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四十四話 牛うし牛と鮫

ンモー。ブモー。モー。

「うむ。毒はない。まあまあ食えるな」

「いや、一応食えるんですけど。だからっていいんですか。これ」

「良くはねぇんだろうけどよ。食いモンを俺らは持ってねぇ。大量にあるんだ、ちょっと貰って行こうぜ。それでもルノの国の芋よりうめぇってどういう事だ」

「そしてもう多少のことは気にせず食うようになってしまいましたね。僕もニックさんも」

「ルノの国で芋虫食っちまったしな。最悪の見た目で最強レベルのクリーミーな味わいだったしよ」

ンモー。モー。ンモー。

「食えるのは良い事だろう。まあ、無断で食っているのは事実。好ましくはないが、私たちは少々非常時なのだ。かくも量がある、見逃してくれるとは思うがね。学生時代は良心に蓋をして食い物を漁ったものだ。あまりにも食料が無さすぎて、学校にある池の魚を素潜りで取ったりもしていたな」

「どんな貧乏をやっていたんですか。というかこれ、明らかに家畜用の配合飼料です。コーンとか入っているし」

「どっちかっつったら、俺らは盗み食いのネズミのポジションだけどよ」

モォォォォォォー。

「む! 私の髪を引っ張るな! と言うか、食うな! 君らの食事を横取りしているとは言え!」

 灰色の大きな牛みたいな動物に髪を咀嚼されているルノさん。

短めの髪なのになんでか食われるのがこの人らしい。

なんだかんだ人が良い魔王様だと本能的に察知したのか、柵越しに牛みたいな動物がいつのまにか群がって、やけに長い舌で髪だけでなく服まで絡め取って、あむあむ口を動かしている。

柵の中で牛が自由に動けるタイプの牛舎の中に転移したみたいだ。

外は明るいけど、従業員の姿はない。

休憩時間なのか、無人化が進んだ世界なのかわからない。

「おらおら、そのままステーキにされたくなかったらあっち行きやがれ」

「ルノさんの髪は短いのに、明らかに速攻食われましたね。さっきから群がってました」

「全く、私の髪は昔から枝や草がすぐ絡まるが、今度は動物が食おうとするのか!」

 と言いつつ、割と豪快にガリガリ食べている僕たち。

いやもう、なんでもありだな。

すると配合飼料に再び三人同時に手を伸ばした時だった。

「……やべぇ!」

ニックさんの手が空気を切り裂いて動いた。

「……くそう! 『吹き飛べ』」

ほんの僅かに遅れてルノさんの魔術が展開される。

マッハを越えた速度の手が制服の襟にひっかかり引っこ抜かれて、風の魔術によってさらに加速されて、僕は壁に激突する。

「イッタイナニゴトデショウカ。ゴシュジンサマ」

それでもふわりと着地するように壁を蹴り、アリムの口から出た無機質な言葉とは裏腹に何が起こったのかは理解している。

 天井から巨大な鮫が飛び出て来て、配合飼料が入っていた台車を丸飲みしていた。


 唐突だった。

人を一人丸呑みできるくらいの鮫が天井のコンクリートを突き破り、頑丈そうな台車を噛み砕き吐き出した。

そして尾ひれで地面を叩き、また天井へ戻る。

「今回の異形がもう来ちまったのかよ」

天井の梁の隙間にバットを突き刺し、そこからニックさんは降りてくる。

僕に続き、ニックさんも魔術で吹き飛ばされていた。

「くそう」

ガシャンガシャンと派手な音を立てながら……というか。

「む…………! 『吹き飛べ』 シャレにならん!」

ルノさんが魔術で飛んだ場所にあった廃材を未だに手足に引っ掛かったまま、また再び魔術で移動してきた。

「大丈夫か……って、オイ!」

続いてその廃材置き場の所を目指すかのように、天井から配合飼料が雪崩となって落下してきた。

そして、もう一つ確認できることがあった。

「オオクノゴシュジンサマガタガ、オクチヲオアケニナッテ、コチラニムカッテキテオリマス。ゴシュジンサマ」

 鮫が、配合飼料の波を泳ぎながらこっちに向かってきている。

大きな口を開けて。


「ありえねぇだろ!」

雪崩となって地面を覆う配合飼料をかき分け、通常ありえない速度で配合飼料がニックさんのバットから射出される。

一撃で鮫の体が抉れ、音速を超えた時に発生するとんでもない轟音と連射速度で追撃を続ける。

「『吹き飛べ』」

ルノさんが両腕に引っ掛かっていた廃材を、ロケットパンチするかの如く魔術で発射。

近くにいた一体に直撃。

先端がめり込み、明らかな重傷を負わせる。

「ゴユルリトオヤスミクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

アリム状態の僕が牛が舐める用と思しき岩塩の塊を、ジャイアントスイングの要領で投げつけた。

頭が砕ける酷い音が鳴り、その一匹は動きを止めた。

また数匹はいた、配合飼料の海に泳ぐ鮫は退散した。


「コレハイッタイ、ドノヨウナゴシュジンサマデショウカ。ゴシュジンサマ」

「牛用の飼料を泳ぐ魚が今回の異形かよ?」

「その前にこの量が全てこの動物用の食料か? 量が多すぎる。頭数は多いとは言え。それに無人というのはあり得るのか?」

「かなり無人化が進んでいるのかもしれねぇ。ここは俺らが知らねぇ世界だろうしよ」

「ウシゴトハイキサレタ、ボクジョウカモシレマセン。ゴシュジンサマ」

「それにしてもだ」

とルノさん。

「かくも保存がきくであろう食料の加工法が知りたい! いや、持ち帰りたい! 保存食ならば十分有用だ!」

……兵站兵站言って、自分から相当積極的に食糧確保に走る人だからな。

魔王様として以上に、この人の今までの人生における貧乏と苦労が垣間見れる。

「……話し戻すけどよ。確かに牧場だとしてもよ、なんで牛は無事なんだ? よく見りゃ、あちこち変にひしゃげていやがる」

よくよく見まわすと台車の他、柵や機械類が歯形を付けて壊れている。

鮫が出現してから時間が経っているようだ。

「食われて頭数が減っている途中か? いや、異形ならば私たちが来てから出現するのがいつもだ」

「んじゃ、このクソ魚は」

異形じゃない?

「デハ、コノゴシュジンサマハ、イッタイナンデゴザイマショウカ。ゴ」

ゴシュジンサマと続けようとしたアリムのいつもの口調が途切れた。

 下から鮫が大口を開けて僕たち三人を同時にそれぞれ、飲み込んだ。


 ……小柄で華奢な姿のアリム状態でいたのが悪かった。

鮫が噛みついても歯が刺さらなかった位アリム状態が頑丈だったのは幸いだけど。

喉から胃に送られ消化しようと圧迫され続け、胃液に浸される。

アイアンゴーレムに変化……あ、良くないな。

まあいい。

「オカラダノナカハ、ムボウビデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

鮫の胃の内壁に指を突き刺し、引き裂いていく。

とんでもなく大暴れする鮫。それでも深く指を無理矢理突き刺し、内壁を引き裂き続ける。

再び光が見える。

「ゴシュジンサマハ、モットヨイバショデオネクリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

 アリム状態の僕と一緒に、人骨が転がり出た。


フンフンフン。

牛がすぐ側にいた。

鮫の腹を裂いて出てきたけど、その時の痛みで鮫は暴れて牛がいる柵内に落っこちたみたいだ。

 それにしても天井上に配合飼料を貯蔵する構造の牛舎で、その点は理解できるけど、その飼料の中を鮫が泳ぐってどう言う話だ。

相当頭の悪い映画みたいな事になっている。

見回してもルノさんとニックさんはおらず、それぞれ別な牛舎に行ってしまったかもしれない。

 牛たちは集まってきて、鮫と人骨を見つめ、匂いを嗅いでいる。

……この牛たちを飼っていた人だろうからな。

骨だけになってもわかるのだろう。

 バキ

あ、踏んずけた!

うわ、骨が粉々だ。しかも集団で遠慮なく。所詮動物か。

 牛たちは僕の方にも来る。

…………ん?

その前に、この誰かの人骨を高い所に置いておきますね。

いずれもっと良い所に眠り付くべきですから。


 また天井から鮫が落ちてきた。

各所に配合飼料を下ろす構造になっているのだろう。それ用のパイプが破断し、鮫が大きな口を開け、落下してくる。

 それを角が付いた頭を振り上げる対空技で撃墜する牛。

もしかして単純に牛が鮫より強いのか。

でもって集団で牛たちが囲んで追撃……しようとしたところで鮫の腹が風船みたいにパンパンに膨れ上がった。

すると今度は腹から棒が突き出て、肉が弾ける酷い音が鳴り響いた。

飛び散った肉片から出てきたのは青い髪。

「流石に死んでもおかしくないぞ! ついとらん!」

牛たちもビビッて距離を取る。というか相当警戒している。

また無茶したな、この人。

鮫の中から風魔術を展開して破裂させるなんて、誰がやれるだろうか。

「ダイジョウブデゴザイマスカ、ゴシュジンサマ」

「ああ、ヒトシか。全く、咄嗟に屈んで丸呑みされたよ。この点は運よく丸呑みはされたが、その先が良くはなかった」

すると鮫の腹をルノさんは覗き込む。

「ヒトシ、しばし周囲の警戒に勤めてくれ。すぐ終わる」

飛び散った肉片からはガラクタが。そして人骨が。

「ショウイチタシマシタ。ゴシュジンサマ―――――――――――――――――――キャプテン・レッドが警戒する! ……そして冥福を祈る」

「見ず知らずの者共よ。天地の糧となり、いずれ善き物となれ」


ブモーーーーーーーーーー!

ブモーーーーーーーーーー!

ブモーーーーーーーーーー!

「と、時間がないな。この牛たちが何かに反応している」

「キャプテン・レッドが思うに! この牛たちはただ者ではないぞ! 耳を、心を傾けるべきだ!」

「あの彼女ならば容易だっただろうがね。まずニックの場所がわかればよいのだが」

牛たちの興奮がさらに強くなっていく。

人を食べた鮫に対してはほぼ無反応なのに。

大きな牛が子牛を後ろに下げ、一斉に角を振りかざす。

キャプテン・レッドの五感が察知してしまった。

「ダークシャドウだ!」

異形が来る。

禍禍しい渦巻く闇が、牛舎の中に出現する。

 僕とルノさん、あちこちから駆けつけてくる巨大な牛たちと避難を始める子牛たち。

その緊張を打ち破る。音が聞こえた。

鮫が、天井を突き破り落下してくる音だ。


 ブモッ! ウモォォォォォォ!

牛たちが不意を突かれ、大量の鮫が大口を開けて噛みついてきた!

一瞬見えただけでも……犠牲がいる。

「くそう! 『燃え尽きろ』」

「しまった! ダークシャドウに集中しすぎた!」

鮫が移動する時の音がここまで静寂を保っているなんて!

1キロ先の針が落ちる音を聞き取れるキャプテン・レッドの聴覚を僕が使い切れていないのか!

計算外過ぎる! ああ、頭のリソースが足りない! 混乱する! どうする?!

「ヒトシ! 君は異形を見ろ! 『燃え尽きろ』『燃え尽きろ』『燃え尽きろ』『吹き飛べ』!」

業火が牛舎に広がり、焦げる匂いが充満し、混乱に満たされる。

僕がキャプテン・レッドでいる限り冷静を保て。あのテレビの中みたいに。

禍禍しい闇は、さらに大きくなる。

でもそこからは何も出現しない。

「同士たちよ! 地面だ!」

地面に大きく、大きく、大きく、大きく、大きく人間の口みたいな異形が、広がった。


ヴモォォォォォォォ! ヴォォォオオオオオ!

ルノさんの炎と風にも関わらず、鮫は地面を飛び跳ね牛に襲い掛かる。

異形の存在を攻撃のチャンスとしか考えていない。

鮫に角を突き立てようとした一頭の牛が尾鰭で跳ねつけられて異形の、奈落より酷い口腔へ落下する。

「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

アリムの俊足が際どい所で間に合った。

ヴモ! と叫ぶ大きな数百キロある牛を支えるように、アリムである僕の体は異形の口の中に入ってしまいながら。

「ああ、くそう! ヒトシ!」

滑る口の中、わずかな凹凸に足を突き刺す様に引っ掛け、何とか耐える。

頑丈なアリムの体から煙が上がっている。焼け焦げるこの匂いは、異形の唾液の影響か。

横目で見ると、異形のベロがゆっくりと、動き出している……。

ルノさんも余裕がない……そうだ。

「ショウショウオマチクダサイマセ―――――――――――――――…………ォォォオオオォォォ…………」

アイアンゴーレムに変化。

アリムとの相当な体格差を利用して牛を外に押し出す、その後唾液で滑り落ちるのも計算の内だ。

「…………ォォォオオオォォォ・・………」

手足を限界まで広げて、このまま異形の口を塞ぐ。

 口を閉じようとしたり、舌を動かしたりするのは感じられるし、ロクな思考をしないだろう異形にも焦りが見え始めている。

これでしばらくは脅威がなくなる。

……脱出は完全にルノさん頼りだし、このまま異形が大人しくしている保証は一切ない。

あのルノさんだ。訳の分からない鮫程度ならすぐ……。

 あ、予想外だ。

真上の天井にヒビが入り始めた。


 次の行動に移る暇もなく、天井のヒビが大きくなり、崩落した。

天井からはまだ膨大に貯蔵されていた配合飼料と共に、今までの中でダントツでデカイ鮫が、口を開けて落下してくる。

 耐えれるか……異形の動きが瞬時に早くなる。

何かを仕掛けてくる気だ。くそ、耐えろ、耐え切れ。

 落下する鮫、すると体を捻っていた鮫が急に不自然なほどに直立の体勢になった。

首や尾鰭は動いているけど腹の中に棒を飲み込んだ様な感じだ。

……棒の長さは多分2メートルくらい。まさか。

その腹が裂けた。

「マジかよ!」

バットを握るニックさんが鮫の体を飛散させながら。

あのいつもの素人目にも物凄い言い体勢でのバットスイングし終わった、あのニックさんが。


…………。

アリムになろう。

「オネガイタシマス。ゴシュジンサマ」

「OK!」

ニックさんがバットを再び振るう。非衝撃ホームランだ。これで地上に戻る。

続いて鮫から飛び出したニックさん、配合飼料や巨大鮫に腹に残っていたガラクタを口内に押し込みつつ、異形の中をバットで殴打し続け、次の行動を阻害。

「…………ォォォオオオォォォ…………」

次に再びアイアンゴーレムになって、ニックさんに向かって手を伸ばす。

「よし……ってなんだ?」

するとあれだけあった配合飼料や巨大鮫が消滅していた。

喉奥の穴が、猛烈な風と共に、吸引を始めている。

いや、風を起こしていると言うより空気ごと全てを飲み込もうとしているんだ。

ルノさんの禁断魔術よりもはるかに強引に、強制的に。

「やべ……」

手が、届か……ない。

「『遥か飛べ』」

それを超える風が刹那に起こり、天井近くまで舞い上がったニックさんは、体操選手みたいに再び地面に降り立った。

「二人共、ひとついいかね? 『燃えろ』」

「熱! 仕方ねぇだろ! 下の状況がわからねぇんだしよ! 大体、クソ魚に食われてたしよ!」

いや、僕はアイアンゴーレムだから効かないけれど。そりゃ怒るか。

「ああ、ヒトシはその状態では効かないか。では『燃え尽きろ』そして『巻き上がれ』」

流石にそれはヤバいくらい効きますって!


 ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 牛たちが一斉に叫ぶ。これ以上ないくらい全力で、ここにいる全ての牛が大声を出す。

牛舎全体が揺れる程だ。

「あいつら怖がっているわけじゃねぇぞ。何かを企んでいるビッグリーガーと似たような感じがしやがる」

そう、それだ。牛たちに感じていたのは。

「その前に! 同士よ! 異形が動いてくるぞ!」

キャプテン・レッドの耳で辛うじて拾える形容しがたい音を微かに鳴らしながら、地面に文字通り口を開けた異形が二次元空間をスライドするかのように、こっちにくる。


 ンブモォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォオオオオオオオオオ!


 牛たちの声がかすれ始める程に鳴き続けている。

「確かに何か意図を感じるが……私の魔術では通訳できん。ヒトシ、あの者たちが呼ぶ方を偵察してきてくれ。ニック、こやつを足止めする。君はバットをいつでも振るえる様にしたまえ」

「おう……って、何をクソ野郎に打ち込むんだ」

「いや、私に降り注ぐだろう破片を打ち取ってほしいのだ。食えないだろう物と角度の魔術を用いる。『食い破れ』」

すると異形の口の中から雷が空に向かって昇ってきた!

ルノさんの世界の勇者が所属する役所に出てきた異形に使ったやつだ。

「また肉片まみれになるんじゃねぇかよ!」

で、その魔術を使うとルノさんの方に狙いを定めたかの如く毎回破片が降り注ぐとか、なんとか。

それはそうと、僕の仕事をやろう。牛たちが明らかに誘導している。

「タダイマオウカガイイタシマス。ゴシュジンサマガタ」


「『食い破れ』 くそう、効果が薄いか」

「このクソ野郎、その辺のモン食って回復してやがる。最初は野郎の飛んで来た肉片を放り込んでいたけどよ、食ったとたん傷が治ってやがんな。足止めはできてるけどよ、他の方法を試さねぇと」

「『食い破れ』 しかし試しにまともに雷を落としたが食われてしまった。こやつが食えない物を食わす? 何がある?」

「それはそうと、なんでルノの方にここまで肉片と血飛沫が雨あられで降ってきやがんだよ! コントロールできねぇのかよ!」

「できたら苦労せん! 全くついとらん!」

「これもう、そういう問題じゃねぇよ!」

「ゴシュジンサマヲゴユウドウクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

「ヒトシ! 向こうに何かあるのかな? その前に」

ンメー。ンヴェェェェ。

「牛じゃねぇか。産まれたばっかの」

「ゴシュジンサマガタカラオユルシヲイタダキ、オツレシマシタ。ゴシュジンサマ」

「それで、どうするのかな?」

 動き出す。微かだった形容しがたい音が、アリム状態でも確認できた。

「早え! 急に動き出してきやがった! って、その子牛は囮かよ!」」

「ヒトシ、その子はしっかり確保を!」

「ショウチイタシテオリマス。ゴシュジンサマ」

「『吹き飛べ』」


ウェエェェェェェェェェェェェェェェェェェ……。


牛たちの声が本格的に枯れ始めている中、僕たちは風に乗って高速移動する。

地面に近いと異形の影響があるかもしれないため、天井近くを移動中だ。

ルノさんの魔術が足止めにはかなり有効だったのか、あれほど動かなかった異形が奇怪な音を隠しもせずに地面を移動する。

抱えている子牛は最初は暴れていたけれど、今は役割を理解しているのか周囲を見回す程度でじっとしている。

 ンベ、と一匹の大きな牛が目立つところで声を出しつつ、顔をしゃくる。

その方向は柵の向こう。

さっき僕が確認した場所。

「……って、これだけ牛がいるんならそうなりやがるよな……」

「これは……、堆肥か! それも広大な土地を埋め尽くす、糞尿の海か!」

正確には発酵させる前の糞尿を落として保存している、広大な肥溜め。

その上空を魔術で飛行している。

その手前で異形はこの光景に気付き、動きを止めた。

牛たちは事前の打ち合わせがあったのか、手早く軍隊並みの統率で適度な距離を取って後ろ向きに集合。

狙いをすまし、一斉にくしゃみをした。

牛の後ろの発射口より噴出する、アレ。

アレって?

大便だよ!


「牛は何故かくしゃみをすると便を砲弾の如く発射する。私も幼いころ運悪く何回も食らった。というか私だけピンポイントで命中し続けた」

「ゴフウンニモホドガゴザイマス。ゴシュジンサマ。ソシテ、アチラハオクルシミニナラレテオリマス。ゴシュジンサマ」

排泄物は拒否する知性もしくは構造的なものがあるんだな。

すると一頭が角に赤い容器を引っ掛け持ってきた。

それを投げ込む。

「む? ……『燃えろ』」

ガソリンだ。どこからあんなものを。

更に余裕をなくす異形。

今度は、数頭の牛が頭で押しつつ、いつ仕留めたのかわからない鮫の腐乱した死骸を持ってきた。

で、当然の様に異形に入れる。

 ただでさえ鮫肉の中にあるアンモニアと腐敗臭が入り混じった極悪な物が、排泄物を拒否する異形に入れられる。

「ルノが魔術使っての足止めより確実なダメージがありやがんな」

 すると異形の色彩が変わる。

いつもの断末魔だ。

吐き気を催すような色彩が高速で移り変わり続ける。

そして、地面にへばりついていた口が3D空間に立ち上がる。

 大きな口を開けて。お前たちを喰うぞ、と言いたげに。

「なあ、オイ」

睨みつける牛たち。

その前にいる、バッテイングフォームに入っているニックさん。

「おめぇはもう、何にも怖くねぇ」

 異形が爆散しそれとと共に形容しがたい音が、僕たちと牛たちだけがいる牧場に鳴り響いた。


「精々、ここで肥料になっていやがれ」

ニックさんがトドメを刺すために、その辺に転がっている鉄パイプやスクラップを堆肥の中に爆散した異形の死体に向かって打ち込んでいる。

念のため異形がいた地面もついでに抉って放り込んでおいた。

キャプテン・レッドで注意深く確認したし、破片が残っているとかはなさそうだ。

 周囲を確認して気づいたのは、敷地内にある異常なほどに大仰な石碑が重機によって倒されていた事。

もしこの世界が頭の悪いB級映画みたいな世界だとすると、あれを倒してしまったから配合飼料の中を泳ぐ鮫なんてものが出て来てしまったのだろう。

堆肥の海を泳ぐ鮫の方が魚としてはまだ正解な気がしてならないけど。

大体、なんで牛がここまで知能が高いのに牧場で飼われていたんだか。

鮫VS牛みたいな脈絡のないヤケクソで台本を書き上げた頭空っぽじゃないと見れない映画の舞台だったのか。

 この世界の文字がわからないし、働いていた人間はもういない。

それに僕たちはまた別な世界に転移しないといけない、ただの部外者だ。


 ウヴェー。ンメー。


 小さい口が僕の袖口を引っ張る。

あ、さっき囮にしてしまった子牛だ。

挨拶に来てくれたのか。

見ると大きな牛たちが柵を角に引っ掛け、持ち上げて破壊していた。

……いつでも脱出できたんだな。

牧場はそこまで居心地がよかったのか。

でも鮫と異形と僕たちが暴れに暴れて、牛たちはこのままでは生活は難しいのは確かだ。

餌もこのままだと補充されないだろうし。

子牛の頭を撫でると、気持ちよさそうな顔をして、すぐに大きな牛たちの後をついていった。

素の状態の僕でも遠目に街が見えた。

取り合えずそこに向かうのかな。

もし同じような牧場があって、十分な空きがあればまた同じような生活ができるのかもしれないし、一時的にどこかの空き地にでも住んでもらって、この牧場を補修するという流れになるのかもしれない。

まあ、不安はあるけど僕たちが知る話ではないのだろう。

「準備は済んだよ。何かの縁だ手伝い給え。君らも一礼はすると良いだろう」

「あ、はい」

「おう、今行く」

ルノさんの国での簡易な葬儀を鮫の中から出てきた人骨に行った。

戦地での方法になるらしい。

この人の立場なのだろう、手慣れた様子ではあった。

無神論そうなニックさんも、思う所はあるのだろう。静かに冥福を祈っている。

もう少し早くこの世界に来れたら、この人たちも助かったかもしれないな。

「“愚者は昨日を思い煩い、明日に焦り、枯れるもの成り。賢者は昨日を思い煩う事なく、明日を焦る事なく、輝きたる”

ディアスの言葉だ。立ち寄っただけの者にどうこうできるものではないよ」

「ボールを見逃してもやり直せねぇしな。まあ、剣を倒そうぜ。……あの牛の大群を追いかけるハメにならねぇよな」

「……次の瞬間について過度に焦る物ではないよ。倒してから考えるべきだ」

「だな……ほらよ」

すると剣は、牛たちが向かった方向と真逆に倒れた。

「すると…………――――――――――――――――――――――キャプテン・レッドが確認する! ……これは! あの石碑! あの石碑から何か……!」

 地面が蠢く。無人の牛舎が揺れる。未だ満ちている配合飼料が天井こぼれ溢れてくる。

大きな口が現れてくる。

鮫だ。

山の様に大きな、大きな人食い鮫だ。

「この野郎を仕留めろってのか!」

「くそう! まだ終わらんか!」

まだ、このB級の世界にはもうしばらくいる事になりそうだ。



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