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番外編

 夜、何かが闊歩している事があります。

喧騒と暗闇に紛れ、誰にも気づかれることがないまま。


 物音と共に影が盛り上がり、立ち上がる。

「狭い……! ついとらん!」

「なんでクソせめぇ地面の穴から出てこねぇといけねぇんだ!」

「モウシワケゴザイマセン。ゴシュジンサマガタ」

地面の穴の中から、不自然に三つ。立ち上がって来る。

「って、夜か」

「にしては、明るいな。空は夜だが、少し離れた所は光が溢れている。何があるのだ?」

「マチノアカリガ、ココマデアフレテオリマス。ゴシュジンサマ。ソシテ、ゴリカイクダサイマセ。ゴシュジンサマガタ」

「ヒトシ、何かあると?」

「待て、俺たち体に何か書かれていやがる。ルノの青のドレスにも、俺のユニフォームの文字の上にもだ」

「む? 紋様ではなくこれは文字か?」

「S O R R Y  謝っている? 俺が知っている意味だと、謝罪になる」

「ワタシタチハアヤマッテオリマス。ゴシュジンサマガタ」

「あとこれ、針金じゃねぇか。針金が刺繍みてぇに服に縫い込んでやがる」

「いや、それならば普通に糸を使えばいい。何故に針金を使って、いつの間にわざわざ編み込んだのだ?」

「シャザイシナケレバ、ナラナイト。オッシャッテオリマス。ゴシュジンサマガタヘ」

音がする。

何かがいる。

人知れない、何かがいる。

「くそう『燃えろ』」

灼熱が薄明るい夜を照らし、顕現させてしまう。

何かを。


 迸った灼熱は、その何かを焦がすも歩みを止められない。

「早速異形じゃねぇかよ」

バットを持って走り出す。違和感と共に。

「なんだ?」

振り回す。異なるバット。糸状の、無数の、針金が鋭くなって発射された。

「オイ、なんでバットに針金がくっついてやがるんだ?」

「ツヅケテバットヲオフリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

「こんな状態のバットは好きじゃねぇが、そうだな! 喰らってろ!」

散弾の如く、針金が飛んでいく。

「『燃えろ』 何かの樹脂の塊か?」

不可思議な何か。それが歩く。

灼熱した炎、大きく包むも、白く、黒く、青く、赤く、金色と体の部位ごとに色の違うそれは動く。

「ッラア!」

バットが足に打ち付けるも止める事が出来ない。

「クッソたれ。体がギクシャクしやがる! 調子でねぇ!」

「ダカラアヤマッテオラレルノデス。ゴシュジンサマガタヘ」

そう言うと少女は腕を伸ばす。

「ヒトシ?!」

「待てよ!」

両の拳を握りしめ。

誰にも気吹かれぬまま天に振り上げ。

異形へ、その胴体へ打ち下ろす。

「その体の腕は、かくも長く伸びるのか!!」

「いや、その腕……、お前ヒトシじゃねぇだろ!」

その長く伸びた腕は、針金をもって延長されていた。


「ヒトシではないとすれば、ヒトシはどこへ行った?」

「ダカラアヤマッテオラレルノデス。ゴシュジンサマガタ」

「クソったれ! 野郎をぶっ飛ばすメンツはチームだ! ヒトシ……じゃねぇ奴! いいな!!」

「ついとらん! なにもかも! 『燃えろ』『燃えろ』『燃えろ』『燃えろ』『燃えろ』『燃えろ』!」

小さく繰り返される炎。

様々な色彩を内包したそれに対し、その熱は色を混在させていく。

溶解し、新たな形を形成する。

砲。

そうとしか言えない形状。

発射した。

「ルノ!」

差し伸ばしたバット。

それは届かない。

砲からは液状の樹脂を噴出し、地面から天井へ切断を企てる。

「逃げ……『吹き飛べ』……体が……」

ギク、シャクと体が動く。風は起きない。

不器用に、体に芯がない、幼児の如く。動こうとした。

「クッソたれ!!!!!!」

間に合わない。

「くそう!」

腕から愛用の棒を取り出し、せめもとの防御を取ろうとした。

「あ……」

ひとつの声を挙げて、その体は切断された。

「ダカラアヤマッテオラレルノデス。ワタシハ、ゴシュジンサマガタニ」


「ダカラアヤマッテオラレルノデス。ワタシハ、ゴシュジンサマガタニ」

「待て。なんで、生きてる?」

「オイ、生きてる? それでかよ?!!」

青い女は体を起こす。両断された体の、右半身だけを。

切断された面から、幼虫の様に這う針金が零れる。

「クソッタレ。クソッタレだ」

音がする。砲に液が充填されるような、音がする。

「そういう事なんだな」

バットを放り投げ、それは砲に絡みつき、口を塞いだ。

手から離れた瞬間、それは空中で分解し、針金に変化した。

元の本性に戻る。

青い女は、右腕をもって左半身を掴み元の場所にくっつける。

「私たちは、私たちだと思い込んでいる偽物か」

機械の声の少女が壊れたようにまた繰り返した。

「ダカラアヤマッテオラレルノデス。ワタシハ、ゴシュジンサマガタニ」


黒い肌の男が全てを察し、言う。

「記憶にある通りだとよ、アレだ。フィラデルフィア・ワイヤーマンって名乗った奴の針金の質感そっくりだ。そうなのか? 答えやがれ。ヒトシ! ……見てぇな奴」

「ゴシュジンサマガタ。ワタシトイウワイヤーマンハ、ウチタオサレマシタ。ゴシュジンサマガタ。

モウシワケナク。アヤマルノデス。ゴシュジンサマガタ」

「ふむ、視界がずれる」

青い女は顔の左右の具合が合わない。

「どっかの抽象画かよ。おら、これでいいだろ」

「助かる。それならばすぐに言い給え。私やその友柄がかのような場合に仮に作られた存在だとして、不満を言うと思うのかね?

君の記憶では、そこまで器量が狭いと?」

「ピンチヒッターが俺の仕事だ。かっとばして欲しいんなら、ちゃんと言いやがれ」

「で、ずっとアリムなのはヒトシの存在感が無さすぎて記憶になく、本人の再現ができなかったのだな」

「どこまでも存在感がねぇな。ヒトシは。で、ついでだからメッセンジャーにしやがったか」

「で、色々ニックの言葉通りだが。どうして欲しいのだ?」

「言葉にしろ。クソ女神じゃねぇんだろ。お前さんは」

壊れたメイドの形を取る針金は、言う。

「カレヲウチタオシテクダサイマセ。コノママデスト、オオクニ、イタミガ、クスシミガ、ヒロガリマス。オネガイイタシマス。ゴシュジンサマガタ」

「承知した」

「了解だ」

青い女は両手の指を、白銀色の針金に変える。

黒い肌の男は、両腕を一本の輝くバットに変えた。


「棒を自らの体の一部のようにしろと言われたが、実際できるとはな。針金の偽物だと思うだけで可能になるのも意外だ」

「俺らはニセモンだけどよ、いいトレーニングだ」

出した一歩はシク、シャクとしたものの二歩目。

急に軽快な動きを見せる。

「骨で動く、がこれか! 母の教えが今わかるか!」

「体の使い方が分かれば、怖くねぇ!」

重厚な樹脂のそれを、両腕で深く切りつけ、切り開く。

「『燃えろ』『燃えろ』『燃えろ』 これしか魔術が使えないのは、再現ができなかったか」

その傷口に塗り付ける様に炎を浴びせる。

「よし!」

両腕からできたバットで、砲の部位を杭打ちの如く打ち立てる。

大きくめり込んだ。

「んじゃ、戻って来い!」

投げたさっきのバットを構成していた針金が、多くを引き千切りながら戻って来る。

「オサガリクダサイマセ。ゴシュジンサマガタ」

壊れたメイドが、その体に似合わないほど大きな汚れた自動車のスクラップを、投げつけた。

「『吹き飛べ』 ……やはり風は起こせんか。さて」

青い女は膝を屈伸すると。ドレスに隠された針金の足をもって、飛び上がる。

高く、高く。

「それいいな」

黒い肌の男も膝を屈伸すると。ユニフォームの下にある針金の足を持って、激しく足を変形させ、飛び上がる。

高く、高く。

 二人は上空から、落下する。

ミサイルの様な形に、その姿を変形させて。


「ゴシュジンサマハ、タタキツブサレ、オネムリニナラレマシタ。ワタシカラシャザイトオレイヲ、モウシアゲマス。ゴシュジンサマガタ」

二人の落下により更に変形された汚れた車のスクラップの上にいる二人にそんな言葉がかけられた。

スライムのような針金の山から、一人、形を取り始める。

「それはいいんだけどよ」

黒い肌の男がそこから姿を現す。

「くそう。ニックは何故に速やかに元の姿になれるのだよ!」

スクラップに絡まったゾンビの様な姿の青い女が顔だけを形成する。

「ニセモンでもついてねぇのかよ! んな所を再現しなくてもいいだろ!」

「少し引っ張ってくれたまえ」

「しかたねぇな」

「…………助かった」

「いや、ゴミが思いっきり突き刺さっているけどよ」

「まあ、それはさておき。その偽物である私たちをどうするつもりかね?」

「俺は、ピンチヒッターの役割が終わったのなら、このスタジアムから退場してぇ。俺はお前さんと同じ針金なんだろ? 跡形もなく針金に戻してくれ」

「ソレデヨロシイノデスカ? ゴシュジンサマ」

「……まあ、私もそうするのが妥当だな」

「ホントウニヨロシイノデスカ?」

「私の本体も様々な縁により仮に組み立てられた虚構である一面はあるのだが、今の私は余計にそうであるのだろう。それに私の世界の考えだが、意図的に同じ姿を作り出すのは元の人物を侮辱することではあるのだ。ここで退場するよ。

大きな音を出してしまった。ここに住まう者たちが来るだろう。急いだ方がいい」

「…………」

「冷たく笑っているだけのはずの顔が、悲しそうにしてやがんな。そこは再現できてねぇな」

「本来の私たちにこのままだと迷惑をかけるだろう。私の不運を再現できてしまっている位だ。ついとらん事が起こる。早くしたまえ」

「……ショウチイタサイマシタ。ゴシュジンサマ」

「気にすんな。ただ次があったらもっと早くピンチヒッターを依頼しやがれ」

「ああそうだ。私の一つの記憶を君は再現できているな。

どのように記憶を再現したのか全く分からんし、記憶が正しいのかも最早わからんが、この言葉を送る。

“歯列や両腕の如く、我々は協力するが為に産まれてきたものなり”

協力を求め、それに応えるのは悪い事ではない。

役目を終えたら、適切に去る必要があるだけだ」

メイドの顔に、街明りが差し込む。

「ワタシカラ、オレイヲモウシアゲマス。ゴシュジンサマガタ。アリガトウゴザイマシタ。ゴシュジンサマガタ」

それは、はっきりとした笑顔だった。




 大きな何かが衝突したような轟音が街に響き、右往左往しながら人々はその音が起こった場所に足を向けていきました。

懐中電灯で辺りを照らしながら明らかに何かが起こった事を悟っていきます。

 大きなスクラップが地面に無理矢理打ち込まれ、壁や地面が大きく破損していました。

スクラップをどけて見ると、正体不明の樹脂の塊があります。

なにもわからない夜の出来事だけがわかりました。


 フィラデルフィアの夜のことでした。


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