二十七話 グラン魔王国戦記4
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
あの“剛腕の魔王”が雲より天高く投げ捨てられ、関所の向こう側に落下してきた。
土魔術によりとっさに掘った穴に身をかがめ避難していた自分にも、その様子を見る事が出来た。
単純な戦闘に関しては十大魔王の中でも筆頭と言われた魔王が、このように敗北するのを目にするなんて。
いや、それどころじゃない。
それ以上の脅威が、目の前に存在している。
「おい、そう言や通訳の兄ちゃん! 生きてるよな!」
我がグラン魔王国を、その脅威からたった一人で護ろうと、初めて見る人間が自分に声をかけてきた。
「おい、おい! 生きてんなら返事をしてくれ。すまねぇが余裕がねぇんだ!」
警戒しながらその人物が、自分が入っている穴に顔を覗かせる。
声……声を…………。
「……ぁ…………」
「あー、だったな。こんくらい圧を出さねぇとよ、アレに負ける。強烈な殺意を出してくるピッチャーへの対処と同じだ。俺もこういうのを出さねぇと、俺もお前もあの関所のメンバーも、バッターアウトだ」
言っている事が一部、わからない。
それでも、この国を護ろうとしているのは、わかる。
ただ感じてしまうのは、この人物が放つ濁流のような威圧とそれに対する明らかに異常な何かが発する乾ききった殺意だ。
この威圧と殺意が拮抗し、この自分はかろうじて意識を保てている。
「お前さんもあの関所の向こう側にやれりゃいいんだけどよ。余裕がねぇ。
何とか生き延びてくれ。俺はなんとかして、あのクソを打ち取って見せる。
この腐れたゲームを終わらせるからよ」
そう言うと、握った両拳を顔の前に掲げ、彼は走り出す。
突如として出現した、空を飛ぶ船に向かって。
走っていく彼から感じていた真冬の様な寒さの威圧が薄れ、乾ききった砂漠を思わせる殺意が少しずつ濃くなっていく。
殺意は血液そのものの赤色と信じられない位の濃緑色が混ざり合うことなく渦巻く異常な色合いの船から感じてしまう。
その上、あの船は宙に浮かんでいる。
我が魔王様なら戦えるだろうが……、彼はどうやって浮かんでいる敵と立ち向かうのだ。
それも、素手のたった一人で……。
彼がさっきまで持っていた棍棒は、投げつけてしまって、あの船がいる場所より向こう側だ。
とても取りには行けない。
あの船からは樹の枝の様な筒が次々に生えてきては、伸びてきて、彼に狙いを定めている。
そして爆発した。
ああ、彼がいる場所を攻撃された。
あの筒には火薬を発射する装置でもあるのか。ただの大砲なら鉄や石の球体を打ち込むだけなのに。
すると、今度は船が爆発した。
あの奇妙な砲弾が跳ね返ったのか、あの船自身に突き刺さったのだ。
地面には彼が未だ立っている。
……あの弾を受け止めてすぐ、投げ返した?
戦える……?
いや、またしても新たに傷を負っている。“剛腕”にやられた上にこれじゃ……。
「ヘイ、ルノ。何を YOU THINK ABOUT?」
歌が聞こえてきた。
彼の母国の歌か。
いや、ルノと言った。我らが魔王様の、ご友人が呼びかける愛称だ。
途中から通訳魔術の範囲外に出たから意味ははっきりしない。
「HEY,HITOSHI. WHAT DO YOU THINK ABOUT?」
誰かを呼びかける歌。
「HEY,BOB. WHAT DO YOU THINK ABOUT?」
彼の家族か友人たちか。
この状況、やはり相当悪いのだ。
「HEY,CAPTEN. WHAT DO YOU THINK ABOUT?」
今度は、キャプテンという名の人物にまるで呼びかけるように、歌が続いていく。
「HEY,PING BOLL BOY. WHAT DO YOU THINK ABOUT? ……REALLY?」
歌が止まった?
ピンボールボーイなんて異国の人間とは言え、随分変わった名前だ。
船からまたしても枝のように筒が伸びてくる。
またしても彼がいる場所が爆発する。
「PING BOLL BOY! RENT ME YOUR TECHNIQUE!」
その場所には彼はいない。
彼がいるのは、空の中だった。
船の浮いている空よりも高く。
どうやって、あんなに高く……あの爆発の風に乗ったというのか?
破城のマールーほどではないにしろ、あの巨体が!
「MOVE! AS PING BOLL BOY!」
そして足を下に向け、キリモミ状に回転をし始める。
そのまま船に突き刺さった。
巨大な丸太が地面に激突した様な音がして、その衝撃で船は大きく揺れた。
「HARD!」
そう言いながら、彼はまた地面に戻ってきた。と言うより、落っこちてきた。
「IF IT IS PING BOLL BOY , IT IS IMMPOSSIBLE IN ME THOUGH IT WOULD BE KEPT GETTING INTO THAT SHIP!」
宙の船が、またしても樹の枝に見える筒を伸ばしてきた。
ただ今度は……その姿を栗のイガ同然の姿に変化させて!
殲滅させる気だ。
彼と自分と関所の皆を。
乾ききった殺意は、その意思を明確に伝えてくる……。
自分は、ただ穴の中で震えていた。
なんで? どうして?
この体が動かないんだ。
「……PAIN」
黒い肌の人間である彼は、睨みを効かせるが、血が体から滴り、服は赤く滲んでいる。
それもあの“剛腕“にやられた脇腹から。
あの船の殺意が届いているという事は、彼が発している威圧が薄れてきたという事。
ダメージは大きいんだ。
感じる殺意が、一瞬、爆発した。
その時、船はその多くの筒から一斉に砲撃をした。
自分の喉は、思わず叫んだ。
「THANKS!」
大きな声がまた届いた。
ああ、彼と自分。お互い生きている。
「ONE MORE!」
え?
言葉は通じなくとも、意味は分かった。
つまり、もう一度やってくれ、という意味。
爆風による土砂でふさがりかけた穴から這い出し、外を覗く。
彼はまだ立っている。
あの船は、黒く焦げ付きながら、まだ浮いている。
話で聞いた、海にいると言う千本と言われるほどの多くの棘を全身に持ちながら大きく膨れ上がるという魚みたいに、はち切れそうになって。
船がまた殺気を爆発させ、砲撃を始めようとしている。
「NOW!」
え、今?
さっきと同じことを?
いいから叫べ。叫ぶんだ。
「『吹き飛べ』」
彼の背に向かって。
再び、風を起こした。
彼を、爆発から逃がそうとしたんだ。展開させた風魔術で。
風が彼の元に届くだろう瞬間、その黒く長い右腕は物を受け取るように差し出されていた。
それを掬い取るような動作をし、船に向かって投げつけた。
ありえない。
船に向かう風には、明らかに赤い粒が巻き込まれてあり、彼の体から滴っていた血が、一瞬で消えていた。
つまり、血を風に混ぜて投げつけていたのだ。
……そんな事ってある?
我が魔王様なら……そういう無茶をやりかねないが。
あ、そうか。
我が魔王様と同類の、色々おかしい存在だから、ここにいるのか。
はち切れそうな船が、急激に萎み、奇妙な砲弾が筒から頭を出したのが、見えた。
それに血が混ざった突風が迎撃する。
風が届かない方向の筒からは先程と同様、何の問題もなく砲撃され、地面を爆発でさらに抉る。
迎撃したこちら側の筒は、船のすぐ近くで爆発させるのに成功した。
関所もほぼ無傷。
このままなら……、あ……。
ダメだ。
「RUN AWEY!!」
今まで一番の大きな声が、彼から発せられた。
意味はわかる。
でも体は動くのを止めてしまっている。
「HURRY! WHAT DOING!?」
意味は、わかります。
宙に浮かんでいる船は、蠢く色彩をさらに早く動かし点滅していると錯覚させる。
形はまたさらに変化し、全身から伸ばしていた筒を一本にまとめ上げ、こちらに向けた。
あの大きな関所まで飲み込んでしまいそうな大きな真っ黒い穴が、一切の慈悲なく乾ききった下等生物如き殺意と共に、向ける。
自分の体は、緊張を超え、弛緩を始め、全ての穴から水分を出し始めた。
「HURRY!」
彼の声だけが意識を保たたせてくれる。
でも、あの宙に開いた漆黒の穴が。全ての意思を無くさせる。
「SHIT! NO BAT! NO BOLL……!」
彼は、構えを取る。
あの独特な棍棒の構えを。
「BUT IT IS ONLY ONLY IT」
そして素手のまま、振るった。
聞いた事のない乾いた音が聞こえてきた。
「TOO PAIN……」
何が? 更に怪我をした?
指先からはさっきまでなかった傷を彼は負っている。
漆黒の穴を向ける船は……、未だ状態が変わらない。
いや、なんでまだ攻撃をしてこない?
まさか、彼が素手で振るったのが、ものすごい突風となって攻撃しようにも、できない?
乾いた音が出たのは、そういう事?
魔王様でさえも出せない速度の風を彼は出したと?
「ONE MORE!」
彼は自分を逃がそうとしている。だから、傷だらけになっても構えを解かないんだ。
声が、聞こえた。
全身から汚い液体を出す体を、地面の穴から引き出す。
今、やるべき事。
乾いた威圧が薄くなっている。恐怖が和らいでいる。
叫ぼう。もう一度。
「吹き飛べ」
自らの体に突風を当てる。
彼の近くへ、行こう。
「WHAT? AWEY!」
距離が遠のいて効かなくなっていた通訳魔術、もう一度展開だ。
「逃げやがれ! どうした!」
「そのまま、あいつの動きを止めて下さい!」
「無理言いやがんな! 少し離れろ!」
更に彼は腕を振るう。
自らの血液と近くの土砂さえも巻き込んで。
よく見れば、宙のあの存在に、それらが突き刺さっている。
どんな速度の風だろうか。
「もう、来るはずです。魔王様でしかやれなかった魔術が」
「ん、あれか!」
赤い光が、関所の上方から照射される。
そして、あの虚無の穴を開いている存在に向けられる。
破壊される音と共に確認できた。
「ありゃ、ルノがたまにやっているやつじゃねぇかよ」
「ご覧になられたことがありましたか。超火力の火魔術に極少の範囲に搾り速度を加速さえた風魔術の複合技になります。魔王様はお一人で展開されますが、それができるのはまずおりません。
しかし魔王様直々に育てられた魔術師数人が共同でやるならば、展開が可能ではあります」
「最初からやれよ……って、それでも相当難しいのかよ」
「そもそもそういう発想は今までなかったのです。やれるものではありません」
“剛腕”の撃退用にと考えられていたが、万単位の軍勢に対しては効果範囲が狭すぎる上に使用する難易度がまだ高くどこまで有効かわからなかった。
だが、相手が動きを止めた的の大きな存在ひとつだけならば効果はある。
「忘れてた。バッターボックスに立っていたのは俺だけじゃなかったのをよ。ピンポイントで物を見ちまう俺の悪い癖が出たか」
バッターボックスとはなんだろうか。
きっと彼一人で戦う場所でもあるのだろう。
宙に浮かぶ、最早船とは言えない存在。
関所の魔術師たちがなおも照射を続けるが、押し切り切れていない。
これではいつ魔術の展開が止まるかわからないぞ……。
「すまん、あっちの方向に風を起こしてくれねぇか? いい加減疲れてよ、追い風を起こしてくれると助かる」
彼が指さす方向。ああ、そう言えば。
「わかりました。一瞬通訳魔術を解きます」
本当にこんな魔術と諸々の高度な魔術を同時に使える魔王様が、信じられない。
ともかく、もう一度。
今度は叫ぶ必要はない。
「『吹き飛べ』」
彼は風と共に走り出す。
「OK!」
先程投げ飛ばした棍棒を、彼は手にしていた。
先程、爆発が繰り返された場所なのに、あの棍棒は大きな損傷はないようだ。
彼の出身の国では、人間も棍棒さえもあれが当たり前の頑丈さなのだろうか。
彼は、愛用の棍棒を振るった。
「GAME ENDDING HOME RUN!!」
地面は爆発で抉られ、大きな凹凸になっている。
そこに棍棒を撃ち当て、それを宙の存在に向けた。
破砕された岩石混じりの打ち上げは、照射されてる魔術と挟み込む形となる。
あの存在の点滅するような色彩の動きが止まった。
自分の体が軽くなり、被曝し続けていた殺意が止んだことを感じる。
あの存在は、地面に落ち、崩壊した。
「YOU ENTERD THE BATTER BOX AND WERE SAVED!!」
ああ、言葉はわからないまま、意味はわかった。
この大きな声は関所のみんなにも聞こえているだろう。
「THANK!」
続いての言葉に、関所からは歓声で応えた。
ああ、よかった。
いや、まだダメだ。
まだ魔王が二人、攻め込んで来ている。




