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三十一話 グラン魔王国戦記8

「ところで、そうも露出の多い服装は寒くないのかな? ピーナ」

「別にいいでしょ、あんたが支給した服なんだし。いつも裸同然だから下手に服を着ると暑くて仕方ないの。大体こっちが聞きたいわよ。

顔以外全部隠してて暑くないの? ルノール」

「私の運が悪いのは知っているだろう。怪我を少しでも避けるためだ。兜も被りたいが、魔王の頭には王冠のみだという風潮をなんとかしたいのが本音だよ。無駄に怪我をする」

「変わんないわね。その意味がわからない不運っぷりは」

「かく言う君は逞しくなったね。私の敵として現れたが、そこはうれしく思うよ」

 顔以外を徹底的にまで外気に触れさせてないルノさんと、胸元と腰ぐらいにしか布地のある物を身に着けてない髪が独特の斑模様になっているピーナという女性。

初めて見た時みたいな化粧も装飾もないからか、それともこれが素だからか、この人も近くで話しているのを見たら魔王という感じはない。

初めて見た時の毒気みたいなのがないからかも。

ただ、この人の体勢は気になるけど。

「わたくしは、いつまでこのままでいるのでござりましょうか? もう何日もわたくしの体から一時も離れておりませぬ」

さっきからずっと甲冑を着ていないマールーさんに抱きしめられている状態。

たまにこのピーナって人の体から骨が軋むような音が聞こえてくるんだけど、大丈夫?

「もうちょっと、もうちょっとこのまま。ルノールとの交渉条件なんだからしっかり抱きしめて。おかあ……マールー」

「…………マールー。もう少し頼む」

「承知いたしました」

今一瞬、表情が凄く幼く見えたのは気のせいだろうか。


「“禁断”……じゃなくて“善政”。書簡は確実に上に渡す。“騎竜”の件はまあ問題ないだろう。ちゃんとあいつの子供は開放するよ。もう意味はないしね。

それにこちら側が十分すぎる物を得たんだ」

話しかけてきたのは地味な灰色の中国服みたいなのを来た男。

意外にもこの人がこの世界における勇者だとか。

この世界だと勇者という意味合いが、CIAのエージェントみたいなもので敵国の情報を仕入れたり、暗殺や交渉を行うそうだ。

ただ、死んだような顔をしているのが不安になる。

「いや、ヒトシって名前の君。そりゃ何時間に一度は意味不明な気持ち悪くてやたら戦闘力が高いものと戦い続けたら、こうもなるよ。なんでむしろ平気なんだよ」

それを言われると、そうですけど。

「大体、君ら三人が一か所に集まっていたらまだいいよ。一体だけしか出ないから。なんで100尺も離れたら複数になるんだよ。しかも朝晩関係なしに出現するし、攻撃方法も全然違うし」

……僕は変な能力で護られてる感はあるけど。他の人たち、基本自力で得た能力だけだから肉体的、精神的ダメージは大きそうだ。

「まあ、俺とルノとヒトシはあんたらがいてくれて助かったけどよ。三人で戦うより心強かったからよ」

と言っても、この勇者が逃げ出さないように僕かニックさんが腰に結び付けた綱を持っていたけど。

この人とピーナさんは毎回異形が現れる度に駆り出されていた。

戦線に駆り出されていた魔術師や兵士もこっちに戻ってきて一緒に対応していたけど、あの人たちはローテーションを組んで対応していたからまだマシだっただろう。

「一応これでも勇者としては優秀だと自負しててね。意地も張るよ。

でもニックだっけ? あんたとヒトシと“善政”には負けた。強すぎ。“淫欲”も半端ない。

おかしいよ、あんたらは」

「まあ、ルノの国とお前さんの国とはよくやっていってくれねぇか。そういう交渉をやったって聞いたぞ」

「他の魔王たちを退けて、予想外のものを引き渡してきたんだ。ここの魔王はかなり交渉が効くのもわかった。しかし誰なんだ、おかしくなったって言った奴は。

誤情報を伝えてきやがって!

それにここの鉱物資源は魅力的だ。“剛腕”の奴が持ってた使い道のない荒地を開墾してより食糧生産を増やすみたいだし。まあ、大っぴらにはできないだろうけど商人や国をいくつか経由してそれとなく仲良くする事になるだろうね」

「そうなったらまた色々頼むよ、勇者殿。あとは、君だ」

車輪のついた牢に捕らえられた初老の男の目が突き刺さってくる。


「殺せ」

「そうはいかんよ。君は生きるのだ」

“剛腕”と言われた魔王がそこにはいた。

この人とニックさんが一対一で闘い、こちら側の陣営に腕を掴んで放り投げたという。

添木と包帯がまだ取れておらず痛々しい。

それに加えて目を離すと自害しようとするらしく、ガチガチに拘束具をつけられている。

舌を噛み切ってしまわないかと不安に思ったが、そうはならない魔術がある、とはルノさんの言葉だ。

「殺せ、と言っている」

「君はそれしか言わないね。君は多くの生死を決められる立場にいたのは事実だ。だがその想いは、権勢と共にもう終わったのだよ。君に屠られた人々と同じくね。

“全て皆、我程愛しきものは存在せず。それ故他の者を侵すべからず”

その愛しい我が身が君によって無慈悲に生死を決められそして侵された。今度は君の番になるのだ。

君の生死を決めるのは、彼の国の法と人だ」

このまま勇者が所属する国に護送されると言う。

食を断とうにも流動食を無理矢理胃に流し込む、拷問にも使えるエグイ魔術をこの勇者は使えるらしい。

「さて私から言えるのはもう一つだけだ。

私は君が攻め込んできた事には、魔王として怒りに震え、今すぐ君を骨さえも残さず灼熱の中で燃やし尽くしたい。

しかしね、私個人、ルノール・クラウディアとしてはさほど怒っていないのだ。ただ残念に思うだけなのだよ。

“命奪いし者、命奪いし縁によりて殺めるに至り。その人の善悪に依らず、思いに依らず、持ち分と言えし、縁による”

ディアスの言葉だ。

私も君も、かのような持ち分を持ってしまったから諸々を行ったのだ。

君は生きたまえ。

今君を殺める縁はここにいる者は持っておらん。

いかに不服があろうと、失ったものと今の君の持ち分を背負い、生きるのだ」

「…………」

そして、牢の扉をルノさんは閉めた。


「ルノール、それあたしに言ってるの?」

「いや、ボクに言ってないか?」

「オイオイ、何か俺に言われている気がしたんだけどよ」

「わたくしに向けてはおりませぬか? 魔王様」

すいません。僕にも言っているんですか、これ。

ルノさんの国に攻め込んできた二人はともかく、ニックさんとマールーさんがそう感じたのは少し意外。

「まあ、それは各々考えたまえ。ヒトシもね」


「いや魔王様、儂に向けておりますでしょう」

ルノさんが将軍と呼んでいる、毛髪を剃り上げた年を取った男が杖をつきながら会話に入ってきた。

名前、なんだっけ?

一度名乗っていたはずだけど、誰もが将軍としか呼んでいなかったから忘れてしまったな。

「曹将軍! 御姿はお見掛けいたしましたが、まともにお会いするのはこれが久方ぶりでございます。ご健勝の様で…………し、失礼……」

すると勇者が膝まついて手を合わし敬語で挨拶を述べて、途中で言葉が詰まった。

ってそんな中国風の名前じゃなかったのは確かだぞ。

「勇者よ、いや大黄帝国の紅・リチャードよ。儂はもうグラン魔王国のグラッスだ。

熱心派のディアスの信徒として体毛を毎朝剃り上げる、人間でも魔族でさえもないグラン魔王国の一員だ。大黄帝国の者は外部の将にそのような礼はよくないだろう。止めなさい」

「……この勇者に目をかけていただき、その感謝を述べたく思いましたので」

「我が魔王様ならこうディアスの言葉を引くだろう。

“生まれによりて賢者とならざるものなり。只、行いによりて賢者となりたる”

かつて曹将軍であった時に魔術師として勇者の才ある者を取りたてだだけだ。

もうその人間の曹将軍はいないのだ。失脚して右膝の皿を取られた人間はな。

生き恥を忍んで生き永らえ、魔王様に導かれ務めを果たしている人間でも魔族でもない年老いた男、グラッスとしてこう言おう。大黄帝国とグラン魔王国の密かなる友好と親善を願う、と」

「……承知いたしました」


 そう言えばこの世界の人間と魔族の差って体毛の色の違いでしかなかったんだっけ?

あと言葉や文化も違いそうだけど。

となると生物種としては同じで、人種の差と考えた方がいいかも。

あと、たまに体毛がない人がいたけど、体質じゃなくてそういう考えでやっていることなのか。

「全く。将軍に言いたいことを言われてしまったね。あと私より一つ年下でしかないのだから、年老いたと言うのはどうかと思うがね」

え?

あ、この世界って僕の世界の時代区分だと、中世か下手すると古代だから、平均寿命がかなり短いのか!

で、ルノさんは魔術の効果で、外見がかなり若いと。

「魔王様。これは失礼。出すぎました」

「まあ良い。勇者よ、“剛腕”と書簡、鉱物と食料の見本、我がグラン魔王国の貿易などについての交渉を頼む。必要な人員ならば逐次出そう。君らを刺激しないよう魔族にゆかりあるものではなく、ある程度の位を持ったまま亡命した人間たちは我が国にいるのだ。

あと魔術大学院の汁かけ飯には焼いた芋虫とコオロギがよく合うから、今度食べるといいぞ。後輩よ」

「大黄帝国征夷省の勇者として預からせていただいた諸々を帝へ献上いたします。良き友好を築ける事を。

最後に、先輩。だから食わねっつの!

この地域、先輩が来るまで貧困にあえいで虫食ってたみたいだけど、未だに食わなくてもいいだろ!

あと、裏山に掘ってくれた洞穴のお陰で貧乏だったボクは助かった。個人的にはそこを一番に言いたい。感謝する」

 なんか後半砕けたぞ。

てか、この人も洞窟に暮らしていたのか……。


 地面に影ができた。

それは明らかに鳥や雲ではなく、爬虫類を思わせるシルエットだ。

「ジェトリック。来たか」

「もうお別れね……。名残惜しいけど、あたしを待っている奴隷ちゃんがたくさんいるからね。色々条件は飲んだんだから、たまに来るわよ」

抱きしめられてミシミシという音を体から出している、このピーナという人はこの飛竜に乗って帰る事になったそうだ。

この人の軍勢を抑えるために街道を崖崩れで塞いだらしく、まだ開通していないという。

余裕がなかったからだろうけど、無茶やってるな。

「ボクもぼちぼち行くよ。“剛腕”の奴を早めに連れて行かないといけないしね。護送の征夷省のみんなも仕事が詰まっているんだ」

ちなみに、ルノさんの小さめの居城はまだ再建されておらず、宿屋を借り上げていたんだけど、護送の人たちがきたから部屋を明け渡して、ルノさんサイドの他の人たちは民家や倉庫を借りて生活や仕事をしてたりする。

 しかしこの竜、どういう原理で飛んでいるんだろうな。

大きさ的にクロコダイル種のワニ位は大きいだろうし、そうなると宙に浮くだけでも結構なエネルギーが必要になってくる。

翼だけだと明らかに浮力が足りない。てか、そんなに羽ばたいていない。

となると飛行機に近い原理? あ、風魔術を使ってるのか?

「……ジェトリック……!! 了解した、まずは逃げろ!」

すると、ルノさんの様子がおかしい。

その視線の先、空中に黒い禍々しい渦ができていた。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

またかぁぁぁぁ!!


「待ってくれ! 今さっき倒したばかりじゃないか! ボクは疲れたよ!」

「30分しか経ってねぇけどよ!! やるぞ、オイ! もう一度チームを組むぞ!」

「ええい! 泣き言を言うな! やらねば終わる! ここで終わらせてたまるか! 将軍! “剛腕”の奴の護衛を!」

「承知! 農民兵、鉱山兵は大黄帝国の方々と“剛腕”の魔王を先ほどの位置にまで下がらせろ!そして死守せよ! 弓兵及び魔術師は魔王様及び“淫欲”の魔王の援護へ! 勇者殿もお頼み申す!」

「今はこれが赤いでございまする」

え?

マールーさんの白くしなやかかつ万力より酷い手が僕の首根っこを掴んだ

「って、どうする気よ。おかあ……マールー……って、ちょっと!」

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

そのままカタパルトに載せられた岩石の様に投げつけられる、僕。

「やっぱりぃぃぃぃ!―――――――――――――――――――カンネンイタシマシタ。ゴシュジンサマ」

もう、アリムで最大限暴れるしかない。

「速度を増してあげるわ。『吹き飛べ』」

そして加速!

黒い渦を貫いた!

“効果があるようだ”

ルノさんの通信だ。

“ヒトシ少々我慢だ。『巻き上がれ』”

そのまま竜巻でシェイク!

“ボクは最初に謝るよ。『風よ。神の元へ行け』”

“我慢はね、しすぎると気持ち良くなるのよ。頑張って。気持ち良くなるわ。『巻き上がれ』”

ちょっと! 二人とも……。

『巻き上がれ』

『巻き上がれ』

『巻き上がれ』

しかも他の魔術師の人まで!

これ、アリムの耐久力がなかったら、死んでる!

アリムの体は問題なくても、中身の僕が酔って死にそうになったところで、風に弾き飛ばされた。

素の僕だったらできないだろう空中の姿勢制御も、アリムやキャプテン・レッドの姿なら問題なくできる。

直立姿勢のまま、一回転して地面に着地……、いや地面の感触がおかしい……。

「ヒトシ、よくわからねぇけどよ、お前さんのアリム状態だと色々やりやすいみてぇだ」

ニックさんが先回りして、衝撃吸収バンドで受け止めていた。

「すまねぇが、もう一度行ってくれ!」

そしてもう一回打ち上げられる!

「ウケタマワリマシタ。ゴシュジンサマ」

アリムの口からの出る言葉こうだが、内心この人たちに殺されると思った。


「それで結局、こうなった、と」

「サヨウデゴザイマス。ゴシュジンサマ――――――――――――――――――まあ、死屍累々です。命は無事ですけど」

 異形が出てくるのは毎回禍々しい闇が渦を巻いてから。

そこにアリム状態の僕が突っ込まされた訳だけど、その状態で断末魔を挙げてきた。

黒い渦巻く闇からは、スモッグのような異形が出てきて、アリム状態の僕が風に飛ばされ

て撹拌されまくって、その状態ではその異形は何もできないままやられていった。

「マールーがあの少女状態の君を投げつけて、娘を始めとする魔術師たちがその勢いを利用して君にとって無体な攻撃をしでかした訳だが。その罰が下ったのかもしれんな。いくらなんでも無茶過ぎる」

「いや、僕自身は無事なんでまあいいんですけど」

ちなみにこの人、ルノさんのお父さん。

後で事務作業をしていたら異形がまた更に出てきたから、負傷者の収容を指揮していたそ

うだ。

 蟲の繭みたいななんだかよく分からない物体の中で最も状況がひどい一品の前に歩み出

る。

「ほら、娘よ。客人が待っているぞ。いつになく酷い有様だ。大丈夫か」

「父よ。少々離れていてください。『燃え尽きろ』大丈夫です」

妙な昆虫の繭を拡大したかのような物体から、ルノさんの声がした。

それは火が立ち上がり焼き払って、焼き焦げつつ出てきた。

止まっている状態でも高温じゃないと焼き切れないようだ。

「酷い目に遭いました。それにしても、また想像を超える異形です。私が学生時代に見た

事のある食品の、バキルにそっくりとは」

ルノさんの世界に納豆あるのか。

「ああ、南方にあるという糸が発生している発酵した豆の加工品か。昔見た事があるが、そっくりだな」

今回の異形の第二形態は、なんというか宙に浮かぶ黒い納豆だった。

無数の球体に粘度の強い伸縮する糸が絡み合い、弓矢や投石はその糸に囚われ攻撃力を増

やしてしまう。

僕も例外ではなかった。

振り子の様に反動をつけられ、みんなへの攻撃手段の一つになってしまった。

ただアイアンゴーレムとなってその重量でその納豆にとって想定外の重りとなって、動き

を制限させる働きはできた。

ちなみに僕は、アイアンゴーレム状態で巻き付いていた糸に関しては、巨大なアイアンゴ

ーレムから小柄なアリム状態に縮小した瞬間に、高速で地面を抉りつつ潜り抜けて逃れた。

 トップクラスの魔術師の風魔術によっても納豆の攻撃は防げる物ではなかったものの、

音速を超えるニックさんのスイングによって、数人がかりの魔術による超高温の炎を撃ち

出す事で倒すことができたのだけど。

「ヤベェな。ベタベタが半端ねぇ。おい、起きれるかよ」

「ボクと同じような状態でなんで起き上がれるんだよ! あのマールー並みの馬鹿力なの

か! お陰で助かったけど!」

「これは……剥がすのが難しゅうござります」

「まあ、いいじゃない。ギュギュウに縛られるのいいでしょ。おか……マールー」

周囲は納豆の糸で酷いことになった。


「では皆の者。少しの間一切の身動きをしないように。ヒトシもニックもな」

嫌な予感。

「オイ、何やるかは察したけどよ……ってヤベ!」

「『燃え尽きろ』」

周囲は一瞬、というよりも少しだけ長く、炎に包まれた。

炎が晴れると、みんな焼き出された避難民みたいになってた。

「娘よ、何度も言っているがお前の不運はそういう所から来ているぞ。よく自分で言って

いるだろう、持ち分による縁によって行動は変わると。

このような強引な行為が縁となって不運を呼び寄せているのではないか?」

と巻き添えを食って軽く焼かれた、ルノさんのお父さん。

同感です。

「父よ、かのようなことをせねば私は魔王としての務めを果たせないのですよ。またすぐ

異形が襲い掛かるかもしれないのですし」

「ルノ、それがお前さんの持っているどうしようもない縁って事かよ」

お陰で色々な人が助かったんだろうけど。


そうこうしている内に、煤や灰を吹き飛ばしながら竜が降り立った。

僕とそこまで変わらない年齢の赤い髪の男が降りてきた。

「ご無事ですか、ルノール様……“善政”。そしてお気遣いを感謝します」

「ジェトリック、おっと“騎竜”。“淫欲”を頼むよ。こやつには色々とやってもらわねば困るのでね。無事に国に戻してほしい。あと君のご子息だが」

「それは大黄帝国の勇者として解放されると言っておく。“善政”が提示した戦役の終結条件のひとつだし。下手にこのまま騒ぎが広がるのも困る。こっちから持ちかけておいて、都合よく話を進めているけど、混乱を鎮めてくれると助かる」

「積る話はありますが、ここは急ぎましょう。またあの異形が襲ってくるとも限りません」

独特の斑模様の髪の女性が歩み出る。

「そうね、そろそろお暇しなきゃね。普通に交渉に来ればよかったのに、あたしってば、何してんだか。まあ、また来るわよ。ルノール、マールー」

二人は、竜に乗り、手を振り去っていく。

「いい加減、ボクたちも帰るよ。またさらに異形が出てきたら困るし、時間も押してる」

この世界の勇者たちも帰途につく。


この世界で出会った人たちに手を振る。

ルノさんの父さんも仕事が残っているとかで、去って行った。

なんだかんだ少なくともルノさんにとってはいい方向に転がったのだろう。

色々な異世界に飛ばされまくったけど、ルノさんの出身であるこの世界にはかなり長くいる事になった。

さて、次はどうするか、なんだけど。

「一応言っておくが、ニックにヒトシ。

異世界を渡り歩くのにはもうしばらく付き合ってもらうよ」

「俺としてはそうしてくれると助かるんだけどよ。通訳いなくなると困るし。

ただお前さんはここになんとか留まる選択肢はあるんじゃねぇか?」

「確かに魔王としては為すべき事は増える一方ではあるがね。

異形共がかくも出現されては何も進まん。どうにも私たち3人をつけ狙っているようではあるし。

魔王たちと大黄帝国はここまでの事をやったばかりだ。しばらくおとなしくしているだろう。

時間はかかったが、幸い閣僚たちに仕事を任すことはできる。

万が一私が不在になった時に異形もしくは魔王や勇者殿なりが出現してくるようならば、マールー頼むぞ。最悪の状況において君は大きな助けになるのだ」

「承知いたしまする」

ふとこのマールーさんの顔を見上げる。

一瞬、呼吸を忘れてしまう。その清純な美しさで。

声も普通にしていたら綺麗で清流を思わせる。

「なのになんでこんな残念なんだ」

あ、本心が漏れてしまった!

「同感なんだけどよ。ヒトシ、それ言うのはマズいんじゃねぇかよ」

小声でニックさん。

「ヒトシ、ニック。数年に渡りこのバカを使っている私も激しく同意する。お陰でいざという時に助かっているのは事実だが、なぜにかくも雄叫びを挙げつつ暴走するのだ。しかもご両親に全く似ないそのバカげた顔と体躯と剛力は一体どこから来ているのだよ!」

「バカはバカなようにしかならないのでござります」

……マールーさん、自分を卑下する気持ちが全くないまま、胸を張って誇る様に今のセリフ言ったな……。


「ところでその剣、やはり少々青く見えまする。これはなんでござりましょう?」

ニックさんが背負う剣。それがどうも青く見えるみたいだけど。

僕にはそんな風には見えない。

青に見える物は危険で、赤く見えたら攻撃するポイントだとか言ってたな。

「危険て事かよ。だろうな。なんか動物みてぇな勘が働いているみてぇだな」

「というより、共感覚っぽい気がします。形に味を感じたり、文字に色を感じたりするやつ」

と言うより、この世界の魔術が共感覚みたいなんだよな。

頭の中の不規則な文字を一定の法則で並べて、炎や風が起こるって話だし。

「ピーナも似たような事を言っていたよ。マールーのそれも魔術の一種で感覚が特殊に働くような、野生動物が同じものを持っているんじゃないかと。様々なバカな特性もそういったものの影響があるかもしれん。魔術もまだまだわかっていないのだよ」


「んじゃ、抜くか」

ニックさんが剣を下ろした。

それをマールーさんに手渡す。

下調べで剣を倒したら、マールーさんの方に倒れたのだ。

結局一か月位いたこの世界からようやく転移するか。

「って、ルノさんのお父さんに挨拶とか大丈夫なんですか?」

「親不孝を続け過ぎて、好きにしろとしか言われんよ。先ほど会ったしね。

先達として言うが、余程の見捨てるべき馬鹿でなければご両親と肉親は大切にするように。私は悪い見本だ」

「さっきの言葉、ルノが自分に言っていた事かよ。

まあいいや、頼むぞ」

ニックさんがルノさんからもらったコンパクトな背嚢を担いだのを見て、僕も同じく担ぐ。

万が一のために携帯食料や水筒、雨衣なんかが入ったものだ。

食料は味付けが岩塩だけの味気ない肉の燻製かやけに固い干し芋だけど、貰えるだけありがたい。

ダメ女神はこう言うのさえ用意しなかった。

「それではご武運をお祈りいたしまする!」

マールーさんが剣の柄に手をかけた。

将軍と呼ばれている男が、

「魔王様ご出立!」

と叫ぶ。

周囲の兵士が武器を掲げ

「ご武運を!」

口々に。

よく見ると、避難していた武装をしていない人たちもいつの間にか集まり色々な仕事道具を掲げ、同じ言葉を発している。

ルノさん、本当に善政を敷いているんだな。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

マールーさんが本気で剣を抜こうとしている。

……あれ、もしかしたらマズいかも。

何の物質でできているかわからない鞘が明らかに変形を始め、柄も悲鳴を上げ始めている。

「……マールー待て」

ルノさんがそう言った瞬間だった。

「デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



ボキッ


なんだか致命的な音が響いた。



 次の瞬間、割と久しぶりに地面から落下する感覚が来た。

また変わりなく異世界を転移できたのは、良かったのか悪かったのか、よくわからなかった。


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