閑話2
娘がまた無茶をしようとしている。
やたら悪い運の持ち主で、それによる困難を魔術での強行突破を繰り返す娘が。
「父よ。突然の不在をお詫びいたします」
「娘よ。運悪く失踪するのは何度目だ」
「10回を超えるかもしれませんが、数える意味はないでしょう」
着ていた服が汚れたからと、以前着ていた男物の服を引っ張り出してきた娘が、平然と言う。
いつもそうだ。
割と怒りを顕わにすることが多いが、いつもどこか平然としている。
思い出す。
まだ赤子のころ、鷲に攫われ行方不明になった事を。
その時は突如として山火事が起こり、その中心部の窪地にいたことを。傍らには黒焦げの鷹が転がっていた。
魔術により火を放ったらしく、何も学んでいない赤子の段階で魔術を使った者はほぼ伝説となっている偉人を除き存在しなかった。
一門一同、その才を喜んだ。
娘は実際史上稀にみる魔術師となった。
あと妙に癖のある性格とどうしようもない運の悪さが原因の問題児にもなった。
下水の蓋が割れて落ちたのは数えただけでも15回、暴走する牛馬に轢かれたのは30回、飛んできた石がぶつかったのは100回を超した辺りで数えるのを止めた。
襲われそうになった牛馬や竜を魔術により撃退したのはもう数えきれない。
濁流に流されたり、風魔術が暴発してはるか彼方に飛ばされたり、誘拐されかけたりして行方不明になったのは知るだけでも今まで20回はやっている。
その度に自力で帰還を果たしてはいるが。
反目していた我が兄と弟が娘を奴隷として売り飛ばそうとしたからと返り討ちして、二人を身代わりに売り飛ばして、ついでにその場にいた従兄弟3人も売り飛ばして、さらにこの際だからと屋敷財産もついでに売り飛ばして、人間たちの国に逃走したときには気を失った。
それとその人間たちの国でしばらく屋根裏やら穴の中やらで生活していたと聞いたときは、今度は言葉を失った。
一門復興を試行錯誤していた時、いきなり髪をバッサリ切って現れ「一門を盛り立てるべく、国を作りましょう。私が男になってお支えします」と言ってきた時には、なんだかもう色々諦めた。
そしてまた、例によって想定外に運悪く行方不明になったようだ。
この緊急事態に。
もっともこの事態は娘が巻き起こした感はあるが。
色々想定外とはいえ。実は男装していた女だと公表したのが開戦理由になりえるなんて誰が予想できるだろうか。
「一体何が原因で……、いやそれは今はいいか。これからどうするつもりだ?」
「何としてでも国を護ります。決まっているでしょう。幸い友が協力をしてくれます」
「この動乱に、友か」
戻ってくるなりまたどこからともなく、よくわからない人間を連れてきた。
初めて見る黒い肌の男だった。
それはまあいい。
南方にそのような風貌の人間たちがいるという。その民の末裔なのだろう。
不可思議な服装もまあ、いい。
ただあのいきなり襲い掛かってきた破城のマールーを撃退したと聞いたのだが。
城攻めの時に命令を無視して城壁に文字通り頭から突っ込み、城壁を破壊したような化け物にどうやったと言うのだ。
お陰で難なく攻略できたが、命令無視の罰で魔術で焼かれても平然としていて、最早抑える事ができるのは娘だけだとして専属の護衛になったというのに。
そんなこの世のものと思えぬ奴に、奇妙に磨かれた棍棒ひとつで対応したという。
「一体どこから連れてきたのだ」
「さて、私も出身はよくは知らないですが」
なんだそれは。
「そんな奴を信頼して良いのか」
「偶然出会ったのですが、共に戦った限りでは信頼におけます。今回は彼ともう一人がカギでしょう」
「もう一人?」
果たしていたか?
「素では少年の、彼ですが」
「いたか? あの黒い肌の男しか記憶にないが」
「様々に姿を変えるので印象に残らなかったのですかね? 素だと途端に目立たなくなりますが。奇妙な声の小柄の少女や赤い男、鉄の巨人に姿を変え多くを助けられました」
……何やらマールー並みの身長の異様な巨人とやけに素早い女が現れたと聞いたが。
まさか同一人物?
そんな魔術の使い手が?
「本人もどういう魔術なのか全くわからないそうですが。信用できます」
信用するなと言いたくなる。
「前に何か友人についていっておったな。なんだったか。友情の神を賛美するのが普通だが」
「”良き友に出会いし事。其は最上を修めし事と同じ事なり”です。ディアスが残せし言説です」
「やはり我らが神を無視してるか」
「”盟友に憐れみをかけらば、己が利を失いたる。この恐れを見るべし。見らば巨竜如くただ一人歩め”とも言いますがね。それも心得なければなりませんが」
それは娘よ、お前の事だ。
いつも彼方へ、一人で歩んでいく。
故郷ではそこまで友を作らなかった。
仲良くなったのは少々頭が足りない輩か性質だけは大人しい者ばかりだった。
命令違反を繰り返すマールーを重宝するのはそういう手合いを好むのはあるかもしれない。奴に関しては裏切る事はなさそうではあるし。
いつの間にかディアスなる大昔の思想家の書を好むようになった。
我らが神をどこか軽んじて。
人間たちの国においては友を多く得たと言っていた。
様々な情報を集める為であっただろうが、波長があったのは結局人間たちであったか。
学校での成績はよかったようだが、普通住まない場所に住み着き、勝手に芋畑を作り、虫を養殖し、その他奇行を繰り返しながら下水掃除に精を出して糧を得ていた女によく友になったと思うが。
結果、善政と呼ばれるような魔王になった。
様々な所から魔族も人間も引き抜いて、鉱山開発と農耕に交易を進めて。
だが今回、不運にも皮肉な事になったのだが。
「母ならば魔族の青髪族に生まれた者のみ歩みえるとおっしゃるでしょうが。
”賢者と成りしは生まれに依らず、神に仕えるに依らず、ただ正しき行いに依りて、最上なる賢者と成りたる”
過去の言い伝えよりディアスの言説のほうが苦痛を脱し得るでしょう。
母には
”神の言葉と言えど、長老の言葉と言えど、伝説や神話と言えども信ずるに値せず。苦痛ならば唾棄せよ。ただ自ら正しいと認めえる物のみを信ぜよ。安楽に至る道のみ歩め。わが言葉であっても同様である”
と言ったのは悪かったかもしれませんが」
「当たり前だ、青髪族の神に仕えし氏子なのだ。加えてずっと男の振りをし続けて、未だに独身で子供を作ろうともしないのもな。顔を合わすたびに愚痴られるのだぞ」
「そんな暇が私にあるとお思いなのでしょうかね」
知ってる。並みだったら疲れ果て死んでいる激務をこなし続けたのは。
結局、稀有なまでに優れた能力を存分に発揮できた環境に身を置いたのだろう。民をここまで導いたのは事実だ。
お陰で抗老魔術を使い続けていてもはや妻より少し年上の外見になってしまって、それも愚痴られるが。
「で、それ以上に問題なのはあの、悪鬼、と言うべきか? お前の友が棍棒で空高く打ち上げた異形の存在だ」
一目見ただけだが、形容のしようがない吐き気を催す異常な外見だった。
実際、吐き出した兵も多い。
「私や友はそのまま異形と仮に呼んでいます。全く別の異世界に転移させられ、以来行く先々で遭遇し、戦っております」
この娘が一蹴できない存在がこの状況下でいきなり出現したのは忌々しき事態だ。
それも娘とあの化け物のマールーに新たなる友が束にならないと対応できなかったという。
軍隊が国境を固めざる得ず、ここには訓練不足の軍隊しかいなかったとは言え。ただ所用でここにいた将軍が指揮してもダメなのは痛い。
娘が無理に帰還して連れてきてしまった気もするが……、仕方ないだろう。
ん?
「異世界?」
「ああ、言っていませんでしたね。明らかに全く違う文化、環境、体系が完全に未知の魔術があることから法則さえ異なる文字通りの異世界を転々としておりました。二人の友は私同様、それぞれ違う世界から連れてこられたのです。
今回戻ってこれたのは僥倖としか言えません。私にあるまじき幸運です」
「お前はそんな魔術をいつの間に」
「いえ、よくわからぬ神によってです」
今、帰ってこれたのはその神の意志か。その神の恵みであればまだ良いが。
「炭鉱の奥底にぶち込み、過酷な水汲みの強制労働をさせたくて仕方ない馬鹿な神です」
物騒すぎるぞ。いくらお前が神を好まないとはいえ。
「その異世界から来た、意志も言葉も通じない醜悪な存在があの異形か」
「おそらく。その神と異形がどのような関係か全くわかりませんが。立ち寄ったどの世界においてもあの異形たちは、馴染みようもない異常と言える存在でした」
「どう来るのか、どんな性質の異形がいつ来るかもわからないのか」
「直前に漆黒の闇が渦巻き、そこから出てくる以外には全く。対応するには兵によって素早く見つけ出し、最悪でも比較的多様な状況に対応できる私かニック、先ほど話に出た黒い肌の男です、が一人は駆け付けます。強烈な遠距離攻撃ができ冷静でいられるでしょうし。
攻撃力を考えるとマールーとヒトシ、同じく先ほど出た様々に姿を変える少年です、もどちらか一人は出るべきです。考慮すべきはこの二人は基本的に至近での打撃のみになりますし、ヒトシは素では年端のいかない少年です。マールーは言わずもがなです」
「マールーは頭に行くべき栄養が体と顔に過剰なまでに全て行っているしな。ただ対応すべきなのは異形だけではないのはわかっているだろうが」
「ええ。敵の魔王たちですが、おびき寄せます」
……本気か。
「異形によりこちらの損失が大きくなるばかりです。魔王どもは幸いそこまで連携を取るような輩ではありませんし。一か八か、こちらに引き込むつもりです。現段階で考えている方法としては……」
すると突然、兵が駆け込んできた。
兵が声を上げるより娘が叫ぶ。
「くそう。来おったか! これで4体目ではないか! 父よ、これで失礼いたします! また後程! マールーは? また頭から突っ込んだか!」
慌ただしく廊下を走り、次いで風魔術で飛んでいく。
「また、無茶だな」
ふと独り言う。
だが、こうなったら敵の魔王どもをおびき寄せるしかないだろう。
もう4体も出たのか。損害は大きいだろうな。
しかし上手くやれば、異形とぶつけられるか?
あの不運な善政の魔王が、上手くやれば。
数時間に一度出てくる異形は、娘の周囲にしか出ないようではあるが。
娘か友の人間二人を追いかけているのかもしれない。
でもまあ。
「無茶だ」
無茶苦茶だ。
娘がまた無茶をしようとしている。
やたら悪い運の持ち主で、それによる困難を魔術での強行突破を繰り返す娘が。
だが娘よ、我はお前に賭けたのだ。
当初の一門復興の目的をないがしろにして、多くの魔族と人間の苦痛を癒す国を目指す、お前に。
お前を支えていく。いかに理解し難くとも。どんな無茶をしようとも。
一人の親として。




