四十一話 桃太郎
昔むかし、ある所におじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。
おばあさんが洗濯していると、どんぶらこどんぶらこ、大きな桃が川を流れていました。
「まあ、なんて大きな桃ですこと」
おばあさんが驚き、その大きな桃を抱え、家へ急いで帰りました。
家に帰るとおじいさんが言いました。
「なんて大きな桃だ。さっそく、食べよう」
おじいさんは包丁を勢いよく振り下ろしました。
すると二本の棒が桃から飛び出て、おじいさんの腕を突き刺し、おじいさんの血液が流れる間もなく、二本の棒が翻し、包丁を弾き飛ばしました。
「…………殺す気か! ついとらん!」
桃からは怒りを露わにする、真っ青な髪と服が果汁で汚れた女が出てきました。
昔むかし、ある所におじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。
おばあさんが洗濯していると、どんぶらこどんぶらこ、大きな桃が川を流れていました。
「まあ、なんて大きな桃ですこと」
おばあさんが驚き、その大きな桃を抱え、家へ急いで帰りました。
家に帰るとおじいさんが言いました。
「なんて大きな桃だ。さっそく、食べよう」
おじいさんは包丁を勢いよく振り下ろしました。
すると二本の棒が桃から飛び出て、おじいさんの腕を突き刺し、おじいさんの血液が流れる間もなく、二本の棒が翻し、包丁を弾き飛ばしました。
「待て、何が起こって……」
桃からは困惑する声が聞こえてきます。
「……ちょっとわかった。あん時と同じじゃねぇかよ」
昔むかし、ある所におじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。
おばあさんが洗濯していると、どんぶらこどんぶらこ、大きな桃が川を流れていました。
「まあ、なんて大きな桃ですこと」
おばあさんが驚き、その大きな桃を抱え、家へ急いで帰りました。
家に帰るとおじいさんが言いました。
「なんて大きな桃だ。さっそく、食べよう」
おじいさんは包丁を勢いよく振り下ろしました。
すると二本の棒が桃から飛び出て、おじいさんの腕を突き刺し、おじいさんの血液が流れる間もなく、二本の棒が翻し、包丁を弾き飛ばしました。
「“愚者は繰り返し母体に還り苦の輪廻は続きたり” そう言いたいのか! くそう! どうしろと言うのだ!」
「おう、お前さん」
桃から出てきた黒い肌の桃太郎は、棍棒を構えると
「眠りな」
「ニック、何をやった?」
「前あっただろ。ムサシとかコジロウとかの世界がよ。今回もそれに近いパターンだ。
あん時はあのしゃべる野郎が俺らとムサシとコジロウを操っていた。
今、あん時みてぇに操っていた奴を気絶させた」
「キャプテン・レッドでさえも! 今、その者を確認はできなかった! どこにいるというと言うのだ、同士よ!」
「わからねぇ。だから威圧した。どこかで俺らを観察してやがるのは確かだからよ、多分近くにいると当たりをつけて最大限の威圧をよ。
一応考えていた対策が上手くいったみてぇだ」
「それにしてもその威圧とは一体なんだ? 最早、魔術ではないのに魔術だ」
「同士よ! 同感だ!」
「ちゃんと口で説明できねぇけどよ、イメージだ。イメージを相手にぶつけんだ。
お前をぶっ殺す、みてぇなイメージを相手に喰らわせるんだ。そうやってピッチャーやバッター、下手すりゃ審判さえも制御する技術がビッグリーグにはあるんだ」
桃からは男の子たちがおぎゃあおぎゃあと様々な言葉を話しながら桃から出て来ました。
大きな桃から生まれた大きな男の子たちは自らを桃太郎と名乗り。
「かなり無理矢理に話を進めてきた! キャプテン・レッドの知っている話ではなくなってきていているぞ!」
「くっそ、さっきは不意打ちだから威圧が効いたみてぇだけどよ。気を引き締めやがった。
完全に思い通りにはいかねぇから、同じ事を繰り返すのは止めたみてぇだ」
桃太郎はおじいさんとおばあさんに言いました。
「私、桃太郎はこれから鬼ヶ島へ鬼退治に向かいます。私に立派な羽織と刀、それと日本一のきび団子を用意して下さい。
……って、私に何を言わせるのだ! 誰が桃太郎か! ルノール・クラウディアという名があるのだが! 無断で演劇に引き込むな!
大体何だこの展開は! それにキビダンゴとは!?」
「これ男がやる役なんじゃねぇの?」
するとおじいさんは、よいしょよいしょと羽織を桃太郎に着せて刀を持たせてあげました。おばあさんはせっせ、せっせ、ときび団子を手渡しました。
日本一と書かれた旗を広げ、桃太郎は言います。
「いままで育ててくれてありがとう。これから鬼退治に行ってきます
……だから! こやつらの事なぞ知らん! 大体棒でこの老人の腕を突き刺したのだが! しかも三度も! それに私は女だ! 訳の分からん扮装をさせおってからに!」
「しかもだ! 携えている刀としている物は! あの女神から渡された剣ではないか! 同士ニックよ、いつの間に手渡した!?」
「ヤベェな。野郎のペースに引きずり込まれている。どこかで仕掛けねぇとマズイぞ」
「桃太郎、桃太郎♪
お腰につけたきび団子 ひとつわたしに下さいな♪」
「む、犬が言葉を発するのか。それに猿と鳥か?
…………では君たちは何をもってこの団子なる物を得ようとするのかな?」
「行きましょう 行きましょう♪
あなたについて 何処までも 家来になって 行きましょう♪」
「諸々の欲望の対象は味わいが少なく、苦しみが多く、嫌悪すべきであり、不用意にこれを得れば、母体に還り延々と苦しみが続く。
あの果実の様な母体にな。これは患いである。
先程、三度も味わされた苦悩だ。君らはこの団子を良しとするのか?」
「……あなたについて 何処までも 家来になって 行きましょう」
「それでもこれを得たいのか。
ディアスはこう言い残している。“苦しみは接触によりたり”と。これを口に入れた接触により感受が起こる。またこう言い残している。“苦しみは感受によりたり”と。これを口に入れたという感受により妄想が起こる。またこう言い残している“苦しみは妄想によりたり”と。こうして苦しみが終わる事無く続くのだ。
自らを制御しろ。動物でしかない君らにだけ言っているのではない。
自らを制御しろ。“手綱を握るのみでは御者あらず。諸々を制御してこそ御者なり”
そこにいる君。私たちを観察し、操っているだろう、君。
君にこそ、言っておるのだ。
よく分からん遊びを止めろ。私たちを人形扱いするな。
自らを止めるのだ。これは警告だ」
「また、眠りな」
「同士たちよ! この三体の動物たちは動きと会話を止めた! この者たちはある種の人形であると言えそうだ! 今! 同士ニックにより眠らされた感知できない者による演劇に巻き込まれたと言えるが! 対処をするのならば今が絶好だ!」
「今のうちに剣を倒して、勇者候補を探すのがいいかもしれねぇ。律義に異形に対処する義理はねぇはずだ」
「確かにな。剣を倒そう…………またか!」
猿二匹をお供に加えた桃太郎、小舟に乗って、鬼ヶ島へ。
「誰が猿だ、コラ」
「またしても舟! 強引にこの物語を進めるのか! 倒した剣の方向は!? あの鬼ヶ島か!」
「それで、私たちに何をあの島でやらせるつもりだ? どの道、島へ行かねばならんか」
鬼ヶ島へ到着した桃太郎。
岩陰から様子を伺うと、鬼たちは酒盛りの真っ最中でした。
これは好機と桃太郎。
「そりゃ進め そりゃ進め 一気に攻めて攻め破れ♪
……やらんぞ」
「潰してしまえ 鬼ヶ島♪
……おめぇがやりやがれ。コノ野郎。それどころじゃねぇんだ」
「おもしろいおもしろい 残らず鬼を攻め伏せて♪
―――――――――オコトワリイタシマス。ゴシュジンサマ」
「殺しは私たちの拒否感が強く、そう簡単には操れんようだな。
私の手をまたしても血で汚す前に、一言言わせてもらう『沈み込め』」
すると鬼たちは首だけを残して、体は地面に埋まってしまいました。
「剣の方向は……あっちか。急ぐぞ」
「モウオソイデゴザイマス。ゴシュジンサマガタ。ゴシュジンサマガイラッシャイマシタ。ゴシュジンサマ」
今度は真っ青に晴れていた空に、不吉に渦巻く闇が浮かんでいます。
「くそう。『巻き上がれ』そして『吹き飛べ』」
桃太郎は再び呟くと、鬼たちは地面ごと竜巻に巻き込まれ、続いて起こった突風によって海の彼方に飛んで行ってしまいました。
真っ青に晴れた空、そこにはあってはいけない渦を巻く禍禍しい暗闇がありました。
鬼がいなくなった鬼ヶ島、新たな悪者が出現しようとしていたのです。
渦を巻く暗闇から、何か赤い物が飛んできます。
それはそれは小さくそしてものすごい数で、鬼ヶ島の空を瞬く間に―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
「野郎、フリーズしやがったな。無理もねぇ……」
「またしても厄介だな……」
「サイアクデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
瞬く間に鬼ヶ島の空が、真っ赤に染まる。
小さな蟲が羽音をがなり立てて空を、のどかな鬼ヶ島を気色悪く染め上げていく。
びっしりと蟲が張り付いた空と地面、そこには……。
「くそう。見たくもない悪夢に似た醜悪な映像を紅くそこに映すか!
ヒトシ、ゴーレムになれ。ニック、いつでも動けるように、かつしっかりと屈め。
出来る限りの風を起こす。
『天よ。この者共を受け入れたまえ』」
風が巻き起こる。鬼たちを巻き上げた風より遥かに強い竜巻が起こる。
岩石が、鬼たちの宴会の残りが、鬼の金棒が、海水が、奥に残されていた桃太郎たちが持ち帰るはずの金銀財宝が、その竜巻に吸引されていく。
そして、全てが空に消える。
「くそう。くそう! 私の知る限り最も強烈で制御できん風でも効果薄いか! 人間たちの知恵と技術の粋でも!」
ただあの赤い蟲たちと悪夢の映像が未だ残り続ける。
へばりつく蟲たちにはダメージが大風により発生してはいる。
それでも増殖する蟲たちは空に地面に、海にまでも侵食する。この世界を侵食する。
大切な物を侵食する。
言葉にしたくない醜悪を上映し続ける。
すると、上映されている悪夢の映像が歪んだ。
蟲たちが新たに集まって奇怪な物体を形成し始めた。
それはスプラッタ映画の内臓の塊を思わせるそれで。
突如として周囲にぶちまける。
「『吹き飛べ』そして『燃え尽きろ』くそう! 効果が炎でも薄い!」
「オツブレクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
「岩石で潰してもイマイチじゃねぇか……。どっちみち飛び散っちまう。ルノ、ヒトシ。賭けに出ていいか?」
「賭け? 何に賭けるのだ?」
「さっきフリーズした、今は素の状態で状況の解説を思わずやっているクソ野郎の人格がまだまともかどうかの賭けだ」
ぶちまけた塊は、まともな世界をさらに侵食する。
黒い肌の、棍棒を持った男が大きく息を吸い込んだ。
風船のように服がはち切れんばかりに。
「いいか! コノヤローーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
爆発同然の声が鬼ヶ島を揺るがす。
「よし、正気に戻ったか。俺がさっきお前に食らわせた威圧のやり方を教えてやる。それをあのお前の世界を犯しているクソ共にやれ。
俺らを操ったんだ。こうなったらお前も関われ」
威圧……あの意識を失わせたあれか。
「自分を制御しろ。
今の最悪の状況下だからこそ、呼吸と姿勢を整えろ。力を抜け」
……。
「自分の気持ちとか体の痛みとか全部感じろ」
…………。
「あのクソ共への感情も正確に知れ。そして呼吸と姿勢に集中して、消していけ。全てを消していけ。焦る気持ちはわかる。だがよ、焦っているのを死ぬほど気づいて、消していけ」
………………。
「オイ。まだ残っている。消せ」
……………………。
「自分がどうとか、一旦消せ。俺らがどうとか、クソ共がどうこうも、消せ」
…………………………………………………………。
「あいつらと同化しろ」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「今だ。クソ共をぶっ殺せ。奴らをバグらせろ」
その声と同時に、空気が、世界が震えた。
物理に表されないエネルギーが、この島を貫く。
改めて見た鬼ヶ島。
状況は悪化していた。
世界のほぼすべてが真っ赤に変わっていた。
赤い臓物が積み上げられている、かつて思い描いた理想世界が汚染されていた。
物語は、もうこの世界では語れない。
「『飲み込まれろ』」
地面に今度は突如として暗闇が広がる。
赤い臓物も赤い蟲も、地面に転がっている物は、暗闇が消えると同時になくなった。
元の地面に戻った。
「あの蟲の増殖が速くてね。あのままでは闇を相当な面積をもって広げ続けなくてはならなかった。それは負荷が大きく避けたかったのだよ」
陰から声がした。
あのおじいさんが用意した衣装を着た女性が陰から出てきた。
「しっかし、せめぇ所に入ってばっかだ」
「しかし! 増殖は止め、地面や水面の蟲は排除できた! あとは空の蟲だ!」
蟲は動きを止め、映像をゆっくり蠢させるだけだった。
「さてどうする。空にまで闇を広げる事はできん」
「よく見りゃ細かい穴を地面に開けてやがる。近づいて攻撃するのは避けてぇな」
「あの異形に大きなダメージが通ったのは! 間違いない! だが今度来るのは断末魔だ! どう来るか予測もつかんぞ!」
空の、赤い蟲はゆっくり動き続ける。
無数の木の実がなる様に、小さく多くの塊を結実させる。
たわわに実る、桃みたいに見える。何かが空に腫瘍ができ続ける。
自分を制御しろ。
今の最悪の状況下だからこそ、呼吸と姿勢を整えろ。力を抜け。
「そりゃ進め そりゃ進め 一気に攻めて攻め破れ♪
……何だ? 何を歌わせる?」
「潰してしまえ 鬼ヶ島♪
俺らにやらせるつもりじゃねぇのかよ」
「おもしろいおもしろい 残らず鬼を攻め伏せて♪
見るのだ! あの舟に乗る、少年とその共の犬と猿と雉を!」
そりゃ進め そりゃ進め 一気に攻めて攻め破れ♪
日本一の桃太郎、刀を振りかざし、空に実る腫瘍に切りかかる♪
「待て! 不用意に近づくな……!」
腫瘍からは腫瘍からは、赤い蟲が降り注ぎ、跡形もなく旅終わる♪
残された残された、犬猿雉と桃太郎、骨になって吹き曝し♪
そりゃ進め そりゃ進め 一気に攻めて攻め破れ♪
日本一の桃太郎、刀を振りかざし、空に実る腫瘍に切りかかる♪
「繰り返している! くそう『巻き上がれ』」
腫瘍からは腫瘍からは、赤い蟲が降り注ぐも、青い髪の桃太郎が起こす竜巻に飲まれて吹き飛んだ♪
吹き飛んだ吹き飛んだ。怖いものなぞ何もない♪
犬猿雉が突撃だ♪
「俺らに協力しろってか! さっきみてぇにこいつらを殺したくなかったらよ!」
犬吠える犬吠える。天に向かってわうわうと、噛みついてやるぞ、かかって来い♪
「ソコデオマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
メイド少女の桃太郎、犬が吠える方に岩を投げつけ蟲倒す♪
猿昇る猿昇る。岩壁軽く、何処までも。石ぶつけてやるぞ、かかって来い♪
「オイ、投げた石がはじき返されてんじゃねぇかよ! トスバッティングの練習にしちゃ、雑過ぎるぞ!」
バット持った桃太郎。石を打ち上げ、蟲散らす♪
雉飛び飛び回る。お前の目を突いてやる。そこがお前の弱点だ♪
「同じことを繰り返すな! また死ぬだろうが! ……いや、待て。弱点?」
出てきたぞ出てきたぞ、目玉が♪
犬と猿の攻撃で、出てきた目玉を雉が突く♪
「私が先に突く。『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』」
雉と青い桃太郎が目を突いた♪
苦しんだ苦しんだ。赤い蟲の鬼の目玉、突き上げられて苦しんだ♪
桃太郎桃太郎、とどめだとどめだ、日本一の桃太郎、刀を振り上げ走っていく♪
「オソイニモホドガゴザイマス。ゴシュジンサマ」
メイド少女の桃太郎、日本一の桃太郎を担いで走っていく♪
「わかった。死ぬんじゃねぇぞ!」
バットを持った桃太郎、日本一の桃太郎を打ち上げる♪
「それなら最初から君らがこの物語に出て来給え! 私たちに無駄に苦労をかけさせるな! 『吹き飛べ』」
青い髪の桃太郎、日本一の桃太郎を風に載せる♪
「『吹き飛べ』 む? ここで繰り返しか?」
青い髪の桃太郎、日本一の桃太郎を風に載せる♪
「って、見ろ」
犬猿雉と桃太郎、鬼の目玉はすぐそこだ♪
犬猿雉と日本一の桃太郎ついに鬼の目玉を突きつぶす♪
おもしろいおもしろい♪
鬼の目玉をチクチクと♪
みんなで囲んで お終いだ♪
「異形とは言えだな。そういう気持ちはわかるが。私が始末させてもらう『飲み込まれろ』」
いなくなったいなくなった♪
鬼はもういない♪
バンバンザイバンバンザイ♪
お供の犬猿雉と桃太郎♪
舟に乗って エンヤコラ♪
「で、あいつらはこれで退場か」
「キャプテン・レッドが見るに! これで異形の気配は消えた! おそらく異形の弱点と言えるものを強制的に出現させたのだろう!」
「それはいい。それはいいんだけどよ。オイ、コラ! クソ野郎! 今、何をしようとしてた!」
バレた? 息が、うまく、吸えない。頭が、働かない。
「俺らをまた一から物語に組み込もうとしてやがったよな?!
分かるか?
今、俺は本気でお前を威圧している。お前の呼吸を完全にバグらせている。
正直好きじゃねぇし、得意でもねぇんだ。実際やりたくもねぇ。
だけどよ、ビッグリーグのバケモンとやりあってる俺はこんぐれぇやれんだよ。
お前の息をこのまま永久に止めるぞ! ああ!! わかっているのか!!!」
…………ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク…………………………………………。
「わかったか?!」
……ハアッ! ハア……。
「そこにいるのだね? 私からも言わせてもらうぞ」
短い髪もあって顔の整った男性の様にも見える、青い髪のまだ桃太郎の扮装をしている女性が話し出す。
「“我は全てを知ると、全てを知らぬ愚か者は考えり”。
君はこの世界を自在に操れるようだが、操れるこの世界を本当に知り得ているのか?
本当に知り得ているのならば、今の様な災難は起こってはいなかったのではないかな?
早々に邪魔者を消せたはずだ。
奴隷を使役する王も、家畜を自在に扱う王も、それどころか自らの主であり王である自在に動かせるはずの自分自身すら、何も知ってはおらん。
そう感じないのならば、君はただただ観察と考察が愚かにも足らんのだ。
そして他の世界の住民である私たちはもっての外だった。それなのに意思なき人形として扱おうとしていたのだ。
この不快感を、危険性を知り得ているのか?!」
……多くの人に受け入れられている物語に組み込めば、誰でも楽しんでくれると思っていた。
今はただただ、この二人の顔が、怖い。
「そろそろ、剣を倒しましょうよ」
黒い服の少年が言う。
……誰だろう? この人、いたか?
「何か、お前誰的な事を言われた気がするんですが」
「ヒトシ、正直君はたまに存在を消すからな」
「盗塁なら天性の名人になれんじゃねぇの?」
「親からもそれ言われるんですよね。この世界じゃ今まで素を出していませんし」
「まあ、倒すとしようではないか。……その前にいい加減脱ぐか」
青い髪の桃太郎は邪魔くさそうに煌びやかな服を脱ぎ散らかす。
地面に落ちた服。
彼らに桃太郎は邪魔だったのか。
「とは言えだな」
「劇の中みたいな状況でしたけど」
「こう言うのは苦手なんだけどよ」
三人は手分けして丁寧に服を折りたたむ。
「大体だな、私のドレスの上から無理矢理にかのような服を着させる時点で間違っているだろう。動きにくかったぞ」
そう言いながら、桃太郎の扮装をしていた時に地面に擦りながら腰にしていた派手な剣を地面に突き立て、離した。
不自然な軌道を描き、剣は倒れる。
「海の方向か。何もないな」
「桃太郎が舟に乗っていった方でもないですね」
「ルノが吹き飛ばした奴らの一人かもな」
「海自体は荒れてはおらんから、溺れてはいないだろうがね」
その剣を手にした。
「そこにいたのか!?」
「てか透明人間? 剣が宙に浮いてる!」
「近いな! 姿も気配も消してやがったのか! 道理で威圧が通じたわけじゃねぇか! ……取り合えず、それを抜いてみてくれ」
透明になっているこの手で言われた通りに剣を抜く。
「ではよく観察と考察をだなああぁぁぁぁぁ!」
「次はねぇからなああぁぁぁぁぁ!」
「てか何で桃太郎を知ってたんですかああぁぁぁぁぁ?!」
三人は、桃太郎とそのお供だった人たちはいなくなった。
手にしていた剣もいつの間にか。
何もかもわかっていた世界、もうわからなくなった。
ガラガラと崩れていった。
きれいに畳んでくれた服は、やり直せ、と言うかの様だった。
童謡の桃太郎はすでに著作権が消えております。(公表後50年以上経過しているため)




