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二十八話 グラン魔王国戦記5

「伝令! “剛腕”がベツ大街道関所に来ました! ただ、魔王様のご友人がお一人で抑え込んでいます!」

その報に簡素、というより粗末な城内は騒然とした。

そこにいる人物の髪色が様々な事から、人間と魔族の各部族の集合体だとよくわかる。

「…………慌てるでない」

そこに座っている……魔族の女? 魔族の女が一言。

「……我が友人のニックならば悪い結果をもたらすことはない。今は……、別な魔王に注視すべきだ。どう来るかわからん。ああ、……斥候は? まだ来ないか」

落ち着き払っているが、微妙な動揺が感じられる。

「……将軍。“淫欲”の奴はどう来ると思う?」

「読みにくい、ですな。亡命する前にも奴と相まみえましたが、魔族によくある力押しかと思いきや、裏で通じ合っていたり、人質を取ったり、単騎で大軍に突撃するなんて事さえもありました。

魔王様に匹敵する魔術師である可能性は十分にあります。

現時点では、“剛腕”とは別にナイ渓谷街道を進撃しているそうですが……」

「そこは……崖を崩しておいたがね。さしもの奴の軍勢もそこで土砂崩れに巻き込まれた……か?」

「“淫欲”の魔術師も優秀ですからな。思ったより防がれているようです。高所を抑えているとは言え、油断できません」

 人間の、元はあの国の将軍に就いていた老人に、年齢だけはそろそろ老人の域に達している見た目若い青髪族の女が戦況を聞いている。

魔族と人間がここまで一緒な国なんて、なんて素晴らしいのでしょうね。

「魔王様、将軍様。お茶です」

「すまない……茶?」

「待て、これは……!」

桃色に、なぁれ♪


「息を、するな……!」

「……“淫欲”…………!」

卑猥な形の急須から、甘ったるい香りの媚薬をたぁっぷり目の前に注いであげたわ。

「もう遅いわぁ♪ 知ってるでしょぉ?

一吸いで感度が増し、二吸いで発情。三吸いで、もう手遅れ。

もうみぃんな、あたしの奴隷♪」

上手くいったわぁ。

変身魔術を解いて、ダサくて古くて窮屈な凋落させた役人の服を脱ぎ捨てる。

んん、やっぱり体は卑猥なくらい外気に素肌を晒すべきものねぇ。

ねぇ“善政”。

あんたの一族が馬鹿にしたこの色鮮やかに斑になった青と緑と桃色の長い髪はどう思うのかしら?


「……『吹き飛べ』」

「『黙れ』使わせないわよ」

封印魔術をすかさず使う。

思った以上に一瞬で結構な媚薬が風に飛ばされたわね。

机の上に置いた媚薬なんか、いつの間にか消滅している。

「…………禁断を、……使うのか」

「お互い様。あなた“善政”“芋食い”あと“禁断”と呼ばれている魔王でしょ。数多くの使ってはならない魔術を、自由に駆使する危険な魔王。男女構わず奔放に交わり淫欲にふけるあたしより危険視された魔王。ついに頭が使いすぎた“禁断”の為に壊れた魔王。

安心してぇ。あたしがあなたに負けない“禁断”と媚薬と房中術で脳みそぐちゃぐちゃにしてかわいがってあげる」

「貴様に……魔王様の何が……わかる……」

将軍が呻くように言う。

「あら我慢強いのねぇ。わかるのは気持ちいい事だけよ。もうお部屋のみんなと同じ」

部屋にいる閣僚や役人は堪えきれなくなっている。

本当はもっと媚薬を吸ってほしかったけど。

「さあ、『ケダモノになりなさい』」

部屋の、城中の男も女もあたしの禁断で一斉に群がっていく。

将軍は我慢して動けない。もし下手に動いたらあたしの下僕になる。

そして“善政”も同じ。

あたしの手が、“善政”の体に触れる。

胸に唇に臀部に。

“禁断”と言えどもあたしの媚薬に封印魔術と催眠魔術をまともに喰らえばそんなものね。

あ、やっぱり。

あなた元から女だったんでしょ。

あたしの知っている女の子なんでしょ。

「もう気持ちよくなっていいのよ。あたしが許すわ。堕ちて堕ちて行きましょう、ルノール・クラウディア」

「やめろ……やめろ……やめろ……――――――――――――――オヤメクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

次の瞬間、見ためかわいらしいのに冷たい表情の、不自然な声の、小さな金髪の女の子がいた。


「ハシタナイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

その子は目にもとまらぬ早さであたしの手を取ると。

めきゃ。

気持ち悪い音がして、腕を一部握り、抉られた。

やられた。

左手はもう使い物にならない。

まさか、読まれていた?

呻くな、余裕の顔を続けろ。いつもの仮面を被れ。

「『沈め』」

すると地面から、“善政”の声……どういう事?

その闇魔術により、全員の足が床に少し沈み、歩みが止まる。

転び、思わず手を着いた者はその手さえも床に沈む。

「いい加減にするのだ。“淫欲”いや、ピーナと呼ぶべきか」

“善政”があたしの手を抉った女の子の影から顔を出してきた。

まるで池から顔を覗かせるように、闇から顔を覗かせる。


「魔王様……? これは……一体?」

「ああ、将軍。後でだ。あとしばらく身動きできない状態で我慢を。君を信用しない訳ではないが」

「ゴシドウノオジカンデス。ゴシュジンサマ」

小さく冷たい手が、再度伸びてくる。

足は、床に沈み動けない。

「それなら『燃えろ』あと『吹き飛べ』。それに『癒せ』」

なんとか離脱しないと。ある程度止血も。でもルノールは一体何をやったというの?!

「おや、サンダルの紐を焼き切って風に乗って離脱か。さすがに傷を一瞬で完治させるのは無理と。それに後方に下がろうとしたが、魔術と媚薬で従えた私の役人が邪魔でそれ以上動けなかったかな」

……しかもまた闇魔術を何も言わずに使われて、また足が床に沈んだわよ。

「オキャクサマハドウサレマスカ。ゴシュジンサマ――――――――――――――――全く酷い目に遭ったではないか」

「いや、すまぬな。引きつけねばならなかったのだよ」

あの小さな女の子がまたルノールになった。

労うかのように、地面から出てきたルノールがそのルノールの肩に手を載せながら、全く同じ顔で別々な事をしゃべる。

「ルノール、あなたも禁断の変身魔術を?!」

「いや、私のはかのようなものではないのだ。何なのか私にもわからん」

「全くな。それに変身魔術はその人物の尊厳たる外観を盗む物。確かに魔王として尊厳を損なうのが時に務めとは言え、かのような事をそう好まないのは知っているだろう、ピーナ」

「ルノ、私であるから使えるかもしれんが」

「ルノ、さてどうかな」

こうしてルノールが二人いるとそれを理解できそうになる。

「双子だってそうでしょ! 大体、あんたの血族の尊厳はどうなのよ! 炭鉱にぶち込んで奴隷みたいに働かせて!」

魔術で治癒していても腕の痛みで気が遠くなりそうになる。

指輪に仕込んだ、ルノールに直接吸わせるつもりだった媚薬を少し吸って誤魔化す。

時間を、時間を稼いで隙を見つけろ。

売られた時と同じ、痴態を晒して時間を稼ぎ、機会を捕えたあの時と。

あたしの道を見つけ出したあの時と。

「ああ、我が血族の何人かは君の所にいるのだったか。それで聞いたかな。炭鉱にいるのは当然の刑罰なんだがね」

「ええそうよ。豚みたいに喘いでいるわぁ。あたしにいじめられるのが好きみたいよぉ。ほんと、かわいそうでかわいい奴隷ちゃん。あんたに復讐するために実の親に売られるなんて、せめてあたしがお薬漬けにして慰めてあげてるわぁ」

「ピーナ、君に私の討伐を願った代償がそれだったか。金も財産も失い、それでも私に復讐とは愚かな。

結果的に悪い事を私はしてしまったな。その者は私と関係はなかっただろうに。

それとは関係なく私の討伐はあっただろうにね。

大体、我が一族の馬鹿どもは雑多に血が混ざった庶子の君を迫害したのにな」

「余程あなたが憎かったのねぇ。あなたも奴隷にしてあ・げ・る」

ルノールに真正面からだと手持ちの媚薬だけでは量が足りない。

それに部屋に充満していた媚薬は最早、完全に消えてしまっている。

細かく風を起こしていたか。

ルノールは昔からそう。魔術師なら普通、声を出して魔術を展開させるのに言わなくてもそれをやれる。そんな化け物。

だからこそあたし自身が奇襲して一気に決めてしまいたかった。

どんな危険があろうとも。

「君は私が憎いのかな?」

「ルノ、私には少し違う気がするな」

またルノールが別々な事を言う。

「私は魔族にありがちな門閥主義ではないのはわかるだろう。生きとし生ける者の価値は血統などではないのだ。地位でさえもない。何を行うかだろう。魔族も人間も、奴隷も魔王も。

“生まれによりて賢者とならざるものなり。只、行いによりて賢者となりたる”

君が嫌うのは私が属するクラウディウス一門であり、私自身ではない。一応は一門の長だが、独身の私が最後になるだろう。養子を取る気もない。このまま潰す。

あと数十年もすれば滅ぶ。私が死ねば滅ぶ。

“彼の者は我から奪い去りしと思う限り怨みは止まず。其を捨て去りて、遂に怨みは止む”。

もう君の怒りは終わりの時だ」

「ルノ、君はただ平和な国を作りたいだけではないだろうか。私自身が言うのも変だが」

「ルノ、まあそういう事だよ。ピーナ、我が一門の馬鹿どもから迫害されてた時、守り切れなくてすまぬな。この場に至った手段と日々行っている獣以下の所業は明確に否定するがね。

耐えようもない苦難を超え、自らの道を開き魔王にさえなった君を尊敬する」

そんな事聞きたくない。

……ルノール。あんただけは少し優しかったのは覚えてるわよ。

「マールー。行け」

「御意!!!!!」

机の陰からもう一人出てきた。

全身に重厚な鎧をまとった、あたしが決して堕とせないと悟った、巨躯の女の姿だった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

近い。

猛牛どころか、破城槌替わりに使われる頭突き竜の頭に真っ向から突撃して頭をカチ割った化け物が、来る。

「『崩れろ』」

床を崩し、下の階に逃れる。

下は刃物ばかりの武器庫だから避けたかった。

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

ダメだ。まだ。

頭から突っ込んでこっちに来る。

このバカに刃物どうこうという恐怖心はない。二階から頭を下に落ちても痛みさえ感じない。

壊れたようにあたしを追いかけ回す。

こいつはあたしの風魔術程度じゃ吹き飛ばせない。

手持ちの媚薬でも意味がない。催眠も効かない。

部屋中に充満させた、むせかえる程の媚薬でさえまるで効果がなかった。

「『沈み込め』」

ルノール、ここで決める気ね。

あたしの体が床に沈んでいく。このままだと地面に首だけ出して、動きを封じ込められる。

埒外のバカの頭があたしの頭に、もうすぐ接触する。

「『崩れろ』それと『遥か飛べ』」

壁を崩し体を高速で飛ばす。調節が効かず、敵への嫌がらせにしか使えないほぼ禁断の風魔術で離脱だ。

こんなことをやれば大怪我は必死。実際ただでさえ左腕の怪我が酷いのに、これで体中傷だらけ。

でもこれでいい。

我慢なら昔から大得意。

それに壊れた壁や天井から、気味悪い生々しい巨大な条虫が巣食っているのが見え始める。

ねえ、ルノール。気づいてた?

さっきよく分からない、見聞きしたことのない渦巻く闇が、粗末な城の地面に広がっていたのよ。


「これは一体、なんでございまするか!」

ああもう。バカはこの状況下でも止まんない。

あたしを追いかけ回す。

流石に知っているわ。なんだかわからない渦巻く闇から、悪夢に出てくるより酷い怪物が出てくるのを。

何度も何度もお友達とバカを引き連れて討伐しているのも。

そいつらといつもどこかで一緒だから手を出せなかった。

 今は“剛腕”が攻めてきたものあって、バラバラ。

魔王どころか気味悪い怪物が攻めてきたのを、あたしは狙ったのよ。

「『崩れろ』」

壁は崩れたけど、条虫が網の様に張り巡っていて邪魔で出られない。思ったより展開が早い。

石に巣食うなんて、どういう酸を出しているんだか。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

バカが来た。

仮面を被れ。いつもと同じく、一瞬の機会を生かせ。

引き付けろ。

またしてもバカの頭が来る。甲冑に、淫靡な仮面を被ったあたしの顔が映りだす。

こんなバカげた衝撃でも壊れない甲冑は相当物がいいのね。

「『吹き飛べ』」

刹那を狙い風であたしの体を動かし、バカの頭を条虫に突撃させる。

岩石と大木がぶつかり合った様な音が出た。

これで壁に穴が開いただろう。

あとは離脱。

バカをなんとか避け切るだけ。

あたしにとっては全然成功とは言えないけど、大局的には成功になりそうね。

「オリボンヲ、オムスビイタシマス。ゴシュジンサマ」

さっき聞いた、不然な声が聞こえた。

その手は、今度はあたしの腕に太いロープを縛り付け、その一端を握っていた。

「承知いたしまする。魔王様」

バカが壁から首を抜いた。

 首から上を覆っていた甲冑はひしゃげ、脱げている。

……やっぱり美しいお顔ね。思わず息を飲んじゃう。

欲しかったわ。

かわいがりたかった。ねちゃねちゃな液でぐちゃぐちゃに汚したかったわぁ……。

それでそれ以上に……。

“ピーナ”

ルノールから通信魔術が来た。

“共に戦い給え”

ルノール、本気?





基本中世のこの世界では、50近い年齢は老人です。

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