五話 デストロイヤー・トビー
トビーは喜んだ。
(目の前に新しいおもちゃがある!)
3歳になったばかりのトビーはお留守番。
一人で待っているのも飽きて、退屈していたのだ。
きっとパパかママが買ってきてくれたんだ、そうトビーは思った。
一つは髪の青い人形で。
「子供? ……巨人だというのか?」
一つは黒人の野球選手で。
「あーゆーガキは、ヤバイぞ」
一つは見た事のない赤黒のヒーローだった。
「同士よ! 注意しろ! あの者は危険だ!!」
片手で握れる位のおもちゃだ。
(よし、早速遊ぼう!)
トビーは愛用のハンマーを持った。
いつものように思いっきり振り下ろす!
「次から次へ、予想外ばかりだ! まさかあの子供が勇者だとは言わんよな?!」
「剣を倒してないからわからねぇ! 少し注意をそらしてくれねぇか!」
「同士ニックよ! 了解した! しかし、あれらを見るのだ! 状況は悪い!」
「やっぱ、マズイじゃねぇかよ! あのクソガキ!」
トビーは驚く。
(勝手に動き回るなんて!)
(何か囁いて会話している様だし!)
でも、トビーはデストロイヤーなのだ。
あらゆるおもちゃはいたずらしなくてはならない。
壊して傷つけて、征服する、王様なのである。
床に散らばったロボットの欠片。隅っこで黙ったしゃべる金髪の人形。
ひしゃげた車の部品。
どんなに立派な丈夫な物でもトビーの手にかかれば、壊すのは簡単だ。
赤黒のヒーローが出てきた。
(ぼくを悪者だと言いたいのかな?)
(違うよ! 僕は王様さ!)
「君! これ以上の無法はこのキャプテン・レッドが――――――……ォォォオオオオォォォ……」
ガチン
手から火花が出るような感覚。
トビーのハンマーは赤黒のヒーローではなく、鉄の塊に当たっていた。
(え、一体何?)
その鉄の塊は、怖い顔でこっちを覗き込んでいる。
「『吹き付けろ』」
今度は頭に冷たい物。
(水だ!)
(なんで? シャワーなんかここにはないのに!)
「おい、二人とも。悪いニュースだ。勇者候補は、そのクソガキだ! 何回剣を倒しても、ガキの方に倒れやがる!」
「くそう。動きを封じる必要があるな」
「ゴチュウイクダサイマセ、ゴシュジンサマ。アチラノゴシュジンサマガ、メヲツリアゲテオリマス」
トビーは怒った。
(ぼくを怒らしたな。鉄の塊になるなんて反則だ)
(部屋の中で雨を降らせたのも、お前らのせいだな)
(絶対絶対壊してやる)
トビーは箱を手にした。
大きなおもちゃ箱だ。
それをひっくり返した。
そして何回も何回も同じようないくつもある大きなおもちゃ箱を手に取り、その中身をぶちまける。
中身はトビーのおもちゃだ。
硬くて重い、トビーが壊し続けたおもちゃの破片が、3人に降り注いだ。
部屋中、おもちゃの残骸でいっぱいになった。
トビーは間違いなくママに叱られるだろう。
でも、トビーのプライドがおもちゃを自由にできない事に、我慢できなかった。
トビーは勝ち誇る。
そして壊れただろうあの生意気なおもちゃをさらに壊そうとハンマーを手にした時だった。
おもちゃの残骸が、噴火したかのように吹き上がった。
青い髪の女が、その髪を血で赤く染め、出てきた。
「全く。私は相も変わらずついておらん」
その顔はトビーが最も恐れる、本気で怒った時のママの顔より怖かった。
また、こう思う。
(血が、出ている。あれは、おもちゃなんかじゃない!!)
(でも一体なんなの?!!)
「『燃え上がれ』」
何かを呟いた。
その瞬間、トビーの服が燃え出した。
(うわああああああ!)
「『吹き飛べ』」
今度は風が起こって火が消えた。
けれど、天井の高さにまで浮き上がる。
助けて、と思う間もなく。
床にうつ伏せで落ちている。
「『沈め』」
動けない。なんとか顔を横に向ける。
小さい、血に赤く染まる青い髪の女が、トビーの目の前にいる。
トビーにもわかる言葉でしゃべっている。
「善政の魔王という二つ名は、罪に対する罰を正しく下すから、という意味もあるのだよ」
魔王? 罰?
「『死ね』」
「やりすぎじゃね?」
「気持ちはわかります。てか、ルノさんがいるところに集中しておもちゃの残骸が降ってきましたね」
「私は毎度毎度ついとらん。風で残骸を飛ばしたから頭を少し切る程度で済んだが。こやつは、少々ひきつけになる程度に脅かしたがね。一瞬暗闇が目の前を覆い、耳が聞こえなくなるくらいだ」
トビーに3人の会話が聞こえる。
泣きじゃくるトビー。
(自分はおもちゃに酷いことをしてきた、だからあの3人はぼくを叱りに来たんだ)
(ああ、よくわかったよ)
(もうしない。これからは絶対大切にする)
「今のうちに、剣を抜けるかだな」
「じゃアイアンゴーレムになって指を持ちます。いきなり動くかもしれませんし――――――……ォォォオオオォォォ……」
黒人の野球選手と鉄の塊がトビーの指先をいじくっている。
(剣? 変なデザインの剣をぼくの指を使って抜こうとしているみたいだ)
(抜けない)
(何をしているんだろう?)
「抜けねぇな」
「……ォォォオオオオォォォ……――――――ですね」
「やはり、こいつではないか」
トビーの目に、この3人とは違う見慣れない物が映った。
床に寝ているトビーの近く。手を伸ばせば届く範囲。
黒い影のような物が集まっている。
それは高く、トビーのパパの背丈ほど。
(なんだろう?)
いつも間にか、それは金色の塔になった。
体が動く。
手を伸ばした時だった。
「触んな!」
トビーの指が跳ね上がる。
そして体までも少し浮いて、距離をそこから取る。
黒人の野球選手がバットを振ったから飛ばされたようだった。
金色だった塔が気持ち悪い色に変わっていた。
おなかがムカムカするような緑、青、赤が一階からてっぺんまで繰り返して色がついている。
すると人間の口の様な物が出てきて何かを勢いよく吐き出した!
トビーに向かってくる! 危ない!
「軽い球でしかねぇ」
黒人の野球選手が何かを打ち返した。
それは弾丸の様で、塔に刺さっていた。
(守ってくれたんだ)
(こんなに酷いことをしたぼくを)
「『巻き上がれ』」
「……ォォォオオオオォォォ……」
風が起こって散らばったおもちゃの残骸が塔を覆うように巻き上がる。
鉄の塊が、塔の一階を殴りつけている。
どうしてこんな物がいきなり出てきたのかわからない。
(わかるのは、この3人が戦っている事)
(ぼくを叱りにきた、3人が)
(ぼくはたった今からおもちゃの味方だ)
(あの3人はおもちゃじゃなくても、きっとおもちゃの味方だ)
(あれは敵だ)
トビーは思いっきりハンマーで塔を殴りつけた。
「あのガキ、腰入ったいいスイングしやがった」
塔にハンマーが深くめり込んだ。
気持ち悪い色の塔が、一転真っ青に変わった。
(どうだ! おもちゃの味方をなめるなよ!)
「下がれ! 『吹き飛べ』」
「やべぇ!」
またトビーの体が吹き飛んだ。
(野球選手がやった? 青い髪の女も?)
それを考える暇はなかった。
塔が真っ赤になって、大回転していた。
(ああ、ぼくのせいだ)
「毎回体力なくなってくると大暴れするな!」
「手ぇつけられねぇ! 回転しながら動いてきやがる!」
「バットデ、タカクウチアゲテクダサイマセ、ゴシュジンサマ」
野球選手がどこから現れたのか、メイドの女をバットに乗せて、打ち上げた。
するとメイドはさっき見た鉄の塊になって、塔の真上に落ちる。
塔は大きく歪むが、まだ暴れる。
トビーは動く。
最終兵器だ。
これを使ったら最後、パパとママからとんでもないお仕置きを受ける。
でも今、トビーの命もあの3人も危ない。
何より、こんな物が外に出たらと考えると、トビーのお仕置きなんて軽いものだ。
トビーは部屋から出て、パパの部屋に飾っている絵の裏から取ってくる。
そして再び部屋に戻ると。
「マジか!」
「いや、私が知っている物と形状は違うが……」
「……ォォォオオオオォォォ……!?」
発砲した。
パパが隠したピストル。
それは塔に命中。
塔は急速に干からび、崩れ落ちた。
「やれやれ。礼を言わねばな」
「クソガキに助けられちまったな」
「……ォォォオオオォォォ……――――――助かったよ。ありがとう」
「ありがとう」
3人の声がトビーの耳に入った。
するとトビーの目の前で3人は落ちるかのように消えた。
(あの3人はおもちゃ国からやってきた妖精だったかもしれない。僕を叱りに来たんだ)
(それとあの化け物は悪魔だ。ぼくを殺しに来たんだ。3人はぼくを守ってくれたんだ)
そうトビーは考えた。
(また会えたら、お礼をしよう)
とも。
トビーのパパとママが帰って来るなり、とんでもない惨状に驚く。
3才のトビーの説明は夢混じりにしか思えない事ばかりだった。
しかし、トビーが「気持ち悪い色の塔」だったという「トビーが発砲して仕留めた」奇妙極まりない残骸が残されていた。
正体が誰にも分らず、しばらく騒動が終わらなかった。




