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四話 人形の地獄

 鮮血の紅と凝固血の黒が入り混じる世界で。

膨大な顔の中で。


「またハーブ入りだ」

割と平然な顔でルノさん。

「おいおい。三連続アウトだろ。俺らは当たってないぞ」

「どんだけついてないんですか。てか、この食料どっから持ってきたんですか」

「前の世界にあった台所から持ってきた。兵站の確保は魔王たる私の仕事だ」

「兵站っておい。泥棒じゃねぇよな」

「金貨は置いてきたぞ。財貨の魔王謹製の良質なやつだ」

「まあ、お陰で助かってますけど。魔王ってルノさん以外にもいるんですね」

なんかこの人、魔王らしさがないよな。

自分から食料確保してるし。

いや、ゲームやアニメのイメージだけどさ。

ワサビ入り大福をつかみ続ける位ついてなくて、それでいて人の好さみたいなのも感じさせる。

姿も髪が青いのを除くと普通の人間と大差ない。

魔術という点は、よくわからないけど、並みじゃないかもしれない。

この点は魔王らしいかも。

「有力なのは私含めて10人。自称の輩も入れると無数にいるな。……また別なハーブか」

「それおにぎりで、梅干しです」


 うめき声が、聞こえる。

壊れる音が、聞こえる。

紅と黒に占められた、この空間で。

顔に占拠された、ここで。

「魔王ってよくわかんないんですけど、どんな事をやっているんですか?」

「む。ああ、ヒトシの所にはいないのだな。魔族の王。人間の王様と大差ないよ。少なくとも私に関しては。私以外は好き勝手に富と勢力を増やすことばっかりだ。侵略と下剋上で栄枯盛衰を繰り返している。その中で私は国を作ったんだ」

「本当に王様だったんだな。んで、跡を継いだとかじゃねぇのか」

「そうだな。私のクライディウス一門がどうしようもなく没落していてな。復興させたかったんだ。酷いものだったぞ、叔父が私を奴隷として売り飛ばそうとした位だ」

「おいおい」

「父と反目してたからな、嫌がらせもあったんだろう。それで私は叔父を丸焼きにして、代わりに奴隷商人に売り飛ばした」

「うわあ」

「叔父に近い親類から恨みを買うだろうから、計画を早めに実行したよ」

「計画?」

「人間の家系を買って、人間のふりをして魔術大学校に行った。人間たちの方が魔術が多彩だったからな。奨学金ももらえたし。私の場合髪を黒くすれば問題ないんだ。私の世界は髪の色で魔族か人間か区別しているにすぎないからな。それにそんなことをやる奴は私が初めてだ。誰も怪しまんかったな。精々変な田舎者程度だ」

む、無茶苦茶だな、この人。

「ただ、学費で奨学金は尽きたからな、寮の物置用の屋根裏で食うや食わずの生活だった。だというのに窃盗は入るは、寮は火事になるは。結局学校の屋根裏に居を構えて、居座った。その辺の鳥やら草やら食って飢えを凌いでたな」

「おいおいおいおい」

その時か、毒の物がわかるようになったの。

「そんな中で構築したのが通訳魔術だ。有効な魔術を構築できれば特許を取れる。それで大分稼げて助かった。君らと話せるのは、一門の没落のお陰かもしれんな」

女神は置いといて。


するとその時、たすけて、に近い大きな声が耳に入ってくる。

通訳されたのか……。

あのさっきから聞こえてくるうめき声はそういう意味だったんだな……。

「……」

「……」

「……」

「いい加減、現実を直視しようか……」

「……だな」

「……ですね」


「本当にここは、何だろうな」

ルノさんが困惑気味に言う。

辺りには顔。顔が敷き詰められている。

その他無機質な体のパーツがいくつか。

それらは鮮血の様に紅く、所々影を作るかのようにドス黒い。

とは言え生き物の顔ではない。

人形の体だ。

人形で埋め尽くされた、地獄。そう表現するのが一番早い。

空の色までが、紅く黒い。

「ジェノサイドフィールドかよ……」

「ニック、思い当たる事があるのか?」

「俺がガキの頃、戦争でな。最前線にいたテンパった俺みたいな奴らが、殺しあった光景がこんな感じだったらしい。詳しく言う気はしない。ただ俺がその中にいたかもしれないと思うと、嫌になる」

「ニック、君はそのような事をしてないし、今は余計な事を考える暇もないはずだよ」

「そうだな。すまねぇ」

ニックさんも色々あるのかもしれない。


ともかく、僕がやれることは。

「それじゃ周囲を見てみます――――このキャプテン・レッドに任せたまえ……――――あれ?」

力が抜けた。変身も解ける。

立つこともままならない。

あれ? おかしい、なんでだ?

「ヒトシ! どうした?」

「なんか、力が、はいりません」

「立てねぇのか? 肩を貸す……いや、背負うぞ」

うわ。本当に力が入らない。

こんな時に……。

「ニック、剣は私が持とう。ヒトシを頼むぞ。あとヒトシ、気を病むな」

「すいま、せん。なんで、だ……?」

虚無な人形の顔と目が合う。

何を言いたいのだろうか。

「人形……だから、か? それ、になった、から?」


「……ともかく、剣を倒そう。方向位は検討つけんと」

「そうだな。こっちか」

垂直に近い崖。それも人形の顔やパーツでできている。

何かを言いたげ見えて仕方ない。

「気にしてもしょうがねぇ」

と、僕を背負ったまま手を使わずにニックさんは軽く登っていく。

ルノさんは服や髪がたなびいているところから、風に乗っているのだろうか。

やっぱりただものじゃないな。

くそ、役に立たないな。


 移動して5、6分。

少し特徴のある人形があった。

紅くも黒くもない、古ぼけた人形だ。

顔から日本人形のように見えた。

ルノさんが剣を倒す。

「まさかこの人形か?」

「方向はそうだけどよ。人形が勇者か? いや、さっきは犬が勇者候補だったけどよ」

「生き物ですらないな。さすがに別……」

ルノさんとニックさんが何かを察した。

何を感じた?

ああくそ。キャプテン・レッドじゃないと僕の感覚は鈍いぞ。

ん?

「あ、そこ」

見ると人形の背後、その影。

何かが、出てくる。

影が大きくなって、宙に浮いた。

「ん、待って。あたしは敵じゃないよ」

 影が黒い鳥、カラスの姿に。

そう認識した刹那、人の形へと変化した。

いや、少し違うか。

「あたしは、ラハブ」

漆黒の髪にシャツにストレートパンツ。

「死神です」

それに真っ黒で大きな一対の翼。


「改めて聞く。君は何だ」

「うん、死神」

くすくす笑いつつ、彼女は言う。

「よくわからん。んで、俺らになんか用あんの?」

「生き物がここに来てたからさ、気になって。元々この子に会いに来たんだけど」

傍らに転がっている人形に優しそうな眼差しを向ける。

「私たちもその人形に用がある……事になるのか。剣を抜いてほしいんだがな」

「え、あ、それ?」

急に気まずそうな表情に変わる。

「フォーチュン絡みかな?」


「フォーチュン?」

「それ、女神から渡されなかったかな?」

「馬鹿女神か」

「クソ女神か」

ダメ女神ですね。

「うん……、フォローできないけど、その子。名前がフォーチュン。幸運の女神のフォーチュン。剣を使った何かを作っていると思ったけどさ。デザイン的に多分そう」

「知っている事を教えてほしい。私たちは巻き込まれたんだ」

「本人に悪気はないんだけどロクな事をしないの。

下調べと反省と後悔と思慮の言葉が頭の辞書にないことで有名でね。なのに無意味に力はあるものだから。関わったら最後、遺書を書いて諦めるしかないのよ」

ろくでもなさすぎる。

つまりあの頭から抜け落ちているのは、常識か。

「ただ運だけはやたらいいものだから、やらかす物事が落ち着くところに落ち着いちゃってね。厄介すぎる誰もやりたがらない案件を任せるために放置されているの。

何をやってもなんとなく上手くいくものだから」

「それは君らの体制が悪いのが奴をのさばらす原因だろう」

「つーか、幸運の女神ってテメーだけが幸運なだけじゃねぇかよ。他の奴からむしろ幸運を奪ってねぇか」

「うん。その通りなんだよね。ごめんなさい」

つまり僕たち三人、ついてなかったんですね。

どうしようもないくらいに。


「それで、この子に剣を抜いて欲しいって事だけど、どうしてかな?」

「言ってなかったな。馬鹿女神に勇者を探せと言われたのだが、この剣を倒した方向にいる者が勇者候補らしくてな、その人形がその勇者候補らしいんだ。抜いてほしい所だが……」

「うん、仕事の雑さ塩梅があの子らしいよ……」

「さっきは犬が候補で、今度は人形だぞ。どうなってやがる」

生き物ですらないです。

「勇者というのがあの子、フォーチュンにとってなんなのかわからないけど。この子、ここにいる人形を候補にしたのは当然かもね。犬は適当だったろうけど」

やっぱりさっきの世界は徒労でしたか。

でも。

「当、然って……」

僕がそう言った時だった。

来る。


 岩石を鉄球で打ったような音がした。

間に合った。

目の前にいるのは頭骨。

不自然に純白な、漂白されたような犬か何かの。

ただそれは巨大で、地面より首の骨一本が伸びている。

その口が僕に噛みついている。

でも僕に傷はない。

「ヒトシ!」

「ヒトシ、人形になったのかよ! 助かった、ありがとよ!」

ルノさんとニックさんに返事をしよう。

「……ォォォオオオオォォォ……」

やっぱりこれしか出ないな。

今僕が身しているのはテレビゲームのスタークエストに出てくる召喚獣、アイアンゴーレム。

不意に出てきた化け物。だから僕は今まで使ってなかった人形に変身した。

変身してなかったら、ニックさんも危なかったな。

頭骨は執拗に僕に噛み続けている。

そのまま噛みついていろよ。全力を尽くせばこの姿のまま居続ける事はできるんだ。

「離せ! コラァ!!」

ニックさんのフルスイングが頭骨の鼻面にヒットした。

僕を放す頭骨。崩れ落ちる骨。

「待て、再生してる……」

欠けた部分を地面に擦り付け、地面の人形のパーツを欠けた部分にくっつける。そして純白になり、元に戻った。

「上等だ。無限にぶっ壊してやる」

「壊し続けて時間を稼いでくれ。それで動きも止まるだろうしな。飲み込ませる」

ああ、くそ。

邪魔にならないようこのアイアンゴーレムのまま居続けることしかできないぞ。

役に立ちたいけど、力が抜けるのを必死で我慢することが限界だ。

「ねえ」

ラハブと名乗った、死神だという女の声がした。

「この子にあなたを貸してあげて」

人形の手が僕に触れた。


 髪が伸びる。

すっくと、紅い地面に立つ。

死神の黒い女が何故か差し出している手鏡に、虚ろに、でも光り輝く瞳のあの人形の姿が映っていた。

古ぼけた赤い和服の少し小柄な人の背丈ほど。

これがあの人形の設定? いや、僕は設定の知らない人形に変化できるのか?

流れ込む記憶。

“ここは地獄。人形の地獄”

決意。

“護る。ゆるせない”

僕の意思とは関係なく動く体。

膨大な髪を暗闇を作るかのように、辺りを覆う。

「これは?」

「ヒトシ? いや、別モンだ」

“恨みを持つ人形。憎しみの人形。傷つける人形。流れ着くのはここ。罰を受ける”

言葉、記憶が続く。

それと共に、頭骨を髪で覆いつくす。

“人形が悪くなくても罰を受ける。罪を負う。だからゆるせないゆるせないゆるせない”

頭骨のわずかな隙間に一本一本入り込む。

“静かにして”

搾り取るように締め付けている。

“静かに”

何かを吸い取りながら。体液か、魂か。何かを。

そして映像が流れ込んできた。

この世界のどこか。切られ、潰され、投げ捨てられる人形の。

これ以上穢されたくなかったんだな。

あの叫び声はそんな所から聞こえてきたのかな。

“あの子かわいい”

誰の事?


「この子、ハナっていうんだけどね」

ラハブが話す。人形の髪をすきながら。

「元々は人形に封印された強力な悪霊か何かだったみたいだけど、今は自分が人形だと思っていて、安定してるみたい。

だけど、たまにこの世界に来て人形たちを少しでも慰めるべく祈っている。

あの頭骨は人形たちの尊厳を傷つけると考えたんだね」

「それで、ヒトシの能力を借りて本気を出した、と」

「そ」

「あれは防ぎようがないぞ。あのバケモンはもういねぇしな。何をしたか知らんが」

「助かりましたけど」

なんか少し力が出るな。あの人形のお陰か。

人形にとっての地獄であるため、人形に変化した僕は力を出せなくなったらしい。

「あたしがこの子に会いに来るのはそんな行いをしているから。死んだものを送るあたしくらいしか来ないしね」

「ところで君があの頭骨のような存在や聖剣について知っていることはないのか? あの馬鹿を知っているようだが」

「ごめんね。あたしもあの子が何をやっているかよくわかんない。何かに巻き込まれてあなたたちに頼っているのかもしれないけどね」

「あのクソがやる事は悪いことにならんというのを、俺らは信じるしかねぇか。早く練習に戻りてぇけどな」

「私も国戻ってやるべきことが山とあるんだがな」

「それで、剣は抜けるんですかね」

剣の柄をハナという名の人形の手元に置いてみる。

……握った。マジか。

鞘を引いてみる。

「抜けないです」

「やはりか。……ってまたかぁぁぁ!」

「うお! ありがとよぉぉぉぉ!」

「ありがとうございまぁぁぁぁ!」

またしても落ちる感覚。

最後、死神と人形が手を振っているように見えた。


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