバリクダサイマセ。ゴシュジンサマ。―――――――――――――――――――――――――――――――――…………ォォォオオオオォォォ…………」

物凄い勢いの、迫力ある猛攻撃をダイヤモンド対して攻撃をし続ける三人。

この人たちこんなに凄い人たちだったのか。

 あ、えーと。

ちょっといい?

「む? 何かな?」

水晶がたくさんあるから水をかけるよ。

「……その手があったか!」

「こんだけぶったたいて、燃やせばそれ効果あるじゃねぇか!」

「ワスレテオリマシタ。ゴシュジンサマ」

植物の周りに散らばっている水晶

それをわたしが水に変える。

地面に半ば埋まっているダイヤモンドは、自然と水がかかる。

熱せられ衝撃を与えられたダイヤモンドは、いかに硬くともヒビが大きく入り、ついに砕けた。


「少し余裕を失ってしまったな。君の助力なくとも私で水なら出せたものを」

「まあ、そろそろ移動ようぜ」

「ダイヤモンドの破片は近くに置いておきます。僕たちが持っていても仕方ないので、良かったら何かに使って下さい」

大量のダイヤモンドをわたしの傍に山積みにして三人。

「じゃ、剣を倒します」

倒れる剣、それは不可思議な軌道を描いてわたしの方に倒れた。

「君か」

その剣が倒れた方にいる誰かが抜こうとするのが三人が別な世界へ行く方法なのだという。

わたしは神である以上動けない。

腕と言える部分に剣の柄を引っかける。

「事情も何も知らず言いすぎて悪かったね。それではなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「元気でなぁぁぁぁぁぁぁ!」

「お世話になりましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

こうして三人は、落とし穴に落下するみたいな感じでいなくなった。


改めて世界を感じる。

多くの微細な宝石があり、四大元素の循環を知覚できる。

この地を、鎮めるべき存在を鎮め見守り続けよう。

忘れてしまった事は、また思い出せばいい。

神であっても避けれない事を受け止めて



 四大元素の流動の中に身をゆだね、いつしか消えるまで。


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