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二十六話 グラン魔王国戦記3

おお、まさしくこの地はワガハイの地だ!

“善政”の小童に奪い去れし樹に岩に、空だ!

 小童が考案せし、風魔術で飛んでくる板に釘を打ち付け帆を取り付けたイラクサなる兵器を鉄槌で殴り壊し、ワガハイの豪馬が突き進み、行く手を阻む小細工も破砕する。

後ろからの馬上射撃が、小童ご自慢の魔術師を始末する。

 たどり着いた高台からは、緑の豊かな畑が見える。

そろそろ収穫期か。流石“芋食い”。刈り取るとしようぞ!

あの小童の女みたいな細く白い首と共に!


「皆の者! 見るのだ、この沃野を!!

“善政”の小童が我らの為に耕してくれたぞ!

思い出せ、あのどうしようもなかった荒地の姿を。

奴隷どもを住まわせるも貧弱な炭鉱しかできなかった、あの地がよくぞここまでになったものよ!

ワガハイの物を奪い去った蜜月は甘かったか?

だが、愚かなるクラウディウス一門よ、共に住まう人間どもよ。

全ては終わりだ。

あの女みたいな“善政”が、実は自分は女だと言いおったと言うではないか。

下劣なる人間のはずが、ワガハイと同じ誇り高き青髪族だともほざきおった。

女にお似合いなのは魔王の座ではなく、生贄の祭壇だ!!

愚かなる人間は生き血を神に飲まれてこそ意義がある。!

奪い去ったと浮かれた顔が、絶望に染まるのを拝もうではないか!!

男でも女でも小童の行き先は、神への生き血の貢ぎ物となり果てるのだ!!

ワガハイの覇道は、貴様の首と血によって祝福されたもうぞ!

さあ、者どもよ!

刈り取りの時期だ! 早い物勝ちだ!!」

 ワガハイの軍勢は濁流となりて、突き進む!


 小童の軍勢は怯え、逃げ、惑う。

道を塞ぐのは最早あの関所だけか。

たとい、そこにいるのがあの破城のマールーと言えど、肉塊にしてくれる。

頭突きで城壁を破壊し、馬に乗れずに代わりに馬を背負って走ると言うバカな女がこの世に本当にいるのならば、一目見たかったがな。

ワガハイは駆ける豪馬の上で鉄槌を振り上げる。

いかに強固な関所も、小童の国ごと破壊してくれよう。


その時だった。

空気が突如として変わったのは。


 戦場で駆ける馬上の、切り裂くような殺気の、熱い血潮のいつもの空気が途絶えた……。軍勢の動きが、鈍り、ついには止まった。

この豪馬さえも。明らかに怯えている。

立ち上がっていた熱気が、一瞬で冷や汗に変わった。

このワガハイの体が、か?

「なんだ、これは」

冷たく、重く、肺がその働きを諦めさせるような極寒が、肚から脳髄へ貫いてきた。

殺意。これは殺意だ。

ワガハイも続く軍勢も、本気で、それも圧倒的な力で何者かが命を取りに来ていると知らせてくる。

それも思考の、脳の表面ではなく、奥底の本能がそう認知させられている。

これは……魔術? 小童の新手の?

妙な魔術を作り続けているとは聞いたが……?

 いや、小童はここにはいない。

 関所の前には、見た事のない黒い肌の、どこの民族衣装かわからない服の、奇妙に磨かれた棍棒を、一本だけ手にして構えている大柄な男が一人いるだけだった。


「HEY,COME ON!」

聞きなれぬ言葉。どこぞの異国の者か。

あの小童め、職を失った人間の元役人やら仕事にあぶれた魔族の職人やらを集めていると聞いたが。

 すると魔術師が一人関所の向こうからやって来た。

血の気を失ったその顔は明らかに黒い肌の男を恐れている。

目の前にいる魔王のワガハイより。

原理はわからぬがこやつが我が軍勢を一人で威圧した、という訳か。

「おう、命懸けて通訳に出張ってくれたっつうのにビビらせちまってすまねぇな。最大限やらねぇとあいつらが止まらねぇだろうからよ。ただもう少し辛抱してくれねぇか」

 ほう、通訳魔術か。

「さて、お前さんか。ルノの敵の魔王ってのは」

黒い肌の男が眼を向けてくる。

少なくとも面構えだけは一級品だ。

「いかにも。ワガハイこそが“剛腕の魔王”バルガ!

盗人である小童の手の物は須らく刈り取らせてもらう。

ここはワガハイの地であり空である! 小童が奪いし物、作りし物全てをだ!

だが貴様、その名を聞こう。

ワガハイの軍勢にたった一人で立ち向かうとは、敵ながら誉めてやる。

なにやら小細工を使ったようだがな。

傭兵ならば、ワガハイが小童の倍の金を出しても構わんぞ」

「傭兵じゃねぇ。ベースボーラーだ」

 すると男は棍棒を再びおもむろに構え、ギュウゥゥと音と共に握り、横薙ぎした。

一陣の嵐の様な風が吹きすさぶ。

「ビッグリーグ、ウッドランドウォーリャーズ所属の背番号15番、ニック・ワイズ。

俺はルノのダチだ。

だからお前さんと闘う。それだけだ」


 ワガハイが跨る馬の背が震え出した。

なんだ、臆したか。だがまだ役に立ってもらわないと困るぞ。

見ると、側にいる兵どもの顔には恐れが浮かんでいる。

鉄槌を振るい、ぐしゃ、ぐしゃ、などという音を立てて臆病者の顔が崩れ落ちる。

地面にはいつものように軟弱者の血と脳髄と脳みそが地面を穢す。

ふん、使えん。

臆病者たちが乗っていた馬は何ぞ成果を出した奴にやるか。

それにしてもこやつ、背景が見えぬな。ベースボーラーとは、あのような棍棒を振り回す部族もしくは戦士の名称か?

「そうか、そうなっちまうのかよ」

すると、そんな残念そうな声がベースボーラーなる男から聞こえてきた。

「戦争だ。人より馬が大切になっちまうか。自動車がないんじゃ、それが当然か」

黒い肌の男はそう言う。

「お前さんは、お前さんたちの世界でそういう戦争をやってきたんだから、俺がどうこう言う権利はねぇんだろうけどよ。外見通りの年なら、永い事そんなんばっかだっただろうしよ。

なあ、爺さん。一騎討しようぜ。余計な事抜きだ」

ほう。

傍らの通訳魔術を使っている魔術師は驚愕を隠しれていないが。

「魔術師の兄ちゃん。忘れてたけどよ、ルノの、俺のダチの魔王様からこの件の代打を頼まれているんだ。読めねぇんだけどよ、これがその書類っていうか木札だそうだ。兄ちゃんの魔王様も覚悟決めてる。そっちの肚も決めてくれ。

俺はつまらねぇかもしれねぇ情だけで、全力で命を懸ける」

小童にしては思い切った手を打ちよる。

それだけこやつを信頼しているか、面白い。

棍棒一本構えて威圧するだけの輩ではないという事か。

それも損得などなくたかが情、たったそれだけで。

「受けて立ってやろうではないか!

貴様が倒れた時には、その関所を開け放つ!

全てを奪い、小童を嬲り、ワガハイの神に捧げたもう!」

「OK。

一対一で、他の奴らは手を出さねぇし、他の奴らに手を出すのもなしだ。

お前さんは馬に乗ったままかよ? それならそれでいい。

立会人はこの魔術師の兄ちゃんでいいか?

関所を開けるのもこの兄ちゃんだ。

必要なら証文を作るか?」

「いらん!

ただ神に祈れ! 神が証人だ!

貴様は貴様の神に祈れさえずればよい!」

「そうか。

俺には祈る神はいねぇ。本当にちゃんとした神がいるんなら、戦うのはベースボールだけで済む。

お前さんが祈る神だけが証人だ」

「よかろう! ワガハイは神がいるからこそ戦うのだ!

血塗られし悪なる神よ! 貴殿の足元に強者の屍をもう一つ積み重ね給うぞ! そしてワガハイに勝利を!」

 神に祈り鉄槌を掲げ、豪馬を走らせ、再び熱を帯び始めた我が体。

黒い肌の人間は、冷たいまでの眼差しのまま、無言で走り出し棍棒を下から振るい出す。

 鉄槌と棍棒の衝撃が、大地を揺らした。


「ぬうう!」

「マジか!」

衝撃。

体が痺れ、身動きが取れぬ!

だが、奴も同じ……この“剛腕”と対等?!

奴の足が地面をまた捉える音。

ワガハイの馬上からの打撃より速く、それでいて同等の威力だと!

「ウチのキャプテンのストレートボールクラスかよ!」

そう言いつつ振るわれた棍棒に、ワガハイも鉄槌を振り下ろす。

山盛りの火薬が爆発した様な音が、なおも響く。

「むううん!」

「イッテェな!」

 ギュウゥゥゥゥウと奴が棍棒を握りしめる音が聞こえてくる。

どういう体が、どんな木材の棍棒を振るっているのだ!

横薙ぎの棍棒、今度はそれをすくい上げるように鉄槌を振るう。

今度は岩石が砕けたと思わせる音が轟いた。

互いが地面を掴み切れなくなり、距離が開いた。

この豪馬の脚力と体重でもっても。


「っシャァ!」

奴は弾け飛んだまま、体勢を崩しながら棍棒を地面を抉りつつ振るう。

距離は未だ離れ、とてもその棍棒はワガハイに攻撃を与えられなくとも。

何を企んで……、土煙があがった。

高位の魔術師による風か土の魔術により巻き起こったかに見える土煙が、ワガハイに襲いいかかる!

いや、こやつは……、魔術を使ってはおらんぞ?!

「くそ……『吹き飛べ』」

この豪馬の速度を上げるために、また手にしている鉄槌の速度を上げるために、この風魔術に特化している。

だが……防ぎきれん!

ワガハイの風では完全には吹き飛ばせん!

あの小童とは風圧ならば同格だろうが、あそこまで広範囲にはとてもやれぬ。

豪馬が暴れ出す。

さすがにずっと続く強烈な威圧に加えこの土煙では動揺するか。

吹き付けてくる土煙は、ワガハイの風魔術が及ばない範囲をえぐり取ってくるように吹きつけてくる。

ここで豪馬を失う訳にはいかないため、豪馬を守るようにしたのが悪かったか?

鎧越しに切り裂いてくるとわかる土煙。それが顔面にも襲い掛かる。

次の瞬間、土煙から割って入って不意に見えたのは、これでもかと言うほど光り輝くまでによく磨かれた棍棒だった。


 死を覚悟した。

しかし痛烈なはずの棍棒の打撃は、そよ風の様に柔らかだった。

代わりに、ワガハイが被りし王冠が、その全ての威力を受け止めて天高く飛んで行った。

 王冠が飛散する音が聞こえてくる。

続いて、その破片が何かに突き刺さり損害を与えたのもわかった。

……何かが空中に存在している?

それもかなりの大きさの何かだ。

“騎竜”の奴の竜? いや、空中にいるはずはない。

何より、竜がここまで大きいはずもない。

「お前ら、とっとと逃げろ!!!」

もう一つ不意な出来事が起こる。

あの黒い肌の男が叫んだのだ。

その声はこやつと切り結んだ衝撃音よりもはるかに大きく、火山の爆発を至近で聞いた如き轟音だった。

 継続している威圧、爆発したような声、それに……ありえない何かが突如として現れた事。

それらが重なり、我が軍団がついには混乱し始める。

これは小童の策略か。

ワガハイはそれに乗ってしまったか。

だとすると小童があまりに連続した難事の為に自らを魔族の女だと称し始めるまでに憔悴したと伝え聞いたのは、なんだったのか。

この黒い肌の男が現れた事で全ては変わってしまったのだろうか?

それとも実は全てワガハイを潰すための策略だったか?

 やはり人間は信用できん。

それがどんな者であろうと。


「逃げろっつってるだろ!!!」

あの黒い肌の男が叫ぶ。

くそ、あの声があると豪馬の動揺がどうしても大きくなる。

いつものように御せられない。

 黒い肌の男はワガハイの元から駆け出し、我が軍団へ棍棒を振るう。

振るってはいるが、明らかに一切の怪我を負わせずに弾き飛ばしている。

あれは奴の魔術か。そんなものが存在し得るのか。

そのような魔術を使うのは避難させるためか。

こうなると騎馬している我が兵より馬の方が逃げようとしてしまう。

何てことだ、振り落とされている愚か者が多い。

檄を飛ばそうにもあの大声の下では聞こえるはずもない。

してやられた。

あの小童、なんという隠し玉を持っていたのだ。

落ち着きかけた豪馬が、再び動揺をした。

次の瞬間、岩石が豪馬を貫いた。

いや、貫くような威力でありながら、一切の衝撃を与えることなく弾くように飛ばされた。

……一体何を、どうやったらそんな魔術を構築できるというのだ?!

「魔王の爺さん! いいから逃げろ! 通訳の魔術師の兄ちゃんも引っ込め!」

さっきまでワガハイがいた場所には、船が降り立っていた。

毒々しい鮮血色と真緑色が渦を巻いて蠢く、そんな船体の。


「なんだ、これは」

今まで数多くの国を攻め滅ぼしてきた。

討ち勝つまでいかなくとも、対等以上の攻防を繰り返したのも多い。

それだけの物事を見てきた。

だがこれは……。

異常。

その一言に尽きる。

関所からも異変を察知した声が聞こえてくる。

この雰囲気、小童の手の内ではない。

実際、関所からは数多くの魔術による攻撃が飛んできた。

そのような攻撃に一切動じることなく、船から筒が伸びてきた。

黒い肌の男とは全く違う、昆虫の様な乾いた殺意だけを感じさせる筒だった。


「『吹き飛べ』」

豪馬を加速させる。

その加速からわずかに遅れて、伸びた筒から何かが発射された。

その何かは棘の付いた白銀色で地面に回転しながら突き刺さり、地面へ潜っていく……。

少し潜った所で、爆散したのか衝撃が走り、穴から煙があがった。

 あんな物が直撃したらただでは済まないな。

それはあの関所も同じ事だ。

魔術を放った場所に同じような筒が伸び、白銀色の砲弾が撃ち込まれていた。

このまま一時引けば、あの関所の突破は容易か?

その前に。

あの渦巻く色彩の船のあちこちから多くの筒が、ワガハイを冷徹に狙っている。

乾いた殺意を剥き出しに。

聞こえてきた叫びは、我が軍団の被害を伝えてくる。

 溶ける事がないと思わせるような氷の殺意がより研ぎ澄まされてきた。

「クソ野郎」

黒い肌の男の殺意と乾いた殺意が交差する。

長く船体から延びる筒の先に、棍棒を一本持っただけの男が構えた。


 船体からは、男の雰囲気を察したのか何本も何本も木の枝のように筒が伸びてくる。

黒い肌の男は微動だにせず構える。

乾いた殺気と極寒の殺気が最も濃くなる頂点。

刈り取らせてもらおう。

「『吹き飛べ』」

魔術により我が豪馬は一瞬で男の元へ。

異常な色彩の船体の筒全てから砲弾が発射。

男の棍棒は、その砲弾への対処に。

豪馬の加速、それに鉄槌の風に乗りさらに速度を増す。

砲弾でさえ追い付けぬ速度で。

我が鉄槌は、棍棒が砲弾の初弾を打ち取った時の男の脇腹を。

「ヤベ……ぇ……」

えぐった。


 爆発が幾つも重なる。

あの黒い肌の男がいた場所でだ。

その光景は、男の最後を知らせるものだ。

だがワガハイの体がそれを見た反応は。

「……止まらん?」

流れ落ちる冷や汗だった。

感触はある。

だがそれはどう考えても人体への一撃の感触ではなかった。

熊? 虎? 竜?

想像以上の強固な布製の服に、それを超える鉄線を編み込んだような皮膚。

濃密な筋肉の塊は、岩石の様相さえあった。

そして何より、あの極寒の殺意がまだ消え去っていない。

すると殺意が、またさらに温度を下げてきた。

吐く息さえ、氷るようだ。

我が兵を見やると、泡を吹き、失禁までしている。

こやつは、一体何だ?!


 あの異常な船体が宙へ浮かんだ。

黒い肌の男を始末したからか……違う、あの軌跡は何者かに飛ばされたものだ。

ギュゥゥゥウウという音が聞こえてきた。

次の瞬間、あの奇妙に磨かれた棍棒が飛んできた。

飛ばされた船体にそれは衝突し、船体は傷つき破損した。

その衝突した棍棒は………。

「うぐ!」

ワガハイに一直線に落下してきた!

完全には防げなかったか!

それにしても木材だというのになんという重量だ!

中に鉛でも入れてるのか? たとえそうだとしても、重い。

重すぎる。

「そうだ。戦争だ」

爆煙から黒い肌の男の声が聞こえる。

「こん位の事はさせてもらうぞ」

煙が晴れ、素手で構えをとる姿が見えてきた。

全身傷にまみれながら。


 両手を握り、顔の前で添える。拳闘の構えか。

「お前さんの事も戦争も舐めてた訳じゃねぇ。昨シーズンのツーアウト満塁、リーグ最多勝投手との対戦以来のギアチェンジなだけだ」

その構えの前にすると、猛吹雪の中に取り残されたように感じる。

ワガハイが跨る豪馬だけがもはや暖かい。

こやつは……まだ本気を出していなかった?

黒い肌の男がこっちに駆けだす。

それに対しワガハイは……、体が凍え、動かん!!

今は夏。実際の気温は高い。それでこれは……。

殺意の塊がやって来た。空気さえも凍らせる殺気の。

速い。

当然だ。あんなにも重い棍棒を手放したのだ。

鉄槌を振るう。

ぐしゃ、という嫌な音と感触が全身に伝わってきた。

それは鉄槌が届く範囲より遠くから、全身から血を流している男が、棍棒を持っているかの様に両手を振るって飛ばしてきた血飛沫がワガハイの全身に衝突した音だった。

どんな攻撃だ?!

大量とは言え、たかが血飛沫でここまで、ここまで鎧越しにワガハイに痛みを与える事ができるのか……。

この手で、手負いの獣を作ってしまったか……。

 まだまだ殺意を感じる。

目を見開くと、あの船の筒が目の前にあった。


 二つが合わさった高濃度の殺意が、思考を、感覚を鈍らせる。

異常な色彩の船体を目にしたこの時、ワガハイの体は。

止まった。

ただ、豪馬の体が、冷たかった。

「俺は惨劇が嫌れぇなんだよ」

体が浮く。

地面が走り出すのが見えた。

いや、豪馬が走り出したのだ。

いや、そうでもない。

黒い肌の男が、豪馬ごと担いで走ったのだ。


少し走った所で、転がされて下ろされた。

「……ワガハイを助けた、と言うのか」

すると男はワガハイの腕を取った。

「いや、お前さんはレッドカードだ」

右腕を取り、それはまるで棍棒を握るかのようで。

ギュゥゥと音を出し始め。

「ぐああああああああああああああ!!!」

鎧越しに万力で締められたと同じ圧を!

「俺が勝手にカードを出すだけだけどよ! これで退場だ!」

ワガハイの腕を棍棒と同じく、男は振るい出す。

骨格が悲鳴を上げ、関節が外れながら、ワガハイの体は宙を舞う。

遥か高い空を、雲を抜ける程に。

 ワガハイの軍勢が、撤退する軍勢が見えた。

特徴的な装甲の豪馬もその中にいた。

そして、落下する。

地面に、そこを血で汚す。

「ご覚悟を」

そうなると思いしや、ワガハイの体は飼い葉の中に落ちた。

あの小童の国の関所。その馬の飼い葉桶の中に。

それでも全身を強く打ち、右腕を壊され、まともに動けない。

槍を突き付けられ、囚われた。


 厳重に縛られワガハイは粗末な荷車で運ばれていく。

ワガハイが思うのは、あの異常な船はどこからやって来た、何だったのだろうか、ということだけだった。


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