三十二話 大太真言
「大太、出立!」
画面越しに、巨大ロボ・大太が地上を歩み出す。
その一歩一歩は地鳴りを挙げ。かつ確実に地面を捉えていく。
墨染の服は風に靡く。
口は微かに開き、左手は垂直に顔の前に聳え、準備は万全だ。
「こちら播磨院指揮所。アスラ君、十分注意して! いつもの相手ではないかもしれないわ!」
「わかってる。探知結界の内側にいきなり妙な反応が現れたんだろ。ラーマ・アームの奴らにしたって変だ。それに……ここが反応のあった地点だってのに、何もないぞ。何かの間違いか?」
「でもいままでそんな事起きた事がないわよ。十分な確認をお願いするわ」
「大太の感覚である六根の清浄レベルを上げて、より探査を行う……なんだ? 警報?」
「大太の体内に異物発生! 生体反応?! それに機関の一部破損!! これは……緊急対処・丁の発動が最適! 速やかに発動を!」
「くっそ! いきなりほとんど最終手段じゃないか!」
「…………」
「おい、ルノ。大丈夫か」
「タイヘンムザンナジョウタイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「ええい! いきなり訳の分からん金属の紐にかくも複雑に挟まれるとは思わなかったぞ! だから何故に私だけこうなるのだ! くそう、せっかく背嚢に用意した雨衣や食糧は一瞬で無駄になってしまったか。
水や食料に無駄にまみれて、気持ち悪い!」
「ゴシュジンサマノゲンジョウモ、サイアクデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「だな。瞬時にアリムになって小さく隙間に収まってるヒトシはともかくよ。みんなそろって何かの機械の中に転移しちまった。俺は片手で懸垂してる状態だぜ。これだって他に捕まっていられる場所がねえからちょっと壊して掴み所を作ってるしよ。
大体ルノは知恵の輪みてぇな状況から脱出さえできてねぇ。メチャクチャ体をよじって挟まっててかなりヤベェぞ。体が柔らかいのがアダになってやがる。
でもって持ってきた背嚢はみんな揃ってダメになっちまった」
「ナニカノコウジョウカ、シセツノヨウニオモイマス。ゴシュジンサマ」
「だが、ここまで複雑な構造物なら下手な事はできないのではないのかな。ああくそう、簡易な鎧代わりに重厚な作りの服を着てきたのがさらに状況を悪くしてしまったか! 全く出られん、そこら中に絡まる………………っ!!!!!!」
「おい、どうした?」
「駄目だ! 『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』」
「高温反応! 大太の構造物さえも溶ける温度よ! 一体どうして!」
「準備完了! 丁を発動する!」
「くそう! マズい!」
「どうした? 無理矢理金属を溶かして脱出したけどよ……って動き出した! ルノがいた所が特によ! 危機一髪じゃねぇか!!」
「コノシセツコソガ、ゴシュジンサマカモシレマセン。ゴシュジンサマ」
「ヒトシ、何を言ってやがる!?」
「次々に大太の内部が破損! 融解したと思われる! このまま続けて!」
「了解! 六根を清浄にし続ける!
りん
びょう
とう
しゃ
かい
じん
れつ
ざい
ぜん」
「何だ、この声! ルノの魔術じゃ通訳できてねぇのか?」
「私の魔術を展開する際の文字列に近いかもしれん! 意味はなく、所定の効果を発揮するように羅列するのが目的なのだろう! それ以上に……!」
「ゴシュジンサマノオカラダガ、ウゴキツヅケテオリマス。ゴシュジンサマ」
「ヒトシ、そこに塊が!」
「ヤベェ! 逃げろ!」
「大太の機動に障害が発生している!
まさかこれでも対処しきれないのか?!」
「さらなる対処が適切か速やかに探査するわ! まだしばらくその対処のままで!」
「…………ォォォオオオォォォ…………」
「塊がヒトシを押し込んでいる状態だから、巨大なアイアンゴーレムでもその場所に留まれるというのか」
「俺らは俺らで自分の状態を心配しねぇとよ! おっと、揺れる。危ねぇ」
「む……何か来る!」
「六根を清浄にし続ける大太が、体内において異物を見つけた! 場所は心の近く。数は三つ。
まずはこのままで排除を試みる!
ヒ フ ミ ヨ
イ ナ ム
ヤ コ ト」
「何かの文字? この世界の文字か? 一体なぜ、この鉄骨の間から染み出してきたと言うのだ? 敵か!?」
「入り込んじまったのは俺らだ、排除しようってんだろ。もしくは」
「今回の異形か」
「…………ォォォオオオォォォ…………」
「緊急対処・丁によっても速やかには排除できない!
抵抗が見られる!
大太には一切の苦痛は見られないが、効果は著しく遅滞!
異物は心に近いのも危険だ!」
「仕方ないわ! 最終対処・真言を!」
「最早それか……。 ん? 次々に衝撃が来る! 異物がさらに暴れているのか!」
「対処・丁と激しく反応している? こんな事あるなんて!」
「くそったれ! こんな狭い所じゃ下手にバットを振れねぇぞ! これ以上この設備を壊したらどうなるかわからねぇしよ! この文字はぶっ飛ばせっけど、どこからでも染み出てくる以上、そんなもたねぇ!」
「『沈め』くそう! 酸欠になりかねんからこれ以上火魔術は使えん! こうも狭いと風魔術も効果が薄い! 私の攻撃もかなり限られるし、一時凌ぎにしかならん! ともかく脱出せねば!」
「それがどっから出りゃいいんだよ! どっかぶっ壊すしかねぇぞ」
「止む終えん……やるか。壊すぞ」
「…………ォォォオオオオォォォ…………」
「準備は整った、いくぞ。最終手段・真言……って大太! 何をしている」
「大太! 私たちの言う事を聞いて!」
目の前の虚空に、今まで見た事のない闇が渦を巻いている。
それは明らかに邪悪で、戦慄を覚えさせてきた。
「清浄にした六根が正確に感知! これだ! 結界の中に現れた何かは!」
「大太は、これに反応したの?」
「それじゃ大太の心近くに発生した異物は……? それどころじゃないってか!」
「何てこと! 緊急対処・丁はそのままできる限り続けて! 異物の動向がわからない! 加えて、前方への警戒も!」
大太は両の手で印を組み、警戒を強めている。
丁の発動も止めてしまっている。
「大太、丁の発動はどうした? そこまで前の闇がヤバイのか! 異物はお前の心のすぐ近くなんだぞ! 止めてしまうなんて!」
「しょうがないわ。大太の意向通り、まずはあの闇よ!」
「…………ォォォオオオオォォォ…………!!!!」
「ヒトシ? どうした?!」
「何か気づいた事があったのかよ? ゴーレムじゃ話せねぇな。その塊をどかすぞ!」
ゴオォン!
「なんだ、この衝撃音! 大太? 真言ができないのか?」
「……想定外! 異物が予想以上に深刻な損害を与えてる! あとその目の前の闇……!」
「何かが出てくるぞ!」
虚空に浮かぶ闇。
そこから大きな岩が転がってきた。
色味はくすんだ黒。
今ここから見る限りでは、ただ大きいだけで何かをする気配はない。
そう思った時だった。
「うわああああああ!」
「きゃああああああ!」
これはなんだったのだろう。
転がってきたのは岩。それがここまでの被害を発生させた。
「播磨院指揮所! 大丈夫か!」
「通信……異常なし、防護壁等が破損あり! 大太とアスラ君は?」
「大太の各所が小破及び中破! 大太が両手を合わせていたから喉の定座部は問題ない! また来るぞ! 見るな!!!」
なおも衝撃が大太と指揮所だけでなく、その結界内全体に響き渡る。
大太が纏う、墨染の衣が破けさらに大太の体がついに壊れはじめる。
「大太……! 大太! 真言を! 大太!」
大太は、合わせていた手を衣に移し、破り捨てる。
それどころか、その身にまで手を押し当て、体を引きちぎろうとしている。
「一体何をしてるの? こんな事今まで……」
「異物が、大太に何かしていると言うのか! こんな時に!」
大太は、自らの体を壊し始めた。
その間にも三度岩が目を見開く。
それは大太の胸部にも浸透させる。
ついに、大太の心臓部が外気に触れた。
触れてはならない大太の内部が、露わになってしまった。
その時だった。
“『燃え尽きろ』そして『吹き飛べ』。こちらからは感謝を述べよう”
真っ赤な光線が、一直線に岩に向かって照射された。
「通信? 播磨院指揮所、聞こえたか? それと、あの光線は一体?」
「指揮所には通信は入っていないわ。光線の元は……人? 大太の胸の穴の中に、全身青い人がいるわ! 一体誰?」
光線は岩を一直線に焼き始め、岩もその動きを一時止めた。
“私としてもここまでの威力を放つのは初めてだ。彼の支援の元、あの異形を撃ち果たそうではないか! ニック、ヒトシ! 頼むぞ。『吹き飛べ』”
「播磨院、またも通信! また何かが発射されるぞ! そしてあれを討伐しようと言っている!」
「了解! 大太の胸部より、ふたつ、じゃなくて二人の人物が発射された! 二人には……」
「OK! ヒトシ、ちゃんとバットに乗っていろよ!」
「ショウチシテオリマス。ゴシュジンサマ」
照射され続ける真っ赤な光線の少し上を二人の人間が放たれ、宙を行く。
その発射された二人の体には、加護の文字が書き込まれ、その内小さな女の子が両手に掲げるように持っているのは。
「あれは、真言だ!」
ボールの様に濃密に丸めた真言の文字だった。
「空中でもやってやるぜ! 非衝撃ホームラーン!」
男のバットに乗っていた女の子が、そこから放たれ岩へ一直線に向かって行く。
「オウケトリダサイマセ。ゴシュジンサマ」
丸まった真言の文字が彼女手から投じられようとしている。
ただその時を待っていたかのように。
岩が目を見開いた。
巨大な黒ずんだ岩が、文字通り目を見開いたのだ。
四方八方に金色の不気味に輝く無数の目を。
その見開いた目を確認した瞬間、衝撃波が襲い掛かる。
4度目の衝撃は、結界内をさらに滅茶苦茶にしてしまう。
「ゴシュジンサマカラノオコトバデゴザイマス。オウケトリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
それでもその女の子は、真言を投じた。
真言が、岩を包み込む。
衝撃であの赤いレーザー照射も消え、こちらが出せる起死回生の一撃は。
網の様に真言の文字が包み込んだ。
5度目、6度目の目の見開きにも一切文字は動じず、それどころか衝撃波を完全に受け止め、岩を破邪していく。
大太が合掌した。
そして、大太がとアスラ君が同時に一言。
「ウン」
音もなく、岩が砕け散った。
「終わったのね!」
一体何だったのだろう。
ここまでの被害を出させる存在はなかった。
「播磨院指揮所! 大太の心付近にいる人物から原理不明の通信が入った。まだ油断するな、あの岩付近から何かが出てくる可能性があるそうだ!」
「了解! あれは何なのか、説明は?」
「もう少し落ち着いたらわかる範囲で説明するそうだが……、結界の外! 別な何かが!」
「ラーマ・アーム! タイプ・虚無! 結界が弱まる機会を伺っていたのね!」
虚ろな顔の、力の抜けたマリオネットの様な細い体と足取りをした、私たちが日々戦っているラーマ・アーム一匹が結界内に侵入してきた。
虚無タイプだと言葉もなく、原始的な生物並みの本能のまま人々を襲いかかる。
頼りない足取りのまま、あの岩の元へ。
すると岩が砕けたと思しき微粒子が、虚無タイプに纏わりだした。
吹きこまれる様に、禍々しい闇の微粒子が虚無タイプの中に入り込んでいく。
虚無が、急激に禍々しい雰囲気を帯びていく。
私たちが戦う、世界を崩壊させるために様々な存在を送り続けるラーマ・アームの尖兵の一つが、今までに見た事のない醜悪な存在へ変わっていく。
“くそう! 私は行くぞ!”
大太の胸元から一人の人物が、その人物が放った光線と同じ速度で飛び出した。
その人物にもやはり真言の文字が体に刻まれ、大きな力は発揮できる状態ではある。
でも……どうするつもりなのだろうか?
大太とアスラ君に被害を与えないために飛び出て行ったと感じを受けた。
あの女の子とバットを持った男は?
あの二人がいると思しき場所からは、次々投石が繰り返されている。
そんなのじゃ普通の虚無タイプですら排除できない。
あの禍々しい存在には、とても無理だ。
大太が打てる手は……今何がある?
「ああ ああ よくない ああ ああ よくない」
声が不意に大きく響く。やさしい声が大きく轟く。
これは、大太の声だ!
「大太? 今自分からお前が?!」
そんな! 自ら厳しく律してるのに!
「はりまいん はりまいん わたしの わたしの わがままを わがままを きいてくれ」
「播磨院指揮所! 大太のはじめてのわがままだ! どうか聞いてくれ!」
「了解! 大太、どうしたいの?!」
「あの あの ものたちに わたしの わたしの ぜんりょくを ぜんりょくを そそいだ しんごんを おおいなる しんごんを とどけたい」
「大太! 敵やお前自身に向けるのではなくて、あの三人にやるのが一番いいってのか!」
「いままでそんな事なかったわね……。でもラーマ・アームの首領であるヤッカを超える危険度と今判定されたわ! 大太の判断を信じましょう!」
「ありがとう ありがとう わたしの わたしの ぜんりょくの しんごんを いま まさに いま まさに とりおこなおう」
大太の両手が再び合わさり、次々に印を結び、口から真言が紡がれていく!
「おん」
これだけで大きな力が生まれる。破壊された木々から早くも新芽が伸び始める。だから大太は普段言葉を発しない。
「あぼぎゃ
べいろしゃのう」
真言が文字になって飛んでいく。
「まかぼだら
まに」
善なるものを守る文字が。
「はんどら
じんだら」
悪なる者を罰する文字が。
「はらばりたや」
漆黒の虚無へ、あの三人へ、飛んでいく。
「うん」
まず虚無を拘束した。
だがその攻撃でもある拘束を破り動く。
大太の奥の手の真言なのに、結果はこれだ。
本来ならこれで浄化されるはずなのに。
「ルール無視の、連続ホームラーン!!」
その大きな声と共に、いくつもの文字が地面から飛んでくる。
それは虚無を再度拘束する。
あれ、え? この距離で声が?
「同士よ! キャプテン・レッドが確認するに! あのダークシャドウが乗り移りし存在の! 弱点は! まさにあの仮面如き顔! 再度攻撃するとしようではないか!――――――――――――――――――フタタビオウケトリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
男の声がしたと思ったら、ロボットみたいな声が届いた。
すると今度は三か所から膨大な大太の真言の文字が虚無に向かって行く。
その量は実に膨大で、瞬く間に虚無の顔が真言の文字の色である青・黄・赤・白・黒に包み覆われていく。
虚無がその真言の文字に耐え切れず、膝を屈した。
“さて、聞こえているかな”
大人の女性の声が届いた。
おそらく大太の心の位置から赤い光線を照射した人だ。
“止めを刺す。後程諸々を話そう。『飲み込まれろ』“
飲み込まれろ。
何か怖さを感じさせる一言と同時に、あの禍々しい外見となった虚無タイプが、地面に堕ちて行く。
消えていく。
半身が消えた時だった。
ぶちん
虚無が、その体を引きちぎった。
両腕を地面に突き刺し、歩き出す。
あの三人に襲い掛かる!
あそこまで真言の文字に覆われながら動き続けるなんて!
未だに原理不明の通信がここまで届く。
“こうきたか! ついとらん!”
“クソが! センターフライより高く打ち上げてやる!”
“来るならば! 来い! ダークシャドウめ!“
彼らの叫び声がつんざく。
虚無の体が不意に大きく浮き上がり、炎が爆発し、岩石がさらに投じられてはいるが。
「さんばらさむさら さんばらさんむさら」
大太が更なる真言を自らの意思で執り行う。
口から出た真言の文字は、空中で固まり出す。
様々な色をした文字が輝く金色一色になり、隙間がないほどに密集していく。
それは邪悪を打ち砕く法具・独鈷杵の形を作り出していく。
「おん」
それを大太は手に取る。アスラ君と同時に声を出して。
「うん」
鈍い金の色をした虚無へ、投げつけた。
そして、独鈷が突き刺さると同時に虚無は幻の様に砕け散り、いなくなった。
「申し訳ない。迷惑をかけてしまったね」
服どころか瞳も髪も青系統で固めたルノールと名乗る女性が言う。
ただ青い外見に、不釣り合いな5色の文字が未だに体中に描かれていた。
「俺らをああいったよくわらねぇ奴らが襲い掛かってきやがんだ。今回みてぇなこの世界の奴と合体しやがったのは初めてだったけどよ」
野球のユニフォーム姿の黒人がそれに続く。名はニックだと言う。
白地に緑のユニフォームと肌にも描かれた文字は、やはり似合わない。
「それ以前にあのロボの中に転移してしまったのが良くなかったんですけど。僕たちが転移先を選べないから仕方ないですが」
……初めて見かける特徴のない学生服のヒトシという男子高校生にも5色の文字は描かれていた。
「その前にお前は、誰?」
「私もアスラ君もまずは同じことを聞きたいわ」
「メイドも赤いヒーローも僕です」
うん、わけがわからない事はよく分かったわ。
「それにしても不思議な模様、文字なのかな? 当初私たちを排除の為に文字が油の如く染みてきたが、途中から明らかに意図が変わったのを感じた。実際、文字が体に付着した途端、魔術が今までにないくらいの出力で出せたのだよ。
ニックとヒトシもまた、いつも以上に体を動かせたように思う」
「それは呪文を正しい修行を経て唱えると、梵字という文字として宙に出ていくんだ。善良な者には加護を、邪悪な者には破邪の効果を発揮する。大太は誰よりも何よりも強い力を梵字に与える事ができる。それだけの荒行をやったんだ」
それだけの修行を、生身の人間ではできない荒行をロボットである大太は成し遂げた。
それもラーマ・アームの進撃に対応するがために、不眠不休で。
「あのでけぇロボに迷惑かけちまって、それどころか助けてもらっちまった。礼を言いてぇんだけどよ」
「もう来るわ」
シャン、シャンと錫杖がなる音が聞こえてくる。
その音を鳴らしながら、大太は入ってきた。
大太は無言で一礼をし、そのまま像みたいに壁際に立ち尽くす。
傷だらけで古い仏具同然のくすんだ輝きが、不思議と眩しい。
「この度は感謝する。しかし、しゃべらないのだな」
青い女性の言葉には、いつものように合掌しながら一礼を返すだけだ。
「声を出すだけでも影響を与えてしまうんだ。見てくれ、さっきの戦闘で倒れた木々からもう芽が伸びてきている」
早すぎる。
修行の果てに、人間ではたどり着けない所まで大太は行ってしまった。
不用意に影響を与えるのは良くないと、大太は一切を語るのを止めた。
口を開くのは世界を滅ぼそうとするラーマ・アームの尖兵と戦う時の呪文や真言のみだ。
だからアスラ君や私が大太の意思や言葉を代替している。
「それで戦う時には、あの大きな体に乗り込んでいる形ですか。なんか入れ子状態ですね」
「もしかして私たちが転移してしまった場所の近くにいたのかな? 私の通訳魔術を聞いていた気もするのだ」
「……どうやらそうみたいだ。大太の思念を読み取るとな。あの戦闘体に乗るときは大太は人で言う心臓の辺り、俺は喉の辺りに乗る事になっている。
あんたへは、呪文とも真言とも違う能力を正しく使う者である事を感謝したい、そうだ」
「それはこちらも同じく感じたよ。同じく感謝する」
「困ったな」
ニックが言う。
「俺は神とかを信じねぇんだけどよ。改めて接すると、普通の人間へのお礼じゃ何か違う気がするんだよ。どうすりゃいいんだ?」
本来は高僧への慇懃な礼や儀式にのっとり行はなくてはならない。
でも、大太はそれを全て断っている。
少し無礼なくらいがちょうどいいらしく、アスラ君は荒めの言葉を使っている。
「手を合わせて一礼をする。それだけで十分だ」
「わかった。こうでいいな。助かった」
「では私も。改めて深く感謝する」
「じゃ僕も。ありがとうございました」
三人の簡素で深い礼を大太もまた合掌し、礼を返した。
「すこし また すこし こえを こえを だしても よいだろうか」
再び大太が珍しく声を出した。
「かれらは おんじんの かれらは すぐに すぐに たびだとうと している。
わたしから わたしから しゅごの しゅごの じゅもんを わたしたい」
大太がそこまで彼らに肩入れするのは予想外だ。
でもそれだけの事を彼らは背負っているということだろうか。
「まあ、公にならないようにな」
「そこは そこは ちゅうい しよう
では とりおこなおう
さんばら さむはら
さんばら さむはら
さんばら さむはら」
彼ら三人の右腕に5色の梵字が腕輪の様に集まる。
体に描かれていた文字と大太が口にした呪文の文字も、右手首に集まっていく。
大きな煩いを小さくする呪文だ。
彼らには身体を強化するより、避けようもない困難をより小さくする呪文が良いと大太は判断したのだろう。
虚無との戦いを見るに、単純な戦闘ならば相当な強さを誇るのは確かなのだ。
「ちょっと派手なリストバンドだ。微妙にポップだぞ」
「ふむ……、何か力を感じるな。不思議な魔術だ」
「んじゃ、そろそろ行くか」
ニックが背負っていた傷だらけの剣を下ろした。
なんでも戦闘体の大太の中に転移した際、挟まったからと無理矢理引き抜いたらしい。
それを地面に立てて、倒した。
不自然な軌道を描き、ひとつの方向に倒れる。
それは大太が立っている方向だった。
今回も大太の力が必要という事だろうか。
「……いや、こっちだな」
「この杖、か」
「あ、すいません。つまり杖の上にある輪っかの所に、柄を引っ掛けて、ですか」
何をしているのだろう?
「それじゃ邪魔したなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「迷惑をかけたぁぁぁぁぁぁ!!!」
「さよならぁぁぁぁぁ!!!」
そして彼らはいなくなった。
「本当にあんなんでいなくなるんだな」
アスラ君が言う。
彼らは異世界を巡る旅に無理矢理出されたという。
そして様々な世界に立ち寄っては正体も意図も不明な異形としか言いようのない醜悪極まる存在と戦い続けている。
この世界に立ち寄った事が、幸いである事を祈るのみだ。
大太は再び合掌する。
私とアスラ君は、彼らの安全を願い、呪文を唱えた。
「さんばら さむさら」
と。




