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三十九話 補陀落 ふだらく

なむ

なむ

なむ

なむ


舟が揺れる

乗り込んだ時は、快晴だったが。

嵐となったようだ。

いや、もう関係はない。


ああ、なむ

なむ

なむ

なむ

なむ


なむ

なむ

なむ

なむ


「んが!」

「いで!」

「あだ!」

なんだ?!

人? 人が急にここに入って来た?

いや、そんなはずは……この感触……?

まさか女人の胸部か?

嗚呼! なんてことだ!

落ち着け落ち着け、これは悪魔だ。

悪魔の幻覚妄想、我が行いを邪魔する悪魔の所業!

過酷なる修行の成果を今見せるのだ!

「誰が悪魔か! 私は、魔王だ!」

「ある意味似たようなモンじゃねぇかよ! つーか、それどころじゃねぇだろ!」

「む、ムチャクチャ狭いんですけど! 前みたいにキャプテン・レッドになって状況を確認する余裕もないですよ!」

三人! 三人も悪魔がいる!

真っ暗で見えはしないが、声からその位はいるのは間違いない。

いや、違う。これこそが悪魔の所業だ。

息苦しさと窮屈さ、女人の肌の感触。全てがあり得ない、悪魔が見せているものだ。

間違いな

「間違ってるからな! オイ! なんだここ、高さは俺のバットが立てれねぇ位天井が低いぞ! 床も同じ位かよ!」

「そっちに出口ないんですか? 取っ手とかそういうのとか」

「私が探る限りではない。『灯れ』 どうだ?」

するとこの先,、目にすることがないはずの光が、一室を照らした。


悪魔だ。悪魔が幻覚、若しくは悪夢を見せているのだ。

うかつにも我は眠りに落ちてしまったかもしれな

「正気を保ちたまえ。今は現実だ」

「そう思ってもしょうがねぇけどよ、ガチで何もねぇ。生き埋めになっているのかよ?」

「石造りの狭い棺みたいな所ですしね……。でも揺れてますよ。あと波音も」

嗚呼、何が起こっている。

目の前には女人の柔らかな胸部。

鮮やか極まる青い服に……青い髪? の女の姿の悪魔。

白い服に緑の紋章らしきものを入れた黒い肌? の大柄な男の悪魔。

目立たなく奥に見えるのは黒い服の少年の悪魔……。

「って狭すぎるんでアリムになっておきます―――――――――――――――――シツレイイタシマス。ゴシュジンサマ」

うわあああああああ!

女人の悪魔がもう一人!

神よ仏よ! 我をお守りください!

なむなむなむなむ!

我が修行を無に帰そうと企んでおります!

「だから落ち着き給え!」


ゴン

鈍い音がしてあまりの痛みに、精神が落ち着きを取り戻す。

長年の修行の成果が表れたか。

「で、ここは一体何なのだ」

間近に見えるのは青い目と髪の女悪魔。

本気で困惑しているように見えた。

「ルノ、爺さんに頭突きはヤベェだろ。スゲェ音したぞ。なあ、爺さん。俺らはここから出れたらいいんだ。何しているのかは聞かねぇからよ、出口を教えてくれねぇか。下手にこの部屋をぶっ壊したら爺さんが怪我しちまうしよ」

悪魔はここから出たいと申しているのか。

「オネガイイタシマス。ゴシュジンサマ」

我を惑わすのは諦めたか。

修行の成果也。

先人たちもこのような悪魔に惑わされ、かつ諦めさせたのだろう。

だがな。

出れはしない。このまま我は補陀落に行き、仏となるのだ。


「ふだらく?」

「嫌な予感がするんだけどよ」

「オシエテクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

知らんと申すか。悪魔よ、説破しよう。

我は仏になろうと発心した者。

永きに渡る絶食と座禅の修行を経て悟りを開くに至った。

そして仏がおわす補陀落に向かうがためこの舟に乗ったのだ。

石をくり抜き我が座れる程度の一室にし、それを舟に載せ我が乗り込んだ。

その後弟子と信者たちにより物理的に呪術的に幾重にも幾重にも封をなした。

決してこの封は解かれる事がない。

悪魔よ。

去れ。

「出られんというのに、去れるか! 仕方ない『崩れろ』 ……まさか駄目か!」

悪魔が騒ぎ出した。

息苦しくもなって来たな。


「ルノの魔術が効かねぇ様になってやがるのか! 呪術的に封って事はよ! 空間がねぇからバットをスイングできねぇ!」

「ユビヲカケルバショモナイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

「頭痛がする……空気がなくなって来ているか……。『吹き飛べ』 この外に風を起こした。もしかすると隙間より風が入って来るかもしれん」

「それよか、波風が急にヤバくなってねぇか?」

悪魔も嵐も騒ぎ出す。

なむなむなむ。

「ゴシュジンサマガコラレタカモシレマセン。ゴシュジンサマ」

舟は木の葉の如く翻弄され始める。

なむなむなむ。

壁に頭を打ち付ける痛みは、幻覚だ。

息苦しさは酸欠であり、幻覚だ。

感じる吐き気は船酔いであり、幻覚だ。

入り込んでくる水は、舟が沈没している証拠であり、幻覚だ。

石室の天井を破壊しようとしている悪魔たちの行動は愚かであり、幻覚だ。

「『吹き飛べ』」という声と共に舟が浮き上がっている様に感じるのは、幻覚だ。

「勢いが足りんか! ならば仕方ない! 『巻き上がれ』」という声と共に竜巻に飲み込まれたみたいに舟が大回転するのは、うわあああああああああああああああああああああああ!


「ヒトシ! さっきから天井壊そうとして頭を天井に勢いよくぶつけてるけど、大丈夫かよ! しかも笑顔のままで。やたらシュールなんだけどよ」

「ケンジュウヲナンハツウケテモ、ダイジョウブデゴザイマス。ゴシュジンサマ。イタミハギザイマセン。ゴシュジンサマ」

さっきから何回も、金の髪をした少女の悪魔が笑顔のまま頭突きで、黒い肌の男の悪魔が太い棒で天井を同時に打ち付けている。幻覚だ幻覚だ、そもそもこの一室が明るいのだって幻覚だ!

我の口からゲロを噴き出しているのも幻覚だ! 高僧である我が粗相もするなんてことはない!

「ああもう! この状況では仕方ないが! せめて口を拭いたまえ!」

青い女の悪魔が我の服を引き裂いて、口を拭ってくれているのも幻覚だ!

「よし、ヒトシ続けるぞ……ヤベエェェ!」

その男の悪魔の声と同時に、女の悪魔が我に依ってきた。

いや、男の悪魔が女の悪魔二人を我の方に押し付けてきたのだ。

香りが芳しい豊かな丘陵が麗しい柔らかなる感触でもって我の顔を挟みつける。

青い女の方は成人女人の見た目以上の予想外に熟れたたわわなる実りで、金の髪の少女は小ぶりなれど濃厚な味わいを醸し出してくる。

それはまさに法悦であった。

「怪我はねぇよな! オイ」

男の声で我に戻ると、石室に穴が開いていた。

そこから見える空は嵐の曇天で、その空に五色の雲が浮いていた。

その瞬間、我の口からゲロが再び噴き出した。


 仏が現れる時、その空には五色の雲が浮かぶという。

だがその空に浮かんでいる雲は五色なれど、感じた事のない禍々しさを発している。

「皮肉だけどよ! あのクソ野郎のお陰で外に出れるぞ! まず俺が出る! ここはバッターの出番だ!」

大柄の男が狭い穴から力づくで出る。

その瞬間だった飛んで来た氷を太い棒で打ち返した。

それは何十を超える量だったが、それと同じ分だけ棒を振り回し、打ち返している。

「ダッシュツイタシマス。ゴシュジンサマ」

細い腕の金の髪の少女が、熊同然の怪力で我を外に連れ出す。

二度と感じるはずがなかった冷たい空気が我の鼻腔を満たす。

見ると……海面より浮いている?!

「余りにも海が荒れていて風魔術でもって浮かせた。かくも重量のある物体を浮かせ続けるとなると、あまり高度な魔術は使えん」

「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ。オマカセクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

すると金の髪の少女は積んでいた岩石を掴み振り回して投げつける。五色の雲へ。

……なんで岩石が?

石室に封をする必要があって積んだのかもしれないが、ここまで重量を増やしてしまうと沈没するかもしれないのに。

舟が補陀落にまで着かないじゃないか。

「爺さん、思う所があるかもしれねぇけどよ、この舟もうどのみち沈没寸前だ! ぶっ壊すぞ!」

すると帆を男が手に持っている太い棒で打ち付けた。

打ち付けた部位がダルマ落としみたいにスパッと抉れ、見る間にその抉れた部位が変形し、

円錐状の形に変化して、禍々しい五色の雲へ飛んで行った。

男は、舟の帆でそれを何度も繰り返した。

悟りを開いたダルマを貶める如く。


 五色の雲は、男や少女が投げたりした物が、その体に食い込み明らかに悶えている。

あれには意識があるのか。

「『燃え尽きろ』 氷ならば私が溶かす。その程度ならやれるのでな」

青い女が炎を起こしているのか。

あの礫みたいな氷はあの五色の雲の仕業か。

「む、君は下がれ」

青い女が我を地面に引き倒した。

舟の金具に雷が落ちる。石室を壊したのはこれか。

「クサリガゴザイマシタ。ゴシュジンサマ」

「OK。トスバッティングの要領で投げてくれ」

「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」

あの鉄の鎖は石室を封するための物だろう。

それにはなんだか怒りみたいな雰囲気を感じさせた。封をするというより、沈んでしまえ、というような意図を感じさせる物々しい重量感があるものだった。

あれ? そもそも舟に石室っておかしい?

そういうものだと皆から言われたから疑問に持たなかったが。

 少女から投げ渡された頑強すぎる鎖は、男の太い棒が爆発的に打ち付けた。

轟音と共に飛んで行った鎖は、五色の雲に絡みつき、縛り上げ、絞り上げ、引きちぎっていく。

 誤った、虚偽の、嘘の五色の雲が、飛散した。


「直ぐに掴まれ!」

青い女が叫ぶ。

我の首根っこを掴んで。

何があるのかと思うと、船が落下を始めた。

すると今度は、五色の色をした掌が、舟が浮かんでいた辺りを合掌した。

押し潰す気だったのだ。

仏に対し悪行を成した我らを罰するのか。

本来、和を意味する行為で我らを罰しに来るとは……。

舟は着水した。

その衝撃で舟はさらに破損。我がいた石室は大きな音と共に沈んでいった。

嵐の大波で原型を留めない木屑となっていく。

 掌が見えた。

五色の掌が、我らと舟を、藻屑にしようと。

「そんなデカいボールでストライクを狙えるかよ!」

「イッテラッシャイマセ。ゴシュジンサマ」

男が太い棒で、少女が船の残骸で五色の掌を打ち返した。

「『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』二方向に」

青い女の掌から赤い光線が、迸る。

五色の掌は焼け焦げ、藻屑となった。


「さて、ヒトシ。確認を」

「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ――――――――――――――――――――キャプテン・レッドが確認するに! ダークシャドウの気配は消えた! ここは我らの勝利と言えよう!」

少女は赤い服の男となった。

「だが! この舟は最早限界! 早々に離脱が必要だ!」

舟は板切れになり、岸に打ち上げられるような残骸になろうとしていた。

嵐は突如として止み、青空が見え始める。

我は、何をしていたのだろう。何に、なろうとしていたのだろう。

これが現実ならば、女人に幾度も触れた時点で補陀落は失敗だ。

それどころか夢であっても、女人の胸部に触れた様な夢を見てしまったのだから、何もかもがやり直しだ。

舟は沈み、我らは板にしがみついて、海に浮かぶ。

 黒い肌の男が青い女が携えていた奇妙な剣を倒した。

すると剣はひっくり返った。

何が起こったのだろう。いや、もうどうでもいい。

「これってこの板が勇者候補って言いたいのかよ」

「で、ろうな。舟に積んでいた物でなくてまだ幸運ではあるな。私一人だったら間違いなくそうなっていただろう」

「それは幸運なれど! このご老人はいかにする!」

「……ヒトシ、ずっと向こうに島か何か見えねぇかよ?」

「確かに! キャプテン・レッドが確認するに! 誰かがいる島であるようだ! 小屋や舟と思しき人工物を確認した!」

「私には何も見えんが……ニック、君も随分目が良いな」

「じゃあ爺さん、いいか?」

 なんじゃ。

「爺さんが何を求めてあんな小舟に閉じこもっていたかは知らねぇ。でもよ、俺のダチみてぇに生きていたかった奴が死んじまったんだ。爺さんはもう少し生きてくれねぇか。まだ生きていられるんだ」

……それが御仏の御意思ならば。

「じゃあ決まりだ」

黒い肌の男が肩に担いでいた太い棒もって、我の体を持ち上げた。

ちょうど太い棒に座り込む形だ。

「ニック、そういえば相当に重いバットなる棍棒をどうやって沈まずに担いでいるのだ? しかもこの御仁まで」

「立ち泳ぎだ。結構得意だからよ。んじゃ、爺さん! まあ元気でな!」

 非衝撃ホームラーン、という男の威勢のいい声と共に我は空を飛んだ。

思わず、なむなむなむ、と祈り続けていると、樹に引っ掛かりその下で見た事のない服装の若者たちが騒いでいた。

 丁寧に助けてくれた彼らは、言葉は通じぬとも我を受け入れる事にした様だ。

まだ俗世にいれとの、仏の御意思に従おう。

ここで生きていく。


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