四十二話 偶像と勇者
ついてなかった日、幸運が訪れた。
「ついとらん!!」
いきなりそんな女の声が聞こえたと思ったら、近くの煙を噴き上げている煙突に爆発音が鳴り響いて崩壊した。
すると剣が落っこちてきた。
煤で汚れた、見た事のない素材で二つとなさそうな派手な外見。
これは金になりそうだ!!
「へへっ。なんでも手元から離した方が悪いって事よ!」
再開したばかりの盗賊稼業、幸先が
「おい!!!!!!! 動くんじゃねぇえええ!!」
するととんでもない大声が街を沈黙させた。
あまりのとんでもない大音響で、オイラの耳が回復するのに時間が少しかかった。
それでも他の人間よりだいぶ回復は早かったようで、街の喧騒はシーンと押し黙ったまま、聞こえるのは意思なくリズミカルに刻み続けるピストンや排水が流れる音くらいだ。
あと変わらないのは立ち昇る蒸気と煙、あとは死んだように街が鎮まり返っている。
一体何が?
あの音、あれは本当に誰かの声でいいのか?
もしそうなら……、戻らないといけない。それも全力で。
じゃないならこの剣を金にするのは諦めて、あの場所に持っていくか、だ。
「ん?」
風を感じる。
……不意に空に立ち昇り続けている煙と蒸気が渦を巻き始めた。
それもそれぞれ個々に渦を巻いたんじゃない。
上空に発生した大竜巻に、空に立ち昇る物全てが飲み込まれていく。
この竜巻、煙や蒸気を避けて何かを探すために誰かが起こした?
来てしまったんだ。
もしかしたら、この剣を狙って。
二択。
1.速やかにこの剣を置いて逃げる。死んだら元も子もないじゃん。
2.盗賊が獲物を逃がすはずがない。プライドを見せろ。
「なあ、もう何もないんだろ」
2だ。
蒸気と煙が昇り続け、汚い水が流れるオイラが産まれた湿った街に似ているここなら、逃げ切れる。
何処がどうなっているのか見当がつく。
何より偶像がどこにいるのかわかっている、運の良さもオイラにはついている。
戻るより、偶像の方が早い。
その上、逃げるのが得意な盗賊だ。
視野は誰よりも広い……………………………………………………………………………………何か見ちゃいけない物が見えた。
晴れた空に、広い視野と遠目が効く目で。
さっき壊れた煙突の隣、見た事のない煤で汚れた白地に読めない何かの文字を緑で書いた服の黒い肌の男。
その男の体が一瞬で膨れ上がる。空気を思いっきり吸い込んだと思われるその男は服がはち切れんばかりに不自然なまでに上半身が肥大化した。
「おめぇかああああああああああ!!!!!!!!!」
その声にオイラの体は宙に浮いた。
圧縮空気を入れた巨大なボンベを使ってもあんな音は出せっこない。なのにそれを自前の肺でやってのけたのか。
明らかに人間じゃない。
しかもオイラがこの剣を持っているのに気づかれた!
男の傍らに小さな女の子らしき人影も見えた。
ヤバイ。確認しつつ逃げろ。
男の差し出す棒に、その女の子はちょこんと飛び乗る。
……まさか。
全力で逃げろ。
偶像は幸い、この近くにいるんだ。
トス。
頭上から音がした。
トストストス。
それは高い煙突に何か軽い物がぶつかって、一気に
トストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストストス。
降りてくる音だ。
「オカエシクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
それは女の子だった。背はかなり低い。
「だった」ってつけたのは瞬時にその判断を止めたから。
こいつは、こいつも人間じゃない!
「ソノケンハ、ゴシュジンサマガヒツヨウトナサッテオリマス。ゴシュジンサマ。オカエシクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
張り付いた笑顔のまま、盗賊のオイラに反応もさせず接近する。
速い。速過ぎる。
盗賊風情じゃ対処できない。
もう手が届く範囲だ。
奥の手だ。
「魔法:リキッド」
オイラの体は液体に変化する。
体に触れている服や小物も。もちろん、この剣も。
「ナントイウコトデゴザイマショウカ。ゴシュジンサマ」
女の子みたいなバケモノはすかかさずオイラが液体になって消えた地面を素手で、掘削機並みの速度で地面を掘る、というより破壊していく。
水にハンマーで殴ってもすぐ元に戻る。物理的な攻撃じゃ効果はない。
ただ液体になった体や物の制御は大変で移動は制限される。
排水用の側溝がそばにある。そこに液体になった全てを流し込めば逃げ切れるだろう。
この状態で川とかに入ったらグチャグチャに体と物と川の水が混ざり合いかねないから避けたかったけど、仕方ない。
これで逃げ切
「あの野郎、なんだ体を剣ごと水になりやがったのか? ヒトシ、一気に染み込んだ土を上に全部一気に上げるぞ!
そっちのタイミングに合わせる!」
「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ―――――――――――――――――――――――…………ォォォオオオォォォ…………」
……液体になっても音は聞こえるし、調整次第で物は見える。
何で女の子みたいな奴が、一瞬で巨大な石像? 鉄の像? みたいな姿になってやがんだよ!
偶像だ、なんとかして偶像の元にたどり着かないといけない。
この剣を渡せば、動いてくれるはずだ。
「…………ォォォオオオォォォ…………」
巨大な像が両手を開き構える。
それを地面に突き立てた。
「シャァ!」
大柄の男が同時に手に持っている棍棒を地面を抉る感じで振り下ろす。
くそ、側溝まであと少しだったのに!
魔法で液体になったオイラと剣を地面ごと掘り返して、空中に放り投げた。
「『巻き上がれ』」
若い女が新たに来た。
またしても突如発生した竜巻に、抉った地面とオイラは翻弄される。
この状況でいるのは三人。少数精鋭で来たのか。
この剣を使って何をする気なのか、わからない。
ただ、偶像は近い。
「全く信じがたい魔術を使ってきたな」
若い女が言う。これ以上ないほど青い女でもあった。
髪に服、瞳まで青い。いや、瞳は紺に近いか。ただ、物凄く煤で汚れている。
もしかして、煙突の中に落ちたのがこいつ?
つまり煙突に落ちて、急いて脱出した結果剣を落としたのか。
「自らと身に着けた物を水に変化させるのかな? 問題なく元に戻れるのが前提だと思うが、混ざらずにどうやっているのか見当もつかん。興味深いが、それを問う暇はないのでね」
……風に翻弄されながらでも頭を全力で回せ。
この街が丸ごと終わるかもしれないんだ。
まず、これだけの土砂を風で一か所に浮かせるだけの竜巻を起こすだけの魔法使いだ。
ただじゃ逃げきれない。
だが、その言葉から推測するに風、水、火、土の元素を操る極めて古典的な魔法使いで、邪道には詳しくないみたいだ。
徹底して古典を学ばせた世間知らずの秘蔵っ子って感じか?
それを補うために、物理アタッカーの棍棒使いと偵察用の女の子姿にも壁役の巨像にもなれる変化系の魔法使いがついているという事か。
「君が持っているだろう剣は私たちに必要でね。何としてでも返してもらいたい。ただ剣までも水に変化しているのか。
金で済むのならば、支払おう。この世界の通貨は持っておらんが、“財貨”謹製の金貨をもって支払う。質は私の世界で最も高純度だ。どうかな?」
確かに竜巻の中でも十分確認できるほど、質のいい金貨だ。
あとわかったのは、このオイラの魔法を強制的に解く手段を持っていない事。
さらに急激な変化ができるという事も、全く想定していない。
さて、ちょっと声を出せるようにするか。
「金は欲しいけどな、お嬢さん、あばよ。魔法:ガス」
液体から気体に変化したオイラと剣。
竜巻の遠心力に乗って、上空へ逃げる。
驚くお嬢ちゃんに棍棒使いに巨像が見え……なんだあの赤い男……?
まあいいや。
盗賊を舐めたのが失敗だったな。
それはそうと。さて、大変だ。
逃げるのに特化した奥の手中の奥の手だ。
体が諸々と混ざらないように制御するのがさらに大変だし、突風が吹いたらどこまでも飛んで行ってしまいかねない。
液体化なら錠前破りや潜入にも使えるけど、これは物理攻撃が液体化以上に効かなくなる反面その辺と混ざるリスクを考えると非常時のトンズラ専用技だ。
よし、この辺りだ。
「魔法:ソリッド」
固体化、つまり元に戻って、大きな工場に降り立つ。
計算通り、偶像はこの下だ。
この剣を献上すれば、大丈夫だろう。
偶像の近くにはまだまともに動けていない人が大勢いる。
どれだけの声が響いたのか。あの棍棒使いも特異な魔法を使えたのかもしれないな。
「キャプテン・レッドが確認した! いたぞ! そして来るぞ!」
遠くにいる赤い男に見つかったか。
まずい急ぐか……え?
工場の設備がドクドクと不自然な鼓動を打っている?
ぞく
続いて感じた、今までの冒険でも感じた悪寒。
「剣を持ちし我が同士よ! そのまま剣を持ち続けるのだ!」
「いいから剣を離すんじゃねぇぞ! ルノ! 人が多い! 何とかなるか?」
「任せたまえ。『吹き飛べ』」
偶像の近くで行動不能になっていた人々は一気に掃除機に吸い込まれるかのように、風に流されていく。
オイラの体は突風に飛ばされ、あの三人の元に下ろされた。
この三人から今は敵意を感じない。
警戒しているのはオイラがいたあの工場だ。
そしてオイラが悪寒を感じ続けるのも。
「あそこに人はいねぇよな?!」
「キャプテン・レッドが聞くに! 中からは何のダークシャドウ以外の音は確認できない! おそらく無人! 朽ちている様子からもその可能性が高い!」
棍棒使いからの問いに、赤い男が返す。
……もしかして変身魔法使いのもう一つの姿か?
「そうだよ。あれは廃工場だ。あと、この剣をあの偶像に捧げないと」
「あの剣を掲げている人物像の事かな? 何故にかのような事をする? その前に、ここはそこまで栄えている場所でもないぞ。そんなところに新しそうな像がある?」
最初はこの三人と偶像をぶつけるつもりだった。
今はただ同じ脅威に身構えている。
だからこそ、偶像に動いてもらわないといけない。
工場が変形し始める。
工場のいくつかの場所が、鼓動を打ち始めた。
そこから工場の姿が変わるのは一瞬だった。
鼓動を打っている部位は肉色に変わっていき、その他はその姿を奇妙に駆動していく。
素人目にも無意味な歯車が次々に嚙み合い、その歯は明らかに人間や動物の歯になっていく。
鼓動を打つ肉色は明白に心臓を模り、そこからは神経みたいな糸が方々に広がっていく。
生き物の歯が嚙み合う歯車は痛そうな声を挙げながら腐れた肉の匂いを漂わせ血を流していく……。
何だよこれ……何だよこれ!
「生き物が無意味な改造がされた、ただの悪趣味じゃんか! どいつだ! こんなことやった魔族はどいつだ! オイラもこんなの見た事がない!
なあ、そいつを知っているんだろ! 同じ魔族なんだから! 魔法を使う、それも高位の魔族なんだから!!」
「俺らはちげぇ。魔族はルノだけだ。あとルノも俺らもこんな腐れたモン作った奴は知らねぇよ。毎回戦う異形については何も知らねぇんだ」
「私は魔王だ。魔族の王だ。だがね、別な世界の十大魔王の一角でしかない。できるのは」
三人は足を進める。
「こやつを仕留める事だけだ」
「オラァ!」
棍棒使いが地面を強烈に何度も打ち下ろす。
悪趣味な機械が動きを遅くなり始める。
振動か衝撃を送り込んでいるのか。
「同士ルノ! 正義の鉄槌を降そうではないか! レッドジャンプ!――――――――――――ゴシュジンサマノモトニオオクリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
「よし。『吹き飛べ』」
赤い男は高く跳び上がり、小柄な女の子の姿になって、機械の上に飛んでいく。
そして。
「…………ォォォオオオオォォォ…………」
自分自身を巨大な異物として上空から歯車に突っ込んでいく。
幾つもの歯を折り、心臓を踏み潰す。
「肉ならば燃えるだろう。『燃え尽きろ』」
そうしてできた隙間に火炎を放った。
今、俺らはちげえ、って言った?
ここまで人を気絶させる大声を出したり、姿を自由に変えたりする奴が魔法を使えないはずの人間だって?
でもってあの真っ青なお嬢が、何? 魔王? で、別な世界の?
何言っているんだ?
でも、今はあのバケモノを止めるのが先決だ。
偶像はまだ偶像をやっている。
さっき風に流した人たちがいたのなら、動いただろう。
今は誰もお願いしてないし、何より献上もしていないなら、このまま偶像を続ける気か。
噂以上に癖があるな。
なあ、お嬢にその御付きの自称人間の二人、この剣を貰うぞ。
オイラの私利私欲に使わないから許してくれよな。
この状況の助っ人を呼ぶんだから。
「魔法:リキッド」
オイラは再び液体になる。
「クソが!」
棍棒使いがあの機械を睨みつけている。
地面を叩く振動と衝撃は凄まじいが、あの機械が動き出している……いや広がっているんだ。廃工場が異常な構造に変わっていくのを止められていない。
「これでどうだ?!」
続いて地面を棍棒で抉って物凄い勢いで機械に打ち込んでいく。
……オイラにこれをやらなかったのは誰かを殺す気はなかったと言う事か。
それでも機械は破壊されても動き、周囲を侵食する。
あの巨像は腕を振り回し、体重を持って破壊し続けるも効果を見いだせていない。
青いお嬢は炎を次々に繰り出しているも、同じだ。決め手にならない。
ドオオオン!
うわ、雷を落とした。それも相当な威力の。あのお嬢、凄え。
それでも、機械は周囲を巻き込んでいく。
多分、この廃工場がこの異形と三人が呼んだ存在にとって絶好の場所だったんだ。
こんな自らの体の一部になる鉄が大量にある場所は。
てことは急がないといけないんだ。この街は工場だらけだ。この異形がどこまでも広がっていく。
その内、間違いなく勇者でも手に負えないレベルになる。
こんな修羅場でも偶像は偶像をやっていた。
傷つきながら、偶像は偶像だ。
「魔法:ソリッド」
オイラは、異形の機械が暴れる前で元の姿に戻る危険を冒しながら、剣を差し出す。
「勇者様、お願いです。この剣を献上いたします。どうか、どうか、お助け下さい」
「クソったれ! 手ごたえがねぇ!! ルノ、俺も突っ込んでいくか?」
「危険だ! 大体あやつが次何をしてくるかわからん! ヒトシのゴーレムだからあそこにいれる!」
「んじゃ、どうすりゃいい?!」
「くそう。私が熱線を出してもここまでの質量だと効果が薄い。 闇を広げるにしてもあ奴が大きく、かつ広い場所にいる! ……禁断を使うか」
「うやまえ」
石造に見えた偶像が、赤髪の男になっていく。偶像の元の姿に戻っていく。
「む?」
「お前、誰だ?」
「偶像剣!!!!!!!!!!!」
勇者だ。
願いによって、献上した剣を受け取って、“偶像の勇者”が動き出す。
台座の上にいた人物像。
それこそがこの世界に数人だけいる勇者の一人で最も癖が強く、何処までもナルシストで、
かつ訳が分からない。それでいて、間違いなく強い。
大体、街に行くたびに適当な台座の上で、剣を掲げた状態で偶像として自らを石化させるのが趣味なんて、イカれているとしか言いようがない。
その事を知っていないのなら、誰もこの勇者に依頼も献上も何もしないだろう。
そんな偶像の勇者の最も得意とする攻撃が、これだ。
「偶像剣!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その叫びと同時に、ポーズを決めた勇者の姿が作り出されていく。
さっきの偶像と同じ剣を高々と掲げたポーズを偶像の勇者は取り、同じポーズの巨大な偶像が瞬時に作り上げられた。
それを異形の姿に不気味に変形された工場を元にして。
その偶像のポーズをもって異形に剣を突き刺す。
「マジか! 異形を自分の像に変えちまった!」
「信じられん! 物を刹那に変形させる魔術か! 素晴らしい!」
「どうだね? この偶像の御姿を彫像する魔法は! この世界一の偶像にこそふさわしいと思わないかね? マドワゼルにムッシュー」
……噂通り一人称が偶像なのか。
「…………ォォォオオオオォォォ…………―――――――――――――――――――――同士よ! 聞こえるか!」
あの赤い男になったり少女になったりする巨像が、今作った偶像から這い出てきた。
巻き込まれたんだな。
「同士よ! 油断するな! この異形はまだ侵食を止めていない! それに! 断末魔をまだ上げていないぞ!」
断末魔?
「この偶像から這い出てくるという極上体験はいかがかな、ムッシュー。そして! ご所望ならば開くとしようじゃないか、偶像フェスティバル!」
勇者は次々にポーズを決めていく。
そのポーズを取る度にこの勇者の偶像が一瞬で、連続で、作り上げられていく!
これでもか、これでもか、これでもか、というほど過剰なナルシストを勇者は発揮し続け、あの異形と言われていた、廃工場を元にした醜悪極まる存在を消してしまった。
あるのは偶像の勇者の、行き過ぎた自己愛が詰まった無数と言える勇者の偶像たちだけだった。
「フィニッシュ。 偶像剣!!!!!」
そしてお気に入りと思しき、剣を高く掲げたポーズを決め、同じ格好の偶像を打ち立てた。
この勇者、聞いていたのより、凄いじゃないか。
と言うより、この場所のこのタイミングでいてくれたのが絶好すぎる。
明らかに高位の魔族だろうお嬢とその付き人がどう攻撃しても効果がイマイチだった、異形の化物を圧倒してしまった。
あの異形の侵食よりも自らの像を作るのが早いだなんて、相性が良すぎだ。
それじゃ。あとはどうするか。
もうこのお嬢たちと戦うという雰囲気じゃないし。
「『巻き上がれ』」
するとまた風を感じた。
「なんてことだ」
勇者の困惑の声。
「偶像剣! この偶像にらしからぬ事をしてしまった!」
またしても作られた勇者の偶像の突き出された剣に引っ掛かり、オイラと勇者本人はお嬢たちのいる場所まで移動。
一体何があったのかと見れば、オイラを引っ掛けた像が、融解しかけていた。
あの大量の偶像は、すでに溶け落ち、新たな醜悪と邪悪を生み出す工場へ、生まれ変わっていた。
アンデッドを見た事がある。
遠目には生きている生物と変わらないが少しでも近づけば明らかに全てが違う存在だと思い知らされる。
回復薬をかければ朽ち、自ら吐き出す毒液で癒される。
そのような状態に、あの無数の偶像は移り変わっていた。
わずか、一瞬で。
明らかに猛毒のガスを、さっきまで口や目などの穴だった場所から延々と噴き出す、煙突に成り下がっていた。
「この偶像による偶像剣でもう一度偶像を作り続けるのも一つだが、同じことになってしまいかねない!
必要なのは一撃で破壊する事だとこの偶像は思う! 協力してくれないか!?」
「あの勇者さん」
黒い服の少年がいた。
何処から湧いたかわからない。
お嬢と棍棒使いは、物凄い勢いでそこら辺の建物を壊したり廃材を重ねたりしている。
あの少年の言葉を聞いた途端、困惑していた勇者の眼に子供の様な輝きを湛え始めているのが激しく気になる。
上空には竜巻がエグイ速度で回り、その中に形容しがたい色彩の煙が飲み込まれている。
お嬢がいなかったら相当な被害が出ていただろう。
それにこの癖が強すぎる勇者がいなかったら、最初の段階で詰んでいた。
いや、この二人がいたからあの異形の化物が来てしまった可能性の方が高い気がする。
……それを今考えても仕方ない。
「お嬢! 勇者! あと御付きの! どんどんあの化物がいい気になっているぞ! そろそろ何とかしろよ!」
「ハッハー! 落ち着き給え、ムッシュー! これより始まるのさ、ショータイム!
超偶像剣!!! タイプ・アクション!!」
絶対に後で怒られるレベルで周囲を破壊しまくって積み上げられた廃材や建材、地面の石畳に各種資材が、勇者が剣を掲げたと同時に新たな形へ変容を遂げる。
もちろんあの偶像の勇者の偶像。
ただし今回はいままで人間が建造したどの建物よりも、まず間違いなくデカい。
この街最大の煙突の約1.5倍位だ。
他にあるとすれば、この世を支配をもくろむ魔王が数々の魔法を駆使して天を貫く巨塔をいくつか建立したぐらいか。あれは別格だが。
そんな限界を超えた悪ふざけは、頂点を迎え、天を唾棄する勢いで剣を突き上げる。
そんな像が、あの異形を見下げた。
文字通り、首を下に動かして、見下げた。
動いている。
とんでもない巨像が、動いている。
あのメイド少女にも鉄の像にも、赤い男にもなれるという黒い服の少年が、動かしている。
らしい。
「なんだかよくわからないんですけど、やろうと思えば人形に変化だけじゃなくて、人形に憑依できるみたいです。
もちろん像にも」
ただそれは四肢が動くタイプの人形じゃないとできないみたいだが。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!! この偶像の偶像が! 美しく壮大な偶像が! 動いているぞ!!!」
「ヒトシの奴、限界を知らねぇな」
「さて、これで始末が着くかだ」
偶像はそのまま歩みを始め、両手を持って剣を打ち下ろした!
あまりの威力に突き刺した剣先から爆発が連続で起こり、ついにキノコ雲が発生。
棍棒使いの大声に匹敵する爆音がまたしても轟き渡る。
それでも突き立てられる剣は根元まで突き刺され、あの醜悪な異形を消すことで終わった。
威力がありすぎて全部消し飛んだか。
……まだだ。
「お嬢! お嬢!」
「私はお嬢と呼ばれる年でもないのだがね。何かな?」
「あの竜巻をそのままにして、風をここから出発させて異形の上に滞留させてくれ。できるか?」
「問題ないが、一体何をするのかな?」
「時間が惜しい。頼む」
「わかった。任せたまえ」
「よし。魔法:ガス」
この時オイラは、地面を抉る様に大量の土砂も気体に変化させた。
何をしやがるつもりだ、偶像にはわかないな、彼を信じてみよう、などとみんな言っている。
お嬢は正確に風をコントロールしてくれた。
未だ剣が突き立てられる、異形が煙を生成して吐いていた場所。
ヒトシとかいう魔法使いはまだ、偶像に憑依しているみたいだ。
大きすぎて小回りが利かないのかもしれない。
そんな剣の上。
「魔法:ソリッド」
オイラと一緒に気体から実体化。大量の土砂が剣をもう一突きした。
剣からは奇妙な音が聞こえ、生々しい肉が潰れた音がした。
オイラには見えた。
動いていた心臓が、ようやく動きを止めたのを。
「まだ動いている部位があったか。離れたまえ。飲み込む」
するとお嬢は「飲み込まれろ」と呟いた。
日常の言葉を使う、かなり特異な魔法だった。異世界から来たと言うのは本当かもしれない。
そして、影のような流し込んだインクのような何かが地面に広がり、異形と呼んでいた何かが、その言葉通りに飲み込まれ、消えた。
異形の特に危険だと思われる心臓部を消したのだ。
「それでだ。剣を返してもらいたのだが」
……そうなるよな。そりゃ。
「えーと。お嬢。この勇者に手伝ってもらうために、代金として捧げちまったんだよ。あんなバケモン相手にこの偶像の勇者がいなかったらヤバかっただろ?
剣は勘弁してくれよ?」
「おや、ムッシュー。この偶像がそんな不義理な勇者だと思うのかい?」
偶像の勇者があの剣を差し出してきた。
ずっと背負っていたけど。
「たとい魔族でもここは麗しきマドワゼルである貴方が必要とあればお返しいたしましょう。なにより少年のような胸の高まりを感じる事が出来ました」
胸が高まったって、このナルシストの場合。
「そう! この偶像の巨像が! 歩き! 敵を打ち倒した! これほどワンダフルでビューティフルな体験があるってかい?! この世の全ての宝物よりも素晴らしかったよ!」
「それは幸いですけど」
黒い服の少年が来た。
「あの像どうします?」
敵に止めを刺すポーズで止まっている偶像のとんでもなくでかい巨像。
「ノープロブレムだよ、ムッシュー。この美しく壮大な偶像が街に一つあってしかるべきだろう? もしこの街の人々がどうしてもと言うのなら、その時は仕方ない。断腸の思いで小さめのに変えるさ」
そういやこの勇者、戦いの度に大量の自分の像を作りまくるけど、懇願されたらひとつだけにするとか、なんとか。
「それではそろそろお暇するがね。ああ、君は口を開けるのだ」
え、口?
「ぶっ?!」
何か口に入ってきた!
素朴な味わいが上品な感じで悪くない、むしろ旨い……って何を食わせた?
「やはり少なくともここでは無毒でただの食品でしかないな。この毒見をもって窃盗は許すとしよう。君らも食い給え」
と、お嬢。懐から包みを取り出して食い出す。
仮にも魔王様がどうしてそんな所から団子を取り出すんだ?
「桃太郎のキビ団子ですか。さっきの世界の」
「食い物は確実に確保するよな。俺らじゃそこまでできねぇよ」
てか魔王様が率先して食糧確保?
「なかなかに旨いな!!」
そしてなんでか食ってる勇者。
「んじゃ、倒すぞ」
すると棍棒使いが例の剣を地面に立てて、倒した。
不可思議な軌道を描き、剣は倒れる。
いや、この角度って。
「地面の下? えーと―――――――――――――――――――キャプテン・レッドが確認しよう! 何かが地下に埋まっている! 音はするが……下水道か? 水音しかしない!」
「……掘るか」
「……今度はなんだというのだ」
なんかお嬢たち、相当うんざりした顔だな。というか何を探して……?
「それでは困った時の! 偶像剣!」
またしても偶像が作られ、剣先に何かを突き刺した状態で地面から飛び出てきた。
その剣先には……排水パイプ?
「まさかこれだってのか……」
「このダメ女神の聖剣が指し示す勇者候補とは! いつもこんなものだろう! 一度試すべきだ!」
「全く……まあよい。一応言っておく。なんであれ、君らの世話になった。もう会う事はないかもしれんが、礼を言うよ」
すると、偶像の剣先のパイプに例の剣を引っ掛けた。
何をしているのかと思いきや。
「まさかよ。これかよぉぉぉぉぉ!」
「同士よ! さらばだぁぁぁぁぁぁ!」
「それではなぁぁぁぁぁ!」
……お嬢たちはいなくなったのだ。
地面に穴が開いて、そこに落ちていったかのように。
改めて地面に触れる。
ただの街の道路だった。
お嬢たちは別な世界の魔族とか言っていた。
また別な世界へ行った、という事なのだろうか。
あの排水パイプに引っ掛けた派手な剣も、一緒に落っこちて行ってしまった。
「街は相当な事になってしまったな」
改めて考えると、煙突が破壊されたのを皮切りに、棍棒使いの大声で街の住民が昏倒し、空に大竜巻発生、廃工場が異形化し周囲を侵食、でもって偶像の勇者が自分の偶像を作りまくり、その上異形が今度は毒ガスを大発生、お嬢と棍棒使いがその辺を破壊して残骸を積み上げた所に勇者がそれを超巨大な偶像に変化させて色々姿を変える魔法使いがそれを操って異形を成敗。
だれがこの説明で納得してくれるのだろうか?
「ムッシュー、キミ自身が魔法を使って異形にトドメを刺したのを忘れてるな」
「そうだった……」
二重に危険を何気に冒していたのを忘れていた。
あの大量の土砂と自分の体が混ざる危険、それに。
「それにしてもムッシューが魔法を使える魔族だとはね。もともと聖の勇者に仕えていただろう。あの魔族嫌いの」
「魔族なのを隠してパーティに入っていたんだよ。錠前破りと偵察監視に特化した元盗賊ということにして。液体化と気体化の魔法は親父から教えてもらった家伝の魔法だ。
惚れた人間の女に振り向いてほしい一心で、下働きを始めたんだ」
「それで魔族とバレたのか」
「あそこの勇者の奴を助けるために、さっきみたいに気体化の魔法で敵の頭の上に岩石を落とした。それで魔族とバレてめでたく首だ。……あの子も寝取られてたし」
「ハッハー。この偶像もまた魔族だ」
「……ハイ?」
「この偶像オリジナル魔法、それこそが偶像剣! 魔法じゃなかったら何だと言うのかな?」
「考えてみれば、あんなん魔法だよな! あんた、魔族のクセして勇者をやってんのか!」
「この偶像が偶像として輝くことが重要! 偶像が魔族でも人間でも取るに足らない問題なのさ」
試しに言ってみるか。
「なあ、あんた仲間いないだろ?」
「不覚にもその通りさ。だれもこの偶像についていけないとしか言わない。残念極まる」
「オイラを連れて行く気はないか? 役に立つぞ。錠前破りと偵察監視に潜入工作、それにさっきみたいな強力な不意打ちもやれる。戦力になれるはずだ」
「ハッハー! 先程のムッシューを動きをみれば十分な力だ! この偶像がまさに言おうとしたところだ! ムッシュー、お互い輝くとしようじゃないか!」
盗賊を再開するのはまだ先になりそうだ。
幸先は良いかどうかはまだわからないだろうけど。
なあ、お嬢。結果的にあんたに導かれたようなもんだ。
手がかかりそうなこいつの世話をしていくよ。
それも悪くないだろ?




