表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/62

三十四話 聖女転生の件

体がお尻の方から押される様に圧迫されて、ここから出るように促されていく。

そのリズムはいつも聞いていた心臓の拍動みたいだ。

真っ暗で暖かくて安心できるここはやっぱり居心地が良かったけれど、いい加減出て行かないと。

 わたしは聖女だ。

この世を救うために選ばれた聖女なのだから。


 ここに来る前に覚えている事。

それは不慮の事故の瞬間。

不意に転がってきた岩に押しつぶされ、痛みを感じる暇もなく、わたしは死んでしまった。

 ただ、その時出会ったのが、神様!

わたしが信じていた通りの御姿の神様が、目の前に現れこうおっしゃった。

「慈しみ深きあなたは予想外の死を遂げた。いままでの行いを評価し、あなたを聖女として生まれ変わらせよう。新たなる世界に転生し、その世界を救うのです」

 こうしてわたしは、一から生まれ直す。

力のない赤ちゃんだけど、頭は元のまま。

これから世界を救う。神の仰せのまま。


「おい、色々やべぇぞ」

え?

「キャプテン・レッドが聴力を持って確認した! 未だ出てこない赤子は! 無事生きている! だが、このままでは危険だ!」

え、ちょっと?!

“あやつは私がまだ抑え込む! 早く何とかしたまえ! 無理難題はわかっているが……!”

頭に直接響くような声。なにこれ?

「くそったれ。俺が知っているのは怪我の応急手当ぐれぇだ。それもベースボーラーの半ば自己流のな」

「それはこの! キャプテン・レッドも同様! 様々な知識に関しては! 同士、ルノの分野だが!」

「あいつの医学は根性頼りのところがある。麻酔が存在しない世界みてぇだからな。そういう世界の奴だから、最終局面を俺らに任せたんだろうけどよ」

「破水し始めてから最早3時間! 二度目の破水から90分を過ぎた! 呼吸が持つかわからん! む、赤子の呼吸が! 心拍が!」

いや、あの。

そういえば、だんだん苦しく……。

いつも聞いていた心臓の音も……、そういえばとんでもなく早……い…………。

え、やだ。

まだ、まだ、なにも……。

臍の緒……きれ て る。

か   み、     さ              ま。


「衝撃貫通ホームラーン!!」

一気に世界が明るくなった!

うああああああああああんんんんんん!

眩し! 眩し!

あ、息。息! 呼吸できる!

「ニィィィィィィクッッッ! 君は今何をしでかした! 流石に怒るぞ!」

「待て! 同士ルノよ! 母体、赤子は共に無事だ! 今強引とは言え出産介助をしたのは現時点では成功ではなかろうか!」

「だからと言って、そのバットで腹を殴るのは問題でしかなかろう!」

「バットじゃねぇよ! 指先を腹に押し当てて、親の体にダメージを与えねぇよう衝撃を貫通させて、赤んぼを押すような感じで当てたんだ!

衝撃貫通ホームランっつう、俺の宴会芸だ!

こんな時に使うとは思わなかったけどよ!!」

え、何それ。どんな原理?

でもわたしはそれで助かったのか。

世界は明るい。

空気はおいしい。

わたしは再び生まれたんだ。

思った以上に粘液でべしゃべしゃで、上手く体が動かないけど。

眼はぼんやりしていたけれど、神の力で転生したお陰か、すぐにはっきり見えてきた。

そして生まれて初めて目にしたのは…………えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!


 再び生まれて初めて見たもの。

蠅。

大きな大きな、蠅。

人の体くらいの大きさの蠅が、わたしの目の前に飛んでいた。

真っ黒で、不気味で、感情も何もない存在。

本来、複眼が大きく存在する場所は……真っ黒に絶望した人間の顔だった。

口を開き、わたしの顔を舐め始める。

いや、いやあああ!

「あっち行きやがれ!」

棍棒がそんな蠅を薙ぎ払う。

続けて見えたのは、二人の人。

その向こうの青い人。

助けてくれたのか。

「すまない! 一匹逃した! みんな無事かな?」

「この子が舐め回されたが! キャプテン・レッドが確認する限り! 無事だ!」

「毒とかねぇといいんだけどよ。あいつらどう来るかわからねぇ」

「まあ、まずは何とかなったか。異形の襲撃と難産が重なるとは思わなかった」

 よくわからないけれど、この人たちに助けられたのか。

お礼を言わないと。あ、赤ちゃんだからできないのか。

「って、こいつなんかしゃべってねぇか?」

え?

周囲を見渡しながら、耳をぱたつかせて、耳をそばだてる。

ん? 耳がなんでこんなに動かせるの?

あれ? 

え?

首も据わっているどころじゃなく、動く?

え?


「まあ、まずはあの異形の残骸を飲み込む。その子と母親を近づけないように」

「おう」

「同士よ! 了解した!」

「では『飲み込まれろ』」

そのどこか恐ろし気な言葉と共に、地面に不自然な影ができる。

まだぼんやりしている目を向けると、あの蠅が転がっている。

それは数えきれない程多くの蠅が。

私が聖女で誕生を妨害するために、悪者が送り込んだのだろうか?

それなら、やはり責任が重大なのかもしれない。

 地面に無残な姿をさらしている蠅たち全ての下に影がかかる。

飲み込まれろ、という言葉通りに蠅がゆっくりと飲み込まれる様に消えて……。

「オイ」

「くそう」

「同士よ!」

ぶーーーーーん、とその影からさっき聞いた音が聞こえてきた。

「なんでまた蠅が出て来やがんだ!」

「ついとらん! いつもの如くの渦巻く闇に続いて、物陰からも膨大な数が発生してきたと思ったが!

私の魔術からも出て来るか! 飲み込まれもせずに! 法則が通じんと言うのか!」

「まずいぞ! 同士よ! あの飲み込むがために広げた影が広すぎた! 他の物陰もまたあの蠅の発生源となってしまった!」

「止む終えん! もう一度焼くぞ! 『燃え尽きろ』」

その言葉が聞こえた瞬間だった。

炎が、全てを覆った。

私の体は勝手に動き出す。

あ、あれ?

なんで、走れる、の?

疑問を持ったまま、足が止まらない。

思わず走り続ける足。思わず物陰の中に入り込み、その影からは蠅の体が無限に次々出てきて、産まれてこようとしていた。

最初は砂粒程、それが米粒、木の実、瓜程の大きさに変わっていく。

そしてすぐに、あの人の体程の大きさまでに。

次々に発生する蠅。おぞましい洞窟と化した空間。

足は、恐怖に連動し、止まらない。

「しまった!―――――――――――――――――――――――――オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

男の声がした次に、奇妙な少女の声が続く。

恐怖が、私の足をさらに動かしてしまう。

走った先には……。

 音に満たされている。


 あ…………。

……。

…。



「……イタシマス。ゴシュジンサマ」

そんな声が、私を正気に戻す。

続いて聞こえてくるのは、金属を無理矢理切り刻むような羽音。

生き物を容易に発狂させかねないつんざく騒音に意識をを持っていかれてしまった。

見えてくるのは、狭い空間に隙間がないほどひしめき合うあの不気味な蠅。

向こうに見える卵。そこから蠅が産まれ続けている。

あれ? まずウジ虫じゃ?

そのさらに向こう。

暗いけれど、蠅が邪魔するけど、見えた。

壁が。

無数の穴が開いた、気味悪い粘液が迸る壁が。

そこから卵が産まれ、次々と生まれ、蠅が産まれていく……。

絶望が……産まれていく……。

いや、いやあああああああああああああああ!

おぞましい光景と羽音が再び私の精神を侵す……。

「ヒートスイング! ここが根っこかよ!」

棍棒から火がほとばしる。え、どんな原理?

「断末魔を挙げていないとは思ったが! ヒトシ、その子を護れ! いくぞ『燃え尽きろ』そして『巻き上がれ』」

何かに覆われ、一瞬できた隙間からは炎の竜巻がそびえ立っていた。


「…………ォォォオオオオォォォ…………」

突如岩石みたいなのに覆われた私は、四肢で這い出す。

「オイ、来んな……」

赤い蠅が、一瞬で飛んで来た。

それは大きな針を口から伸ばして、私に向かってきた。

岩石が再び覆うより、男の人の反応より、女の人の呟きより早く。

避けられない。

死 んじゃ う。

 あれ?

私は、なんで産まれてきたの?

世界を救うんじゃないの?

針が、刺さる。

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 今度は荒い鼻息で匂いを嗅がれて、無言で舐め回されている。

なんだかもう、散々だ。

あの赤い蠅は、角での突き一閃。

もういない。

助かった。多分助かった。

「モーー」

で、目の前のこれ牛だよね。

そして私。目の前に見える小さな足。蹄だよ。

これ、私の体。

ってことは。

「牛だよな」

「牛ですよね。多分」

「私の魔術の影響かな? 少なくともこの子に限っては会話ができるようだ」

私は、牛の聖女になったようだ。


えーと、これどんな状況?

まず、聖女として転生した。神様にそう言われて。

「……オイ、マジか」

転生して産まれてくる時に、難産になった。

そこをこの人たちに助けられた。

「ニックさんのよく分からない打法がなかったらどうしようもなかったですね。僕たち獣医じゃないんで」

次に、……大きな蠅? みたいなのに襲われた。

何度も何度も襲われた。

危うく死にかけた。

またこの人たちに助けられた。

「何分、私たちにとってもアレらは何なのかわからなくてね。すまないが答ようがない」

それで今。

「モー」

牛に舐め回されている。

私のお母さんが、この牛なのだろう。

私は牛として転生してしまった。聖女なのに。

これって……?


改めて見渡せば、古びて錆び付いた壊れかけた機械や曇ったガラス瓶がそこかしこにある。

何かの研究所? 私が考えていた世界とも大きく違う。

「オイ、ちょっといいかよ」

黒い肌で大柄の男の人が言う。

「お前が言う神は、マジで神だったか?」

え?

「多分死んじまった時に言われたんだろ? そんな非常時に来てお前さんの今の状況にさせたのを考えるとよ、詐欺師なんじゃねぇか?」

え?

「俺らはクソな神に痛い思いをさせられているからよ、余計にそう思うんだよ。お前さんには悪いが、神のフリしたクソ野郎だったと考えられねぇか?」

ええ?

「悪い状況に陥った者に手を差し伸べる詐欺師はいるのは事実。私も散々嫌な思いをしたよ。

その神が君を大切に思うならば、難産にはさせない気はする。

産まれる前に死んでいたのだ。

その程度の力もない神なのか? そやつが神だとしたらだが。

下手したら君を殺……いや失敬。なんでもない」

……え。

「しかし、その神とやらが君を牛にさせた意味がわからんな」

聖女……のはずなんだけど。

「現状、言葉を話せるだけの子牛だよ、君は」

どういう事なんだろう?

私は、一体……?

「あの、思ったんですけど」

青い女性に続き、黒い服の少年。あれ、いたっけ?

「僕の国の言い伝えにクダンってのがいまして。それが人の顔をした牛なんです。

こんな字を書くんですけど」

すると地面に文字を書く。

「この部分が人を意味して、こっちが牛を意味します。何かが発生したという意味にもなるんですが。

しかもあなた、顔が微妙に人っぽいんですよ。

だから言葉を発する事ができるんでしょうけど。

聖女転生の件、ってその神様は言いたかっただけなんじゃ」

そういう意味?!


 神様!

本当のところはどうなんですか?!

なんでこんな状況にして、私の目の前に現れてくれないのですか?!

「実際、もうこんなんばっかだからよ、俺らは微妙に人みてぇな牛がいても驚きはしねぇんだけどよ」

「この世界、ミュータントというかキメラ動物を作ろうとしてて、その実験結果が言葉を話せるあなたという事かも」

ああもう、いや!

「“苦しみ、貪りを取り除きし者、再び母体に宿ることなし。これぞ崇高なる者の帰結なり”

しかし、そもそも君は転生をかなり良いものだと思っているようだが。

私が信仰せしディアスはそれに否定的だ。時に生まれ変わり自体を否定してもいる。私には転生なるものが実際にあるか、わからんがね」

……つまり。

「詐欺野郎に騙されちまったか」

黒い肌の男が言う。

「ただの君の願望か妄想に過ぎないか」

青い女性が言い、続いて黒い服の少年が続く。

「言いにくいんですけど、何も考えていない神様がこの世界の技術を使いつつ良かれと思いあなたをおもちゃにした、という事になるかと」

うああああああああああんんん!

なにそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


 んべえええええええええええええええええええええええええええええ!!

怒りのあまり小さな口を大きく開けて、思わず叫んだ。

「ブモーーー」

お母さん牛が心配したのか、さらに私をベロベロ舐め回す。

ちょっと、聖女どころの話じゃないんですけど!

あの、これどうすればいいの?

「すまないが、それは君自身が答えを出すべき案件だ。

私たちは、この世界から転移せねばならないのだよ。私には3万の民を背負っている。

君に拘泥することはできん。ただの子牛でしかない君を連れ回す余裕もまたない」

「俺は俺で、ベースボーラーとして活躍してぇんだ。元の世界に戻ってよ」

「僕も学校あるし、家族が心配してますので」

……命を生まれる前と生まれた後に二回も救ってくれた人たちが、私に全く興味がないわけじゃない。

でもこれ以上は……。

お母さん牛が私を舐めるのを止め、何かを見つめる。

物陰から何か、というより誰か来る。

 ひょっこひょっこと、小さな機械たちがやってくる。

「ああ、彼らがここの住民のようだ。よくはわからんが何かをここで彼らは研究していたようだね」

「かなり昔になくなった文明の研究を復活させたのかもしれません。あなたがここで生まれたのもそれと関係あるのかも」

「まあ、こいつらと上手くやってくれ。臆病だが悪い奴らじゃなさそうだ」

歪だけど人型の彼らは、手を挙げ歓声を挙げ、喜んでいる。

私の足位の身長しかない彼らは私を見て喜んでいるのは確かなようだ。

「では、これで失礼するよ。ああ、最後に君に言っておこう。

この世界を救うために来たと言っていたが、その子牛の体では言葉を発するしかないだろう。だからこの言葉を送る。

“良い言葉のみ語れ。苦しみから逃れうる言葉のみを”

ディアスの言葉だ。これならばできるだろう。気張り給え」

そっか。

それでいいのか。


「ああそうだ」

そう青い人が言った瞬間だった。

「エラマン?」

「DID YOU STOP AN INTERPERTER?」

あれ?

言葉がわからない?

でもあの小さな機械たちには、私の言葉が通じているようだ。

「エルパラ。私の通訳魔術なしでも問題ないようだね」

「こうなると僕たちができることはもうない事になりますね」

「だな。剣を倒すか」

すると背負っていた変に歪んだ剣を地面に突き立てた。

それを倒すと何かの残骸を指さす様に倒れた。

砂に覆われて、その中に何があるのか、よくわからない。

 機械たちが騒いでいる。

どうやら機械たちが掃除してまとめた掃き溜めらしい。

「すまないが汚すよ。『吹き飛べ』」

風が吹く。砂が吹き飛び、バラバラの骨格が転がっている。

ああ、これ子牛だ。

私が生まれる前に、死んでしまった子牛なんだろうな。

それがいくつも折り重なっていた。

この機械たちが行っていた実験の失敗作なのだろうか。

私は奇跡的に生まれたのかもしれない。

もう、こういう実験をさせないようにしよう。

私が死産になりかけたのも無理な実験が原因かもしれないのだ。

 私を助けてくれた彼らは再度剣を倒して、その内一体を選び出した。

それに剣の柄を引っ掛ける。

「では、君は君を全うしたまえぇぇぇぇぇ!」

「じゃあなぁぁぁぁ!」

「それじゃぁぁぁぁ!」

 彼らはいなくなった。


 ……どうしようかな。

「モー」

お母さん牛が来る。

私を撫でるように舐めてくる。

お母さんとあまり似てない私だけど、気にしていないみたいだ。

小さい機械たちも来る。

少なくとも寂しくはない。

「ねえ、他に誰かいないの?」

そう言うと、一斉に窓の向こうに指を刺した。

何かの動物が見えた。

そこに行ってみよう。

 思わず歌を口ずさむ。

即興の歌を。

機械たちは驚きながら歩いてくる。

この世界で久しぶりの歌なのかな。

歌を歌おう。

たくさんの歌を残していこう。

牛の寿命は20年くらいだっけ。

その間に、この小さな機械たちに歌を聞かせてあげよう。

今できる、良い言葉をリズムで刻んで。


今回、ルノの通訳していない言葉ですが。上から。


わかるかな?


通じるな。


という意味になっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ